7-3 おっさん、森人の試練に挑む
転移陣が発動して視界が真っ白に染まると、次に襲ってきたのは、この世界に来た時に感じた浮遊感だった。
だが、あの時と違い、それはすぐに収まった。
そして、意識を失うこともなく目の前の光景が切り替わっている。
目の前には木の壁があり、床には先程見た魔法陣が描かれている。どこかの部屋のようで、ほかには何も置いていなかった。
「ようこそ。お客人」
背後から聞こえた声は澄んではいるが、年を重ねた者の重みがあるものだった。
俺が振り返ると、そこに立っているのは一人のエルフの男性で、簡素な白いローブを身にまとっている。
腰まで伸びた銀髪が無造作に垂れていて、瞳は深い緑色をしていた。当然エルフの特徴である尖った耳をしていて、その表情は柔らかく微笑んでいる。
「族長。何故こちらに?」
「客人が来ると聞いたのでね、出迎えに来たまで」
「お邪魔します。族長殿」
だが、その纏う雰囲気は、見た目通りに判断してはいけないだろう。柔らかな視線の奥には、エルフと比べればまだまだひよっ子な俺を見透かすような光を感じて、思わず背筋が伸びる。
そんな緊張している俺を見て、族長の視線が少し柔らかくなった。
「すまないね。緊張させてしまったようだ」
「いえ。お気になさらずに」
「ここで立ち話もなんだろう。ついてきなさい」
族長とウィロスに挟まれるようにして、俺は建物の中を歩いていった。廊下にはいくつもの部屋の扉があって、それなりに広い屋敷なのだと推測出来る。途中で廊下の角を左に曲がって、その突き当りの部屋へと族長は入っていき、俺たちを招き入れる。
――中に入ると、そこは日本でいう座敷のようになっていた。
床には、畳のようなものが敷き詰められていて、奥にある上座が一段上がっている。そこに族長が腰を下ろすと、手前にウィロスが腰を下ろしたので、俺も彼に倣った。
「さて、挨拶が遅くなったが、私がフォレストハイムの族長を務める、エルヴァン・キーンという」
「B級冒険者のクヌートです。これをセレスティアから預かっています」
「ふむ、拝見しよう」
俺がセレスティアからの紹介状を差し出すと、エルヴァンはそれを受け取りながら俺の目をじっと見つめる。そして、何か確信を持ったかのように、俺から視線を逸らさずに口を開いた。
「…クヌート殿も、召喚されたのだな」
「え? 族長、それはどういう!?」
エルヴァンの言葉に驚くウィロスだったが、俺も内心動揺を隠せなかった。セレスティアの手紙には、そんな事は一言も書かれていなかった筈だ。だが、族長は確信を持って問いかけているので、俺もまたエルヴァンから視線を逸らさずにいた。
(いや、迷うな)
”同郷”だと知られているなら、下手に隠すより正直に話した方が、元勇者に会わせてくれる可能性は高くなるだろう。そう結論を出して、俺はエルヴァンに向き合った。
「…何故、分かった?」
「勇者トールと同じ匂いを感じたからな」
「匂い?」
「そうだ。身に纏う空気、といってもいい。この世界の住人には無いものだ」
「そうか…初めて言われたが、エルフだからそれが分かるのか?」
「いや、私は長く生きた上に、トールと会っているからな。そうでなければ気が付かないだろう」
それだけ言うと、エルヴァンは何処か遠い目をして黙ってしまう。ウィロスは何かを言いたげに、俺とエルヴァンを交互に見ていたが、やがて彼もまた何かを考え始めたので、このままでは埒が明かないと思い、俺は沈黙を破る。
「それで、勇者トールに会いたいのだが」
その言葉を聞いたエルヴァンの視線が、俺を見極めようとする鋭いものに変わった。
「会ってどうしたい?」
「話が聞きたいだけだ。当時のこと、勇者召喚のこと、同じ境遇のものとして、色々と」
ここは引く事は出来ないので、俺もその視線を正面から受け止めて、エルヴァンにそう答える。
――しばらく二人の鋭い視線が交差していたが、やがてエルヴァンが視線を緩めて微笑んだ。
「いいでしょう。…ウィロス。皆を集めなさい。明日”試しの試練”を行うと」
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”試しの試練”、それはフォレストハイムの”客人”を見定める為のもので、本人の得意な分野で受けることが出来るそうだ。セレスティアは、その知識でエルヴァンを認めさせたらしい。
本来ならば、そのセレスティアが認めた者ならば、試練を受ける必要はないのだが、今回は事情が事情な為に、俺本人を見極めたいとエルヴァンはいう。
「トールと同じ”勇者”であるクヌート殿には必要ないかと思うが」
ちなみに”勇者”ではなく”巻き込まれただけの者”だという俺の説明は聞いてもらえなかった、というか、理解してもらえなかったというべきだろうか。前例が無いことで、どう解釈していいのか分からないとエルヴァンは言い、俺のことも”勇者”と呼んでいる。
この事を知っているのは、エルヴァンの他にはウィロスだけで、知られたら騒ぎになるだろうと、エルヴァンはウィロスに対して、厳重に口止めをしていた。
話し合いが終わった後は、”客人”とはいえ、オルダ・オーハを一人で出歩くのは危険であると、族長の家で一晩お世話になることになった。
エルフといえば肉を食べないイメージもあるが、この世界ではそうではないらしい。狩猟もよく行っているようで、森の恵みをご馳走になった。
そして、日が変わって翌日、朝早くに俺はフォレストハイムの”闘技場”に連れて来られたのだ。
ここは、ドワーフや獣人たちがよく訓練の為に使う施設のようで、娯楽の少ないオルダ・オーハでは、年に一度訓練の成果を試す意味も含めて、闘技大会を行うらしい。
今回の”試練”は見世物にはならないらしく、観客はいなかったが、おそらくここの重鎮であろう数名が、俺を待ち構えていた。エルフにドワーフ、狼や熊の獣人などの視線が俺に集まっている。その中には、リーファと呼ばれていたエルフの女性もいた。
”試練”の内容は単純で、ここに居る数名と手合わせをする、というものだった。ずっと隠すように保護してきた”勇者”と引き合わせる事で、何が起こるか分からない以上、実力を見ておきたいというのがその理由だ。だが、
(他にも何かありそうだがな…)
今にも射殺してやろうという目で、リーファは俺を睨みつけている。その辺りも含まれていそうではあるが、何にせよ素直に試練を受ける以外の選択肢はこちらにはない
「皆も忙しい中、すまないな。それでは早速始めさせてもらおう。誰から――」
「――私がやるわ」
エルヴァンの言葉が終わる前に、リーファが前に出て、俺に指を突きつけてきた。
「”客人”なのに、試練を受けるなんて、やっぱり偽物なんでしょ。その化けの皮を剥いでやるわ!」
「…クヌート殿、異論はないか?」
「構わないさ」
俺が同意を示すと、エルヴァンに率いられるように、他の全員は円形の舞台上から離れていった。残された俺とリーファが十メートル離れて向かい合っている。彼女の手には、昨日見た弓があり、背中の矢筒には大量の矢が入れられていた。金属で縁取りされた胸当てをつけていて、それと揃いの小手とブーツを身に着けている。弓士としての武装は完璧といったところだ。
それに対して俺は、ここに来る前に受け取った皎刀一本だけを腰に差していた。元々、動き辛いので防具の類は一切身に着けていない。それがまた気に障ったのだろう、リーファの視線がますます厳しくなっていた。
俺は相対するリーファを『慧眼』で視てみる。
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リーファ・エリル
97歳 女性
ジョブ:弓師
種族:エルフ
レベル:61
力:550
技:640
速:630
体:550
魔:620
抗:620
運:510
スキル
弓技8、気配感知8、身体強化5、鷹の目6、風魔法7、水魔法5、詠唱短縮5
称号
『狙撃手』
数々の獲物を一撃の元に仕留めた証。弓技スキルに補正がかかる。
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(流石だな)
リーファはノルドヴァル王国で戦った騎士団長ヴィクトール並のステータスを持っていた。だが、俺のレベルもあれから随分と上がっている。問題はないだろう。
気になったのは、今までなかった種族という項目だが、人間以外を初めて見たからだろうと折り合いをつける。
「それでは、始め」
「一撃で終わらせてやるわ――『矢の雨』」
合図と同時にリーファが俺の頭上に一本の矢を放つと、それはみるみる内に増えていき、その名の通りに雨のように大量の矢が俺に目掛けて降り注いでくる。
矢の雨を前に俺が動かずにいるのを見て、勝ち誇った笑みを浮かべているリーファだったが――
(油断しすぎだな)
――俺は最小限の動きで、次々と降り注ぐ矢を避けていくと、その顔が驚愕の色に染まる。
そして、その内の一本を掴み取って投げ返すと、リーファは我に返って慌ててその矢を回避した。その一連を見た周囲の人間の空気が変わったのを感じる。
「馬鹿な!?」
「甘いな」
「今のは油断しただけよ! 『剛の矢』
その宣言通り、やっと本気になったリーファは足を使い始める。勢いのある一撃を放った後、俺の後ろに回り込むように走り始めた。
「『風よ! 我が身を友とせよ!』
軽身!!」
そうリーファが詠唱を終えると、彼女の速度が目に見えて早くなって、俺の視界から消えた。次の瞬間、背後から殺気を感じるのと共に、矢が飛来してくるが、俺は少しだけ身を捻って躱す。
「…嘘! ならこれで! 『疾風矢』!!」
スキルを放つには、スキル名を叫ばなければならない。
なので気付かれないように、敢えて背後からの一撃は普通に矢を放ったのは関心したが、生憎とその全身から放っている殺気が、俺にその一撃を教えてくれたので、スキルを使うのと変わらなかった。
彼女もそれに気付いたのだろう、様々な角度から速度重視の矢を放ってくるが、俺はそれを全て見切って避ける。
そんな俺の様子に、リーファが徐々に焦っていくのが見て取れた。だが彼女の目からは戦意は失われていない。むしろ殺気だけが籠められていた俺への視線が、段々と研ぎ澄まされていくのを感じる。
(これが狙いか)
俺が一瞬だけエルヴァンに視線を向けると、彼もそれに気付いたのか、口の端が一瞬だけ上がった。
(なら、とことん付き合うとするか)
視線を戻せば、リーファが再び俺の頭上を目掛けて、矢を放とうとしていた。
「これならどう! 『矢の雨!」
再び矢の雨を降らせると同時に、すぐさま彼女は走り出す。
「『疾風矢』!!」
上から矢の雨を降らせて逃げ場を無くしてからの時間差での速度重視の一撃、戦術としては悪くない。なりふり構わず勝利を狙ってきた彼女の全力に、俺も応えることにした。
「いノ型"稲妻"」
抜刀術で矢の雨をまとめて切り払うと、俺はリーファの放つ矢に向かって走り出す。
すり抜けるように矢をやり過ごして、最短距離で彼女の元に辿り着いた俺は、その弓の弦を切った。
そのままリーファの首元に刀を突きつけると、彼女は弓を離して手を上げる。
「…降参よ」
「それまで!」
エルヴァンの静止の合図が、辺りに響き渡った。
体調不良にて更新が遅れました!
申し訳ありません




