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4-10 おっさん、我慢する

 ――一言でいえば、確かに”地獄”だった。


 鉱山の内部に入ると、至る処からカンカンと鉱脈を叩く音が響いている。天井までは木製の足場のようなものが組まれていて、崩落防止の支柱としても働きもしているようだ。

 鉱石を掘る者、荷車に乗せる者、集積場所まで運ぶ者。多くの人間がいたが、共通しているのは皆一様に疲労の色が濃い。そして――


「お前! 今さぼっただろ」

「すみません!」


 ――バシっと、炭鉱夫を鞭で叩く見張りの兵士たちが居た。

 その表情には何処か愉悦の色が見える事から、謂れのない罰である事は明白だった。


(屑だらけだな)


 先日のモーリッツといい、ノルドヴァル王宮の関係者には本当にまともな人間は居ないようだ。

 あまりの理不尽さに腹が立つが、今ここで俺が暴れる訳にはいかないと、必死に怒りを我慢する。


(後で見ていろ)


 今は先ずオットーを探し出して、要救助者を見つける事が先決なのは間違いない。下手に他の鉱夫に話しかけて、その人が鞭で打たれでもすれば目も当てられない。なので、俺は周りの様子を見ながら奥へ奥へと歩いていく。


「お前、持ち場はどこだ!」


 すると突然、見張りの一人が鞭を振るおうとしたので、俺はこれ幸いとオットーの持ち場を聞き出そうとした。


「アヒムさんに言われて、オットーさんの指示を受けろと」

「ちっ、あのジジイか。オットーなら一番奥にいる」

「分かりました」


 鞭で打てずに残念そうにした兵士をやり過ごして、俺は更に奥へと歩いていった。奥に進めば進むほど天井は低くなっていく。兵士に聞かれる度に同じ問答を何度か繰り返し、ようやく最奥まで辿り着く。もうここでは、つるはしを振りかぶる事がギリギリ出来るかというくらいまで天井は低い。ここには幾つかの穴があり、それぞれの穴の中から掘り進めている音が聞こえてきた。その穴が別れる手前に一際がっしりとした身体の大きな男が、指示を出していた。


(あれが、オットーか)


 アヒムから聞いた人相から判断すれば、間違いないだろうと当たりをつけて、俺は彼に話しかけた。


「オットーさん?」

「何だ、新入りか?」

「ああ。アヒムから言われてきた」

「何だと?」


 探るように俺をじっと見るオットーに、俺は彼にだけ聞こえるように呟いた。


「崩落個所は?」


 その言葉にハッと反応するオットー。


「新入り。お前はこっちだ! ぐずぐずするな!」


 オットーはわざと見張りの兵士にも聞こえるような大きな声で言い、俺を奥の方へと連れていく。そして、仕事を教えている振りをしながら、俺たちは話し始めた。


「助かる」

「いや、こちらこそだ。だがな――」


 オットーの表情がとても重く沈み、言い淀んだのを見て俺は嫌な予感がした。


「…まさか?」

「ああ。今朝の話だ。再度崩落が起きて、前回の崩落個所は完全に潰れちまった」

「そう、か」


(間に合わなかったか…)


 しかし、再度の崩落とはどういう事なのだろうか。普通は一度崩落が起きた場所は危険だから、その近くは掘らないようにするのが鉄則だったと記憶しているが、この世界では違うのだろうか。


「何故そんな事に?」

「それがな、突然無言で支柱を叩き始めた馬鹿が出やがったんだ」

「何だと?」


 俺はアヒムから聞いた妙な鉱夫の話を思い出す。

 確信に近いものを持って、俺はオットーに問いかけた。


「顔が死んでるのに、採掘を止めない鉱夫の話は?」

「知ってる。というかアヒムのじいさんに教えたのはオレだからな」

「オットー。お前はラースからポーションを貰ったか?」

「いや? 幸い俺は体力が有り余っているからな。必要はないと突っぱねた」

「他に飲んでない奴はいないのか?」

「ここも厳しくなったからな。体力の無い奴ほど、休憩代わりに飲みまくっているぞ」

「…くそっ!」


 俺は怒りを抑えるのに必死で、採掘するふりで誤魔化しながら、つるはしを鉱脈に叩きつけた。ガンっと鈍い音を立てて岩肌が砕けるのを見て、オットーが慌てる。


「おい! 急にどうした!」

「最悪な状況だ…」

「何だ? ポーションの話をしたら急に…ってまさか?」

「そうだ。それが原因の可能性が高い」


 感情を抑えた声でぼそっと俺が呟くと、事態を把握したのかオットーの顔色はみるみるうちに青くなっていく。それでもオットーは必死に声を潜めた。


「やべぇじゃねえか。ここにいるほとんどの奴が飲んじまっているぞ」

「…信じるのか?」

「アヒムのじじいと、ミハイルが託した男なんだろ? なら信じるさ」

「恩に着る」

「で、どうすればいい?」


 残念ながら要救助者は助けられなかった。それは悔やんでも悔やまれるが、タイミング的にもどうしようも無かった。しかし、これ以上同じ悲劇を繰り返さない為にも、まだ出来る事はある。


「そのポーションを調べたい。一つ持ってこれるか?」

「飲みたいっていえば、幾らでも渡してくるからな。イケると思うぞ」

「すまん。頼んでもいいか?」

「お安い御用だ」


 一度俺たちは最初の位置に戻り、オットーがポーションを取りに行った。その背中を視線で追っていると、突然兵士の怒鳴り声が手前の方から聞こえてくる。


「馬鹿! 止めろ!」


(まさか!)


 何事かと思い、俺はその現場へと走っていくと、そこには狂ったように支柱を叩く一人の鉱夫と、彼を止めようと必死に鞭を打つ兵士の姿があった。

 まさに一心不乱に支柱を叩き続ける鉱夫の表情は真っ青で顔色が酷い。それとは真逆の勢いで支柱を叩く身体の動きはちぐはぐで、見ていると恐怖すら感じる。

 その振り上げるつるはしの勢いに巻き込まれるのを恐れて、遠巻きで鞭を打つしか出来ない兵士。騒ぎを聞きつけて一人、また一人と集まってくるが、誰も止められないでいた。


「おいおい! また暴走かよ!」


 俺がここに居る事に気が付いたオットーが、ポーションを持って駆け寄ってきた。


「貴様! 止めろといっている!」

「何だ! どうなってる!?」


 すると、近くでそれを見ていた違う鉱夫が一人、また一人と別の支柱を叩き始める。兵士が何度も鞭で叩いても鉱夫は支柱を叩くのを止めない。


(まずい、このままでは…)


「おい! 止めろ! 止めないと…」


 焦った兵士が鞭を捨てて、剣を抜こうとしたその時――


 ガラガラガラッ!


 ――天井から岩の欠片が落ちてきた。


 続いて、ゴゴゴゴという轟音と共に支柱が倒れ始める。


「崩れるぞ!」

「に、逃げろ!!」


 周囲が騒然となり、鉱夫も兵士も逃げるのに邪魔な手に持ってている物を投げ捨てて、入口の方向に走っていく。だが、目の前で崩落に巻き込まれそうな一人の男が見えた。


「危ない!」


 咄嗟に後ろに手を引っ張って止める。すると目の前に岩が落ちてきた男は顔面蒼白になりながら俺に礼を言った。


「ありがとう」

「いいから急げ!」


 俺は殿(しんがり)でそんな風に救助活動をしながらも入口に向かう。だが、崩落は止められない。[土遁]で操れるのはあくまで”土”であり、岩は操れないからだ。


「うわっ! やべぇ!」


 俺の視線の先でオットーが誰かを突き飛ばしたのが見えたが、オットー自身が倒れてきた支柱に巻き込まれてしまった。


「ぐはっ!」

「今、助ける!」


 だが、巨大な支柱は重くてビクともしそうにない。俺は一瞬だけ迷うもすぐに決断し、[暗器]から刀を取り出した。オットーはうつ伏せで、他の人間は前に向かって逃げているから、見られる心配は少ない筈だ。


 ――抜刀一閃。


 試作刀は、いとも簡単に支柱を切り裂く。

 俺は刀を仕舞って[身体操作]を使って支柱を持ち上げ、そのまま地面に立てた。

 そして、オットーの身体を引き起こす。


「何が…」

「話は後だ。動けるか」

「何とか」

「なら行くぞ!」


 狐につままれたような顔をしているオットーに発破をかけて、入口付近まで駆け抜けていった。


---


 ようやく崩落が収まった。


 時間にしては、それ程長かった訳では無い。だが、全員は助けられなかった。一番奥で作業をしていた者たちは逃げる時間は無かっただろうし、崩落に巻き込まれて打ちどころが悪かった者もいた。


(…俺は神ではない)


 全てを救えるなんて思ってはいない。だが、悔しくて歯痒い思いをするのは許してほしい。そんな思いに囚われながら、視線の先で蹲る一人の男の姿が目に入った。

 

(あれは)


 小さく丸まって壁際で震える一人。それは支柱を叩いていた男の内の一人だった。近づいていくとずっと何やらブツブツと呟いている。


「違う違う違う違う」

「何が違うんだ?」

「ひいっ!」


 俺に気が付いた彼は後ずさって離れようとしたが、すぐそこには岩肌があった。


「別にとって食おうって訳じゃない。話が聞きたいだけだ」

「違うんだ。俺はずっと止めようとしていたんだ。それなのに、身体が勝手に動いて…」

「勝手に?」

「そうだ。それで目の前にあったものを片っ端からつるはしで叩いて…それで…」


 男はまた蹲り、しくしくと泣き出してしまった。しかし申し訳ないが、まだ話を聞く必要がある。だから俺は敢えて優しく話しかけた。


「なぁ、自分のした事は覚えているのか?」

「あ、ああ…覚えてる。だからこそなんでこんなことになったのかわからないんだ…」

「そうか」


 泣きながらも、そう答えてくれる鉱夫の男。だが、その言葉に引っ掛かりを覚える。


(リベルタとは違うな)


 魂蝕薬の夢遊病状態の時は、自分の行動を覚えていなかったが、今回は覚えているという相違。これが何を意味するのかが、まだ分からない。


「何か、いつもと違った事はあったか?」

「…いや、いつも通り仕事前にポーションを飲んで仕事をしていただけだ」

「いつも通り」

「ああ。ノルマがキツくて、ポーションを飲まないととても間に合わない」

「飲み続けているのか?」

「え?」


 俺が何を尋ねたいのか分からないのか、男が目をパチパチしながら俺を見る。


「ポーションだ。どれくらいの飲み続けている?」

「え、えっと一ヶ月くらい」

「そうか…因みにお前は、ここに来てどれくらいだ?」

「一ヶ月半だ。人の入れ替えが激しいから、これでも長い方なんだ。なのに、何故あんな事を……」


 言葉が詰まり、男は再び泣き出してしまう。俺はこれ以上話は聞けないと思い、そっとしておこうと思ったが、何やら男の右の上腕部から魔力を感じた。


(何だ?)


 俺は泣いている男に構わず、袖を捲り上げる。


 すると、そこにはリベルタで見たような魔法陣がぼんやり浮かび上がっていた。


「おい! これは何だ?」


 俺は思わず泣いている男の肩を掴んでしまった。それに驚いた男が我に返って、戸惑いながらも口を開く。


「ポーションを飲み続けていたら、だんだん浮かんできて、軍医に相談したら、疲労軽減の効果があるって――」


「何だ! これは一体どういう事だ!」


 男の言葉を掻き消すような怒鳴り声が、坑道中に響いた。



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