4-4 おっさん、絡まれる
「おお! ヤコブじゃないか? また小遣いを払いに来たのか」
何だか小賢しい嫌味な声が聞こえてきたので、俺は馬車の御者台に乗るのを止めて警戒を始めた。
そして、声の聞こえた方向に視線を送ろうとすると、ヤコブが俺にだけ聞こえるように声を潜める。
「クヌートさん、あれが――」
「モーリッツ、だろ?」
「…はい」
前回の事を思い出したのだろう。若干顔色の悪くなったヤコブの肩を、安心させるように二回軽く叩くと、今度こそ俺はモーリッツたちが来る方へ振り返った。こちらに近づいてくる集団の先頭は、いかにも小物といった感じのひょろいチョビ髭の男が歩いている。その背後には外套の纏った護衛が六人並んでいたが、
(足を怪我をしている?)
二人ほど足並みが揃っていないのが気になった。
「前回あの後ろの一番左にいる男が、門番をしてました」
「あいつの子飼いか」
「そうです。モーリッツを呼びにいった男の背中には、ノルドヴァルの紋章があったので、この国の兵士のはずです」
「なるほどな」
ヤコブと話しをしていると、税吏であるモーリッツが来る以上、この場を立ち去れないのかエーリク達が不安気に固まってしまっていた。その顔には「何故?」という疑問の色が浮かんでいる。
そうこうしている内に、モーリッツたちが俺たちから少し離れたところで足を止めて、ニヤニヤとし始めた。
「さて、ヤコブ。まずはいつも通り”通行税”を払ってもらおうか?」
そう言いながらモーリッツがヤコブに向かって歩いてきたので、俺はヤコブを庇うように前に出る。
「何処の”通行税”だ?」
「あぁ? なんだおっさん? 部外者は黙ってろ!」
「俺はヤコブの護衛だから部外者ではない。それで?」
「は?」
「だから、何処の”通行税”を払えと言っている?」
「門に決まっているだろう?」
「開いていたのにか?」
「…は?」
「職務怠慢で管理をしていないくせに、税を取るのは横暴だろう?」
「うるさい!」
「それに、ベルントからはその”通行税”は取って無かったと聞いたが?」
一瞬だけ、視線に圧を籠めると、モーリッツは途端に焦り始めて視線が泳ぐ。だが、それも一瞬だけで、俺を忌々し気に睨んできた。
「ふん! まぁ、今回はこっちの不手際という事にしておいてやろう」
悔しそうにそう言い捨てると、今度はモーリッツはエーリクたちの方に向かって歩き出した。
「ところでエーリク村長? あんたも人が悪いな。まだ随分と村には余裕がありそうじゃないか?」
「な、なんの話ですか?」
「いや、グレインフィールドからフロストヘイムに大量の食料品の発注があると聞いてな」
「それは、冬支度で――」
「黙れ!」
モーリッツが声を荒げると、エーリクはビクッとしてしまい、反論を止めてしまった。
「余裕があるようだから、追加徴税の為にわざわざ来たんだよ!」
「そんな…これ以上取られたら、私たちは本当に冬が越えられません…」
「誰も金や作物を納めろとはいってないだろう?」
今度は嘗め回すようにねっとりとした下卑た視線で、アーニャをモーリッツが見た。
「そこの娘を差し出せ! 食い扶持が一人減るから助かるだろう?」
「そ、それは…」
「お、お父さん…」
アーニャの顔色からはすっかり血の気が引いている。
そんな娘の姿を見かねたエーリクが、庇うようにアーニャを抱きしめた。
「ダメだ…娘は渡せない」
「ふん! 出来ないのなら、今この村にある金や作物を全部貰っていくだけだ!」
高笑いしながら残酷な要求を突き付けるモーリッツに、エーリクまでも血の気が引いていた。当然だろう、そんな事をされたら、村は確実に全滅する。
「早く決めろ! じゃないと、全部貰っていってやるぞ!」
(屑だな)
俺は黙って聞いていたが、あまりの下衆さに内心は腸が煮えくり返っていた。
すると、ヤコブも同じように思っていたのか我慢の限界だったのだろう。モーリッツの胸倉を掴む勢いで俺の前に飛び出した。
「横暴だ!」
「うるさい! 追加徴税は王の命令でもある!」
「そんな馬鹿なことが…」
「これがその証拠だ!」
モーリッツが懐から何やら一枚の紙を取り出すと、ヤコブに突き付けた。当然俺の視界にも入るので、そこに書かれている文字が見えた。
「勅命…そんな…」
ヤコブの表情が絶望のあまりに真っ青になった。
モーリッツの手元にある紙には「この者の判断で、いつでも徴税する権利を与える」と書かれていて、更に印のような物が押されている。
(本物…いや偽造か?)
そう思って『慧眼』で見てみたが、本物のようだ。だとしたら、やはり何故こんなとち狂った命令をノルドヴァル王家だ出しているかが理解出来ない。気になるのは、”この者”としか書かれておらず、”モーリッツ”の名前が無いところだが、今それを指摘しても無駄だろう。
「さあ、どうする! 娘か、財産か!」
「そ、それは…」
「早くしろ! オレの気が変わって全部とか言わない内になぁ!」
もはやゲラゲラと笑い出したモーリッツと、恐怖のあまりに震えるエーリクとアーニャ。兵士たちも同じように笑っている事から、モーリッツと同類だろう。
(なら遠慮をする必要はないな)
俺はまず、俺の前で俯いているヤコブの背中を叩いた。
「クヌートさん?」
「大丈夫だ。下がっていろ」
言いながら再びヤコブの前に出て、視線でエーリク達の傍に居るように促す。すると彼はちゃんと意図して小さく頷いたので、俺はヤコブと共にモーリッツの前に立ち塞がった。
「邪魔をするな、おっさん!」
「お前こそな」
「あ?」
性懲りもなく睨み付けて来たので、今度ははっきりと殺気を込めて睨み返す。
完全に気圧されたのであろうモーリッツは「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げて後ずさり、それを見た護衛達が殺気立って武器を構えた。
「俺の仕事は、この村に物資を届ける事だ。それを奪われたら依頼が失敗するんだよ」
「依頼? ただの護衛じゃなくて、冒険者か!?」
「そうだが?」
俺が冒険者だと知ったモーリッツが、再び余裕の表情になってニヤニヤとし始めた。そして、俺を見下すような表情で口を開く。
「この国の冒険者なら、ちゃんと法には従わないとな?」
「法?」
「勅旨を持ったオレに逆らうのは国家反逆罪だぞ!」
「なら関係ないな」
「……は?」
予想と違った反応だったのだろうか、口をポカンと空けて黙ってしまうモーリッツ。
(小物が)
そのコロコロと表情が変わる様に内心うんざりし始めていたので、俺はさっさと終わらせる事にした。
「残念ながら、俺は”この国”の冒険者では無いからな」
「な、な…」
「だから、この国の”法”より、依頼の方が優先される。それが冒険者の”法”だ」
この世界の冒険者が国を移動した際には、所属の変更をする義務がある。本部はルーンベルグにあるので、リベルタ支部やフロストヘルム支部と呼ばれている訳だ。基本的には所属している国の法に出来るだけ則って依頼を達成するのが決まりとなっているが、生憎俺の所属はリベルタのままなので、ノルドヴァルの法に従う理由は無い。
(…最も目は付けられるだろうが)
かと言って、見捨てる等という選択肢は無かった。ある意味自分から首を突っ込みに行っているのだから、最早諦めるしかないだろう。
「もう一度だけ言う。…俺の邪魔をするな」
「「モーリッツ様ッ!」」
「あ、ああ。わかってる!」
完全に気圧されたモーリッツを正気に戻す為に一斉に声をかける護衛達。その声を受けたモーリッツが我に返ったのは、腐っても官吏になれただけはあるというところか。
護衛達が俺を取り囲む間に一瞬ヤコブに視線を送ると、彼はエーリク達を連れて距離をとった。
包囲が完了すると、わざとらしくコホンと咳払いをしたモーリッツが、また俺を睨み付けてくる。
「どうしてもオレの邪魔をしたいようだな、おっさん」
「何度も言わせるな」
「後悔するぞ? お前たち、やれ!!」
「「ハッ!」」
モーリッツの合図で、護衛達が一斉に動き出した。
一人目が正面から剣を振りかぶるのと同時に、背後から襲い掛かってきた二人目の突きを当たる直前で半歩左にずれて足を引っ掛ける。
体勢を崩した二人目が、一人目とぶつかって地面に転がったので、そのまま近くに居た三人目の顔面に後ろ廻し蹴りを叩きこんだ。
右側にいた四人目と五人目は足取りの悪い二人だったので、まだ間合いには届かない。
左側の六人目が崩れ落ちる三人目の身体を目隠しに、死角から切り上げてくるのをスウェーで躱して顎に掌底を入れる。
――ここまで十秒とかかっていないだろう。
一人目と二人目がようやく起き上がろうとし始めたので、体勢が整う前に両手で同時に首筋に手刀を入れて気絶させる。
ここで漸く四人目と五人目が、間合いに入って来た。連携して、首と脚を同時に外側から挟み込むように斬り付けてきたので、俺は敢えて一歩踏み込むと二人の剣を握る拳を左右の拳で殴った。
ガランと音を立てて地面に剣が落ちる間、拳を抱えて痛がる二人の頭の横から掴むと、お互いの頭をぶつけて脳震盪を起こさせた。
「………は?」
二十秒にも満たない間に、モーリッツの護衛は全員倒れている。一応手加減はしておいたので、命に別状はない筈だ。目の前には、ただ茫然としているモーリッツだけが立っていた。
「で、どうする?」
「…え?」
「どうやって後悔させるつもりだと聞いているのだが?」
「…お、覚えていろ! ギルドに苦情を入れて、除名させてやる!」
「好きにしろ。ただ――」
俺はもう一度だけ、視線に殺気を籠めた。
「まだ”依頼”の邪魔をするなら、今度は容赦しない」
「ヒッ!」
――モーリッツは護衛達をその場に残して脱兎の如く逃げていった。
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「いやー、爽快でしたね! あの逃げっぷり!」
「そうだな」
「クヌートさんがあんなにお強いとは!」
「多少腕に自信がなければ、ソロなんて出来ないだろう?」
「確かに!」
俺とヤコブは馬車に揺られて畦道を進んでいた。先程の立ち廻りを見たヤコブのテンションは高い。
あの後――また村人達に感謝の言葉の雨を降らされてしまい、フロストヘイムへ戻れなくなる前に強引に切り上げて俺たちは帰路についた。
モーリッツの護衛たちは、気付けをした後にモーリッツと同様”お願い”をしたら一目散に逃げていったので、グレインフィールド村は”この冬”は何とかなるだろう。
一つ気になっていたのは、動きの悪かった二人の護衛の事だった。モーリッツとは違い、兵士たちは治安の為に村に駐在もしているそうで、ここしばらくはあの二人がずっと村に居たらしい。怪我をした時期が、ベルントが来れなくなった時期と重なると村人が言っていた。
(怪我の原因は何だ?)
この辺りでは魔物も少なく、野生動物相手なら兵士が怪我をするなんて余程の事がない限り無いだろう。となれば相手は自ずと限られてくるし、モーリッツの態度が全てを物語っていた。国の”勅旨”を盾にしているモーリッツが、兵士を盗賊に扮して襲わせたのだろう。
(…いや、待てよ)
順番が逆なのかもしれない。”勅旨”があれば一商人であるベルントは従わざるを得ない。だから、ベルントを襲わせたのは、その前の筈だ。それは即ち、官吏が気に喰わない国民を陥れたという事だった。
(腐ってるな…)
勿論、全ての官吏がそうだと決まった訳では無いが、重税の方針の”勅旨”を出すには、それなりのお偉いさんが関わっている事には違いない。
済んだ空の色とは対照的に、俺の思考はずんと重く沈んでいた。




