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4-5 おっさん、”届け物”を受け取る

 翌日の夕方前、俺とヤコブはベルントの店に戻ってきていた。


「いやー、色々ありましたが、何とか戻ってこれましたね!」

「クヌートさん、本当にありがとうございます。貴方を信じてよかった…」

「いや、”依頼”をこなしただけさ」


 依頼主であるベルントに、グレインフィールド村で起こった出来事を報告し終えたところだった。モーリッツと揉めたと聞いた時は、ものすごく心配そうに俺を見ていたが、話しを聞いていく内に何故か安心したようだった。


「しかし、勅旨とはまた厄介なものを持っていますね…」

「国王自ら、重税を宣言してるようなものだからな」

「正直、あの村にこれ以上支払うものなんて無いっていうのに」


 そう呟くベルントとヤコブの表情は重い。それはそうだろう、自分の国の王様が、過酷すぎる環境に自分たちを追い込んでいると宣言されてしまえば、どうしたらいいのか分からなくなっても無理はない。商業ギルドを通じれば他国に移動出来るが、それはエーリク達グレインフィールド村を見捨てる事になる。この二人にはその選択は取れないだろう。


(何とか出来ればいいんだが…)


 リベルタでもそうだったが一国を相手にするには、やはりそれなりの立場というものが必要になるだろう。現実的なのは冒険者ランクを上げる事しか思い浮かばない。

 Dランクでやっと一人前、Cランクでベテランと、ここまでは比較的存在するが、Bランクに上がる為には、実績の他にもそれなりの功績が必要になり、Aランクともなると戦争で大活躍をするとか、世紀の大発明をするなどの国家間でも影響のあるような功績が必要だそうだ。


(最低でもBランクか…)


 一国を相手にするなら最低でもBランクは無ければ話にならないだろう。Aまで上がればどうにかなりそうだが、国家間でも影響のある大事件とはそうそうあるものではない。今回の”ルーンベルグへの反乱の調査”という依頼も国家間といえば国家間だが、あくまで調査だ。そもそも冒険者に成り立ての俺には実績も足りていない。


(…焦っても仕方ない)


 俺は思考を切り替えて、帰路で思った疑問をベルントにぶつけてみた。


「一つ聞きたいんだが、ベルントを襲った盗賊は何人だった?」

「二人組でした。それが何か?」

「いや、どうやって逃げ延びたのかを聞いて無かったなと思ってな」

「二人の足を狙ったんですよ。逃げる時間を稼ぐ為に」

「さすが元冒険者だな」

「クヌートさんに言われましても…」


 照れたような、反応に困っているような表情でベルントは笑う。そこには依頼を受ける前の張り詰めた雰囲気は感じなかった。この調子なら、きっとすぐに元気になって商売を再開出来るだろう。

 俺は敢えて、盗賊がこの国の兵士だという予想は伝えない事にした。ただでさえ国の上層部が不穏だと知ったばかりで、下っ端の兵士でさえ信用ならないかもしれないと知れば、二人がこの国で生きづらくなると思ったからだ。


「では、そろそろギルドに戻る」

「そうですか…クヌートさん」

「何だ?」


 改めて畏まった表情になったベルントが俺を真正面から見据えたので、俺は真摯に受け止める。


「この度は、グレインフィールド村を救っていただいてありがとうございました。何かあればベルント商会はクヌートさんに強力致します」

「そうですよ! 我々はクヌートさんの味方ですから!」

「あぁ、”その時”は頼らせてもらう」

「ええ。その時はご遠慮なく」


 ベルントと固い握手を交わして、俺はギルドに戻った。


---


「クヌートさん! どうでしたか?」

「あぁ、依頼は無事達成だ」

「…よかった」


 五日ぶりにフロストヘイム支部の戻ってきた俺が、軋んだ入口を開けるとすぐにグレーテが俺に気づいた。ずっと心配をしていたのか、俺の報告を聞いた彼女は安堵の息を漏らした。


「なら、完了手続きを」

「はい。それとクヌートさんにマスターから伝言を預かっています」

「何だ?」


 俺が問いかけると、グレーテの表情が少し強張った。


「戻り次第、顔を出すようにと」

「わかった。行ってくる」

「よろしくお願いします」


(…いい話では無さそうだ)


 頭を下げるグレーテの様子からそう判断した俺は、少し警戒しながら受付の奥に入って、トルビョルンの部屋に向かう。

 リベルタ支部と比べて、フロストヘイム支部はそう広くない。行った事はないが、冬でも訓練が出来るようにと、訓練場は地下にあるそうだ。一階は受付や食堂、素材の解体場兼倉庫などがあり、二階は主に客間や応接室などの対外用の階となっている。その一番奥にギルドマスターの執務室はあった。

 俺が執務室のドアのノックをすると「入れ」と直ぐに返ってきたので、中へと入る。

 

「戻ったか」

 

 執務机に座っていたトルビョルンが応接用のソファーに移動しながら言う声は少し堅かった。

 部屋に入るまでは気付かなかったが、トルビョルンの表情はなんとなく不機嫌そうに見える。俺絡みで何かあったとすれば、答えは一つだろう。だから俺はその向かいに座りながら、敢えて軽い口調で話しかけた。


「王宮から何か苦情でも来たか?」

「ああ。これだ」


 トルビョルンが手に持っていた手紙を俺の目の前でヒラヒラと振る。


「手紙?」

「そう。お前宛ての苦情がつらつらと書いてあったよ」

「世話をかけたな」

「気にするな、グレインフィールドに行くと聞いていたからな。予想はしていた」

「で、あっちはなんと?」

「冒険者資格をはく奪して、騎士団に出頭させろだとさ」

「なんだ、予想通りすぎてつまらないな」

「わかっててモーリッツを煽ったんだろ?」


 トルビョルンの目が俺を鋭く射貫いたので、俺も真っ直ぐに視線を返す。


「分かってて俺をああいう扱いにしたんだろ?」


 ――部屋の空気が一気に張り詰めた。


 俺たちはしばらく無言で睨み合っていたが、同時に「ぷっ」と吹き出した。


「その通りだ。まぁ、これくらい出来なれりゃ、反乱の件なんて任せられないからな」

「テストだった訳だ」

「まぁな。幾らロレンツォからの紹介だからと言って、自分の眼で確かなけりゃ話にならん」

「他の依頼を受けるとは思わなかったのか?」

「その時はその時だ。だが、”変わり者”のお前なら、必ずあれに首を突っ込むと睨んでいたよ」

「変わり者?」

「ロレンツォの紹介状に書いてあったぞ。”全てにおいて変わり者だが腕は立つ”と」

「全く、あの親父は…」

「まぁ、期待通り…いや、それ以上だったが――」


 そこで言葉を区切ったトルビョルンの表情が、一気に真剣なものになった。


「―お前は、何者だ?」


 さっきの態度とは打って変わった真剣な声だった。これはさっきのように煙に巻くような事はしては駄目だろうと思い、俺も肚をくくる。


「何者とは、どういう意味だ?」


 そう真摯に聞き返すとすると、俺の空気が変わった事に気づいたトルビョルンの表情は少しだけ和らいだ。


「いや、無理に問い詰めるつもりはない。お前は協力者だからな。ただ気になっただけだ」


 相手の空気が変わったので、俺も少しだけ気を緩める。


「何がだ?」

「”全て”だよ。ロレンツォの言っていた通りだ。お前はあまりにも他の冒険者たちとは違いすぎる」

「そこまで違うとは思えないが」

「だいたい、税吏に対してあんな態度をとれるDランクなんていない」

「む…」


 ――図星を突かれた。

 

 確かにこの世界で生まれたDランクの冒険者なら無理だろう。高いステータスを持ち、地球の価値基準で動いてしまう俺だから反抗出来る訳で、そう言われたらこれ以上は反論出来ない。


「普通なら、あそこで諦めて逃げるのがDランクだ。だが、お前は逆らった」

「ああ。そうすべきだと思ったからな」

「きっと、リベルタでも同じような事があったのだろう。だから、ロレンツォは信用してお前をここに寄越した」


 トルビョルンの鋭い指摘を受け、俺の脳裏に一瞬リベルタでの記憶が一気に蘇った。あと一歩届かないあの焦燥感は忘れられない。胸に苦々しいものが溢れるが、トルビョルンに悟られないように平然を装う。


「…まぁ、色々あったな」

「だろうな、まぁ、詳細は聞かん。だが気を付けろよ?」

「分かってるさ」

「ならいい。これで話は終わりだが、帰る前にグレーテのところに寄ってくれ」

「別の依頼の話か?」

「いや、リベルタからお前宛てに飛竜(ワイバーン)便で荷物が届いている」


 飛竜便とは、文字通り飛竜で各国の主要都市に空から荷物を送る商業ギルドのサービスだった。

 陸路や海路より短期間で荷物を送る事が出来るが、送料がかなりの割高で、余程の金持ちか、何らかの事情で急いでいる場合しか使わないとエンリコから聞いた事がある。


「荷物?」

「布に包まれた細長い物だ。中身は知らん」

「誰からだ?」

「ヴァレンティ商会だ」


 トルビョルンの言葉を聞いて、俺は思わず駆け出しそうになった。細長い物――わざわざ飛竜便まで使って届けるようなものは、頼んでおいた”得物”しかない思ったからだ。リベルタを経ってから約三週間経っている。この世界の鍛冶の知識は無いが、”アレ”が完成したのかと思うと、居ても立っても居られなかった。


「分かった。荷物を受け取ってから帰るよ」

「おう。改めて調査の件、宜しく頼む」

「了解だ」


---

 

「あ、クヌートさん! クレインフィールドの依頼の手続き終わっています。お疲れ様でした」


 受付に戻ると、書き物をしていたグレーテが俺に気付いて顔を上げた。

 もうすっかり日は暮れていて、他の冒険者の姿は見えない。


「リベルタから荷物が届いていると聞いたが?」

「はい、ちょっと待っていてくださいね」


 グレーテが立ち上げると、受付の奥へと入っていく。

 俺は何処か落ち着かない様子で、彼女が戻ってくるのを待っていた。


(何だか、昔を思い出すな)


 そう言えば、20代の時に初めて師匠に竹光を貰った時にも、こんなそわそわしていたなと昔をふと思い出していると、グレーテが白い布に包まれた”何か”を両手で抱えて持ってきた。その布は縄でぐるぐる巻きに縛られている。


「こちらです」

「ここで中身を見てもいいか?」

「はい。私は仕事が残っているので」

 

 グレーテが受付に戻るのを見送り、俺は縄を解いて布を開く――


 ――そこには黒い鞘に納められた、一振りの”刀”が入っていた。


 柄巻の部分は茶色の革を柄糸にしてぐるぐる巻きにされている所謂”片手巻き”だが、目釘はちゃんと打ってあり、目貫のような金具の付いていた。

 鞘には手紙が巻き付けられていたので、まずはそれに目を通すと、そこにはこう書かれていた。


 ―――――

 クヌートさん、お預かりしていた”カタナ”の試作品が出来たのでお届けしました。

 珍しい形の武器という事もあって担当の鍛冶師が、

 「構造は理解出来たが、何故こんな面倒な作り方をしているのは理解出来ない。

 とりあえず見本通りに作るから、感想を聞かせてほしい」と言ってましたので、

 使ってみた感想を手紙に書いてフロストヘイムの商業ギルドまで届けて下さい。

 「ヴァレンティ商会宛てに」と言えば大丈夫なように手配してあります。

 見本と同時にお預かりした素材には手をつけていないそうです。

 大丈夫かとは思いますが、くれぐれもお気をつけて。

 

 エンリコ・ヴァレンティ

 ―――――


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