5-1 おっさん、亡国へ行く
ルーンベルグ王国、ヴェスタリア地方――
かつてはヴェスタリア公国と名乗っていたその地は、百年程前に起きた”大侵攻”と呼ばれる魔物の集団暴走によって首都が滅ぼされた。事態を重く見たルーンベルグ王国は、王国軍の派遣して魔物の群れを見事に撃退。魔物によりヴェスタリア公爵家の血が途絶えてしまった故に、当時の生き残った貴族の要請で、ルーンベルグ王国に併合してもらったという”過去”がある。
ルーンベルグの文官から聞いた話では、ヴェスタリアの民たちは差別される事なく、ルーンベルグ王国によって、安寧と平和をもたらされた事を感謝しながら、お互いに手を取り合って生活しているという事だった。
(…よくもまぁ、そんな嘘をつけたものだ)
その中心にある城塞都市ヴェスタリア。
かつて滅ぼされた都市は、ルーンベルグの”協力”によって長い年月をかけて復興していったという。王都ルーンベルグ程の規模ではないが、石造りの美しい街並みが日の光に照らされている。丘の上には、かつてヴェスタリア公国の象徴と言われた白亜の宮殿を再現し、今は総督府としてヴォルフガング・クライン総督が使っているそうだ。
だが、その総督府をぐるりと囲む防壁が、街を壁の内外の二つに分けていた。中央広場に面する部分には巨大な門がそびえ立ち、外の住人の潜入を拒んでいる。
そう、美しく見えるのは防壁の中だけで、その外側には、イェルングルーバ鉱山町と同じような、いや、もしかしたらもっと酷い作りのバラック小屋が立ち並んでいる。町の至るところに巡回の兵士が歩いており、時折ヴェスタリア人に言いがかりをつけている姿が見えた。
防壁の外にいる元々ヴェスタリア公国に住んでいた民の首には、金属製のチョーカーのようなものがあった。それは、ヴェスタリア人が外出時に必ずつけなければならない証であり、これを身に着けていなければルーンベルグの国民として扱われず、何をされても文句は言えないそうだ。
この中央広場が商業区となっており、ほとんどの店がここに集まっているが、ヴェスタリア人は許可証が無いと買い物も出来ず、スラムの裏通りにある闇市でこっそり買うか、自力で採取をしてくるしかないらしい。そのくせ重税を課せられていて、収入の八割を持っていかれるのが当たり前だそうだ。
二級市民として扱われて、搾取をされ、理不尽な暴力に晒される。
――それが、ヴェスタリアの民の真実だった。
(…腐ってる)
ノルドヴァル王国を出た俺が、フロストヘイム支部のトルビョルンの勧めでヴェスタリアに着いたのが、今から三日前。幸い冒険者は不当な扱いはされなかったので、問題無く街に入る事は出来た。
冒険者ギルドに顔を出し、ロレンツォとトルビョルンという二人のマスターの紹介状を出した俺は、リベルタ所属のままの活動を許された。それからというもの、街の様子を見たり、またヴェスタリア支部の冒険者から話を聞いたりしていたのだった。
街の西側には、かつてヴェスタリア公国時代、この街の名前であったサンクトゥスの名を受けたサンクトゥアリウム大聖堂の廃墟があった。ここはヴェスタリア人たちの聖地となっているが、ルーンベルグに寄って立ち入り禁止とされている。夜間の外出を禁じられている彼らだったが、夜中にこっそりと聖地である大聖堂に祈りに来る者もいるそうだ。
(聖地、か)
一度は魔物により滅ぼされた地に、苦しい生活を強いられても住み続けようとするのは、やはり”聖地”があるからなのだろうか。日本で生まれ育った俺はそこまで宗教に関わってこなかったので、その感覚は分からない。だが、ヴェスタリア人にとって、とても大切なものだという事だけは忘れてはいけない。
(行ってみるか)
俺はサンクトゥアリウム大聖堂へと足を向けた。ここの一角だけは、何故か大侵攻当時のままかと思うくらいに荒廃したままで放置されている。大聖堂の屋根はとっくに崩れ落ち、辛うじて壁の一部だけが残っていた。瓦礫の中には溶けた鐘が転がっていて、地面には墓標のように錆びた剣が突き刺さったままだ。
その中にあって、まるで瓦礫に隠されているように、焼き焦げた聖像がぽつんと立っていた。両手で剣を地面に突き立てている姿の直立した騎士を模した像で、創世神ルミナスのものではない。一部が焼け焦げて黒くなっているが、それでも長い年月を感じさせないくらい立派な像だった。不思議なもので、一見粗末な木製の像なのに、何故か目が離せない。聖像の目は閉じられているのに、こちらを見透かしているかのような不思議な感覚があった。
(これがヴェスタリア人の”支え”なんだろう)
きっと、かつてのヴェスタリア人は、この聖像に向かって祈りを捧げていたのだろう。『慧眼』で調べることは出来るが、それはヴェスタリアの誇りを汚すことになるような気がしたので、敢えて調べなかった。名も知らぬ騎士に礼をして大聖堂を去ろうとすると、何故か一瞬だけ妙な気配を感じた。
(…魔力? いや違うか)
俺はスキルを使い、気配を辿ろうとしたが、それ以上は何も感じる事は出来なかった。どこか釈然としないまま、俺は今度こそ大聖堂を後にした。
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その日の夜――
俺は、冒険者ギルドの一室を間借りしていた。ギルドマスターが出張中で不在の為、ロレンツォたちの紹介状を持つ俺の扱いに困った副ギルド長に、マスターが戻るまでここに居て欲しいと頼まれたからだ。
特に拠点も決めていない俺は、二つ返事で了承しておいた。リベルタ所属のままの活動を認めてもらった恩がある以上、あまり困らせる訳にもいかなかった。
ベッドに横になって思い出すのは、昼間に見た騎士の像の事だった。あの像の神聖さ、清廉さ、あの名も無き騎士像にこんなにも心が惹かれるのは何故なのだろうか。
(…いや、違うか)
そう、俺は知っている筈だ。己が信念の為に戦う者たちの存在を。
”侍”の生き様と重ねてみているのだと、俺は気付いた。”侍”として殺陣をやる際にずっと心に持ち続けていたもの、”武士道”と似ていると感じたのだ。だから、こんなにも心が惹かれるのだろう。
そんな取り留めもない事を考えていたその時――
(…いる)
――今度は間違いなく、何かの気配を感じた。
明らかに俺に向けられたその気配に、不思議と敵意は感じない。
(いいだろう)
俺は剣だけ腰に吊るすと、そのまま部屋を出た。
ギルドの食堂から、何やら喧騒が聞こえてくるのを横目に静かにギルドから出ると、気配を辿って歩いていく。
すると、辿り着いたのは、サンクトゥアリウム大聖堂の跡地だった。
再びこの地に足を運び入れた俺は、迷く事無く聖像のある場所に向かう。
――そして、辿り着いた聖像の元には、一人の男が待っていた。
「来たか」
月明りに照らされたその顔には深い皺が刻まれている。髪も髭も長く、白い痩せぎすの老人だが、その目には強い意志が宿っている。左腕が肘の先から無く、右手で杖をついて立っているが、その背筋は真っ直ぐ伸びていた。
「貴方は?」
「オズワルドだ。ここの墓守みたいなものだ」
「墓守…」
どこか遠いものを見るような目をするオズワルドの言葉には、酷く重いものが感じられる。果たして彼は、何も見てきたのだろうかと疑問に思うが、聞いていいのかどうか躊躇われる。
だが、わざわざ俺をここに呼んだ以上は、何かを話そうとしているのだと結論つけて、意を決して俺は口を開いた。
「何を守っている?」
「…”真実”だよ」
(真実…)
重い、あまりに重い一言だった。
その言葉は、俺がルーンベルグを脱出する時に決意した事を思い出させた。
「この場所で…何があったんだ?」
「……虐殺だ」
「虐殺?」
あまりに思いがけない言葉に、俺は思わず聞き返した。「長くなる」と座るようにオズワルドが指示をしたので、俺は瓦礫に腰を降ろす。
そうして、オズワルドが語り始めたのは”大侵攻”の真実だった――
百年前あったとされる”大侵攻”は魔物の集団暴走などでは無く、かつてのローランド帝国の栄光を取り戻そう暴走した当時のルーンベルグ王が召喚した”勇者”による”侵略戦争”だったのだと彼は言った。
当時、二十二歳だったオズワルドは若くして近衛騎士隊の隊長を務めていた。だが、突然”勇者”率いるルーンベルグ軍が「魔族に与するヴェスタリアを野放しに出来ない」と一方的に宣言して侵攻を開始したのだそうだ。当時、ヴェスタリアには亜人も住んでいたので、それを口実に攻め込んできたのだろうと、オズワルドは言う。
”勇者”の力で各都市が破竹の勢いで落とされていき、ここサンクトゥスでの最終決戦を迎える事になったオズワルドは、総力戦を開始したが”勇者”の力は凄まじく、その圧倒的な力の前に次々とヴェスタリアの実力者たちが破れていった。
そして、オズワルドも”勇者”の魔法によって吹き飛ばれてて、左腕を失った。失血のあまりに気を失ったいたオズワルドが意識を取り戻した時、サンクトゥスは瓦礫の山と化していたのだそうだ。
城に戻ったオズワルドが見たのは、崩れた瓦礫に埋もれて死んでいる、彼の同い年の妻と二歳の娘の変わり果てた姿だった。
それ以来、オズワルドはここで祈りを捧げながら、時折この地に残ったヴェスタリア人の相談に乗って生きてきたという。
「どうして、それを俺に?」
「強いて言うなら、勘だ」
「勘?」
「ああ。どこか懐かしい感じがした。それに――」
一度言葉を止めて、俺をじっと見るオズワルド。何かを見透かされたような視線は、まるであの聖像を初めて見た時に感じたものと同じ感覚がある。
「――貴殿は強い。真実に抗う力があるように見えた」
(”抗う力”か…)
”組織”という巨大な力に翻弄されてここまで来た俺の心に、何処か重いものが産まれた。それを隠すかのように、俺は努めて明るく振る舞う。
「そうあればいいがな」
「そんな貴殿を見込んで、頼みがある」
「何だ?」
「…この国を、ヴェスタリアを解放してほしい」
オズワルドはじっと俺を見据えてくる。決して冗談でも何でもない、真摯なその願い。
「私には、もう力が無い。…だから百年待った。この願いを託せる者を」
オズワルドの声が、手が震えている。
彼が体験してきた”地獄”を思えば、無理はない。百年という長い年月を僅かな希望を求めて生きてきたその願いを、俺には無下には出来なかった。だが、
(俺に出来るのか?)
リベルタ、ノルドヴァルでは叶わなかった。いや、何処か一線を越える事が出来なかった。全てを背負う覚悟が持てなかったからだ。ルーンベルグの真実を求めて王国を脱出してから、行く先々で闇の一端には触れてきたが、確信は持てなかった。
(だが、俺は知った)
オズワルドから聞かされたルーンベルグの真実。求めていた答えに辿り着いた今こそ、覚悟を決める時ではないのか。
(早乙女さん、神崎くん…)
彼らもまた、このままでは戦争に巻き込まれるだろう。
それを防ぐ為にも、ルーンベルグを、勇者を止めて、この侵略戦争を終わらせる。そしてゼノビアに行き、”魔王”に強力を仰いで地球に還る術を探る。
(覚悟を決めるのは…”今”だ)
「…分かった。約束する」
「本当か!?」
「ああ。武士に二言は無い」
「武士?」
「…気にするな。言葉の綾だ。…一度引き受けた以上、退くつもりはない」
「そう、か…」
「いつになるかは分からないがな」
「いや、その言葉だけで充分だ…ありがとう」
オズワルドの目が、月の光に照らされて、僅かに輝いた。
――それを見守るように、また騎士の聖像が柔らかい月の光を浴びていた。




