4-12 おっさん、”狼”と出会う
イェルングルーバへの潜入を終えた俺は、報告の為にフロストヘイムへ向かっていた。
あっという間に夜も更け、さすがに疲れていた俺は、行きと同様[土遁]でかまくらを作った。その中で暖を取りながら、身体を休めて一晩を明かす。余程疲れていたのか、気が付いたのは昼前だった。
(色々あったからな…)
目の前で崩落が起きて、生き埋めになった人々の悲痛な声がまだ残っている。俺は、深呼吸をして気持ちを切り替えると、泊まった痕跡を消す。そして、気晴らしに身体を動かそうと思い、フロストヘイムに向かって走り出した。
街道をしばらく走り続けていると、遠くフロストヘイムの方向から、何かの集団がこっちに向かってくるのが視界に入った。急いで辺りを見回すが、残念ながら身を隠せそうな場所は手近なところには存在しない。
(油断したか)
みるみるうちに、集団の姿が大きくなった。馬に乗った灰色の鎧を身に纏った集団――恐らくはこの国の騎士団だろう。イェルングルーバの件が、フロストヘイムに届いたにすれば動きが早すぎるとは思うが、このまま正面からぶつかるのも面倒だ。俺は『隠密』で気配を消して、このままやり過ごすと決めた。
道を空けるように端に寄り、隠密で気配を消して馬が通り過ぎるのをじっと待つ。だが、急に一頭の馬が俺を過ぎたあたりで速度を落として、その場に留まろうとする。それに気が付いた他の馬も、慌ててこちらに引き返してきた。
(…隠密が、効いていない?)
あの動きは明らかに、ここに誰かが居ると確信したものだ。俺の気配に気が付けなければ、こんなところで馬を止める意味は無い。
「出てこい。そこに居るのはわかっている」
その騎士の声は低く腹の底に響くように重く、鋭かった。兜はつけておらず、傷だらけの顔を日の元に晒している。その獲物を狙う狼のように鋭い目が、真っ直ぐに俺が居る方へと向いていた。
(これ以上は無駄か)
俺は『隠密』を解くと荷物を置いて立ち上がり、ゆっくりと騎士の元に歩いていった。
そうして近付きながら騎士に向かって『慧眼』を使う。
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ヴィクトール・ブラッドウルフ
44歳 男性
ジョブ:騎士
レベル:52
力:550
技:540
速:520
体:550
魔:520
抗:520
運:520
スキル
剣技8、盾技7、統率8、気配感知7、身体強化5、狼の目6
称号
『騎士団長』
数々の戦を指揮し勝ち抜いた証。統率スキルに補正がかかる。
『ブラッドウルフ流剣術師範』
ブラッドウルフ家に伝わる技を全て習得した者の証。剣技スキルに補正がかかる。
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(…強い)
目の前の騎士、ヴィクトールは今まで俺が見てきた者の中では、最も高いステータスを持っていた。その中にある『狼の目』という見慣れないスキルが気になった俺は『狼の目』について、更に調べる事にした。
『隠密』も絶対では無いと分かった以上、何が見破ったのかを知らなければ警戒のしようが無いからだ。この世界で生き残る為に情報が必要だというのは、召喚されてから俺が体験してきた上で、ずっと変わる事のない真実の一つだ。
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『狼の目』
狙った獲物は絶対に逃がさない。このスキルを持つ者は、標的が近くにいれば、どんな手段で隠れていても、必ず見つける事が出来るユニークスキル。
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(なるほどな…)
つまり、最初から狙いは俺だったという事だ。説明を聞く限り、少なくとも同等のレベルのユニークスキルで無ければ『狼の目』を欺く事は出来ないのだろう。
とあらば正面からやりあうしかないと覚悟を決めて、俺は馬上のヴィクトールと向き合った。
「わざわざ俺を探しにきたのか、ヴィクトールとやら」
「ほう? 俺を知っているのか」
すると、ただでさえ鋭い目を更に細めて、ヴィクトールは馬から降りた。その頃には彼の部下たちは戻ってきていて、俺を遠巻きに取り囲むように包囲網を組んでいる。
(部下たちも優秀だな)
俺の能力が分からない以上、敢えて間隔を空ける事で、どんな事態になろうとも対応する余裕を持たせているように見えた。淀みなく動く様子を見れば指揮官であるヴィクトールと共に、彼ら自身も優秀だと解る。
「騎士団長だという事くらいだがな。それでそんなお偉いさんが何か用か?」
「Dランク冒険者クヌート。王命により、税吏モーリッツに反抗した件で貴様を捕らえに来た」
短い、無駄の無い言葉。彼の性格を表すと共に、言質を取らせない為のものでるありそうだ。
「捕らえる? 法を犯した覚えはないが」
「それはこちらが判断する事じゃない。俺は命令を受けただけだ」
「問答無用って事か」
こういう取り付く島もない男が一番やり難い。任務に忠実な上に厄介なスキルまで持っているヴィクトールという男には、間違いなく俺の天敵だった。
「大人しく縛につけ。そうすれば怪我をせずに済むぞ」
ヴィクトールは鞘から剣を抜くと、俺の眉間に向けて突き付けた。その鋭い視線の奥に少し、ほんの少しだけ熱のようなものを感じる。期待というか、高揚というか、そんな僅かな熱気が込められている。
(…戦闘狂か)
モーリッツからの報告でも聞いたのか、恐らくは俺と戦いたいのだろう。これはきっと挑発のつもりなのだと気付く。
戦ってやる義理は無いが、戦うしか選択肢が無いのもまた事実だった。
「断る。俺にはやる事があるからな」
そして俺も腰に吊るした西洋剣を抜いて、正眼に構えた。試作刀は[暗器]に仕舞ったままだし、切れ味が鋭すぎて手加減が難しそうだ。ヴィクトール相手では、この剣では心もとないだろうが、刀を使えば目立つし切り札として取って置きたい。
「その構え。少しは剣術に覚えがあるという訳か」
「さてな」
お互いの視線が交わり、一気に緊張感が高まる。まさに一触即発の空気が張り詰めて――
「シッ!」
――白刃が閃いた。
ヴィクトールが一直線に間合いを詰めてきた。
気が付けば薄っすらと白い煙のようなものがヴィクトールの身体から立ち上っている。おそらくは『身体強化』のスキルなのだろう。想像以上に鋭い一撃が俺を今まさに横薙ぎにしようとしている。この世界で初めて見る、熟練の剣士の渾身の一撃だった。
「――ふっ」
俺は敢えてそれを受けずに、脱力して地に倒れこむようにヴィクトールの懐へと間合いを詰めた。剣が届く前にお互いの身体はすれ違う。それと同時に全身に魔力を巡らせて[身体操作]を発動、振り向き様に剣を振り上げる。そこには返す刀が振り下ろされてきたヴィクトールの剣があった。
ギィン、と重い音を立ててヴィクトールの剣を弾く。
すると、まさか弾かれるとは思っていなかったのか、ヴィクトールの顔に笑みが浮かんだ。それと同時に、この光景を見ていた彼の部下たちが騒然となっているのを感じる。
「想像以上だ」
「なら見逃してくれないか?」
「それは出来ん!」
――そこから、ヴィクトールの猛攻が始まった。
真っ向、袈裟、突き、抜き胴、ありとあらゆる斬撃が俺に襲い掛かるが、俺はそれを一撃ずつ確実に捌いていく。”仁王”は、灰色狼の件で感じた思わずカウンター技になってしまいそうな感覚をまだ掴みきれていない。ヴィクトール相手には手加減が出来そうに無いので使えなかった。
まさに一対一の殺陣のように、相手の攻撃を捌き続けていく。
流石にここまで完璧に受け流されるとは思っていなかったのか、徐々にヴィクトールの顔に焦りの色が見え始めた。
「貴様、その動きは一体…」
「ただの殺陣だ。説明する気はない」
「ふざけおって!」
一度距離を取ったヴィクトールの身体から立ち上る白い煙が、一際強くなった。目の前から感じる圧のような波が、俺の全身を打つ。
(これが魔力か)
魔力そのものを視認したのは、これが初めてだった。この身体が、感覚が、それを教えてくれる。身体強化のスキルは、魔力を消費すればするほど上昇率が上がるという。故にこれからヴィクトールは、全力を出して短期決戦に持ち込むつもりなのだ。
「ブラッドウルフ流剣術奥義”双狼牙爪”」
ヴィクトールの左の袈裟斬りを剣で上から叩き落とそうとした瞬間、俺の『危険察知』のスキルが警鐘を鳴らした。俺は身体に任せるままに、叩き落すのを止めて弾いた反動で反対側――右側に剣を持っていく。すると、そこには魔力で作られた白い腕と剣があった。まったく真逆の軌道で俺の首を狙っているのを、やはり同じように弾く。
逆から、はたまた同じ方向から二重に重なる変幻自在の斬撃を必死に受け流していると、やがて俺はヴィクトールの殺気が薄れている事に気付いた。
(殺す気が無い?)
最初の一撃には問答無用で殺気が込められていたが、奥義を使っている今は殺気を感じない。捕縛しにきているのだから、それ自体はおかしくはないのだが、ならば最初の一撃は何だったという話になる。あれで俺は一気に警戒度を上げざるを得なかったのだから。
ヴィクトールの猛攻を捌いていると一瞬、俺が弾いた彼の剣が流れたのが見えた。体勢を乱したその隙に、俺はヴィクトールの喉元に突き付ける。観念したヴィクトールは、剣を離して地面に落とす。
「…これまでだ」
「殺せ」
俺の剣はヴィクトールの喉元のままだ。彼の部下たちは俺たちを固唾を飲んで見守っている。しばらく無言で睨み合いが続いた後、俺は剣を降ろした。
「何故殺さない?」
「貴方には殺意が無かった」
「それは…」
「それに、最初は焦っているのかと思っていたが違った。貴方の剣筋に迷いがあった」
「……それで?」
「何故自分は剣を振っているのか、そう悩んでいる気がしたんだ」
俺がそう指摘すると、今度こそヴィクトールは黙ってしまった。最早隠そうともせずに俯いたまま固まっている。
「剣は嘘は吐かない。貴方の真っ直ぐな剣筋は、卑怯を許さない貴方の生き方そのものだ。だから貴方は、もしかしたらこの国の在り方に疑問を抱いているのかと思ったんだ」
「……そう、か」
ヴィクトールは俯いたまま、ただ一言だけそう呟いた。
今、彼の胸の中は様々な感情が渦巻いているのだろう。出来れば良い方に変わってほしいものだが、それはヴィクトール本人次第だ。
俺は剣を納めると、踵を返して荷物を拾った。
「では、行かせてもらう」
「…待て」
「騎士が守るべきものは何か、それが見つかったらまた会おう」
それだけ言い残して、俺はフロストヘイムに向かって走り出した。
驚愕の色を浮かべるヴィクトールを、その場に残したままに。
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「――そうか。ご苦労だった」
フロストヘイム支部のマスターであるトルビョルンの部屋で、俺はイェルングルーバでの出来事を全て説明していた。鉱山から持ってきた支給品のポーション――魂操薬の実物も彼に渡している。
「ミハイルの行方が掴めずにすまない」
「いや、いい。それよりも呪いの件が重要だ。…まさかそんな事になっていようとはな、一ギルドの案件では済まんぞ」
トルビョルンは頭をがしがしと掻いている。
これは彼が考え込む時の癖で、よく見るようになった。とはいえ、大体俺が絡んでいるような気もするが。やがて何かを決めたのか、徐に真剣な表情となり俺の顔をじっと見てきた。
「決めた。クヌート、反乱の調査は一旦中止だ」
「いいのか?」
「ああ。騎士団まで動いたのなら、調査も難しくなるだろう」
「それはそうなんだが…」
「本部とロレンツォには、俺が上手く報告しておく。一度この国から出ろ」
「…分かった」
反乱の件は気がかりだが、ギルドマスターであるトルビョルンにここまで言われたら、素直に従うしかない。それに何だかんだ言っても、俺の身を案じてくれているのが伝わってきているからだ。
「もし、リベルタに戻り辛いなら、ヴェスタリアでも行ってみたらどうだ? あそこはここよりはマシだと思うぞ」
「考えておくよ」
「なら、最後に餞別だ」
トルビョルンがニヤリとして懐に手を入れた。
「国家に関する重要な情報を齎した功績から――」
彼はそこで一度言葉を区切ると、懐から取り出した一枚の青いカードを俺に差し出した。
「――クヌートをCランク冒険者に昇格させる」




