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『斬られ役』のおっさん、殺陣の技術で異世界無双する  作者: 武士武士
第五章 旧ヴェスタリア公国編
53/55

5-7 おっさん、囮になる

「大変よ! ルーンベルグ軍が動いたわ」

「来たか。数は?」

「おおよそ二千ね」

「そ、そんなに!?」

「…そうか」


 ヴォルフガング達をヴェスタリアから追い出してから、三日経った。

 念の為と思いエラの斥候に行かせたのだが、事態を重く見たのか、ルーンベルグは思いの外、早く動いたらしい。情報が早いのは、エラが『鷹の目』という[物見]に似た偵察用のスキルを持っていたからで、言葉通りに空からある程度の距離を見ることが出来るそうだ。


 今、俺たちが集まっているのは、ヴォルフガングが居座っていた元総督府の会議室だ。


 マリアはその敵の数の多さに驚きの色を隠せていないが、俺とオズワルドは予想をしていたので、そこまでの驚きはなかった。だが――


(…どうする?)


 ――さすがに二千は想定外だ。


 それだけヴェスタリアの土地が大事なのか、それとも面子の問題なのかは分からないが、ルーンベルグの本気度だけは伝わってくる。だが、それは逆に準備と移動に時間がかかるという事でもあり、対策を練る時間があるのは救いだった。


「エラ、ルーンベルグ軍がヴェスタリアに来るまでの猶予は?」

「恐らく、一週間後ってところかな」

「そうか。マリア、どうする?」

「どうするも何も…逃げるしかないわ」

「いいのか?」

「私たちが解放軍が死ぬのは構わない。それだけの覚悟はできてるわ。でも、ヴェスタリアの民を無駄死にさせる訳にはいかないじゃない」

「その通りだ」


 マリアの発言に、この場に居る皆が頷きあった。

 だが、最後に同意を示したオズワルドが、何か覚悟を決めたような目をして口を開く。


「だが、私は残ろう」

「オズワルド?」

「私は、二度とルーンベルグにこの地を渡すのを見たくはない。それが叶わぬのなら、せめてここで散らせてくれ」

「そんな…オズワルド!」

「どのみち、私の身体はもう限界だ。”騎士の誓い”のお陰で生き延びたが、この地を離れればすぐに動けなくなるだろう」

「”騎士の誓い”?」

「ああ。ヴェスタリアの聖像に、この地を守ると誓いを立てると、この地にいる限りは守護の力を与えてくれる、ヴェスタリア王家の秘術だ」

「そんな秘密があったのね」

「故に、この地を離れることは出来ん、それに――」


 そこで言葉を止めたオズワルドの目が、懐かしいものを思い出すように柔らかくなった。


「――妻と娘の眠る、この地を離れたくはないのだ」


 オズワルドの優しい、そして悲しい目を見た誰もが言葉を失ってしまう。ここで無理やりに連れていく事は彼の誇りを、想いを穢してしまう事になるだろう。

 だが、せっかくここまで生き延びた彼の命を無駄に散らすのも俺には容認出来なかった。


(…それでいいのか?)


 ルーンベルグはそもそもゼノビアとの戦争中だ。それなのに五千もの兵を動員しようとしている。

 裏を返せば、一度撃退さえすれば、しばらくはこちらに手出しを出来ないのではないだろうか。逃げたヴォルフガングがルーンベルグに報告したとすれば、恐らくこちらの手勢が少ない事は知られている筈。ならば一度撃退すれば、それだけの”何か”があると判断して、ヴェスタリアをしばらく放置するのでは無いだろうか。

 一番恐れているのは、ゼノビアに向けている兵をヴェスタリアに回す事だが、それをすれば”悪”を討伐する”正義”の戦争をしているルーンベルグの主張を自ら崩す事になりかねない。ならば、その心配はしなくてもいいだろう。

 だが、そうなれば、せめて半分は戦闘不能にする必要がある。無傷で返せば、結局また派兵をされるだけだろう。最大の問題は、今の俺が一人で二千人の兵を相手に出来るのかという事だった。


(…流石に、無理か)


 『忍術』で防壁などを作り足止めする事は出来るが、それにも限界はある。戦争で使えるような広範囲の『忍術』は使えないし、また騙されて前線に出ているだけの兵士を虐殺出来るのかという俺自身の問題もあった。

 なので、胸に苦いものが溢れてくるのを感じながら、俺も覚悟を決めてオズワルドに最後の確認をする。


「オズワルド」

「何だ?」

「…それでいいんだな」

「無論だ」

「分かった。…無力ですまない」

「いや、十分――」

「元はと言えば! 私が、ヴェスタリアの解放なんて考えなければッ!」

「それは違う」


 泣きそうな顔で俺とオズワルドのやり取りを見ていたマリアだったが、ついに自責の念で耐えられなくなったのか、大声を上げてしまった。

 だが、それを見たオズワルドが、娘に対するような笑顔で、マリアの頭を撫でる。


「解放されたヴェスタリアの民の笑顔を見れた。それに皆、限界だった。だから間違ってなんかいない」

「う、オズワルド…」

「だから、気にするな。元々は儂がクヌートに頼んだのだから。儂の責任だ」

「マリア…」


 泣き出したマリアの肩を、エラがそっと寄り添ってその肩を抱いた。

 そのままマリアをエラに任せて、俺はオズワルドに向き合う。


「約束する。いつか必ずヴェスタリアを取り戻す」

「こちらこそすまんな」

「いや、これは”依頼”だ。受けた依頼は必ず達成してみせるさ」

「そうか。…貴殿は強いな」

「…いや、俺が本当に強ければ、ここから逃げる必要なんてないさ」


 俺がそう思わず自嘲してみせると、俺を見るオズワルドの目に、先程のマリアを見たような優しさが宿っていた。


「クヌート。貴殿も一人で抱えようとするな」

「…オズワルド?」

「人が一人で出来る事には限りがある。それを忘れるな」

「…そうだったな」


 思えば、ルーンベルグを出てから、ずっと”誰か”に助けられてきた。今の俺はそんな事も忘れるくらい焦っていた事に、オズワルドは気付かせてくれたのだ。


「今、まさにそれを実感しているよ」

「…目が覚めたようだな」

「ああ。手間をかけてすまない」

「何、ただの年寄りの節介だ」


 そう嘯いて二人で笑った。


---


 あの後、立ち直ったマリアが解放軍の人間に指示を出して、再び中央広場にヴェスタリア人を集めた。


 内壁の内部に残されたルーンベルグの人間は、ヴォルフガングが逃げ出してからは、そのほとんどが報復を恐れていて、家に籠る者、こっそりヴェスタリアを脱出する者もいれば、何食わぬ顔で日常を過ごす者もいたりと様々だった。そんな中で商人たちは、金さえ払えば特段気にせずに商売を続けてくれているのが救いだった。

 そうして集められたヴェスタリア人に、マリアがルーンベルグから二千の兵が報復に来ると説明すると、中央広場は途端と騒然となった。


「そんな…せっかく取り戻したのに」

「オレたちはどうなるんだ…」


 そんな市民たちを落ち着かせる為に、マリアが叱咤の声を上げた。


「落ち着いて! まだ到着まで一週間あるわ。なので急いで逃げる準備をしてほしいの」

「逃げるって、何処に?」

「アルカディアよ! 国境さえ越えれば、ルーンベルグ軍も手出しは出来ないわ!」


 ――そう、これが俺たちが出した”結論”だった。


 俺が殿を務めて囮となり、ルーンベルグ軍の足止めをして時間を稼ぐ。その間にヴェスタリア人たちには、中立国であるアルカディアまで亡命してもらうのだ。遅延戦術だけなら、俺でも『忍術』を駆使すれば何とかなると見込んだ上の作戦だった。

 マリアからは「危険だから」と止められたが、現実的に誰かが時間を稼がなければ、追いつかれてしまうと説得した。ノルドヴァルは話にならず、距離としてはリベルタの方が近いのだが、リベルタもルーンベルグよりの立場なので厳しいだろうという話になったのだ。


 まだざわざわとしている市民たちに、マリアの説得は続く。


「食料はルーンベルグ軍の残したものがある。なるべく身軽にして逃げる準備をして。出発は明後日の朝よ!」


 そんな中、当然難色を示すヴェスタリア人もいた。


「ワシは、そんなに長旅は出来そうにない…少しの間でもヴェスタリアがヴェスタリア人の手に戻ってきたのが見れただけで十分じゃよ…」

「そんな、おじいちゃんといっしょがいい! ぼくのこときらいなの!?」


 そう全てを悟って微笑む老人と、悲しそうな顔をする孫の姿を見て、だが、マリアは諦めなかった。


「まだよ! まだ諦めないで!!」

「じゃが、儂にもうそんな時間は…」

「それに! お孫さんに悲しい思いをさせていいの?」

「それは…」


 マリアの勢いに、たじたじになる老人。

 さっきまで口々に騒いでいたヴェスタリア人たちが、その様子を固唾を呑んで見守っていた。 


「次こそは! 二度と手放さないように準備をするわ。そして必ずヴェスタリアを我らの手に取り戻す!  その為に今は退くの。…お願い、みんなのチカラを貸して!」


 その熱意に心を打たれたのだろう。老人の目にもう一度生きる意志が宿った。

 そのマリアの熱弁を聞いた市民たちの中に、もう難色を示す者は居なかった。


「それでいい」


 その様子を見ていたオズワルドがそう呟くのを、俺は聞き逃さなかった。


「マリアか?」

「ああ。今の彼女になら、託せる」

「そうか」

「クヌート、死ぬなよ」

「当然だ。貴方との約束があるからな」

「…頼んだ」

「ああ」


 そしてオズワルドは、空を見上げた。


「これで、ようやく妻と娘の元に行ける…」


 ぽつりと呟くオズワルドを横目に、俺はそっと彼の元を離れた。

 すると、俺の姿を見つけたトーマスが走ってきたのだが、その顔はとても不安そうにしている。


「クヌートおじさん!」

「何だ?」

「…死なないよね?」


 マリアから俺の役割を聞いたのだろう、トーマスは今にも泣きそうな瞳で俺を見上げていた。

 なので、俺は安心させるように頭を撫でてやると、トーマスの目が嬉しそうに細くなる。


「当然だ。 俺が負けると思うか?」

「ううん!」

「じゃあ、大丈夫だ。トーマスも、ちゃんとマリアの言う事を聞くんだぞ?」

「うん! ぼく頑張るよ!」

「ああ。頑張れよ」


 ばいばい、と手を振って、トーマスは俺から離れていった。恐らくはマリアの元に行くのだろう。ヴェスタリアの市民たちも解散し始めており、いそいそと準備の為に自宅に戻っていく。


 それらを見送った俺は一人、街の外に出てルーンベルグ軍の”お迎え”の準備をする事にした。


 ヴェスタリアとルーンベルグの元国境線の半分くらいの位置までやって来た俺は、[土遁]で高さ五メートルくらいの防壁を築き始めた。一度の術で作れる土壁は横幅二メートルが限界だったが、何度も作っていく内に慣れてきたのか、少しずつ幅が広がっていく。

 とりあえず足止めが出来ればいいと壁と壁の間には、人が一人通れるか通れないかくらいの幅を開けておく。さすがに作る範囲が広すぎて、きっちり隙間を無くすと、いつまで経っても終わらなさそうだったからだ。

 だがしばらく[土遁]を使い続けていると、だんだんと頭痛がし始めてきた。


(…魔力枯渇か)


 『身体操作』を覚えてから、そしてヴィクトールの魔力を感じてから、自分でも魔力の流れを認識出来るようになった。前は気が付かなかっただけで『忍術』も魔力を使っているのだと、俺は理解したのだ。だが、ここしばらくは『忍術』を使っていなかったし、こんなに長時間使うのも初めてだったので、今まではこんな経験は無かった。


(だが、ここで止める訳にはいかない…)


 少しでも時間を稼ぐには、防壁があると無いとでは大違いだ。

 だから俺は、頭痛と吐き気に何度も襲われながらも限界まで土壁を作り、休んではまた作るという事を繰り返していく。


 ――翌日の夜には、かなりの長さの土壁がルーンベルグとの新しい国境のようにそそり立っていた。



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