6-8 おっさん、企みを潰す
俺がフードの男を抱えて講堂を出た時に、大図書館の方からドン! という爆発音が聞こえてきた。
(やはり陽動だったか…)
フードの男を小脇に抱えて、来た道を全力で引き返していく。幸い、と言っていいのだろうか、道中で散々倒した不死者の痕跡は魔法陣を破壊したせいか、跡形も無く消えていた。
(後片付けは楽になったな)
まぁ、首謀者と思しき男の身柄は確保してある。これを然るべきところに突き出せばいいだろう。俺の仕事はあくまで"禁書庫の警備"であり、真相解明ではないのだから。
俺が魔導学院の入口まで戻ってくると、大図書館の正門前の惨状が、目に飛び込んできた。本館に続く玄関通路には何人もの警備員が地面に倒れていて、ピクりとも動かない。既に戦いは館内まで達しているのだろう、館外に動く姿は見掛けられなかった。
(急がなければ)
魔導学院の入口を出て、そのまま大図書館の入口まで急ぎ走る。正門を抜ければ、館内から争いの気配が伝わってきたので、俺は更に速度を上げた。館内の入口前にある階段の前に二人、剣を持った男が立っていたので、俺はフード姿の男を見張りの一人に投げつけると同時に、もう一人を横薙ぎに斬り捨てる。
「な!」
「がっ…」
返す刀で、倒れた見張りのもう一人を斬り捨てて、俺は入口への石段を駆け上がった。
この非常事態において、警備員を殺した襲撃者相手に、手加減をする必要はないだろう。今までの経験からして、守るべきものがある時に躊躇をしてる暇はない。
ヴェスタリアの再侵攻の際は、オズワルドへの気遣いと、まだ殺人を犯してない一般兵に対しての気遣いをしたが、既に悪事を働いている今回の襲撃者に関しては別だった。
(…迷うな)
俺は神ではない、出来る事は限られている。現に魔導学院の騒ぎを納めに行ったから、大図書館への侵攻を許してしまった。だが、もし俺が行かなければ、アルカス中が不死者の群れで溢れていた可能性もあった。それに関して後悔をしている場合ではない。
(集中しろ)
――今はやるべき事をやるだけだ。
大図書館の館内へと踊り入った俺が見たのは、警備員と見知らぬフード姿の人間が倒れている光景だった。それは禁書庫へ向かう方向へと続いている。床に倒れている人の中には職員の姿もあり、入口前にある受付カウンターも荒らされた跡が見てとれた。
(まずいな…)
この様子なら恐らく、禁書庫への許可証も奴らの手に落ちているだろう。俺が急ぎ、地下へと続く階段へと向かうと、はっきりとした剣戟の音が遠く聞こえてきた。地下へと続く階段の前まで辿り着ついた俺が見たのは、陣形を組んで侵入者たちを迎撃する警備員たちの姿だった。
(間に合ったか)
俺は魔導学院の講堂で、フード姿の男の動きを止めた感覚を思い起こして、襲撃者たちに向かって意識を飛ばす。すると、俺の影から襲撃者たち全員に向かって影が伸びて、一瞬その動きを止めた。
「なっ!」
「動かないっ!」
その隙を見逃さなかった警備員たちが、襲撃者たちを次々と討ち取っていく。
(くっ、魔力の消耗が…)
だが、一瞬で魔力枯渇を起こしそうな程、ごっそりと魔力を持っていかれた俺は、一瞬ふらつきそうになるも必死で耐える。そうしている内に、俺に気付いた警備員の一人が声を掛けてきた。
「クーノさん! ご無事でしたか!」
「ああ。状況は?」
「被害者は多数ですが、ここで食い止められました」
「そうか…すまない」
「…何がですか?」
「いや、俺が魔導学院に行かなければ、犠牲者は――」
「それは違います!」
俺の言葉を遮るように、警備員の一人が声を荒げた。
「魔導学院から逃げてきたリリアや生徒たちから事情は聴きました。クーノさんが行かなければ、もっと大変な事になっていたでしょう」
「…そう、か」
「そうです! 悪いのは、こんなことを企んだ襲撃者たちであり、クーノさんが気に病むことではありません」
真っ直ぐに俺を見ながら掛けられる言葉に、俺は何も反論は出来なかった。そんな俺に出来たのは、感謝の意を述べる事だけだったのだ。
「…よくやってくれた」
「はい。それこそクーノさんの警告があればこそです」
最悪の事態を逃れた俺たちは、襲撃者たちの身柄を確保していく。当然息をしていない者も居るが、全員が死んだ訳ではない。何人か生きている者を拘束して、後ほど事情聴取をするように指示を出した。
館内に倒れていた中でも、まだ息をしている人も居たので、敵味方関わらず応急処置をしていく。
――そうして、俺たちが慌ただしく動いている間に、夜は明けていた。
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「よくやってくれたわね」
「…いや、多数の犠牲者を出した」
「それでもよ。魔導学院と禁書庫、二つとも守ってくれたわ」
セレスティアの惜しみない賛辞に、俺は黙ってしまう。
後始末をしている内に夜は明け、早朝ともいえる時間にセレスティアが大図書館に帰ってきたのだ。どうやら騒ぎを聞きつけた彼女は、通信では埒が空かないと急いで戻ってきたらしい。「何があったの」と報告を求められた俺は、警備員たちに後始末を任せて、セレスティアに昨晩の一連の流れを説明したのだった。
「魔導学院でアンデットを召喚した男も含めて、私が尋問するから貴方は少し休みなさい」
「だが――」
「休みなさい。いい?」
「…分かった」
セレスティアから見れば、余程疲れた顔をしていたのだろうか、半ば強引に休むように言われた俺は、自室に戻ってベッドに飛び込んだ。無数の不死者の群れと戦った疲労もあったのだろうか、あっという間に意識を失っていた。
そして、次に目が覚めた俺が窓の外を見てみると、太陽はほぼ真上に来ていた。今は昼前といったところだろう。
(随分と寝てしまったな…)
だか、ほぼ二日間徹夜だったと考えてみれば無理もないと、思わず苦笑する。身体を拭いてさっぱりとした後、着替えを済ませた俺はセレスティアの部屋へと向かった。館内からあまり人の気配を感じないところから、恐らく臨時で休館とでもなったのだろう。警備員も最低限しかいないように思えた。
セレスティアの部屋まで着いた俺が扉をノックすると、部屋の中から二人分の気配を感じた。「入りなさい」と言う声に従って扉を開けると、自分の執務机の前に座るセレスティアの前に立っている、白髪の偉丈夫の姿が目に入る。
「お! ご苦労じゃったのう!」
「少しは休めたかしら?」
「ああ。気を使わせてすまないな」
そこにいたのは、冒険者ギルド・アルカス支部のギルドマスターであるティグリスだった。昨晩の事件を聞いて、わざわざこっちまで来たのだろうか、そんな風に訝しげに思っていると、ティグリスは俺を見てニヤリと笑いながら口を開く。
「聞いたぞ? 大活躍だったそうじゃな」
「…完璧とは言い難いがな」
「充分な成果よ。誇りなさいな」
「そうじゃ。特に魔導学院の一件は、お前さんが手早く抑えていなければ、もっと犠牲者が増えていたはずじゃよ」
「そうね。貴方の判断は正しかった。連邦評議会の代表としても、改めてお礼を言わせてもらうわ」
「…分かった。素直に受け取っておこう」
(かといって、すぐに割り切れるものでもないが…)
セレスティアとティグリスの表情を見れば、心の底からそう思っているのが伝わってくる。なので、俺はこれ以上自嘲をするのは相手にも失礼だと思い、止める事にした。
「それでじゃ、クヌートよ。セレスとも話したんじゃがな」
「ええ。二人とも同じ意見だったわ」
「何の事だ?」
「お前さんへの報酬じゃよ。ほれ、ギルドカードを渡すんじゃ」
俺は言われるがままに、懐からギルドカードを取り出して、笑顔で待つティグリスに渡す。それを受け取った彼は、セレスティアの机の上に置くと、掌をカードの上にかざした。
「アルカスの危機を救った冒険者クヌートをギルドマスター、ティグリスの名においてBランクに昇格するものとする!」
「アルカディア連邦評議会としても異論はないわ」
「では、これよりリベルタ支部のクヌートは、Bランク冒険者じゃ!」
そうティグリスが高らかに宣言すると、かざした手の中指につけられている指輪から紫色の光が放たれた。すると、その光がギルドカードに吸い込まれていき、俺のギルドカードの色が紫に変わった。
「これは?」
「Bランク以上になる場合にはのぅ、こういう儀式的なものを行うんじゃよ。その国の代表者の承認を得ながらな」
「そういうこと。私の代になってからは貴方で三人目ね」
「残りの二人は?」
俺がセレスティア達にそう問い掛けると、聞いてはいけなかったのか、二人の表情が曇る。
「…一人はゼノビアに行ったわ。ルーンベルグはおかしいって言って」
「もう一人は行方不明なんじゃよ。とある依頼中に突然、音信不通になってのぅ」
「…そうか」
セレスティアの部屋の中を一瞬、気まずい沈黙が支配した。なので、俺は空気を変えようと、気になっている事を質問する事にした。
「それで、昨晩の事だが、何か分かったか?」
「…ええ。それはもう色々とね」
「そうじゃの。それも話せばなるまいて」
渡りに船とばかりにセレスティアが話に乗ってくれて、事の顛末を話し始めた。
やはりスキアーのクランと、魔導学院にいたフードの男――ターフォスは協力関係にあったそうだ。ターフォスは正真正銘、魔導学院に雇われた魔法学の臨時講師で、二カ月前に正規の講師が馬車に轢かれて、光明教会の紹介で雇われたという。
スキアーとは謎のフード姿の人物を通じて知り合ったそうで、その人物からターフォスが長年望んでいた、禁呪である”死霊魔法”について書かれた書物が禁書庫にあると聞いたらしい。そして、不死者を生み出す魔法陣と、その制御をする為の杖も与えられたそうだ。
(光明教会が、禁呪を求める人物を斡旋か…きな臭いな)
そして、スキアーのクランだが、どうやら商業ギルドの飛竜便をしょっちゅう利用していたのは奴で、リベルタやルーンベルグとずっと手紙のやりとりをしていた。今回禁書庫を狙ったのは、その手紙に書かれた指示であり、大金と引き換えに禁書庫の本を可能な限り盗み出せ、というものだったという。
昨晩の襲撃者の一人が恩赦をちらつかせたセレスティアによって、スキアーのクラン”鬣犬の牙”の元へ報告に行かされた。その後を追跡した冒険者ギルドの手練れたちが、スキアーを始めとしたクランメンバーを確保してきたそうだ。
「――スキアーがやりとりしていた指示書の宛て名は”フェーロ商会”だそうよ」
「フェーロ商会だと!?」
「知ってるのか?」
「ああ。実は――」
俺がリベルタであった一連の出来事を話すと、セレスティアとティグリスの表情が固くなった。
「そう、そんなことが…」
「…これで終わり、という訳にはいかなそうじゃな」
――フェーロ商会の代表だったマッシモは、既に死んでいる。
それを隠れ蓑にした”誰か”の陰謀が動いているのなら、きっとこれまでの出来事には俺が見えていない”何か”があるのだろうか。
沈黙した部屋の中、紫色になったギルドカードが、魔道具の明かりにゆらゆらと照らされていた。
予約投稿の日にちを間違っておりました!
更新が遅れたこと、深くお詫びします…




