4-11 おっさん、暴露する
「何だ! これは一体どういう事だ!」
男の言葉を掻き消すような怒鳴り声が、坑道中に響いた。目の前の鉱夫はその声を聞いた途端にガタガタと震え出す。
「か、監理官…そんな…」
「あれがラース監理官か?」
「は、はい」
自分の仕出かした事を怒られると思っているのか、男は震えたままだった。だが、向こうから来てくれたという事は、問い詰めるいい機会でもある。だから俺は、その無防備に晒されている魔法陣を『慧眼』で調べた。
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操魂刻印
この刻印がされた物体を体内に入れると、その者の魂に呪いが刻まれる。この刻印が刻まれた者は、無意識同じ動作を繰り返すようになり、疲労を一切感じなくなる。呪いをかけた者より高位の術者でなければ、この呪いは発見出来ない。
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(…魂を操るだと)
その刻印の効果のあまりの身勝手さに、頭に血が上りかけた。
人を物だと思っている奴らにはなんて都合のいい魔法陣なのだろう。似たような効果である事から、リベルタの渇魂刻印と同じ術師が創ったとみて間違いない。
(だが、どうする)
俺には解呪は出来ないし、魔法陣の事もどう説明すればいいものか。だが、ここで白日の元に晒さなければ、事態は好転出来ないだろう。
(…手札を切るか)
『鑑定』のスキルがあるという事にして話をすれば、多少の効果はあるかもしれない。完全に信じてもらえるとは思わないが、疑惑の種を植え付けられれば御の字なのではないだろうか。
(リベルタの二の轍は踏まない)
ここで動かなければ、また同じ事になるだろう。
それに奥で生き埋めにされた炭鉱夫たちも心配だ。奴らが救助をするとは思えないし、この場を収めて早く救助に行かなければ、アヒムに合わせる顔が無い。
俺は震えている男の首根っこを掴んで起き上がらせる。
「一緒に来てくれ。悪いようにはしない」
「え? あ、はい」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている男は、それでも俺の剣幕に押されたのか、引き摺られるように立ち上がった。
俺が男を連れて入口に戻ると、声の主は大声で喚き散らしている。その後ろには十人ほどの兵士が並んでいて、炭鉱夫たちを威嚇していた。周囲には鞭を持った見張りの兵士が鉱夫を囲むように立っていて、みんな黙って話を聞いている事しか出来ないようだ。
「また事故か。 全く使えないヤツらばかりだな! 仕事が遅れた分は労働で返してもらうぞ」
「事故じゃない」
声の主――ラース監理官の言葉を遮るように、俺の一言が坑道中に響いた。すると騒然としていた場が、一気にしんと静まり返る。
ラースは俺の存在に気がづくと手で鞭を弄びながら、こちらの睨み付けてきた。
「何だ、貴様?」
「俺の事なんてどうでもいい。それより崩落は事故じゃない。起こるべくして起きたんだ」
「何をふざけたことを言っている!」
「ひっ!」
ラースが突然俺に向かって鞭を振ってきたのを見て、隣の鉱夫が悲鳴を上げる。
身を縮める彼の前で、俺は難なくそれを掴み取ってお返しとばかりにラースを睨み付けた。俺とラースの間で鞭がピンと張っていて、あたかも二人の間を走る緊張の糸のように見える。
「なっ…!?」
「ふざけているのはどっちだ? これを見ろ!」
俺は隣に立っている炭鉱夫の腕を上に上げて、そこにある暗く光る刻印を皆の前に曝け出した。
「これは何だ?」
「そんなものは知らん! そいつは犯罪奴隷か何かなんだろう?」
「ち、違います!」
犯罪奴隷と言われて即座に鉱夫の男が否定をする。
確かに遠目から見れば奴隷紋のように見えなくはないが、そんな逃げ方はさせはしない。
「なら命令してみろ」
「何?」
「犯罪奴隷を働かせているなら、現場責任者のお前が主人なんだろ? なら命令には従う筈だ」
「何故貴様の言うことを聞かなければならない!」
「別にいいさ。どの道これが奴隷印では無くて、呪いの刻印だっていう事は分かっている」
「呪いだって?!」
「オレにもあるぞ!?」
突然の出来事に呆気にとられていた鉱夫たちだったが、流石に呪いという言葉は聞き逃せなかったのか、忽ち辺りは騒然とし始めた。
「な、何を根拠に、そんなデタラメを!」
「出鱈目じゃないさ。俺は鑑定スキルを持っているからな」
「な、何!?」
「だから、鑑定スキルで見たんだよ。操魂刻印、疲れしらずで身体を勝手に動かす呪いの刻印だってな」
「…バカな。見えるワケが…」
「残念だが、俺のレベルの方が上だったようだな」
俺の言葉に動揺したラースの鞭が緩んだ。だが俺は、そのまま鞭を掴んだまま、ラースに殺気を込めて問いかける。知らない内に呪いをかけられた炭鉱夫たちにも知る権利はある筈だからだ。
「それでだ。何故、こんな事をした?」
「…国の為だ」
「何?」
「こいつらは国の為に、必要な犠牲なんだ!」
「犠牲だと…?」
「そうだ! 鉱夫が疲れ知らずになれば、鉱山はずっと稼働できる! それは国の利益になる!」
「民がどうなってもいいと?」
「ここに来るようなヤツは、所詮どこでもやっていけなかった出来損ないだ! ならせめて道具として国の役に立てばいい!」
事実をバラされてやけになったのか、ラースの声はどんどん大きくなっていく。
あまりの身勝手な言い分に周囲の鉱夫たちの表情が曇るが、武器を持った兵士たちに囲まれている以上、何も出来ないのだろう。中には悔しそうに俯く者もいた。
俺の脳裏にアヒムやオットーの顔が浮かんだ。過酷な環境ながらも自分の仕事に誇りを持って働く姿が。それをラースは、出来損ないだと侮辱した。
「…意思を奪ってまでか」
「道具に意思なぞ要らないだろう?」
完全に開き直ったラースが鞭を離して、両手をパンと叩く。
すると十人ほどの兵士がラースを庇うように前に出た。
「それがこの国のやり方か」
「そうだ! そして、お前の口さえ封じれば、何とでもなる…お前たち!」
ラースの命令をきっかけに、一斉に武器を抜く兵士たち。
「下がってろ」
「ひぃぃっ!」
兵士たちが構える間に、俺が隣の鉱夫にそう告げるや否や、男はさっきまでいた坑道の奥へと走って逃げていく。その隙にじりじりと兵士たちが距離を詰めてきた。
「さあ、出しゃばった事をあの世で後悔するんだな。やれ!」
「「うおおおおっ!!!」」
ラースが高らかにそう宣言すると、兵士たちが一気に襲い掛かってきた。
だが、申し訳ないがモーリッツの時と同様に、ただの兵士が何人かかってこようと俺の敵では無い。襲い来る兵士を一人、また一人と武器を奪い、当て身を入れて気絶させていく。
――あっという間に、俺は一瞬で兵士たち全員の意識を奪った。
俺の周囲には、兵士たちが鎧姿のままで地面に転がっている。その場にいる誰もが、予想外の結果に口をポカンと開けて言葉を失っていた。だが――
「…くっ、っはははははっ!!!」
――突如、この静寂を破る笑い声が辺りに響いた。
大笑いしているのはオットーだ。
「こいつはすげぇじゃねぇか!」
オットーは笑いながらずかずかと俺の前まで歩いてくると、いきなりバンバンと背中を叩いてきた。
「こんなおっさんなのに、兵士を瞬殺してしまうなんてな! スカッとしたぜ?」
「いや、殺してはないからな」
「わかってる、わかってる」
器用にウィンクまでしてくるオットーに、正直俺は毒気を抜かれてしまった。
いや、もしかしたらオットーは、俺の頭を冷やす為に敢えてふざけたのかもしれない。
「な…バカな」
伸びた兵士の先には、これまた呆然と立ち尽くすラースの姿があった。
俺がゆっくりと近付いていくと、ラースは腰を抜かして尻餅をつく。
「ば、化け物め」
「何とでもいえ」
「来るな! 来るな!」
傍に落ちていた自分の鞭を必死に振るうが、腰の抜けた状態では大した威力はない。
再び俺が鞭を掴んで、軽く引っ張ると奴の手から鞭を奪えた。
「二度とこんな真似をするなよ」
俺が傍に立って見下ろすと、ラースは壊れた人形のように首を上下に振り始める。
「それで、刻印を消す方法は?」
「し、知らない! 俺は上からの命令で、ポーションを配っただけだ!」
「誰の命令だ?」
「わ、わからない!」
まるで命乞いのように必死に答えるラースの様子から、本当に知らないように思えた。これ以上の尋問は無意味だと思った俺は、奴の鞭で奴自身を縛り上げ、猿ぐつわをしておとなしくさせた。
「オットー。奥の崩落に巻き込まれた者の救助は、出来ると思うか?」
「見てみなけりゃわからねぇが、危険だぞ?」
「承知の上だ。見捨てるのも寝覚めが悪いしな」
「はっ! 随分余裕じゃねぇか。お前たち!」
「「はい」」
「命が惜しくねぇ奴だけついてきな! 他は支柱の確認と補強をしとけ!」
「「おう!」」
俺たちはオットーの指示の元、救助活動を始めた。
この場で指示を出すのは、専門家であるオットーに任せた方がいい。崩れた支柱などを利用し、岩盤を支え瓦礫を掘り起こす。少しずつ生き埋めになった人間を救助していく。
だが、救出作業を開始してしばらくすると、再び天井の方から、ゴゴゴという重い音が遠く聞こえてきた。
「ち、これ以上は不味い。巻き添えになる」
「…そうか」
「待ってくれ! まだアイツが奥にいるんだ!」
先程救助された比較的軽傷で済んだ鉱夫の一人が奥へ行こうとするが、それを皆でしがみ付いて引き止める。
「放せ! 放してくれ!!」
「もう無理だ!」
そんな必死に縋る男が皆に引きずられていく姿を、俺はやるせない気持ちで見守るしかなかった。
「…戻るぞ」
「ああ」
俺たちが入口に戻り始めると直ぐに轟音が響く。
そして、さっきまで居た坑道は、崩落で完全に潰れたのだった。
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「あんた、すげぇな」
「助かったよ! ありがとな」
坑道の入口で、鉱夫たちに囲まれた俺は、口々にお礼を言われていた。だが――
「…すまない。全員は救えなかった」
――俺は頭を下げた。
今朝と、今と、崩落に巻き込まれた全員を救う事が出来なかった焦燥感が、俺の胸を焼いている。頭で分かってはいても、気持ちの整理はそう簡単にはつけられなかった。
「いいんだ。あんたのせいじゃない」
「むしろ、あんたのおかげで生き残れたんだ」
ここで働く以上は覚悟をしている、
そう言われてしまった俺は、これ以上は彼らの誇りを傷つける事になると思い、黙って彼らの謝意を受け取った。
「それで、これの消し方は知ってるか?」
オットーが、腕に刻印がある男のそれを指さしながら、俺に聞いてきた。この場のほとんどの人間の視線が俺に集中するのを感じる。
そこで、前に見た似たような刻印は、光明教会で解呪をしてもらえれば消えたと教えたが、あまりオットーたちの表情は晴れなかった。理由を聞けば、わざわざここまで司祭を派遣してもらえるか分からないからだそうだ。
「ま、気長に”上”に訴えてみるさ」
「すまない。こちらでも色々動いてみる」
「気にするな」
そして、作業終了の時間となった。
救助活動を行っている時には、既に見張りの兵士の姿が見えなかった事から、今回の件はもう報告されているだろう。これ以上長居をすれば、逆に迷惑をかける事になるかもしれないと思った俺は、早々に退散する事にしたのだ。
「ポーション、助かった」
「これくらいしか出来ねぇがな」
「アヒムにも宜しく伝えておいてくれ」
「わかってる」
証拠となるポーションを受け取った俺は、オットーの勧めもありアヒムへの説明を彼に任せてすぐにこの町を離れる事を決めたのだ。
「世話になったな」
「こちらこそ」
「気を付けろよ?」
「お前さんもな」
そうしてオットーと別れた俺は、夕闇に紛れてイェルングルーバの町から姿を消した。




