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4-9 おっさん、炭鉱夫になる

 翌日、あまりに早い時間に辿り着くのも怪しまれると思った俺は、まずは新しく得た[身体操作]を身体に慣らす事にした。強化した身体をしばらく動かしていると、徐々に感覚を掴んでいく。


(これは使えるな)


 全身強化をすれば魔力の消費は激しいが、脚力などの一部分なら、そこまででは無い。感覚的に思い起こせば、もしかしたらルーンベルグを脱出する際、森を駆け抜けた時にも僅かにこれを使っていたのかもしれない。


 そうして昼前、体感ではあるが時刻にすれば十の刻あたりだろうか、俺はイェルングルーバの鉱山町へ足を踏み入れた。


「仕事があると聞いて来た」

「そうか、入れ」


 国の直轄地という事で入るのも厳しいのかと少し構えていたが、実にあっさりと中に入る事か出来たのには拍子抜けした。まぁ、関わる人が増えれば増えるほど、上層部の考えなど下っ端にまでは正確に伝わらないものだ。まして崩落事故で人手が幾らでも欲しい今なら、多少警戒が緩んでも無理はないし、そもそも俺としては好都合だった。


 イェルングルーバ鉱山町は、山の盆地に作られた町といえば伝わるだろうか、鉱山の入口に関所のような門があり、それを支える為に後付けで作られた町という印象だ。

 町の至る処で煙が上がっているのは、恐らく鉱石を加工する工房が多いのだろう。町を歩けばカンカンと、金属を叩く音があちこちから聞こえてくる。

 だが、町ですれ違う人々は身体が細く、咳込む人も多く見受けられた。俺も何処となく空気が悪いように感じて、口元を布で覆いたくなるくらいだった。

 バラックのようなボロ屋が並ぶこの辺りは、もしかしたら炭鉱夫の住居なのだろうか。遠くには幾つかそれなりに立派な建物が見えるが、ほとんどはこんな感じの建物で埋め尽くされていた。


(酷いな)


 直轄地である鉱山で、こんな環境だとという事は、典型的な民を使い潰すしか考えていない方針なのだと思った。劣悪な環境で厳しい労働を課し思考を奪っていく、謂わばブラック企業のやり方と同様の手口だろう。この国は相変わらず、民の事など考えていないのだと嫌でも実感させられる。


(まずは、ミハイルを探すか)


 町を歩く人に話しかけて、鉱山の入口の場所を聞く。

 「辛い仕事だから余所に行った方がいい」と言われたが「どこも駄目だった」で押し通したら、哀れみの籠った目で「頑張りなさいな」と送り出されたのには、何とも言えない気持ちになった。

 とは言え、どんなに止められても鉱山に行かないという選択肢は無い。むしろ、それ程こき使われていると分かっただけで上出来だろう。


 イェルングルーバの居住区はそれ程広くはなかった。中央広場に炭鉱夫の為の店がずらっと並んでいて、あとは広がるようにバラック小屋の家々が建てられている。外側に行けば行くほど、若干新しい感じがあるので人が増える度に増築されていったのだろう。

 広場の店はバラックとは違って、きちんと建てられていて、店員の身なりも多少は整っていた。これだけ明らかな差別があるが、商人から見捨てられれば、彼らは食事すら出来なくなるのだ。文句をつけよういとは思わないだろう。


 その中央広場から右に向かってしばらく行くと、鉱山の入り口があると聞いた。実際に辿り着いた先には、まるで城壁のような石造りの壁の中心に、門扉が付けられている。門は馬車が通れるような大きなもので、その隣には通用口がついている。炭鉱夫を脱走させない為のものなのだろう、そこには見張りの兵士まで立っていた。


「何だ?」

「新入りだ。仕事を探している」


 門番の男が俺をじっと見つめている。だが、その表情にはどこか俺を心配しているようにも見えた。


「……ここは、地獄だぞ」

「それでも構わない」


 ぽつりとそう溢した男に、俺は視線を逸らさずに言葉を返した。


「…変な奴だな。そこまで言うならいいだろう」

「すまないな」

「いや、いい。入れ」


 門番の男が通用口を開けて、入るように合図をするので、俺は頷いて中に入ろうとする。


「すぐに宿舎がある。そこで指示を受けろ」

「分かった。ああ、そうだ」

「まだ何かあるのか?」


 俺は一度立ち止まった。


「ミハイルさんは何処に居る?」


 俺がそう言った瞬間、男の動きが一瞬止まったのを見逃さなかった。


「…ミハイルさんの知り合いか?」

「ここを紹介してもらった」

「そうか…」


 すると男は空を見上げて――


「…彼は、もういない」


 ――それだけ言うと、後は黙って中に入るように促すだけだった。


---


 通用口を入った正面に、男が言っていた宿舎が見えた。壁の一部が外へと通じていて、店のカウンターのようになっている。その脇を左に抜けて奥の方の岩肌に十メートルくらいの大きな穴が開いていて、ここにも見張りが二人立っている

 ここが恐らく受付になっているのだろう。俺はそこまで歩いていって、立っていた老人に話しかけた。


「なんじゃ、お前さん」

「ミハイルの紹介で来た」

「なんじゃと!?」


 思わず声を上げそうになった老人だったが、慌てて自分の口を自らの手で塞いだ。幸い鉱山の入口までは届かなかったのか、見張りは動く気配はない。


「ここでは何じゃ、お前さん中に入れ」


 小声でぼそっと言うと、右手から裏へ回るように指示されたので、俺はその通りにする。そこには宿舎の裏口があり、受付の老人が扉を開けて待っていた。


「こっちじゃ」

「分かった」


 中に入ると、小さなテーブルと椅子があり、正面にドアが一つあるだけの部屋だった。位置関係からすれば、受付の裏にある休憩室といったところだろう。

 老人に促されて椅子に座り向かい合うと、老人が小声で話し始める。


「で、お前さん。何者じゃ?」


 値踏みをするような老人の鋭い視線が俺を射抜く。

 ここで下手な回答をすれば、恐らく兵士に突き出されるだろう。わざわざここに招き入れたという事は彼は味方の可能性が高い。だから俺は覚悟を決めて正体を明かす事にした。


「ミハイルから救助要請を受けた冒険者だ」


 俺の言葉を聞いて、老人の視線が弱まる。彼はしばらく黙ると、ぽつりと零した。


「…届いたのか」

「あぁ、フロストヘイムまで」

「…そうか。もう無理だと思っていた」


 老人の目から、涙が溢れる。だが、すぐに彼は自ら目元を拭って俺と向き合った。


「待たせてすまんのう」

「いや、構わないさ。それで、ミハイルは居なくなったと聞いたが?」

「そうじゃ。崩落事故があった翌日、突然姿を見せなくなったのじゃ」

「翌日…」

「ああ。密かに救助要請を出した後じゃ」

「国の救助隊が来たとは聞いたが」

「ただの見張りの増員じゃよ」

「やはりそうか」

「この鉱山は、変わってしまったよ…」


 そうして老人――アヒムは話し始めた。アヒムは元炭鉱夫で、長年勤めた功績を認められて、身体が動かなくなった後も事務員として働かせてもらっているそうだ。当然ミハイルとは同僚の一人であり、優秀なミハイルの事を、アヒムも気に入っていたという。


「全ては、二年前にラースが来てからじゃ…どんどん過酷になっていったのは」

「二年前…」


 モーリッツが税吏としてグレインフィールドの担当になったのも二年前だった。


(これは果たして無関係なのか?)


「一日のノルマが厳しくなり、休憩すらとれなくなった。結果、怪我人が増えて効率は落ちるばかり」

「そうなるのが当たり前だ」

「そうじゃ。だが、アイツにはそれが解らず、ますます厳しく締め上げたのじゃよ。そしてある日――」

「ある日?」


 一度言葉を区切ったアヒムに、俺は何故か胸騒ぎがした。


「アイツは特製のポーションだと言って、怪しげな液体を炭鉱夫に配ったのじゃ」

「ポーションだと?」

「ああ。それを飲んだ者は確かに元気になって仕事を再開できるようになった。じゃが、そこからおかしなことが起きるようになったんじゃ」

「…どんな事だ?」

「動きが妙な鉱夫が現れ出した。顔はとても疲れているのに、身体は掘り続けているそうじゃ」

「それは…」

「何でも手が震えていても、つるはしをふるい続けているんじゃと」 


(…身体が勝手に動いている?)


 リベルタの夢見病の時とあまりに似ている状況に、俺の背筋は寒くなる。もし、マッシモが持っていた魂蝕薬(こんしょくやく)が、ノルドヴァルで作られたものだとすれば、呪術師がリベルタで見つからなかった理由にもなる。


(考えすぎか、いや…)


 今はまだ疑惑ではあるが、完全に違うと切り捨てるのも違う。もしそうなら、この鉱山にも呪いの形跡があるかもしれない。俺はどんな些細な情報でもいいから知りたいと思い、アヒムに問いかける。


「ところで、崩落事故の詳細は?」

「まだ十名以上が生き埋めになっとるらしい」

「救助はまだなのか?」

「特に行われておらん。ラースが止めたそうじゃ」

「理由は?」

「知らん。じゃが、儂も何か怪しいとは思っとるよ」

「だろうな」


 救助隊という名目の見張りの増員に、初めから救助をしようともせずに十名以上を見殺しにした管理官。これで何も隠していない訳が無かった。


「なぁ、鉱山の中に入りたい」

「…危険じゃよ?」

「それでもだ。救助要請を引き受けた以上、ここで下がる訳にはいかない」

「律儀じゃのう」

「冒険者だからな。ただ依頼を達成するだけだ」

「儂の負けじゃよ。救助と言われたら断れん」


 そう言い残して、アヒムは一度表の受付に向かった。すぐに戻ってくると、何やら黄色い革で出来た腕章を持っている。 

 

「これが、日雇い鉱夫の証じゃ。これを着けておけば中には入れるじゃろうよ」

「助かる」

「奥に行けばオットーというむさくるしい男がいる。何か言われたらオットーに従うようアヒムに指示されてると言えば大丈夫なはずじゃ」

「分かった」

「儂に出来るのはこれくらいじゃ。すまないが頼んだ」


 アヒムが俺に頭を深々と下げる。


「何を言う。情報提供に身分証まで貰って充分すぎる程だ。後は任せてくれ」


 俺は敢えてそう軽口を叩いた。そしてアヒムに礼を言い、鉱山の入り口へと向かう。宿舎を出る前に、裏手にあるつるはしを持っていけと言われたので、それを拝借する。

 見張りの兵士にアヒムに言われた通りにしたら、無事中へと入る事が出来た。



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