7-5 おっさん、森の奥に急ぐ
気配を探りながら森の奥へと急ぐ俺だったが、危機察知が警鐘を鳴らしてきたので、速度を落として周囲の様子を探る。すると、木々の向こうに見える微かな集団が、徐々に大きくなってきていた事に気がついた。
(まずは狼の群れか)
[物見]の術ではっきりと姿を確認した俺は、先頭の個体を『慧眼』で調べた。
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ブラッディ・ウルフ
危険度:C
膨大な魔力により変異させられたフォレストウルフ。その凶暴性は遥かに増していて、視界に入った生きとし生けるものを襲わずにはいられない。
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(膨大な魔力…)
"魔力酔い"という予想を裏付けるような鑑定結果に、俺は辟易した。つまり、エルヴァンの話が確かなら、この先にいる魔物の全てが、オルダ・オーハに向かってくるということに他ならないからだ。
(…どうする?)
俺は足止めの方法について、確実に仕留めて数を減らすか、手傷を負わせるだけに留めるか一瞬だけ逡巡したが、すぐに結論を出した。
(数は力だ)
手傷を負わせただけでは、逆に追い詰められて凶暴化する可能性があるし、ヴェスタリアの時とは違い、相手が撤退することはないだろう。ならば、確実に数を減らした方がいい筈だ。
(行くぞ)
俺は前方にいる血狼の群れに向かって突撃しながら、人差し指を前に突き出した。
「雷遁」
――ジュッ!!
指から放たれた雷撃が先頭の個体を貫通して、その後ろに居る個体もまとめて焼き尽くす。焦げた臭いが立ち籠める頃には、俺は既に集団の中へと踊り込んでいた。
「にノ型"仁王"」
受けの型で、俺に向かってくる狼の攻撃を受け流しながら、反撃で一頭ずつ一撃の元に斬り捨てていく。だが、まるで頭に血が登っているかのように、俺の周りの狼たちは襲いかかってきていた。
だが、逆に俺から一定の距離を離れている個体は、俺を無視してオルダ・オーハの方向へと向かっていく。
(なるほど…足を止めては駄目か)
なので、少しでも数を始末したい俺は、移動しながら狼を狩ることにした。その為には、受けの型である"仁王"では対応出来ないので、一度集中を解いて型を解除すると、少し離れた群れに向かって、縦横無尽に[雷遁]を放って注意を集める。
俺に気付いた血狼は、一目散に俺目掛けて飛び掛ってくるようになる。その狼の群れを前に、俺は一度刀を納めて、居合の構えをとった。
「いノ型"稲妻"」
抜刀からの斬り上げで、襲い掛かる血狼を纏めて斬り捨てると、刀をそのままの位置で素早く振り返る。
「ろノ型"狼牙"」
背後の狼を返す刀で袈裟斬りをして、刀を脇に構えた。
「はノ型"刃紋"」
そのまま回転をするように横薙ぎにして、俺を取り囲む狼共を薙ぎ払う。
(ここまでは繋がったか)
魔導学院での不死者との戦闘で掴みかけていた、型の連携。だが、次の"仁王"に繋げる動きが、まだ思いつかない。
(それは追々だな)
今は、目の前の魔物を一匹でも多く葬る事が重要であり、型の連携はあくまで副産物に過ぎない。
俺は集中し直して、狼の群れに突っ込んでいった。
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――どれだけ戦っていただろうか。
血狼の群れの中で、刀を振るい続けていた俺だったが、気がつけば狼の群れは視界から消えていた。
周囲には夥しい数の狼の死体が転がり、あるいは討ち漏らした個体が、オルダ・オーハの方へと向かっていき、俺はようやく一息つく。
俺は全身に呼吸と共に魔力を巡らせて、[息吹]による体力の回復を図った。
(魔力は…余裕だな)
自分の魔力の残量を確認したが、最初の頃に[雷遁]を撃っただけで、さほど消耗はしていない。
持久戦を考えれば、刀を主体に戦った方が効率がいいだろう。狼の移動速度について来れなかった、他の魔物が来るまでの間、干し肉を齧って少しでも腹に入れておく。
そうこうしている内に、再び魔物の気配を感じた。それも、狼の時とは比べ物にならないほどの数で、思わず冷や汗が背中を伝う。
(いよいよ本隊か)
[物見]で前方を見れば、大量の木が動きながら迫ってきていた。その他にも歩く花や、蟷螂を始めとした巨大な昆虫など、様々な種類の魔物が並んでいる。
(聞いていた以上だな)
形振り構わず[火遁]で焼き尽くしたくなるが、それをエルヴァンにさせない為に、俺は自らの意思でここに来ている。残念ながら、それをする訳にはいかない。
視界の魔物を片っ端から『慧眼』で調べると、先程のブラッディ・ウルフと同様に、全ての魔物がブラッディなんとかと名前と共に変質していた。
(だが、これくらいなら)
本来の危険度がどうかは知らないが、今のところ暴走している魔物は強化されてもC止まりのようだ。今までの経験上、これなら何とかなりそうだと、内心で安堵する。
だが、あまり楽観視出来るような状況ではない、数が力なのは事実なので、決して油断をする訳にはいかなかった。
俺は手始めに、血木と変質した魔樹の幹に刀を横薙ぎに振るってみたが、両断出来る感覚が無かった。
(硬い)
なので、幹の三分の一を斬るだけに留めて、そのまま振り抜いて、そのまま一連の流れで右脇に構える。
「はノ型"刃紋"」
返す刀で、たった今斬りつけた個体を逆方向から薙ぐと、今度は一刀両断出来た。今度は型通しの連携には繋げず、本来の"刃紋"の流れで周りの敵を斬り捨てていく。
(掴んできたな)
魔樹以外は、どうやら型を使わなくても、一撃で斬り捨てられるようだ。この分だと、[身体操作]で強化すれば、魔樹も一撃で斬れそうではある。ならばと思い、俺は早速身体中に魔力を巡らせて、[身体操作]を発動した。
(…狙うは魔樹か)
他の魔物より、こっちの方が倒すのが大変そうなので、俺が重点的に間引いていった方がよさそうだった。魔樹の群れの中心に飛び込んで、俺を貫こうと伸ばしてくる
枝葉を斬り捨てながら、一体を斬り捨てる。
すると、俺を認識したのか、周囲の魔樹が一斉に枝を伸ばしてきたので、俺はそれらを視ながら刀を下げた。
「にノ型"仁王"」
――その全てを払い、捌き、受け流す。
その隙にカウンターの一撃を喰らわせて、魔樹を一体、また一体と斬り捨てていった。
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(くっ…キリがない)
少しずつ、魔物が強力になっていくのを感じながら、俺は焦り始めていた。魔樹には色々な種類があると聞いていたが、本当に様々な種類がいて、その攻撃方法も幅が広い。
葉を激しく揺らして、不協和音を鳴らす事でこちらの集中を乱す個体や、幹に大きな口が突然現れて衝撃波を飛ばしてくる個体、トリモチのような樹液を枝に滴らせて、動きを拘束しようとする個体など、本当に種類は多岐にわたっていた。
(ちっ)
不協和音を受けて、一瞬だけ目眩が起こされた隙に、衝撃波を受けて俺は後ろに吹き飛ばされた。だが、すぐに受け身をとって[風遁]で強風を巻き起こして、追撃をまとめて吹き飛ばす。
そうして厄介そうな魔物から優先して倒していったが、まだまだ奥からは沸いてきている。
身体はまだまだ動くが、終わりの見えない状況に、判断力が鈍る瞬間が出てきた。ここらで一度、ひと息ついてもいいかもしれない。そんな事を考えながらも、身体は刀を振るい続けている。
だが、そんな時、魔物の群れの遥か奥の方から、一瞬だけ嫌な感じの魔力の気配を感じた。
(なんだ!?)
殺気とは違う、何かぬめりと纏わり付くような嫌な感じだった。目の前の魔物たちが放つものとは明らかに違う、異質な魔力。別に俺に向けられたものではないが、俺の勘が放って置いてはいけないと警鐘を鳴らしている。
(邪魔だ)
「土遁」
魔力を練り上げて、俺の周囲に大きな穴を掘って魔物たちの体勢を崩すと、俺は木の枝の上目掛けて跳躍した。
眼下では突然俺という目標を失ったことと、突如出来た落とし穴に嵌って藻掻く魔物の上に、奥から来た魔物が落ちてきて、大きな混乱が生じていた。
(先を急がせてもらう)
あまり森の地形を変えたくなかったので、大規模な『忍術』はこれまでは控えていたのだ。だが、緊急事態ともあれば、そんな事は言っていられない。事が落ち着いたら元に戻そうと考えながら、俺は森の奥へと急いでいく。
『隠密』で気配を消しながら、枝から枝に飛び移る移動ももう慣れたものだった。そうして集団暴走の流れに逆らうように、その上を進んでいくと、やがて一際巨大な歩く樹木の姿が見えてきた。
(あれか!)
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ブラッディ・エント
危険度:B+
膨大な魔力により変異させられたエント。フォレストハイムの森の主であり、世界樹の新芽でもある。普段は大人しいが、魔力酔いにより凶暴性は遥かに増している。
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(なんてことだ)
『慧眼』で視てみれば、不穏な説明が並んでいた。果たして、森の主やら世界樹の芽やら書かれている存在を、俺の一存で倒してしまっていいものか、疑問が浮かぶ。最悪、この森が滅ぶ可能性が頭を過る。
だが、血枯木の後ろには、もう魔物の姿が見えない事から考えれば、おそらくは此奴が集団暴走の原因なのだろう。このまま放置しておく訳には行かなかった。
(どうする?)
確実なのは、一度オルダ・オーハに戻り、俺が見たものをエルヴァンに説明することだろう。
今はまだ日が傾き始めたくらいなので、集団暴走の先頭が到着はしていないだろうが、俺がオルダ・オーハに戻るとすれば、一目散に向かう必要がある。これ以上魔物間引く事は出来ないだろう。
(移動手段があれば…)
あの"転移陣"のように、別の場所に瞬時に移動が出来ればいいのに、などと脳裏をかすめたその時――
(…なんだ、魔力が)
――全身の魔力がごっそりと削られて、一気に魔力枯渇を起こした。思わず膝から地面に崩れ落ちると、自分の身体が影に沈んでいっている事に気がつく。
(不味い!?)
俺に気付いたエントが、何か魔法でも使ってきたのだろうか、その答えを得られないままに、足元の影は広がっていき、俺の全身は影の中に沈んでいった。
やがて視界が真っ暗に染まり――
「クヌート殿!?」
――次の瞬間、俺の目の前には、エルヴァンが驚きの表情で立っていた。




