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4-7 おっさん、試し斬りをする

 程なくして、俺は灰色狼(グレイウルフ)の目撃情報のあった雪山に辿り着いた。山の麓は雪が積もってはいるが、今はまだ冬前だからなのか踝くらいまでしか積もっておらず、動くのは影響は無い。

 狼の気配を探りながら雪山を歩き回る事しばし、なだらかな斜面の向こうの方に、動く影を見たような気がした。


(行ってみるか)


 俺は警戒を強めながらも雪の中を走っていく。ぐんぐんと景色が流れている内に、影が狼であるとはっきりと視認出来た。文字通り灰色の毛をした狼で、眼は赤く暗く輝いている。身体は大きく地球でいう大型犬くらいの大きさだった。

 今、見えているのは三頭。周囲には雪以外は何も無く、隠れられるような場所は無い。だが、俺のスキルが警鐘を鳴らしているので、意識して『危機察知』をすればその理由が分かった。


(なるほどな)


 灰色狼もとっくに俺に気付いていて、こちらへと向かって走り寄って来ている。すぐにお互いの間合いに入って、灰色狼が急に動きを止めたその時――背後から殺気を感じた。


 ――ガアアッ!!

 

 振り返れば雪の中から三匹の灰色狼が飛び出して来た。いや正確に言えば、雪に擬態していた灰色狼が、だ。何しろ、毛皮の色は雪のように真っ白なのだから。見えないのに気配を感じたからくりがこれだった。毛の色を変えて風景に溶け込んで獲物を待つのが、灰色狼の狩りの仕方らしい。姿を見せていた三匹は囮という訳だ。


 三匹同時に俺に向かって飛び掛かってきていて、背後でも俺目掛けて突撃してくる気配を感じる。だが事前に気付いていた俺には、奇襲は通用しない。逆に今こそ、昨日の稽古の成果を試す時だった。


 三匹のうち、若干早く俺に牙が届く右側の灰色狼を目標として、俺は抜刀術の構えをとる。鞘を少し左に傾けて、鯉口を切って親指でストッパーである(はばき)を押し上げて――狼の牙が届く瞬間に刀を抜く。


「”い”の型 一閃(いっせん)


 飛び上がりながら真横に刀を技の名の通りに一閃すると、灰色狼の首筋に吸い込まれた刃は、何の抵抗も無く狼の頭を切り落とした。


(良い切れ味だ)


 試作品と言っていたが、かつての日本にもこれほどの切れ味の刀は無かったかもしれない。あるいは、『ステータス』のせいかもしれないが、それ程までに惚れ惚れする切れ味だった。

 一匹目を切り捨てたのと同時に二匹の狼は着地している。狼たちは直ぐに四肢に力を入れて踏ん張り、俺に向かって飛び掛かってきた。確かに空中では避ける術は無いが、それくらいは想定通りであり、敢えて飛び上がった俺には何の問題も無かった。


「”ろ”の型 狼牙(ろうが)


 先程まで真ん中に居た右側の狼を右の袈裟切りで首を落とすと、手首を返して左斜めに切り上げて、もう一匹の首を跳ねた。狼牙は”ろ”の型の基本で袈裟切りの後に切り上げに繋げる。刃筋がVの字を描くから狼の牙に見立ててこの名前がついたそうだ。

 逆に”い”の型は抜刀後の軌道で技が変わる。真横に斬り付けるのが”一閃(いっせん)”で、抜刀の直前に鞘を真横まで倒して斜めに切り上げるのが”稲妻(いずな)”である。更に上に抜刀して真っ向斬りをするのが”(いかづち)”で、言葉の通りに天から一直線に落ちてくるのが由来になっていた。他にも幾つか変形の抜刀術があるが、用途が限定されていてあまり使われてはいない。


 ――ウオォォォォン!!


 囮の三匹の内の一匹がこちらに向かいながらも遠吠えを上げて仲間を呼ぶと、そう遠くない位置からこちらに向かって急いで近付いてくる気配を感じた。


(…七つか)


 合流されれば十匹になる。それでも構わないが、今日はあくまで昨日の型を試しに実践しに来ているだけだ。命が掛かっている以上、ある程度は余力を残して起きたかった。


(囮は仕留める!)


 俺は全力で踏み込んで一気に距離を詰めた。


「”へ”の型 変幻(へんげ)


 囮の三匹と接敵して間合いに入ると同時に、奴らが四肢に力を入れる直前にそれぞれの眉間に向かって三回の突きを放つ――所謂”三段突き”だった。


 ほぼ同時に眉間から血を吹き出す三匹。足元の雪がみるみるうちに灰色狼の血によって真っ赤に染まっていく。三匹の身体が震えて、地に付した頃には俺の周りには七匹の狼が姿を現し、グルルルと唸り声を上げながら警戒するようにぐるぐると回っていた。


(来たか)


 一瞬だけ刀身に視線を送るが血の一滴もついておらず、刃こぼれもしていない。酸毒蛇(アシッド・バイパー)程では無いにせよ、それなりの素材を使っているようだった。


 七匹の包囲網は少しずつ狭くなってきている。右回りの個体と左回りの個体、早いものと遅いもの、まるで知性があるかのように意図的にずらしているのが分かる。


(さて、どうするか)


 ただの本能の成せる事なのか、あるいは本当に知性があるのかは分からないが、連携をしている事だけは間違いない。あるいはあの唸り声がそういう合図なのかもしれない。

 もう、灰色狼たちの包囲網とは一触即発の距離まで迫ってきて――


 ――次の瞬間、一気に狼たちが俺に向かってそれぞれ襲い掛かってきたが、俺は焦らずに刀を下段に構えて、深く息を吸った。


「”に”の型 仁王(におう)


 次々と狼が飛び掛かってくるのを、何も考えずに振り下ろされる爪を柳で受け流し、牙を剥き出しにした突撃をいなし、出来た隙をついて一匹、また一匹と一刀の元に切り捨てていく。

 ”に”の型は仁王(におう)しか無い。それも決まった形とか流れは無く、余計な力を抜いてただ意識を”視る”事だけに集中して、相手の動きにその場で対応していく。その為に稽古では受けの形をひたすら反復的にやり、時には二人組になり何の打合せも無く乱取りで打ち込んでもらって、その攻撃を捌くといった反射で身体が動くまで動きを馴染ませるという、受けの型だ。


 灰色狼が仕掛けてくる度に数を減らしていき、残り二匹になったところで俺は集中を解いた。


 地球にいた時には気が付かなかったが、攻撃を捌いた直後に隙があれば自然に刀を出していた。向こうでは稽古でもあるし受けるのに精一杯で反撃する隙は無かった。

 だが、この世界で大幅に強化された今の俺には、その僅かな隙を付く事が出来るようだ。ただ、当然無意識に出来る範囲で反撃をしているので、例えば仁王の最中に他の型を併用する事は、意識的に力を入れられないから難しいだろう。だが、それに気付けただけでも大きな収穫だ。


(仕上げだ)


 仁王の気付きを経て、折角の機会なので残り二つの型も試しておこうと決めた俺は、仲間が次々とやられて少し動揺の見える灰色狼の一匹に向かって踏み込んだ。


「”は”の型 刃紋(はもん)


 刀を横に倒し左腕の肩につけて、回転するように遠心力を利用して横に薙ぐ。少し力み過ぎたのか、狼の頭を横に切り裂いたものの、勢い余って一回転してしまった。その隙を突いて最後の一匹が上から飛び掛かってくる。

 回り過ぎて刀が左側にあるので、右の軌道に繋がる刃紋(はもん)の連携は使えない。咄嗟にそのまま右上に切り上げて、灰色狼の腹を裂いたが妙な違和感があった。勢いがありすぎたのだ。


(今のは…(ほむら)?)


 「”ほ”の型 (ほむら)」は刃紋の切り上げ版だ。左の下段から斜めに切り上げて、右の技に繋げる連携なのだが、昨夜の稽古の焔の一振り目のような感覚があったのだ。

 『ステータス』の恩恵か、『剣術』スキルの恩恵かは分からないが、どうやら”型”として意識すると同じ軌道でも刀の勢いが全く違うのを昨夜の稽古で感じていた。まるで必殺技のような感覚があったのだ。かと言って『ステータス』を確認しても特に変化は無かったので、そういうものだとしか認識していなかった。だからこそ、今の感覚はおかしかった。

 

 最後の一匹が動かなくなったのを見届けて、残心を解く。解体用のナイフを取り出して、討伐の証である灰色狼の尻尾を切り取り、ついでに牙を剥ぎ取りながらもしやと思って俺はステータスを確認してみた。すると――


=====


クヌート(タケシ・クヌギ)

42歳 男

ジョブ:剣士(侍)


レベル:15(5)↑


力:150 (420+140) ↑

技:160 (420+140) ↑

速:160 (420+140) ↑

体:150 (420+140) ↑

魔:140 (420+140) ↑

抗:140 (420+140) ↑

運:140 (420+140) ↑


スキル

剣技5、危険感知5

(剣術6↑、抜刀術5↑、忍術5、投擲術3、格闘術4↑、偽装8、隠密6、慧眼1、危機察知4↑、毒耐性7、精神耐性9、剣舞6↑)


称号

なし

(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)



(忍術)

[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵][風遁][空蝉][縄抜け][開錠]


(剣舞)

[いノ型][ろノ型][はノ型][にノ型][ほノ型][へノ型]


[暗器]:


[空蝉]貨幣、保存食、衣類、魔物素材、重要書類

 

=====


 ――昨日まで無かったもの『剣舞』が増えていた。六つの型の名前がある事から、型スキルとして扱われているのだろう。それなら、あの感覚の違いも理解出来た。

 他にも幾つかスキルのレベルが上がっているが、それよりもレベルが五つ上がっている事に驚いた。どうやら灰色狼はそれなりにレベルが高い魔物だったらしい。


(それよりも、だ)


 昨日は無かった筈の『剣舞』が何故今日は現れたのか――それは考えるまでも無く、灰色狼と戦ったからだろう。レベルが”相手の命を奪う”ことで上がるなら、スキルが生まれても不思議では無い。

 後は地味だが、『空蝉』が種類毎にまとめて表示する事に進化していた。これもレベルが関係したりするのだろうかと疑問が浮かぶが、いつも通りこの辺りは気にしないようにする。


(…ふぅ、終わったか)


 灰色狼の毛皮は、試しに解体してみたらボロボロになってしまったので、諦める事にした。牙だけでも十三匹分あるのでこれで充分だろう。


(スキルで解体出来れば楽なのだが)


 残念ながらそんなスキルは存在していない。だが、毛皮の件でふと疑問に思ったのが、『空蝉』は何処までの大きさのものを収納出来るのか、という事だ。空蝉の術のイメージが変わり身の丸太だったので、身体より大きいものはてっきり収納出来ないと考えていたのだ。


(まぁ、駄目元だな)


 そして、灰色狼の死体に手を置いて収納するイメージを思い浮かべるが、頭の中にノイズが走ったような感じで仕舞う事は出来なかった。だが、出来そうな予感はしている。恐らくは『忍術』のレベルが足りないのだろう。もしかしたら分身が出来なかったのも、それが原因なのかもしれない。


(…焦らず行くか)


 『忍術』はあまりところ構わず使うには、騒ぎになりそうな物が多すぎて、ここぞという時にしか使っていなかった。だが一人でいる時に『暗器』や『空蝉』を使っていれば、もしかして今回の『剣舞』のように魔物を倒した時にレベルが上がるのではないだろうか。


 そんな事を考えながら、俺はフロストヘイムへの帰路についた。




ようやく得物を手にして本領発揮です。

もっと早い予定だったのに、どうしてこうなった…


ここまでのお付き合い、ありがとうございます!

これからも「斬られ役のおっさん」にお付き合いいただければ嬉しいです。


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