6-6 おっさん、警備をする
ジョンと再会したその日の夜。
俺は『隠密』のスキルを使って気配を消して、闇に紛れるように大図書館の周囲を巡回していた。ジョンと話をした後、大図書館に戻った俺は警備員に話を聞いてみたが、特に問題は無かったらしい。となると、今も報告の上がり続けている不審者への対策として、夜間の外回りが必要だろうと判断したのだ。
夜間の警備体制についてセレスティアから聞いたのは、正門を閉めると結界が発動して、侵入者が敷地内に入れば警報が鳴り響くようになっているそうだ。だが裏を返せば、昼間から敷地内で身を隠していれば、この結界自体が役には立たない。もちろん閉館前に警備員による館外の見回りをしているが、スキルなどで隠れられたら難しいだろうとセレスティアは言っていた。
(彼女なら見つけられそうだが)
『慧眼』のスキルすら防ぐ彼女の、何か特別な力でどうにかなりそうだが、館長であるのと同時に、連邦評議会の会長でもあるセレスティアは、毎日忙しく過ごしている。基本的に館長の部屋にいる彼女だが、評議会の会議には通信の魔道具で参加しているそうだ。そんな彼女が、毎日見回りをする訳にも行かないだろう。
ここ三日間に関しては、俺が気配を探っていたが、特に何も感じなかった。今日も閉館前に確認したが、問題が無かったので、こうして外での見回りに移行していたのだ。正門が閉まっても、職員専用の通用口から大図書館への出入りは入館証があれば可能である。最も研究員の多くは館内に自室があり、通いである一般職員や警備員以外は、あまり閉館後は出歩かないそうだが、一応夜間の敷地内の見回りは定期的には行われている。
(…三人、か)
しばらく、大図書館の周囲を周回していると、怪しげな動きをしている男を三人ほど見つけた。正門前を何度も往復している者、通用口の前を見張っている者、俺と同じようにぐるぐると歩いている者だ。
別にこれだけでは怪しいと尋問する訳にはいかないし、散歩をしているだけとか、何とでも言い逃れが出来る状況である。
俺が突き止めたいのは、むしろその後であり、この不審者が何処に帰るのかという事だった。
――やがて夜も更け、日付が変わろうとする頃に、ようやく不審者たちは帰る兆しを見せる。
三人ともバラバラに別れていったので、俺はその内の一人の足取りを追うことにした。
『隠密』で気配を消したまま、気付かれないように不審者の若い男を尾行していく。だが、その男が辿り着いたのは、裏通りにある”灰色の鴉亭”という一軒の古びた宿屋だった。
男はきょろきょろと周囲の様子を探ってから、そっと宿の中に入っていく。やがて二階にある一室に明かりがついたので、俺は屋根の上に飛び上がって部屋の様子を探るが、中からは一人の気配しか感じなかった。
(あてが外れたか…)
俺はてっきり、何処ぞのクランの本拠地にでも帰るのかと思っていたが、そうは問屋が卸さないようだ。せっかくなので、しばらくその場に留まってみたが、他の不審者が集まってくるような気配はない。
(…そうそう馬鹿でもない、と)
どうやら素性がバレるリスクを分散するくらいには、相手は用心深いという事が分かっただけでも、今日のところは良しとするしかないようだ。だが、朝になれば何か動きがあるかもしれないと思い、俺は男の見張りを続ける事にして、屋根の上で夜明けを待った。
そして、空が明るみ始めたその時、まだ人が動き出すには早い時間に男が宿から出てきたので、俺は再び尾行を開始する。欠伸を噛み殺しながら男の後を追っていくと、俺は中央区から商業街まで来ていた。男は大通りを外れて、裏路地に入ると角をくねくねと曲がって行く。
――やがて辿り着いたのは、一軒の大きな屋敷だった。
傭兵ギルドと同じような造りをしていて、石壁にある鉄門の前には見張りが一人眠そうに立っていた。若い男の顔を見ると、見張りは鉄門を開けて、一緒に建物の中へと入っていく。入口の看板には、”鬣犬の牙”という名前が掲げてあった。
(覚えておこう)
ジョンならどんなクランか知っているだろうと思うが、まだ尋ねるには朝も早い。こんな時間から押しかけるのは迷惑だろうと考え、俺は一度大図書館への帰路についた。
「あら、朝帰りかしら?」
大図書館の正門前まで戻ってきた俺は、ちょうど出かけるところだったのか、館内から出てきたセレスティアと鉢合わせた。いい機会だと思い、手短に昨夜の事をセレスティアに報告すると、彼女は驚いたのか目を見張った。
「そこまでしてくれるとは思わなかったわ」
「待つだけっていうのは性に合わなくてな。まだ時間はあるか?」
「もう少しなら」
「なら一つだけ。””鬣犬の牙”って名前を知っているか?」
「確か、あまり評判の良くない傭兵のクランの名前ね。警備員を雇う際に、真っ先に除外した記憶があるわ」
「代表の名前は分かるか?」
「そこまで覚えてはないわね。除外した時点で興味は無いし、ってもう時間ね」
「ああ、忙しいところすまない」
「いいわ。それと、今日は一日居ないから後は頼んだわ」
「分かった」
話が終わるとすぐに、セレスティアを迎えに来た連邦評議会の紋章の入った豪華な馬車が、まるで待っていたかのように正門前に止まった。セレスティアが近づくと御者が馬車のドアを開いて、彼女を中へとエスコートする。
パタンとそのドアが閉まるまで見送った俺は、与えられた部屋に戻って仮眠をとった。
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「ああ、それはスキアーのクランで間違いないが、何かあったか?」
「いや、ここに来る前に道に迷ってな。たまたま見かけただけだ」
「そうか。慣れないとわかり辛いか」
「ああ、さすがにもう覚えたが」
昼過ぎ、ジョンのクランハウスまでやってきた俺は、彼に昼飯に誘われたので”鬣犬の牙”についてジョンに聞いてみた。昨番の事を伏せたのは、ジョンのクランまで巻き込んでしまうのを避ける為だった。
彼のクランメンバーが大図書館の警備員に居るなら話しておくべきだったが、そうではなかったので、関係者以外に、未確定な情報を渡す訳には行かないという事情もある。
クランハウスで昼飯を食べていると、あの時の護衛に居たメンバーとの再会を果たした。
というか、そもそも一度彼らと会わせようしたジョンが、昼食に誘ったようだった。彼らと話をしていたら、流れで剣の稽古をつけて欲しいと言われ、俺は何故かジョンとまで手合わせをしていた。
「じゃあ、またな」
「ああ。しばらくは来れないかもしれないが」
「忙しいのはいいことだ。…クーノ」
「何だ?」
別れを交わすジョンの目が一瞬だけ、真面目な光を帯びる
「お前は俺たちの命の恩人だ…何かあったら言ってくれよ」
「…分かった」
(さすがに勘付いてるか…)
それでも、根掘り葉掘り聞いてこないのは、ジョンの優しさなのだろう。最後にジョンとハイタッチをして、俺はジョンのクランハウスを後にする。大図書館に戻る途中、商業ギルドの方に飛竜便が飛んでくるのを見かけたので、まさかと思い俺は急いで向かったが、俺宛ての荷物は生憎届いていなかった。
肩を落としながら中央区まで戻ってきた俺が大図書館までの大通りを歩いていると、その前を痩せぎすの男が歩いている。顔に見覚えは無いが、その歩き方は何処かで見たような覚えがあり、気になった。
(気のせいか…いや)
間違いなく、つい最近見ているはずだと俺の勘が言っている。この世界に来てから、こういう時の違和感が外れた事はない以上、俺は必死に思い出そうとする。すると昨晩、周囲をぐるぐると徘徊していた男の歩き方に似ているのだと思い出した。
(…あの男か)
正門前を行き来していた若い男と、フードを被ってぐるぐる徘徊していた男と、どちらを尾行するか迷っていたが、昨晩は結局は若い男に決めたのだ。
――そのフードの男が今、目の前を歩いている。
ふらふらと俺の前を歩く痩せぎすの男は、俺に気付くことなく、魔導学院の中へと入っていった。
(…どういう事だ?)
てっきりスキアーのクランが禁書庫を狙っているのだと思っていたのだが、どうやらそんな単純な話では済まなそうだ。こうなった以上、あの男がスキアー達の関係者なのか確信は持てない。背景を探る為にも、今夜も周囲の見張りは必要になるだろう。
もしリリアと会ったら、魔導学院に通う傭兵もいるのか聞いてみようと思いながら、俺は大図書館の館内に入っていくと、俺の姿を見つけた受付嬢が話しかけてきた。
「あ、クーノさん。お帰りなさい」
「今、戻った。変わりはないか?」
「はい、特には。ただ…」
「ただ?」
「今日は、初めて見るお客様が多いような気がします」
「そうなのか」
「ええ。新規登録者の手続きがいつもの倍以上で、少し受付がバタバタしていました」
その言葉に何処か引っかかるものを感じながら、俺は館内の見回りを開始する。途中で警備員に話を聞いてみると、やはり受付嬢と同じことを言っていたが、ここに来たばかりの俺には、まだその違いは分からない。だが、一見するとまともな恰好をしているが、どことなく柄の悪そうな雰囲気の男が多い気はしている。
(気のせいならいいが…)
だが、そんな連中は一階でしか見かけなかった。本を読んでいるようで、集中していないようにも感じる。そんな男が少なくとも五人は居たのだ。
なんとなく嫌な予感がしながらも、今日も大図書館は閉館時間を迎える。
閉館後に受付で聞いたところ、リリアは魔導学院の方で一日中実験をしているそうで、今日は戻らないという。俺が『危機察知』のスキルを使い、注意深く敷地内の見回りをしても、特に誰かが潜んでいる気配は感じなかった。だが、嫌な予感は治まるどころか強くなっていくばかりで落ち着かない。
(どうしたものか)
結局俺は、夜番の警備員に交ざって館内の巡回をする事にした。その為に、少しだけ仮眠をとらせてもらおうと自室へと戻る。部屋の窓から夜空が見えたが、今夜は新月で月の明かりは無く、何処かアルカスの街が薄暗い印象を受けた。嫌な予感が消えぬままベッドに倒れこんだが、やはり昨晩の徹夜の事もあって睡魔が直ぐに襲ってくる。
(二の刻だけだ…)
二時間だけ仮眠をとろうと決めて、俺の意識は闇に溶けていく。薄れゆく意識の中で、何故か月のない夜空が頭に浮かび――
――ドン! という遠い爆発音に俺が起こされたのは、ちょうど二時間後だった。




