閑話 思惑に反して
(クヌート、面白い人だったわね)
飛竜便が飛び立つのを眺めながら、セレスティアはしばしの思いを巡らせていた。
冒険者ギルドのマスターであるティグリス・ウィンクルムから”保護”するように頼まれた”訳有り”の中年冒険者。最初は何故そんなに特別扱いをするのかと疑問に思ったが、その理由は一目会ってすぐに分かった。
一介の冒険者とは纏っている空気が明らかに違い、更にその瞳には物事を見定めようとする知性の光が強く宿っている。それなりの恰好をさせて、研究者と言えば誰もが信じて疑わないだろう。それくらいクヌートは冒険者としては異端だった。更にリリアから、魔導学院での起きたことの報告を聞いたところによれば、どうやら土魔法まで使ったそうではないか。
(…でも、彼のスキルには、そんなものは無かったわ)
セレスティアの身に着けている”眼鏡”は、古代魔法遺物だ。『反射鏡』というマジックアイテムで、着用者のステータスが見られる事を防ぎ、替わりに着用者を調べようとした者のステータスを見せるという効果がある。
大図書館の館長であり、アルカディア評議会の代表というセレスティアにとって、自らの情報を知られてしまうことには多大な危険が伴う。それ故に、自らを守るためにこの”眼鏡”を普段からかけているのだった。
(そもそも、ルーンベルグを一人で出し抜くような人間が、まともな訳ないじゃない)
セレスティアが、何故クヌートの正体を知っていたのか。それは、あの”お披露目”の場にアルカディアの密偵がメイドとして潜んでいたからだった。セレスティアは、各国の王宮に様々な立場で密偵を派遣している。特にルーンベルグに関しては、いつアルカディアに牙を剥くかわからないので、情報収集に予断は許さなかった。故に、クヌギのことを知っていたのだ。
(それにしても、彼のステータスは不思議だったわ)
見た事のない数値やスキルの数だった。特に数値の表示があんな風に分かれているのは初めて見たが、それが何を意味するのかは彼女にはわからない。なので、やはり”勇者”とは特別な存在なのだろうと、セレスティアは結論づけている。彼女自身には”鑑定”系のスキルはないので、相手が自らを調べてこようとしなければ、自分から”視る”ことはできない。なので、勇者トールに会ったことはあるがステータスを見る機会はなかったので、判断が出来なかったのだ。
(あの二人が会うことで、この世界は大きく動く…それは、言い方か悪い方かはわからないけど)
それでも、ルーンベルグが”切り札”を切ってきた以上、アルカディアを治める者としては動かざるを得なかった。その為にも、ティグリスとの連携も必須だったのだ。
(願わくば、勇者たちの行く先に、創世神の”加護”があらんことを)
セレスティアは、空を見上げて二人の”勇者”の行く末を祈っていた。
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(気に食わないっ!)
リーファ・エリルは、目の前にいる人間を憎悪を持った視線で睨みつけていた。昨日、森の入口に現れた異端の”客人”で、自分たちが影に世話になっているアルカディアの代表、セレスティア直々の”証”を持つ、中年の男。
初めに警告の一矢を射られても、何も反応もしない生意気な人間に、多少意固地になった自覚はある。だが、その態度が、容姿が、あの男たちを思い出させて、リーファは気に入らなかった。
――リーファの家族は、ルーンベルグの兵に殺されている。
八十年前、まだ彼女が幼い頃、森で遊んでいたら、急にルーンベルグの兵士たちが現れたのだ。当時からルーンベルグはフォレストハイムにちょっかいをかけてきていて、亜人を奴隷として攫っていくことが何度も起きていた。
奴らの主張は「魔族の手下である亜人を排除しているだけ」と周辺国には通知しており、ゼノビア連合がいくら声を上げても逆効果だった。
だが、幼いリーファには何のことか分からかった。なので両親の注意を忘れて、ついルーンベルグに近いところまで遊びにいってしまったのだった。攫われそうになったリーファを助けてくれたのは、娘の姿が見えないと、慌てて探しに来たリーファの両親と姉だった。
リーファの両親が必死に足止めをしている中、リーファは姉に連れられて、少し離れたところに魔法で姿を隠された。そのまま姉は両親の援護に向かったが、幾ら待っても帰ってこなかったのだ。
そのまま一晩森で過ごしたリーファが、両親たちが戦っていた場所に戻った時、目に入ってきたのは、姉の履いていた靴の片方だった。真っ黒に染まった”それ”を見たリーファは、気が付けば自分の家のベッドにいた。
それ以来、彼女は人間に復讐するために、弓の腕を磨き上げてきたのだ。
弓の腕が認められ、警備隊の一員になった彼女は、森に近づく人間に対して容赦をしなかった。勿論、正式な手続きをしたものは別だったが、目の前の人間を見た時、どうにも怒りが抑えられなくなってしまったのだ。
――それはただ、クヌートの見た目が、あの時の兵士に似ていたからだった。
にやにやと笑う中年の人間たちの姿と、クヌートの飄々とした態度が重なってしまった瞬間、リーファの頭に血が上ってしまった。怒りを抑えようとしてもダメだった。だから、頭を冷やすためにあの場を去ったのだ。正当な”客人”にこれ以上失礼をしてはならないと。
それなのに、族長は目の前の男に”試しの試練”をするという。ならば、自分がで”試して”やろうとリーファは考えた。どうせ、人間なんて薄汚い卑怯者ばかりだ。少し痛めつければ本性を現すだろうと、リーファは思っていた。
「それでは、始め」
(さぁ、惨めに命乞いでもしなさい)
族長の合図と共に、リーファは弓を相手の頭上に掲げる。
「一撃で終わらせてやるわ――『矢の雨』」
だが、目の前の男は動こうともしなかったのだ、情けないと笑みを浮かべたリーファだったが、すぐにそれが間違いだと気づく。
(嘘!)
なぜなら、目の前の男は命乞いをするどころか、自分の矢を完全に見切って避けていたからだった――更に驚くべきことに、降ってくる矢を掴んで投げ返してくる余裕まであったことに、リーファは驚いていた。
「馬鹿な!?」
「甘いな」
(上等じゃない)
「今のは油断しただけよ! 『剛の矢』
リーファは決して無能ではない、ただ怒りで目が眩んでいただけだ。目の前に居るのは、”敵”であると集中をして、意識を切り替える。これは一方的な”狩り”なのではない、誇りをかけた”決闘”なのだと認識した彼女は、全力を出すことに決めた。
「『風よ! 我が身を友とせよ!』
軽身!!」
――だが、目の前の男には届かなかった。
狙いを変えようと、逃げ場を潰そうと、全て真正面から自分の攻撃を受ける姿に、リーファの視界は、済み渡っていく。そして、最後の切り札を切ったリーファの目に飛び込んできたのは――
「いノ型"稲妻"」
――たった一振りで、自分のスキルを切り払うという、非常識な光景だった。
更には自分の最速の一撃を、何事もなかったようにやり過ごす姿には、もはや苦笑するしか彼女にはなかったのだ。そのまま懐に飛び込んでこられたリーファは、覚悟を決める。
(やられる)
リーファは思わず目をつぶってしまったが、痛みは何も感じない。その代わりに、右手の感覚が変わったことで、弦を切られたのだと理解した彼女が目を開けると、見たことのない刀が首元に突きつけられていた。
(…なにが卑怯ものよ)
自分に対して一切の傷つけることもなく、完封してみせた目の前の男。そんな相手に対して、戦士として感服するしか無かったリーファは、その手の弓を離した。
「…降参よ」
「それまで!」
族長の合図は、何処か清々しくリーファの耳に飛び込んできたのだった。
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「面白れぇ! 次はオレがやらせてもらおうか!」
そう言って食い入るように見ていた熊の獣人が、巨大な斧を持って円形の壇上に歩みを進めた。
それを見たエルフの族長であるエルヴァンは、一瞬止めるべきか悩んだが、すぐに考えなおす。こうなったら、もう止められないと長い付き合いで分かっているからだった。
「グラン、熱くなり過ぎないように」
「はっ! そいつは無理な相談だな!」
「やれやれ…クヌート殿も構わないか?」
「ああ。問題はない」
当の本人がそう言っているので、エルヴァンはクヌートに全てを任せることにした。今のリーファとの試練を見て、先代勇者であるトールより実力があることを、彼は見抜いていたからだ。熱くなるなと言ったのは、あくまでグランに対する忠告であり、クヌートの心配をしている訳ではない。
だが、そんなエルヴァンの忠告は、グランには届いていなかった。リーファと戦うちっぽけな人間の姿に、彼はすっかり夢中になっていたからだ。
(まだ、全然本気じゃねえな)
だが、武人としての本能が、目の前の男が只者では無いと警戒している。そもそも余程の差が無ければ、いくら怒りで目が眩んでいたとはいえ、リーファがあんなに簡単にやられる玉じゃないと、グランは知っているからだ。
リーファだって伊達に国境を守る”警備隊”の一員に選ばれている訳じゃない。この森でかなりの上位の実力を持っている。そのリーファをいとも簡単に手玉にとった”人間”に対して、グランの血が騒ぐのは無理もなかった。
獣人にとっては”強さ”こそが一番重要なものだ。
己の部族を守るために、一番強い者が族長になる、それが獣人の掟だ。だが、それは求められる”強さ”の価値は部族によって違う。中には魔力だったり、知識だったりもするが、だいたいの獣人の強さの基準は”武力”だ。強いものに従うのは、獣としての本能であるので、それが色濃く出ている。
だから、目の前に規格外の強さを持つ者がいるのなら、試さずには居られないのだ。例えそれが、大嫌いな人間であろうとも。なので、グランは前に出たのだ。リーファと同様、自らの目の前の男を確かめるために。
「さて、準備はいいか?」
「ああ」
「じじい!」
「まったく…始め!」
促されたエルヴァンの合図と共に、グランは咆哮を上げながら、真っ直ぐに巨大な斧を上から振り下ろす。その巨体から放たれる一撃は凄まじく、まともに受ければ相手は一溜りも無いはずだ。そう、少なくても人間の中に、今までこの一撃を受け止めたものはいなかった。だが――
(手応えがねぇだと!)
人間の男は、奇妙な剣を自分の肩に担ぐようにして、グランの一撃を逸らしたのだ。重心がずれたグランはバランスを崩しかけるが、そのまま斧を闘技場の床に叩きつけることで、それを回避した。その威力は凄まじく、床石からは破片が飛び散る。
グランは、その隙に人間が近づいてくるのを察して、右手を斧の柄から離すと同時に横に思いっきり薙ぎ払った。それを余裕の表情で飛び退いた相手に、グランはニヤリと笑みを浮かべる。
(こいつは、上等だぜ)
「面倒くせぇ! こいつで勝負といこうじゃねぇか!」
グランは床にめり込んだ斧を抜くと、そのまま投げ捨てて代わりに拳を構えた。すると、人間の男も剣を納めて腰から外すと、そのまま床に置いた。
「馬鹿な…」
「あのグランと格闘戦だと」
それを見た周囲の者たちから騒めきが起こるのを、グランは満足気に聞いている。
(いいぜ、最高かよ)
明らかな自らの挑発に対して、その表情を一切変えないままに応じる”人間”を、グランは好ましく思うようになってきていた。何故なら、今まで誰もこんなことに付き合ってくれる奴はいなかったからだ。
熊獣人である自分と、格闘しようなんて馬鹿は獣人同士でも存在しなかった。適用な理由をつけて、引いてしまう。だが、そんな馬鹿は存在したのだ、大嫌いな人間のくせに、いまいる目の前の男だけは違った。その事実が、グランの心にまた火をつける。
「おらぁ!!」
圧倒的な威力を誇るグランの拳を、蹴りを、目の前の人間がその全て躱し、弾き、捌く。その細い身体の何処にそんな力があるのだと、グランは関心しきりだった。ますますグランのテンションは上がり、戦いはヒートアップしていく。
「おらおら! 反撃していいんだぜ! …出来るものならなぁ!!!」
「そうか、ならそろそろ――」
と目の前の好敵手が何かを言おうとしたその時――
「ぞ、族長方! 緊急事態です!!」
――狐の獣人が、焦りの声を上げながら闘技場に駆け込んできたのだった。




