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閑話 振り回される者

 ノルドヴァル王国の中心地である首都にあるフロストヘイム王城は、まるでこの国の大地のように冷たく、聳え立っていた。白亜ではなく、くすんだ灰色の石。そこに積る白い雪とのコントラストが、返って美しさよりも冷たさを際立たせている。更に城門をくぐって一歩城内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


 ――冷たいのではなく、重いのだ。

 まるで、この場所が見えない何かに押さえつけられているかのように。


 そのフロストヘイム城の謁見の間で、モーリッツは膝をついて臣下の礼をとっていた。自分の陳情が受け入れられた嬉しさと、何故自分がここに呼ばれたのかという不安で震えていた。


 謁見の間は広く、天井は異様なまでに高い。だが、この広々とした空間に漂っているのは、開放感ではなく、この空間の支配者が放つ異様なまでの重圧――他者を圧倒して支配する為の空間だった。

 赤い絨毯が入口から玉座まで一直線に伸び、その両脇にはノルドヴァルの貴族たちが無言で並んでいる。

 皆、ただ無言で見上げていた。

 

 玉座に座る王を。この空間の”支配者”を。


 その玉座の傍らには、一人の女性が立っていた。黒い神官服に身を包んだ黒髪の女性で、ただ静かに立っている。一堂に会した貴族たちの視線は王のみに寄せられていて、誰も彼女を見ては居なかった。

 そんな中で、彼女は静かに微笑んでいた。


「税吏モーリッツ。表を上げよ」

「っ…はっ!」


 モーリッツが顔を上げると、正面の玉座に座るノルドヴァル国王アレクセイ三世と、その隣に立つ黒髪の女性が視界に入った。モーリッツはその女性とは面識は無かったが、彼女の視線が交わると、急に見てはいけないものを見てしまったような気がしていた。


「税吏モーリッツ。直答を許す。陳情について、ここの皆に説明をせよ」

「ははあっ!」


 モーリッツは正直、ここまで大事になるとは思っていなかった。


 モーリッツはまず国から冒険者ギルドにあの生意気な冒険者の引き渡しを要求した。だが、冒険者ギルド側の返事は「彼はウチの管轄では無いので断る」というものだった。

 国の正式な要請が拒否されるとは思っていなかったモーリッツは、頭に血が上り騎士団に駆け込んで「税の取り立てを邪魔されたので、反乱者である冒険者を捉えよ」と喚きたてたのだ。

 元々モーリッツは騎士を二、三人貸して貰い、冒険者ギルドに行くつもりだったのだが、何故か陳情としてまさか国王の元まで届くとは夢にも思っていなかった。

 だから、まさか自分が謁見の間で、自らの行いを説明するとは思ってもみなかったのだ。


「わ、私が担当しておりますコルンマルク地帯のクレインフィールドと言う村があるのですが――」


 それから彼は、クレインフィールドに臨時収入があったという情報を掴んだ自分が、勅旨を持って正当な権利として追加徴税に向かったら冒険者に邪魔をされ、更に我が国の兵士を”一方的”に殴り倒したと、事実を”多少”盛って報告を始めた。

 モーリッツの話が進むにつれて、謁見の間に並んでいる貴族たちがざわざわとし始めている。


「冒険者が逆らっただと!?」

「引き渡しまで拒否とは」


 そうして、最後まで報告を終えたモーリッツは、恭しく頭を下げた。


「――以上でございます。国の名誉に関わる一大事と思い、こうして王城に報告に参りました」

「…どう思う、イザベラ?」


 王が彼女に話しかけると、そこで初めて貴族たちの意識がイザベラと呼ばれた女性に向かった。

 だが、イザベラと呼ばれた女は、それを全く気にせずに微笑んでいる。


「秩序を乱す者は――」


 彼女の小さな、しかし透き通っていくような声が、謁見の間に響き渡った。


「――いずれ大きな混乱をもたらします」


 そこでイザベラは王を見た。

 果たしてその目の奥には何があるのか――


「早めに排除するのが優しさかと存じます」


 ――優しさ。

 その言葉を聞いたアレクセイ三世は、その大きな身体全身を使うかのように頷いた。


「そうか。そうだな! モーリッツ、下がってよいぞ」

「…ははぁっ!」


 モーリッツは三歩下がって、再び膝をついて臣下の礼をとった。モーリッツには今の見た光景が理解出来ていない。彼の意識はただ、あの女は何者だという一点で埋め尽くされている。


「ヴィクトールよ! ここへ!」

「はっ!」


 ヴィクトールと呼ばれた男がモーリッツの隣まで歩み出て、膝をついた。彼は灰色の全身鎧を身に纏っているが、その動きには一切の淀みがない。顔には無数の傷があり、黒髪を短く無造作に切り揃えていた。その目付きは鋭く、もし睨まれでもしたら小心者ではとても耐えられないだろう。


「今の話、聞いたか?」

「はっ!」

「では、騎士団長ヴィクトールに命ずる! その冒険者を捕らえよ!! 一刻も早く不穏の種を排除せねば、ルーンベルグに報告せねばならぬ。かの国の手を煩わらせる訳にはいかんっ!!」

「…御意」


 (…また、無意味な命令か)


 ヴィクトールはここ数年悩んでいた。厳しい環境であるが、自らの生まれた祖国であるフロストヘイムという国を守る事に、その民を守る事には何の疑いもない。だが、気がつけば民には重税が課せられ、貴族のくだらない面子の為に理不尽な命令を下される事が、年々増えていっていたからだ。

 そして今日もまた、同じような命令を下されている。


(だいたい、あの男の言葉も何処までが真実なのか)


 モーリッツという税吏の報告も怪しいものだとヴィクトールは思っている。そもそもヴィクトールも税吏の横暴さは何度も見てきている。更に我が国の兵士を一方的に殴り倒したなどと言っていたが、もしそれが本当だとしたら、不審者を相手に何も出来なかった無能な兵士だという意味なのだと考えてもいないのだろう。


(だが、”命令”には従うしかない)


 そう、”結果”はどうであれ、命令である以上は騎士団長であるヴィクトールは出撃はしなければならないのだ。冒険者ギルドと現地に向かい、その冒険者が何処に行ったのかを調査する、という事実が必要だった。


(クヌート、と言ったか)


 民を守る為に、官吏を相手にするような気骨のある冒険者が”まだ”この国に残っていたのが、むしろヴィクトールには意外な事実だった。有能な者は、冒険者であれ神官であれ、大体国か貴族が囲ってしまっているのを知っているからだ。ならば他国からの流れ者なのかもしれないと、彼は思う。


(とは言え、王命には逆らえぬ)


 騎士団にも、王の”影”は当然入り込んでいる。手に負えなかった結果ならともかく、最初から手を抜くことなど出来ないし、ヴィクトールの騎士としての誇りも許さない。


(…抗ってみせよ、クヌートとやら)


「では、行け!!」

「はっ!」

 

 王の言葉を受けてヴィクトールは立ち上がり、ふとその隣に立つ女が視線に入る。

 柔らかく微笑むその姿に、何故かヴィクトールは違和感を抱く。


(…あの女は何時から”あの場”に立つようになった?)


 ――謁見の間を去るヴィクトールの問いに、答える者は居なかった。


---


「団長、そのクヌートって冒険者。本当に危険なんですか?」

「分からん。だが、税吏に手を出したのは事実だ」

「でも、あいつらって――」

「言うな」

「…はい」


 ヴィクトールは先ずはその舞台となったクレインフィールド村に向かう事にした。現地の村人に直接話を聞いて、真実を知ってから冒険者ギルドに行くべきだと判断したからだった。

 国の要請をギルドが跳ね返すのは聞いたことが無く、余程の事情があるとしか思えない。そう思ったヴィクトールは、部下である騎士とその従士を五人ずつ引き連れて、馬を走らせていた。

 騎士団の馬は魔力を籠められた特別な餌で育っているので、通常の馬よりも速く走る事が出来る。普通の馬なら二日かかる行程でも、全力で走れば一日で辿り着く事も出来るだろう。最もヴィクトールにその気は無く、通常の速さで駆けているのだが。

 

 そして翌日の朝、ヴィクトールはクレインフィールド村に辿り着いた。

 入口の門の番をしている兵士がヴィクトールに気づいて敬礼をすると、恐る恐る口を開く。


「騎士団長、今日はどういった御用で?」

「先日の冒険者の件だ。村人から話が聞きたい」

「はっ! 早速村人を集めます!」

「…いや、いい。俺が直接村長の家に向かう。皆は他の村人から話を聞いてくれ」

「「はっ!」」


 ヴィクトールは見張りの兵士から村長であるエーリクの家の場所を聞き、足早に歩いていく。途中で村人がその姿を見てギョッとしていたが、彼は気にすることも無く進んでいく。


(騎士が民から怖がられてる事は知っているからな)


 時には王や貴族に難癖をつけられて、無実の民を捕まえるのも騎士団の仕事だった。そんな姿を何度も見られてしまえば、騎士の信用など無くなってもおかしくはない。そう思っているヴィクトールは、内心ではずっと疑問を抱えていた。


(騎士とは…俺は誰の為に戦うのか)


 だが、村長の家の前に到着したヴィクトールは、そんな思考を頭の片隅に追いやった。家の前では一人の男が、粘土のようなものを塗って家の壁の修復をしている。兵士から聞いた人相とも一致するし、あれが村長のエーリクであろうと当たりをつけたヴィクトールは、その男に声をかけた。


「失礼する。貴殿がエーリク殿か?」

「はい…って騎士様!?」


 声を掛けられて振りむいた先にいたのが騎士だった事に驚いたエーリクは、慌てて膝を折ろうとした。この国では平民は身分の高いものにそうしなければ、何をされてもおかしくないからだった。


「いや、いい。少し話を聞きたいだけだ」

「騎士様が話でございますか?」

「ああ。…その前に、普通に話してくれて構わない。話辛いだろう」

「…ええ。それで話とは?」


 恐る恐ると普通の言葉使いになるエーリクに、ヴィクトールは改めてモーリッツの件についての事情聴取をしていく。エーリクから聞いた話は、モーリッツの話とは相違のある部分も多く、明らかに抜けているものもあった。そしてヴィクトールが一番声を荒げたのは――


「――娘を差し出せと言われただと!?」

「ええ。娘か支援物資全てを渡すか選べと。それで物資を届けてくださったクヌートさんが、見かねて我々を庇ってくれたのです」

「兵士は一方的にやられたと聞いているが?」

「とんでもない! クヌートさん一人を六人で囲んで、先に手を出したのはモーリッツの指示を受けた兵士たちですよ!!」

「…そうなのか?」

「はい! クヌートさんは身を守る為に素手で戦っただけで悪くないんです!」

「素手?」

「そうなんです! 剣を抜かずに、あっという間に武器を持つ六人を倒してしまったんですよ」

「…死者はいないのか?」

「はい。村人含めて、誰も死んでないです」


 エーリクの話す様子を見ていれば、ヴィクトールには嘘を言っているようには到底思えなかった。だからこそヴィクトールは、六人に囲まれた状態で素手で兵士を圧倒したという事実に困惑する。


(我が騎士団の中でも、それが出来る奴は何人いるかどうか)


 死者はいないとエーリクは言っていた。つまり、完全武装の兵士を素手で一瞬の内に六人を気絶させたと彼が言っているのだと、ヴィクトールは理解した。理解したからこそ、武人としてその背中に冷たいものが流れたのだ。


(クヌートか、面白い)


 得体の知れない相手から、武人として手合わせをしたい獲物に対象が変わった事に、ヴィクトールは一瞬ニヤリと笑っていた。




4月、5月は月、水、金、日の17時頃更新となります。

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