閑話 ”勇者”たち
(ふん…こんなもんだろう)
ルーンベルグの王宮にある天童麗司に宛がわれた部屋のベッドの上では、一人の女性が気を失っていた。双方の肌がはだけていて、情事の後である事は明白である。彼は”勇者”としての自らの立場を最大限に利用して、王宮の女性を好きなようにしていた。
そんな彼に女性を宛がっているのは、第一王子であるハインリヒだった。天童麗司の本日の相手は、第二騎士団の副長である伯爵の娘である。
(何を企んでいるのかは知らないが…せいぜい利用させてもらうさ)
天童麗司は、ハインリヒに対して決して気を許している訳ではなかった。ただ、自分の欲を満たしてくれるというので、敢えて合わせてやっているだけだ。自ら動かなくても、勇者である自分に尽くすのは、この世界の救世主ではある自分にとって当たり前だと、天童麗司は思っている。
(どうにも、エリザは釣れないしな)
第一王女であるエリザベートに一時は心を奪われたが、天童麗司にとって女は擦り寄ってくるモノであり、自らに擦り寄って来ない女には興味を保つ事は出来なかった。今では第二王女であるクララの方が、余程距離が近くなっている。
(まあ、クララのヤツで我慢しておいてやろう)
天童麗司はいつの頃からか、自分が王女と結婚してこの国の新たな王となり、ゆくゆくはこの世界の王となると思っていた。”勇者”である自分にはその権利があるのだと本気で思っているのだ。
もはや、このルーンベルグには彼とまともに戦えるのは、勇者たち以外では存在しない。この国最強の騎士とされる第一騎士団団長であるレオンハルトでさえ、足元にも及ばないのだ。
(どいつもこいつも、精々俺様の役に立つんだな)
天童麗司は自分こそが世界の覇者になるのだと、疑うことはなかった。
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(全く、どいつもこいつも使えないわネ)
氷室鏡華は豪華なドレスを翻しながら、王宮の廊下を歩いていた。今日も貴族令息を侍らせながら、王宮の中庭にあるガゼボで優雅な一時を過ごしていたのだが、今回集まった令息たちは、氷室鏡華のお気に召さなかったのだ。
やはり、子爵以下の令息なんかを相手にするべきでは無かったのだと、彼女は反省していた。最低でも伯爵令息くらいでなければ、何処か田舎臭くて美意識に耐えられないと、氷室鏡華は思っている。
(せっかくの"お願い"だから聞いてあげたんだけど)
そう、今回のお茶会は、第一王子ハインリヒにお願いされて、渋々参加することを決めたのだった。一度でいいから下級貴族とのお茶会に参加してあげてほしいと、第一王子自らお願いしてきたから、氷室鏡華は一度だけならと引き受けたのである。その結果は先に述べた通りだったが、それでも彼女の機嫌は、実はそこまで悪い訳ではない。
(ま、おかげで今夜は豪華なディナーにありつけるから、いいケドね)
ハインリヒは、下級貴族とのお茶会に参加する代わりに、夜は自分との晩餐会はいかがですかと誘ってきたのだった。第一王子との晩餐会といえば、さぞ豪華なものになるだろうと、氷室鏡華は二つ返事で引き受けたのだ。
天堂麗司とは違い、氷室鏡華は令息を侍らせてはいても身体までは許していない。お気に入りの令息を見つけたら、手練手管でその気をさせておいて、ひたすらに貢ぎ物をさせていた。
(所詮、世の中はおカネよ)
煩わしい先輩におべっかを使う必要もなく、実力は世界でも間違いなく上位の方にいると自覚している氷室鏡華は、元の世界に戻る気は更々なかった。魔王なんか簡単に倒して、あとは死ぬまで豪遊して、面白おかしく暮らしていこうと思っているのだ。
(その為に、ワタシの役に立ってね…王子様)
何を貢いでくれるのかと期待に胸を膨らませながら、自室に戻った氷室鏡華は、お付きの侍女に身支度を整えさせるのだった。
(…最も、あの王子様の考えはイマイチ読めないのだけどね)
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「はっ! もっとだ! もっと来やがれ!」
「「応っ!」」
神崎隼人は、十人の騎士を相手に訓練をしていた。少しでも空き時間があると、彼は訓練場に顔を出して、手の空いている騎士や騎士見習いを掴まえて、多対一の乱取りをしているのである。
(オレがもっと頼りがいがあったら、おっさんの相談相手になれたのかな…)
クララと共にヴェスタリアの視察から戻ってきた直後、反乱軍に奇襲を受けて、ヴォルフガング総督が一時的にルーンベルグへと帰ってきたと神崎隼人は聞いていた。そこには、最近鬼気迫る勢いで訓練をしていたグレゴールが居たのに、たった一人の敵に翻弄されたという。
更にはヴォルフガング総督か二千もの兵を引き連れていったのに、たった一人に二日も足止めをされたという信じ難い話を聞いたのだ。更にふざけた事に、ルーンベルグの兵に死者はいなかったそうだ。
その報告を聞いた若い騎士たちは、揃って相手を「殺す覚悟もない臆病者」と罵っていたが、神崎隼人は真逆の感想を抱いていた。
(殺意を持った二千の兵を、誰も殺さずにたった一人で足止めするなんて、オレには無理だ)
自分が前衛だからこそ、それが如何に難しい事なのか理解できた。だったら皆殺しにする方が遥かに楽なのだと、彼の経験が告げている。
――つまり、相手は常識外れの圧倒的強者なのだ。
それと同時に、また神崎隼人はこれまでの経験から不思議に思ってしまう。この世界の人間が、敵を相手にそんな気遣いをするなんて思えなかったからだ。そして、そんな馬鹿げたことをしそうな人物は、彼には一人しか心当たりはない。
(まさか、おっさん…あんたなのか?)
ヴェスタリアから戻ってきたグレゴールは、憑き物が落ちたかのように、訓練場に顔を出さなくなった。その代わりに、朝の訓練を終えた後は一日中資料室に籠るようになったのだ。
一度だけ、グレゴールと話をする機会があった神崎隼人が、その謎の敵について聞いてみると、「全てが謎に包まれた黒尽くめの戦士」としか返って来なかったのだ。そして、訓練に誘ってみると「今は本当の強さを知る為にやるべき事がある」と断られていた。
(いったい、何が起きてやがる…)
その神崎隼人の問いに応える者は誰もいなかった。
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(間違いない! 功刀さんだわ)
一方、ヴェスタリアの一件を聞いた早乙女蓮がまず最初に抱いた感想がこれだった。神崎隼人と同様かそれ以上に、この世界でそんな真似をするのは功刀しかいないと確信を持っていた。
ステータスこそ低かったものの、功刀には長い間培ってきた技術がある。あの人ならそれくらいしてもおかしくないと思うくらいには、早乙女蓮は功刀の殺陣の技術を信頼していた。
撮影現場において、まるで未来が見えるかのように先手を打って動く功刀の姿が、早乙女蓮の脳裏に焼き付いている。だからこそ、本来の技術とこの世界のスキルが合わせれば、そんな事も可能ではないかと思えたのだ。
――だが、ここで早乙女蓮は気付いてしまった。
常に先読みをする功刀が、あの行方不明になった演習の件では、特に何も対策を講じていなかったことに。自分が功刀を心配して掛けた言葉を、杞憂だと笑って応えたあの功刀の姿は、今思えば功刀らしくない。いや、むしろ――
(それこそが、功刀さんの狙い!?)
――そう思った時に、早乙女蓮の思考はフル回転を始める。役作りの時になかなか繋がらなかった点と点が繋がって、一気に視野が広がるかのように、王宮での功刀の振る舞いの一つ一つを検証していく。
(もしかしたら、早々にルーンベルグに見切りをつけた功刀さんが、敢えて自ら行方不明になった…!?)
そう考えれば、早乙女蓮の中では辻褄が合うのだ。
自分や神崎に対しても、何も話さなかったのは、早々に勇者として、国に取り込まれると功刀が判断したから。単独行動とは、つまり自由に動けるという事であり、王国内に居ては身動きがとれないと判断したから、敢えて罠を踏み抜き、利用して自由を得た。
そうして、今ルーンベルグ王国と対立する立場をとっているのだとしたら――
(…ルーンベルグには、この戦争には、何かある?)
早乙女蓮の脳裏に浮かぶのは、功刀の最後の姿を見たというグレゴールという騎士だった。アシッド・ヴァイパーと遭遇して、時間を稼ぐと功刀に言われてその場を去った騎士。それからというもの鬼気迫る勢いで、突然自らを痛めつけるように鍛え始めた彼が、ヴェスタリアの一件以降、資料室でずっと何やら調べ物をしているのを、早乙女蓮は見かけている。
(何かを知ってるはずだわ)
早乙女蓮はグレゴールに話を聞こうと、急ぎ資料室へと足を運ぶのであった。
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「今よ! みんな!」
「えいっ!」
トーマスが、フーゴが押さえつけているホーンラビットの喉元を短剣で斬り裂いた。そのトーマスの周囲では同じように、ヴェスタリアの難民たちが解放軍のサポートを受けて、魔物を狩っている。
行政府でクヌートと別れた後、マリアとエラは西門の外で炊き出しを受ける解放軍と、ヴェスタリアの難民たちと合流した。そして、西門の兵士に案内されて、与えられた兵舎の四棟で何とか割り当てを済ませた後、解放軍の主要メンバーで、クヌートの言った全員のレベル上げをする事に対して話し合いをしたのだった。
解放軍のメンバーは、満場一致でクヌートの案を採用しよう首を縦に振った。やはり、数の暴力に負けたのを、皆気にしていたのだ。
そして、次の日の朝、マリアの口からヴェスタリアの難民たちに向かって、クヌートの提案についての説明があった。決して無理強いはしないが、アルカディアまでの旅路のように、協力して魔物を倒してレベルを上げないかと。
その裏にある意図は、子供たち以外には漏れなく伝わっていた。何故なら難民たちもまた、ヴェスタリアを離れざるを得ない事情について、自らの無力を嘆いていたからだ。
そうして、一部のもう身体が満足に動かせない老人以外の全員が、レベル上げをすることに対して、了承したのである。
(僕もおじさんみたいに強くなるんだ!)
トーマスは子供でありながら、ヴェスタリア解放の為にレベルを上げるという大人の意図を汲み取った数少ない子供の一人であった。
クヌートに諭され、復讐ではなく守る為に強くなれと言う言葉をずっと考えていたからこそ、マリアの提案を正しく受け取ったのである。
(もっとレベルを上げなきゃ…)
トーマスは、孤児だったが故に栄養が足りずに身体が小さいが、実は十二歳だった。そして、アルカディアへの旅路を経てレベルの上がったソフィア司祭の力で、本来十五歳の成人を迎えた時にする洗礼を、既に受けていたのである。
日常に置いては、決まりを破って敢えて十五歳前に洗礼を受けるという事をする人間が居ないだけで、実は洗礼さえ受ければ、何歳でもステータスとジョブ、そしてスキルを授かる事は出来るのだ。
なので、トーマスには、既にステータスとジョブがある。
彼に与えられたジョブは、奇しくも"暗殺者"というレアなジョブだった。機動性と隠密性に優れ、敵の不意を打つそのジョブは、復讐に燃えていたトーマスに授けられたのかもしれない。
だが、トーマスはその力を別の方向に、無意識に生かそうとしていた。クヌートのように、誰かを助ける為に、誰かの隙を埋める為に使っていたのだ。
(おじさん、見ててね)
そうして、トーマスは今日も魔物を倒す。
トーマスを始めとしたヴェスタリアの難民たちは、勇気を振り絞って自らを困難な状況に追い込んでいた。
その先にある望んだ未来の為に、勇気を胸に宿して彼らは戦い続けたのだった。




