6-9 おっさん、”真実”に辿り着く
「ここが禁書庫よ」
「ここが…」
「ええ。貴方が読むべきものが、ここにはあるわ」
あの後、俺は改めてリベルタからアルカディアに来るまでにあった事を、二人にきちんと話して聞かせた。フェーロ商会の名前が出てきた以上、無関係ではないと思ったからだ。前回ティグリスには簡潔にしか話をしなかったので、覚えている限り詳細な部分まで話すと、全てを聞き終わったティグリスは「調べたいことがある」と言って、ギルドへと急ぎ戻っていった。
すると、セレスティアが報酬である禁書庫の”勇者召喚”の場所まで案内すると言い出したのだ。どうやら夜には、評議会へ戻らなければならないようで、一度案内するから、あとはご勝手にという事らしい。
なので、俺とセレスティアは今、地下二階にある禁書庫の中を歩いている。
セレスティアから預かった許可書を禁書庫の扉に当てると開錠されて、中に入ることが出来た。この部屋の本棚自体が劣化を防ぐ魔道具となっていて、中には羊皮紙で出来た書物も多数ある。古い書物を読む為だろうか、禁書庫の照明は、他とは違って柔らかい光を放つ魔道具だった。
――俺を案内してきたセレスティアは、禁書庫で一番奥にある本棚の前で足を止める。
「この区画にあるのがルーンベルグ…いえ、ローランド帝国に関する書物ね。勇者召喚についても、ここにあるわ」
「ローランド帝国って、ルーンベルグとゼノビアに別れる前の国だったか」
「そう。この大陸の覇者だった国。全てはそこから始まったのよ」
そこで口を閉ざしたセレスティアが、本棚から一冊の古びた書物を取り出すと俺に手渡してきた。俺が表紙に目を向けると、そこには”帝国正史”と書かれている。
「帝国正史?」
「ええ。ルーンベルグでは禁書とされている、失われた正史が書かれているわ。まずはそれから読んで」
「分かった」
「その間に、最低限読んだほうがいい書物を並べておくわ。後は好きにして」
「ああ。ありがとう」
「いいのよ。報酬なんだから」
それだけを言い残し、セレスティアが本を探しに行ったので、俺は”帝国正史”を読み始めた。そこに書かれていたのは、俺がルーンベルグでイグナティウス枢機卿から聞いた話とは全く違う、衝撃の事実の連続だった――
――五百年前、ローランド帝国の第十七代皇帝ヒルデブラント三世が崩御した際に、それは起こった。そう、熾烈な後継者争いが勃発したのである。
元々第一王子であるラインハルトが後継者として指名されていたが、第二王子エドヴァルトがそれに異を唱えた。エドヴァルトは人間至上主義を掲げ、亜人や魔族との共存を訴えるラインハルトの主義は、帝国にとって危険だと訴え始めたのだ。
亜人の強靭な肉体や、魔族の膨大な魔力は、我が帝国で管理しなければならないというエドヴァルトの主張は、同じく差別的な特権階級や人類至上主義の貴族たちを味方につけていき、徐々に勢力を大きくしていく。そして、半分以上の貴族が味方についた時に、エドヴァルトはクーデターを起こしたのだ。
だが、それはローランド帝国自体を真っ二つに割る紛争となった。ラインハルトたちの勢力は破れ、その支持者と共に追放されてしまう。クーデターに成功したエドヴァルトは国の名を”ルーンベルグ王国”と改め、人類至上主義の国家を建国した。
それに抵抗する為に、ラインハルトとその支持者は”ゼノビア連合”を建国し、ルーンベルグで迫害をされている亜人たちの受け皿としたという。それ以降、元の”ローランド帝国”の復興を目指すルーンベルグが、何度もゼノビアに対して侵略戦争をしかけており、それが百年前のヴェスタリアへの”大侵攻”に繋がっていた。
(…これがルーンベルグの”真実”か)
全ては簒奪者であるルーンベルグが仕掛けた”戦争”であり、大義名分を偽って正統な皇位継承者であるゼノビアの血筋を絶やして、自らの行いを正当化しようとするのが、この一連の侵攻だという事か。
(ふざけるな…)
その為の”兵器”として俺たちは召喚され、何も知らない国民は今も戦争に駆り出されている。全てルーンベルグ王家の野望の為だけに、命がけで付き合わされているのだ。
「読んだ?」
「ああ。これを公表しない理由は?」
「端的に言えば、ヤケを起こしたルーンベルグを止める力が無いからよ」
確かに、国境門のところに幾ら結界があると言っても、力尽くで破られたら終わりだ。つまりは、アルカディアが中立を貫いているのは、対抗手段を手にするまでの時間稼ぎという事か。
「光明教会は何故ルーンベルグに手を貸している?」
「その記録はないのだけどね。勇者と光明教会は切っては切れないものでしょ」
(ニコラスの信仰は”本物”だった。だが、上層部は…)
リベルタでのニコラスから受けた忠告を思い出して、胸の中をほろ苦い感情が駆け巡った。
「…ああ。それで腐っていったのか」
「ま。あくまで私の想像だけど…さて、次はこれよ」
そうしてセレスティアが差し出した書物の表紙には、特に題名のようなものは書かれていない。だが、それを持つソフィアの表情が、少し強張っているのが気になった。
「次は何だ?」
「初代皇帝の手記、と言われているわ」
「言われている?」
「この世界のどの言葉でも無い字で書かれているから、誰も読めなかったの。それを可能な限り似せて写本したものよ」
「…まさか!?」
「そう。だからこそ、貴方に進めるのよ」
セレスティアから手記を受け取った俺は、恐る恐る表紙を開く――そこには、この世界にある筈のない文字が書かれていた。
(日本語…)
そう、ローランド帝国の初代皇帝は、日本人だったのだ。
彼の手記には震える字で、こう書かれていた――
―――――
私はハルト。初代皇帝ハルトムート一世となった男だ。
本当の名は…もう思い出せない。
日本から突然召喚されて、もう何年経っただろうか。
創世神ルミナスに頼まれた私は、必死に戦った。
日本では天涯孤独の身で、行き場は無かったからだ。
そしてついに、邪神ヴォイドグラムを封印した。
だが…代償は大きかった。
多くの命が失われた。
私の仲間たちも…皆、死んだ。
私だけが生き残った。
そして…私は帰れなかった。
召喚の術は一方通行だ。
元の世界に戻る術はない。
少なくとも、創世神が眠りについた今、どうする事も出来なかった。
私はこの世界で生きることを選んだ。
帝国を建国し、平和を築こうとした。
だが…人は争い、種族は対立する。
私の理想は…遠い。
勇者召喚の魔法陣は封印した。
二度と私のような犠牲者を出さない為に。
そして…この手記を読める者がいるのならば。
諦めるな。
まだ…希望はあるかもしれない。
私は見つけられなかったが…
君なら…見つけられるかもしれない。
二度と、この手記を読む事が出来る者が現れないことを願っている。
―――――
(…帰れない、か)
薄々感づいていたものの、やはり事実を突きつけられると衝撃的だった。勿論、召喚の魔法陣では無理だが、送還の魔法陣の存在は否定されていない。それに、創世神が眠りについたという情報も気になる。
もし、世界を創った神に会えたのなら、地球に帰還できるかもしれない。だが――
(俺はどうしたい?)
大竹先生には本当にお世話になった。まだ全然恩を返せていないが、同時に師匠に言われた言葉を思い出す。
『タケちゃん。どうしても恩返しをしたいって言うなら、僕じゃなくて困ってる人がいたら助けてあげてね。恩送りってやつさー』
――この世界で会った人々の顔を次々と思い浮かぶ。
この厳しい世界で、それでも必死に生きる人たち。厳しい状況でも、決して故郷を捨てなかった人たち。次々と浮かんでは消え、消えては浮かんでいく。
(困ってる人、か)
一度浮かんだ師匠の言葉は、頭の中に残って離れない。
だが、俺が思考の海に沈みかけていたところに、セレスティアの心配そうな声が掛けられた。
「どうしたの? もしかして読めなかった?」
「いや、読めたよ」
「そう…浮かない顔だけど、何て書いてあったの?」
俺の顔色から、内容が良くない事は想像がついているのだろう。それでも、館長としての務めだろうか、申し訳なさそうにセレスティアが聞いてきたので、俺は隠すことなく手記の内容を伝える。
――そして今、話を聞き終わったセレスティアが、首を傾げて唸っていた。
「そうだったのね。…帰れない勇者と、眠りについたルミナス様、それに封印された邪神か」
何やら考え込んでいるセレスティアに、俺は疑問を一つ口にする。
「邪神ヴォイドグラムというのは初耳なんだが、何か知っているか?」
「古い文献に稀に登場するくらいね。ルミナス様に相反する存在で、世界を滅ぼす為に魔物をばら撒いたとされているわ」
それ以上の情報は無いというセレスティアだったが、世界中の書物が集まるとされるこの大図書館にすら関連する書物が無いのはおかしく思った。初代皇帝がわざわざ嘘を書き残す理由は無い以上、その邪神は実在したのだろう。となれば、後は考えられるのは一つしかない――そう、情報の隠蔽は意図的なものだという事だ。
(だが誰が、何の為に?)
何者かの意図は感じるが今はこれ以上、邪神について知る事は出来そうにない。一旦頭の隅に置いておくしかなさそうだ。
「後はこれね」
「宮廷魔術師アントラスの手記?」
「そうよ。百年前の元ルーンベルグの宮廷魔術師。勇者召喚を行った自分への苦悩が書かれているわ」
――三度、セレスティアから渡された書物の表紙を開くと、そこには彼の苦悩が刻み込まれていた。
王国の正義を信じて、率先して勇者召喚の魔法陣の封印を解いたアントラスは、見事に勇者召喚の儀式を成功させる。だが、呼び出されたのは年端も行かない少年だった。
それでも彼は、王国の事情を聞いて喜んで力を貸してくれるという。みるみるうちに実力をつけていった彼を、魔族の協力者であるヴェスタリアに派遣することが決定した。
だが、それが間違いだったと彼は言う。
勇者トールの補佐として従軍したアントラスが目にしたのは、彼の一方的な虐殺だった。軍に命令されるがままに、ヴェスタリアを蹂躙するトールを見て、アントラスは自らの罪を思い知ったのだという。だが、軍はもう止まれず、アントラスの言葉に耳を貸す者もいなかった。
そしてついに、最も恐れていた事態が起こってしまう。
トールの快進撃によってゼノビアの約半分を奪取した際、ゼノビアのリューグナーという都市の城で、トールはゼノビアこそがローランド帝国の正当な後継者である事を知ってしまったのだ。勿論アントラスも初めて知ったことであり、トールと二人で軍から姿を消したのだという。
そうして、トールはフォレストハイムへ、アントラスはアルカディアへ身を寄せたのだと。
一度だけトールから手紙を受け取ったアントラスは、それを読むと誰にも見せずに燃やしたらしい。その一か月後に、彼は息を引き取ったそうだ。手記の最後には、”すまない”とだけ書かれていた。
「先代の勇者か」
「彼はまだ生きてるわ。私もこれを読んで一度だけ会いにいったの」
「それで?」
「短時間だけ面会を許されたわ。ルーンベルグは許せないと、そして勇者召喚がまた行われそうだから、気をつけろと言われたわ。今から一年前の事よ」
――百年前に召喚された勇者がまだ生きている。
俺がこの世界に来てからは半年も経っていない。彼の過ごした百年という重みを想像するだけで、言葉が上手く出て来なかった。
だが、それを聞いた俺が何を言い出すのかは想定していたのだろう。俺が口を開く前にセレスティアが先手を打ってきた。
「会いたいでしょ」
「勿論だ」
「じゃあ、これを持っていきなさい」
セレスティアから渡されたのは二通の手紙だった。片方は、商業ギルド宛てとなっていたが、もう片方には何も書かれていない。
「これは?」
「特別に飛竜便での移動を許可する手紙と、エルフの長老宛ての勇者トールへの紹介状よ」




