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『斬られ役』のおっさん、殺陣の技術で異世界無双する  作者: 武士武士
第五章 旧ヴェスタリア公国編
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5-9 おっさん、撤退戦をする

 ルーンベルグ軍と睨み合いをしていると、やがて日が暮れてきた。

 時折おざなりな弓矢での攻撃などがあったりもしたが、難なく捌いていると、すぐに大人しくなってまた睨み合いに戻る。そんな事を繰り返している内に、一度野営の為に、ルーンベルグ軍は引いていった。


(あれは様子見だろうな…)


 恐らく、睨み合い状態になってからのおざなりな攻撃の数々は、俺の対応範囲を測る為の威力偵察のようなものだろう。となれば、明日には何らかの対策をして来るに違いない。

 いかにヴォルフガングが小物だとしても、この世界で一番の大国であるルーンベルグの軍隊だ。兵の動きから見て、部隊長はそれなりに優秀なのが見てとれた。ならば今頃、策を練っているだろう。


 夜襲の恐れがある以上、俺は一睡もする訳にはいかない。

 予め用意しておいた乾燥させたね木の枝に[火遁]で火をつけて、松明を作ると土壁に挿して視界を確保する。時折[物見]でルーンベルグ軍の方を見ながら、[息吹]で体力を回復させていく。


(動きは無いか)


 この広い範囲を一人でカバーするのは不可能だ。夜の闇に紛れて迂回されて土壁を抜けられてもいいように、落とし穴や泥沼を作ってある。だが、余裕の現れなのか、幸い今晩はルーンベルグ軍が動く気配は無かった。


(…流石にキツいな)


 ならばこちらも休みたいところだが、だからといって油断は出来なかった。マリアたちが脱出した事は気付かれて居ないだろうが、出来るだけ引き付けて時間を稼がなければ、ルーンベルグ軍に怪しまれるだろう。あくまで、ここで追い返す意思を見せ続けなければならなかった。


(こちらから仕掛けるか?)


 夜襲をかけて、相手の食料を燃やそうかと考えてみたが、恐らく警備は厳重だろう。囲まれてしまえば逆に危険だし、何より食料を失って後が無くなったルーンベルグ軍が、戻るより楽なヴェスタリアへ背水の陣で襲い掛かってくる可能性を考えると、実行には移せなかった。


(…今は耐えるしかないな)


 結局、俺は夜が明けるまで、ルーンベルグ軍の様子を探り続ける事しか出来なかった。


---


(そう来たか…)


 翌朝、ルーンベルグ軍がとった戦術は、真横に広がって土壁を抜ける作戦で、俺にとって一番嫌な手でを打ってきたのだ。

 こうなってしまえば、これ以上ここでの足止めは不可能だろう。さらに、どうやら俺を放っておくこともしないようで、約半分の兵士からの俺に向ける殺気を感じている。


(逆にここに俺を足止めする気か)

 

 ヴォルフガングは、ヴェスタリア解放軍が百人にも満たない事を知っている。なら半分の千人も居れば充分だと判断したのだろう。最もその判断を下したのは、優秀な部下なのかもしれないが。


(…仕方ない)


 出来れば手荒な真似はしたくなかったが、後二日、ここで足止めをするのが俺の役目だ。

 マリアたちがヴェスタリアを出発して五日経っている。移動速度の遅い老人や子供たちは馬車に乗せて進んでいるし、一週間の差があれば、恐らくは追いつかれることもないだろうというのが、俺たちの立てた作戦だった。なので残念ながら、ここで簡単に先に進ませる訳には行かなかった。

 俺は土壁に刺さったままの矢を拾うと、ルーンベルグ軍の先頭の兵士に目標を定めた。


(狙うは、足)


 [物見]で拡大された視界に『投擲術』のスキルが相まって、俺の投げた矢は次々と兵士の足を傷つけていく。目の前の兵士の足が突然止まった事で、後ろの兵士は当然それにぶつかり、隊が崩れていく。

 昨日は嫌がらせしかしていなかったし、こっちが兵士を傷つけるつもりが無いのだと高を括っていたのだろう。突然の攻撃にルーンベルグ軍の兵たちが動揺するのがありありと見えた。


「は、話が違うぞ! 一旦全軍待機だ!!」

「は? しかし…」

「いいから、大楯隊! 儂を守れ!!」


 ヴォルフガングの叫び声が聞こえて来るが、兵士たちは戸惑っていた。部隊長である上官の命令は前進なのに、司令官が違う事を叫びだせば、下の立場である兵士たちは混乱するしかないだろう。

 敢えて、部隊長やヴォルフガングは狙わない。無能な司令官の方が対応がしやすいし、部隊長が居ないと統率を失った一般兵が何をするか読めなくなるのが嫌だったからだ。


 俺はルーンベルグ軍が混乱に陥っている間にも矢の投擲を続けている。


 部隊長の指示か自発的かは分からないが、大楯持ちの兵士が先頭に立って、俺の矢を防ぎ始めた。やがて、ルーンベルグ軍の隊列が変わっていく。前一列にずらっと大楯持ちが並び、俺の前に立ち塞がった。 そして、その後ろに隠れるようにして兵士たちが隊列を組んでいる。

 その一方で、大楯の裏に隠れていない集団もいて、俺の前から遠ざかっていくように動き始めた。あっちは予定通りに二つに隊を分け、大回りをして壁を抜けていくつもりだろう。ヴォルフガングもそちらにいるようで、大楯持ちに囲まれていた。

 そうこうしている内に、大楯に隠れた部隊も、じりじりと俺に向かって前進してきた。


(さて、どうする)


 どちらの隊に対応するか俺は一瞬だけ逡巡したが、すぐに結論を出す。

 まずは目の前の隊をどうにかすべきだ。遠回りする分だけ、あっちは時間がかかる。ならば先に目の前の隊を足止めしてから、あちらにもちょっかいをかけるべきだろう。


「風塵」


 俺は魔力を込めて、砂嵐と呼べるくらい強い砂埃を前列の大楯持ちの足元から巻き上げた。魔力がごっそり減ったように感じたが、仕方がない。昨日とは違うそれに思わず、目を隠す為に足を止めてしまう大楯持ちたち。俺はその隙に、再び矢の投擲を開始する。


「ぐわっ!!」

「ペッペッ!」

「目が痛い!!」

「畜生っ!」


 砂嵐に、矢に襲われて、足を止めるルーンベルグ軍の兵士たち。傷ついて、転んで、傷口に砂が入りと、阿鼻叫喚の図と化していた。


(今だ!)


 一瞬だけ時間を稼いだ俺は[物見]で別動隊の様子を探り、数本の矢をそちらに向かって投擲した。狙ったのは、ヴォルフガングの足元とその周りの大楯持ちの腕である。狙い通りに矢がヴォルフガングの足元に刺さると、何やら周りの大楯持ちに向かって喚き散らしていた。そんな彼らの腕を、矢が傷つけていく。それを見て更に喚くヴォルフガングが、何やら指示を出すと、別動隊は更に俺から離れていった。


(これでいい)


 別動隊を更に迂回させる事に成功した俺は、すぐに目の前の部隊に意識を戻す。すると、ようやく砂嵐は止み、体制を立て直そうとしているところだった。


(させんよ)


 今度は魔力を絞ると、その立ち直りかけた先頭の大楯そのものを目掛けて、[火遁]で生み出した小さな炎をぶつけ始めた。爆発の衝撃で大楯が弾かれ、また熱で持てなくなり取り落とし、障害物として次々と部隊の前の地面に落ちていく。運の悪い兵士の頭に、弾かれた大楯が当たり、よろめいた兵士がまた別の兵士とぶつかる。

 魔力枯渇が近づいているのか、吐き気と頭痛が始まってきたが、ここは我慢するしかない。一度、部隊の前進を止めさせなければならないからだ。

 そうして、少しずつルーンベルグ軍の負傷者を増やしていくと、怪我人を庇いながら突撃部隊は後退を始めた。


(…なんとか凌いだか)


 もう魔力はほとんど残っていない。まさに頭痛と吐き気で気絶する寸前まできていたが、後退する部隊目掛けて矢を投げる事は忘れない。そうしながらも『魔力回復』のスキルと[息吹]でこちらも回復をしていく。

 だが問題は、土壁の矢をほとんど投げ尽くしてしまった事だった。このまま遠距離攻撃の手段が無くなってしまえば、後手に回ってしまう。『忍術』だけでは魔力が到底保たなかった。


(何か投げるものは…)


 ほとんど残っていない矢を土壁から抜いていくと、ここである事に気付いた。今、俺が立っている場所は何だという事に。

[土遁]の術で、自分の立っている土壁だけ少し柔らかくした。五メートルが三メートルになってもあまり変わりはしない。要は投げられれば何でも良かったと判断し、土の弾丸を作り始める。


 ――後は繰り返しだった。


 『忍術』で視界を奪い、土の弾丸を投げて大楯を弾き、また兵士の身体に傷つけていく。そして、足元を[水遁]で泥沼を作り歩みを遅らせる。みるみる内に兵士の気力が削がれていくのが分かった。それはそうだろう。楽勝だと聞かされてみれば、たった一人の男に翻弄され続けているのだから。

 だが、こちらも限界が近かった。あまりにも身体に負担をかけすぎているのは明白で、おそらくは明日は保たないだろうと感じていた。


(せめて、今日だけは乗り切る)


 決死の覚悟での”嫌がらせ”の結果、士気の下がりきった目の前の部隊はようやく今日の攻撃を止めたようだった。[物見]でルーンベルグ軍の様子を探れば、まだ夕方には満たないが、それでも英気を養って士気を上げる為だろう、野営の準備を始めていた。

 それを見て気が緩んだのか、俺の足元が一瞬がふらついた。


(…限界だな)


 二日間の無茶な攻防で、俺の身体は限界を迎えている。結局別動隊の足止めは出来なかったが、戦いの最中に何やら悲鳴や怒号が遠くから聞こえていたので、恐らく遅延戦術は成功している筈だ。


(潮時か…)


 俺は魔力が回復するのを待って、最後の悪あがきとして[水遁]で土壁の前を出来るだけ泥濘(ぬかるみ)に変えていく。時折[物見]でルーンベルグ軍の様子を探ると、どうやら士気を上げるために酒を振舞っていたようだった。ならば夜襲の心配は無いと、休んでは泥濘を作る、そんな事を繰り返していって、やがて朝を迎えた。


(来たか)


 昨晩、酒を飲んで多少は士気が回復したのか、昨日と同じ陣形を組んで、こちらに迫ってくるルーンベルグ軍が見えた。俺はわざと彼らの視界に自分が入るまで待って、そして堂々と彼らに背を向けると、土壁の反対側へと飛び降りた。


「あっ!」

「逃げたぞ!」

「追え! 殺せ!」


 そんな土壁の向こうからそんな怒号が聞こえてくる。俺は敢えて彼らの視界ぎりぎりを保つように走り出した。二日間の鬱憤が溜まった兵士たちが、部隊長の指示を聞かぬままに俺を追いかけてくるのを[物見]で見ながら、罠の方向へと走り抜けていく。

 だが、仕掛けていた罠は、そのほとんどが暴かれていた。というか、別動隊が見事に嵌ってくれたのだろう、その痕跡が見て取れた。


(これが最後だ)


 魔力を多めに込めて[水遁]で広範囲の泥濘を作ると、俺は徐々にヴェスタリア方向から外れていく。背後からは、泥濘に嵌まったであろう兵士の怒号が聞こえてきていた。それで更に逆上した兵士たちを釣るように、少しでもヴェスタリアから引き剥がしていく。だが、体力の差か、装備の身軽さか、気が付けば俺を追ってくるルーンベルグの兵士は居なくなっていた。


(ここまでか)


 そうして、撤退戦を終えた俺は一人アルカディアを目指す。

 俺はこの戦いで自分の力不足を痛感していた。もっと力をつける必要があると考えた俺はアルカディアに向かう前に、あるところに寄る事にした。多少の寄り道にはなるが、遠回りという訳でも無い。レベルを上げる為には魔物を倒す必要があるし、その為にも手に馴染む”得物”が必要だったからだ。


(…次は、負けない)


 戦争を止めるなら、自分が抑止力にならなければ無理だと分かった。

 ならば、とことんまで己を磨いてやると決めたのだ。


 決意を新たにして、俺は走り出す。

 今度こそ本当の意味で”覚悟”が決まったような、そんな想いを胸に秘めて。



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