5-2 おっさん、横暴を止める
オズワルドとの邂逅があった翌日、俺は改めてヴェスタリアの街中を見て歩いていた。
ルーンベルグの圧政に苦しむヴェスタリア人、それでも聖地への想いを抱いて圧政に耐えるヴェスタリア人たちの様子を見ていると、昨日オズワルドから聞いた”真実”を思い出し、どこか胸が熱くなるのを感じる。
(…さて、どうする)
ヴェスタリアの解放、と一言で言うのは簡単だ。覚悟を決めた今なら、総督府に攻め込んで実力行使で追い出す事も可能だろう。だがその場合は、その後が問題になる。誰が統治するのか、ルーンベルグの報復があったらどうするのか等、問題は山積みだ。俺には街の統治なんかは出来ないし、ルーンベルグを止めるという目的がある以上ずっとここに居る訳にも行かない。一人で全ては出来ない以上、協力者が必ず必要になる。
(オズワルドなら…)
このヴェスタリアを憂いている彼なら、ヴェスタリアの新しいリーダーとしてはうってつけの人物だろう。ヴェスタリア人の相談にも乗っていたそうだし、市民も受け入れ易いに違いないとは思う。
だが、魔力で無理やり身体の寿命を引き延ばしているという彼に、負担はかけられない。少なくと”後継者”の存在は必要だろう。
(人手が足りない)
それも、信頼出来る人間がいない。そもそも召喚された俺には、この世界の知り合いなんてほとんど居ない。更にこんな重大な事に関わってもらえるような人物は、ヴェスタリアには居なかった。ロレンツォやエンリコなどなら協力してくれそうだが、他国のいざこざに巻き込む訳にはいかない。
歩きながらそんな事を考えていたからだろうか、いつの間にかスラム街の入り口まで足を運んでいた。
(戻るか)
そう踵を返すと、突然スラムの路地の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
俺はすぐさま、その悲鳴の聞こえてきた方角に向かって走りだす。角を曲がってすぐに、オンボロの建物に囲まれた、少しだけ広い空間に出る。するとそこには、兵士二人が若い娘の腕を掴んでいた。
「何をしている?」
「何だ、お前は?」
突然の闖入者に一瞬だけ呆気にとられた兵士二人だったが、すぐに俺を睨みつけてきた。
「何をしている、と聞いている」
「邪魔をするな! この娘が、兵士であるおれに生意気にもぶつかってきたんでな、身の程を思い知らせているところだ」
「違います! あなたがぶつかってきたんじゃ――」
「下等市民如きが口応えするな!」
もう一人の兵士が、若い娘の頬を殴り飛ばした。
殴られた娘は地面に転がってしまい、頬を抑えながらはらはらと涙を流す。
「…屑ばかりだな」
俺が敢えて聞こえるようにそう呟くと、案の定兵士二人は俺に噛みついてくる。
「は? …今、何て言った?」
「屑ばかりだと言ったんだよ。ルーンベルグの兵士はな」
「貴様! 我らに逆らうのか!」
「それはもう聞き飽きた」
兵士二人は激高して剣を抜こうとしたが、俺は構わず間合いを詰めて、二人同時に首筋に手刀を入れる。ガクっと地面に崩れ落ちる二人を見て、娘は何が起きたか分からないといった風に、ぽかんとしていた。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい。だ、だいじょうぶです」
まだ混乱しているのだろう。地面に座り込んだまま、あわあわとしている若い娘を見て、俺は苦笑してしまう。
(…らしくないな)
思わず手が出てしまった事に、果たして俺はこんなに気が短い方だったかと自嘲してしまった。恐らくは最近色々とあり過ぎたせいで、鬱憤が溜まっていたのだろうと結論付ける。それに俺が介入した時点で、遅かれ早かれこうなっていたと思い返した。
「立てるか?」
「は、はい」
俺が若い娘に手を差し出したその時、突然拍手の音が聞こえてきた。
「やるじゃない。手助けしようと思っていたのだけど、必要なかったみたいね」
音の主は、俺より少し背の低い長い黒髪を後ろで縛って纏めている頬に刀傷のある女性だった。その動きには隙が無く、切れ長の鋭い目が俺を値踏みするように見ている。
「あ、マリアさん!」
「ヘレナ、大丈夫?」
「あ、はい! 慣れてますから」
俺は彼女を立たせてやると、”懐”からロザから貰った傷薬を差し出した。
だがヘレナは、怪訝そうな顔で俺と薬を見ている。
「傷薬だ。これでも塗っておけ」
「あ、ありがとうございます」
「…へぇ」
俺の言葉に安心したのか、ヘレナがおずおずとそれを受け取る。その姿はどこかぽーっと浮ついているようにも見えた。そんなヘレナの様子を、マリアと呼ばれた女性は楽しそうに見ている。
「それで、知り合いか?」
「えっと、なんて言うか…」
俺が目でマリアを指すと、何か事情でもあるのが、途端にヘレナは言い淀んでしまった。
「ねぇ貴方、少しお話しない? あ、あとはやっておくからヘレナはもう行っていいわよ」
「は、はい!」
「気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます! えっと…」
「クヌートだ」
「はい! クヌートさん! ありがとうございました!」
ヘレナは頭をぺこりと下げると、足早に立ち去っていった。ここに残されたのは、気絶した兵士二人と俺たち二人だけで、ほかに気配は感じない。
「さて、気がつけれても面倒だし、場所を変えない?」
「そうだな、この二人はどうする?」
「…放っておいて大丈夫よ。プライドばっかり高いから、二人がかりで負けたなんて言いふらさないわ」
「分かった」
「じゃあ、着いてきて」
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俺は、気絶した兵士を放置したまま、マリアに連れられるがままに路地裏を歩いていた。
ずんずんと進んでいるマリアの様子から判断すれば、彼女は日常的にこの辺りを歩いているのだろうと推測は出来る。
だが、そうなると不可解に思うのは、彼女の装いだ。質素ではあるが身綺麗にしている様子から、この辺りの住人では無い事は明白だった。そんな彼女が、何故このスラムを庭のように歩いているのかが疑問だった。
そうして、しばらく歩いてから、ようやくマリアは足を止めた。
「さて、この辺りならいいかしら」
ゆっくりと振り返って真正面から俺と向き合うマリアに、俺も正対してマリアの目を見た。
「それで、話とは?」
「貴方でしょう? 最近ノルドヴァルで噂の剣士って」
「噂?」
「官吏である税吏や監理官相手に大暴れした謎の剣士がいるってね、ここまで届いているわよ」
「……そうか」
「そうよ。噂が回るのは早いのよ」
どこか悪戯っぽく笑うマリアに敵意は感じないが、何が言いたいのかまだ要領を得ない。
「それで、だとしたらどうする? 兵士にでも突き出すか?」
「まさか! さっきも言ったでしょ。手助けするつもりだったって」
「なら、何が目的だ?」
俺は少しだけ視線に圧を籠めた。
昨日のオズワルドとのやりとりで気が立っているのかもしれないと思いつつも、彼の”願い”を引き受けた以上は慎重に話を進めなければならないからだ。
だが、マリアは真っ直ぐにそれを受け止めて、先ほどまでとは打って変わって真剣な表情になり、いきなり頭を下げた。
「クヌート、貴方を見込んで頼みがあるの。力を貸してほしい」
「何の為に?」
「この国の、ヴェスタリアの解放よ」
そう言って頭を上げたマリアの目は、とても嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
「…マリア、あんたは一体?」
「私はマリア・スペス。反ルーンベルグのレジスタンスであるヴェスタリア解放軍のリーダーよ」
「レジスタンス?」
「そう。…十五年前に、家族を惨たらしく殺された時から、ね」
――そこからマリアが静かに語った。
十五年前、マリアがまだ成人したてのある日、彼女は家族四人で自宅で家族団欒をしていた。すると突然ルーンベルグの兵士が家に上がり込んできて、金目のものを要求してきたそうだ。
突然因縁をつけられたことに困惑しながらも、父親がやんわりと追い返そうとしたら、兵士はいきなり剣を抜いて父親を切り捨てた。
それを見た弟が、母親の静止も聞かずに兵士の胸元をぽかぽかと叩いていると、その首を掴んでへし折った。
最後に残った母親に暴行を加えた上に、剣で突き刺すと兵士は金目のものを全て漁ってから出て行った。
マリアが無事だったのは、たまたま弟の願いでかくれんぼをしていて、寝室のベッドの下に隠れていたからだそうだ。息を潜めてその様子を見るしか出来なかった彼女は、自分の無力さを感じながら、ただ黙って嵐が去るのを待つしかなかったという。
そうして、全てを失った彼女がスラムを彷徨っていると、偶然レジスタンスに拾われた。マリアの境遇にレジスタンスの人間は皆、激しく怒ってくれた。そうして、彼らもまた理不尽にルーンベルグに大事な者を奪われたと知ったマリアは、レジスタンスに一員として活動するようになったという。
十年前に、新しくリーダーとなったマリアは、同じような境遇の者を集め、育てて、少しずつ人数を増やしていった。ヘレナは表立ってはレジスタンスとしての活動はしてないが、何かルーンベルグの動きがあった場合、情報を伝えてくれる協力者という立場だと教えてくれた。
だが三年程前から、更に兵士の横暴さが増していき、税や取り締まりが厳しくなった。これ以上はヴェスタリア人の生活が持たないと強硬手段に出ようと検討してい矢先、ノルドヴァルでの俺の話を聞いたそうだ。それで俺がノルドヴァルから脱出したと聞き、一縷の望みをかけて今日まで待っていたという。
「なら、オズワルドの事は?」
「当然知っているわ。私たちヴェスタリア人の”相談役”、何度相談させてもらったか」
「…他には?」
「他? オズワルドに何かあるの?」
俺はその質問に答えるかどうか逡巡する。
マリアの相談を受けていたオズワルドなら、当然レジスタンスの存在を知っていた筈だ。だが、マリアに正体を明かしていないという事は、今のレジスタンスでは力不足だと判断したからだろう。下手に一度大きく動いては、ルーンベルグ側に警戒されるからだ。
だが、敢えてオズワルドは俺に正体を明かして、更にヴェスタリアの解放を依頼した。つまり、俺が最後のピースなんだと、オズワルドは判断したのでは無いだろうか。
(協力者は必要だ)
オズワルドは、俺にやり方は任せると言った。ならば、ここは全てを話して”全員”巻き込むのが一番だろう。そう結論を出した俺は、マリアにオズワルドについて説明した。
「そう、そうだったの」
「ああ。だから、本気でやるなら俺も手伝おう」
「助かるわ」
「だが、事情があって、俺はここにはずっとは居られない。それでもいいか?」
「もちろんよ。力は貸してもらうけど、ヴェスタリアのことはヴェスタリア人が治めるべきだもの」
マリアが手を出してきた、その目には強い覚悟が滲んでいる。
俺は、その覚悟も含めてしっかりと受け取り、握手を交わした。
――静まり変えるスラムの路地で、何かが動き始めようとしていた。




