5-3 おっさん、解放軍と会う
俺は、マリアと共にヴェスタリアの下水道を歩いていた。
狭く、薄暗い通路を異臭を我慢しながら進んでいるのは、この先にレジスタンスのアジトがあるからだった。
ルーンベルグの人間たちはヴェスタリア人を下に見過ぎていて、歯向かうなんて夢にも思っていないし、わざわざこんな汚い場所に足を運ぶことはないという。巡回の兵士は、巡回しているのではなく、因縁をつける為に歩いているのだと、汚いものを見るような表情でマリアは教えてくれた。
下水道は街の至る場所に出入口があるので、こうして使うのには都合がいいと先代のレジスタンスのリーダーが今のアジトを作ったのだという。
俺は必死に道を覚えながら、マリアの後を着いていった。
入り組んだ下水道を奥へ奥へと進んでいくと、やがて通路の行き止まりに当たった。そこには鉄製の扉がついていて、マリアがその扉をコンコン、コン、ココンと独特のリズムでノックをする。
すると、ギギギと重い音を立てて鉄の扉が開いた。
扉からは、マリアと同じ三十歳くらいの男が顔を覗かせている。その顔には緊張の色がひしひしと感じられたが、マリアを見るとほっとしたのか、彼の表情が安堵の色に変わった。
「マリア。無事だったか?」
「ええ。大丈夫よ」
「それで、そのおっさんが?」
「そう。彼が噂の剣士」
「へーっ。そうは見えねぇがな」
「こら! フーゴ失礼でしょ!」
じとっと俺を見る男――フーゴの視線には、値踏みやら、警戒やら、色々な感情が見て取れる。まぁ、期待されていた噂の剣士がこんなおっさんでは、そんな態度になっても無理は無いし、俺が逆の立場なら確かに疑うだろう。だから俺は、気にせず接する事にする。
「Cランク冒険者のクヌートだ。マリアから事情は聞いている」
「Cランク?」
そこでフーゴの眉が、ピクリと動いた。Cランクまで上がれる冒険者は限られてくる。さすがにただのおっさんでは無いと思い始めたのだろう。フーゴは一瞬、何やら考えるように視線を泳がせたが、納得したのか、その視線からは警戒の色は消えた。
「Cランクなら腕は立ちそうだな」
「立つなんてものじゃないわ! 兵士二人を一瞬で倒したんだから」
「…マジか?」
「本当よ! 気がついたら後ろに移動していたわ」
大袈裟な身振りをつけてフーゴに説明をするマリア。
敢えて大袈裟に振る舞う事で、警戒心を解こうとしてくれているのだろう。その心遣いに感謝をしながら、俺は嘯く。
「あれくらいは、大した事じゃないだろう」
「そんな訳ないでしょう? ただのCランクじゃないわよ」
「…マジか」
何故か思わず絶句しているフーゴ。
マリアの感想も何処かズレているような気がするが、折角この場が纏まりかけているので、ここは指摘せずに話を進めてもらう事にする。
「それで、この後はどうする?」
「そうだった。フーゴ、みんなを集めて。例の計画を実行する時が来たって」
「…! わかった!」
マリアの指示を受けて、目の色が変わったフーゴが奥にドタバタと走っていく。マリアはアジトの入り口に施錠をした後、俺に着いてくるように促した。
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ヴェスタリア解放軍のアジトは、下水道の管理設備の一角を使っているようだった。石造りの壁できちんと作られており、扉を閉めれば下水の臭いが部屋の中に入ってくる事も無い。
幾つかある部屋には、魔道具と思しき何かがあったが、それらは全て稼働しているように見えなかった。『慧眼』で見てみれば、浄水用のフィルターの操作基盤だったり、下水道の明かりの管理スイッチだったりしたが、全て壊れていて、それらの機能は発動していない。これだけでも大本であるヴェスタリア公国の技術は優れていたのだと解る。
もしかしたら、その技術を狙ってルーンベルグはヴェスタリアを侵攻したのでは無いだろうか。
(…いや、今はいいか)
招集をかけられたヴェスタリア解放軍の者たちが、アジトの中央にある会議室に集まっていた。
その視線は全て俺の元に集まっている。各々の視線には違う色が見て取れるが、まずは最初は「誰だ、このおっさん」という疑問なのだろう。みな隣同士で何やらひそひそしながら、俺の様子を観察している。
――そんな空気を、パンパンと手を叩いてマリアが払拭した。
「はいはい! 今から説明するから! 彼はCランク冒険者のクヌート。ノルドヴァルで噂になっていた謎の剣士で、私たちの協力者よ」
「このおっさんが、あの…」
「強そうには見えないが…」
口々に色めき立つ解放軍のメンバーたち。
その中で先程同じような態度をとったフーゴだけは、どこか気まずそうにしている。
「マリア、こいつは信用できるのか?」
「ええ。実力も私が保証するわ」
「それほどなのか…」
そうしてマリアは、ヘレナを助けた時の事をフーゴにしたように大袈裟に説明をした。
更に続けてオズワルドとの関係を説明すると、一定の信頼を勝ち取れたのか、一同が俺を見る目はすっかりと変わっていた。
場の空気がようやく落ち着いたので、俺は気になっていた疑問を口にした。
「それで、例の計画とやらは何だ?」
俺の質問に、今度は一気にこの場の空気が張り詰めた。皆が一様に息を呑むように、解放軍の間に緊張が走る。
「それはね、総督府の襲撃計画よ。そして、ヴォルフガング総督を捕える」
――それは、俺も一瞬考えた強襲計画だった。
確かに一発逆転を狙うなら、それしか無いだろう。俺の存在を知り、一度保留にしたという事は、それなりに情報がある筈だ。
「マリア。作戦の詳細が聞きたい。具体的な策はあるのか?」
「下水道は総督府にも繋がっている。そこから一気に攻め込む予定よ」
「彼我兵力差は?」
「総督府の警備兵は百人、こっちの戦闘員は二十といったところね」
「厳しいな」
「そう…だからあなたの力が必要なのよ」
悔しそうに俯くマリアだった。もし、俺という存在が居なければ、彼女たちは恐らく玉砕を覚悟で計画を実行したのであろう。他のメンバーの目にもその覚悟が見て取れた。だから――
「分かった。それくらいなら問題ない」
「本当に?」
「ああ。それと、非戦闘員でいい。表で騒ぎを起こして陽動してほしい」
「わかったわ」
「実行は夜だ。騒ぎに乗して夜襲をかける――」
俺はここで敢えて一度、言葉を区切った。
「後は任せろ」
――俺が力強くそう言うと、マリアたちから歓声が上がった。
一頻り盛り上がる解放軍の様子を見ながら、俺は自分では解決出来なかった疑問について考えていた。武力による解放はまだいい、問題はその後だ。誰が、どう、統治をするのかという問題が残っている。
(水を差すようで悪いが…)
これだけは確認して置かなければならないと思った俺は、一頻り盛り上がった後に真剣な面持ちでマリアに問いかける。
「マリア、一つ聞かせてくれ」
「何?」
「総督を捕らえた後、どうするつもりだ?」
一瞬、マリアの目が泳いだのを、俺は見逃さなかった。
「…その時は、大々的にヴェスタリアの解放を宣言するわ」
「その後だ」
「その後?」
「マリアは、ヴェスタリアはヴェスタリア人が治めるべきだと言った。だから、誰がどう治めるのかを考えているのかと聞いている」
俺がここまで言うと、場の空気が凍り付いた。
マリアを始めとする解放軍のメンバーは皆黙ってしまったが、ややあって誰かがぽつりと零した。
「そんなの…自由になったらうまくいくだろ」
それを口火に、再び皆が息を吹き返したかのように場が騒然とする。
「そうだ! それから決めても遅くないよ!」
「ああ! クヌートさんがいれば楽勝だしな!」
「そうそう! まずは自由を取り戻してからだ!!」
「細けぇことはいいだろ! まずはぶっ倒されりゃ始まらねぇ!!」
最後にフーゴがそう締めると、再び解放軍のメンバーが大盛り上がりをした。
そんな中、マリアだけは俯きながら何かを考え込んでいる。
(…危ういな)
手伝わないという選択肢は最初から無い。マリアの、いやオズワルドの提案を受けた時から、俺は覚悟を決めた。だが、彼らのこの様子は、見ていて何処か危ない。
しかし、止めようとしても無駄だろう。俺がやらないと言っても彼らは彼らだけで計画を実行し、そして全滅する事は火を見るよりも明らかだった。ならば、せめてのお膳立てだけはするだけだ。
そんな事を考えていると、服の裾を引っ張られた感覚があったので、視線を送ると十歳くらいの小さな男の子が俺の服を掴んでいる。髪はぼさぼさで、あまり食べていないのか身体も痩せていた。
「おじさん、ほんとうに強いの?」
「まあ、それなりにはな」
俺が男の子にそう答えると、目を輝かせた。
しかし、その輝きには何処か昏いものが混ざっているのが見てとれた。
「…僕も強くなれるかな?」
「名前は?」
「トーマス」
「そうか、トーマス。何で強くなりたいんだ?」
「悪いやつをやっつけるため!」
「悪いやつ?」
「そう。僕のおとうさんとおかあさん…殺されたんだ、えらそうにしている兵士に」
「そうか…復讐のためか」
「…うん」
そう俯いてしまうトーマスの頭を俺が撫でてやると、びっくりしたのかトーマスはガバっと顔を上げて、大きく目を丸くして俺を見た。
「…復讐だけじゃ、幸せにはなれないぞ」
「え?」
「復讐は奪うだけだ。強くなるなら、大切なものを守るためにしろ」
「守る?」
「そうだ。もう二度と大事なものを奪われないように、強くなれ」
俺の言葉が理解出来なかったのか、トーマスは俯いて考え込んでしまった。
(難しかったかもな…)
復讐が何も生まない、とは言わない。それを活力にしなければ動けない時だってあるだろう。だが、まだ幼いトーマスには、それだけを活力にして欲しくは無かった。
両親の事は気の毒だが、それでも前に進んで欲しい。いつかきっと彼が親になる時の為にも、出来れば復讐という闇に堕ちては欲しく無かったのだ。
俺が黙ってトーマスの様子を見ていると、彼からすすり泣く声が聞こえてきた。
トーマスは俯いたままで、ぼそっと呟く。
「…おじさん、優しいんだね」
「……そうか?」
「うん。…僕、おじさんみたいになりたい!」
トーマスは顔を上げて、にぱっと笑う。
その表情には、先ほどまでの悲壮感は無くなっていた。




