4-3 おっさん、現状を知る
フロストヘルムのベルントの店を出発して二日経った。
心配していた山賊や魔物の襲撃も無く、俺とヤコブはグレインフィールド村の近くまで辿り着いていた。
グレインフィールド村は、ノルドヴァル王国唯一の穀倉地帯であるコルンマルク地方にある小さな寒村で、首都フロストヘイムは輸送の関係でコルンマルク地方の近くに造られたそうだ。
穀倉地帯だけあって肥沃な土地が広がっているが、天候は厳しく冬は雪で覆われる事も珍しくないそうだ。それでもまともに収穫出来る土地はノルドヴァルではここコルンマルクしかない。だが、ここ数年前から年々税が重くなっていき、グレインフィールド村の他にも農民の生活は厳しくなっていると、ヤコブは言っていた。
「そろそろ見えてきます!」
ヤコブの視線の先を追っていけば、まだ小さいがぽつぽつと建物が建っている村のようなものが見えてくる。村から伸びている畦道の周りには畑もちらちらと見え始めてきたが、収穫後だからだろうか――掘り返されたままの畑も多く目につく。
「冬は畑は放置なのか?」
「はい。なかなか雪に強い作物が手に入らなくて、ここ数年は更に酷くなっているようです。このあたりの畑はもう使われていないとか」
俺の疑問に答えるヤコブの表情は暗い。俺たち冒険者と違って、農民や一般人は生まれた場所から移動するなんて事は滅多に無いのが、この世界での常識だった。特に農民たちは先祖代々の畑を受け継いでいくので、辛いとはいえ別の場所に行くという発想は思いもしないそうだ。
「あれがグレインフィールドの村の入り口です!」
腰くらいの高さの木の柵が並んでいて、その中央には木製の門があった。門は開かれており、特に見張りのようなものは居ない。
その様子を見ていたヤコブは安堵の息を吐いていた。
「よかった」
「何がだ?」
「いえ、前回はあの門を入る時にモーリッツから通行税を求められたので」
「なるほどな」
「普段はああいう風に開いているんです」
「そうなのか?」
「ええ。何故か前回はたまたま門は閉じていた上に、見張りまでいて。どうやらそれがモーリッツの関係者だったみたいで、すぐにアイツを呼びにいかれました」
門が開きっぱなしというのは少々不用心では無いかと思ったが、どうやらコルンマルクでは野生動物はいるが、逆に魔物は少ないそうだ。更に城塞都市のように防壁がない集落には、光明教会によって魔物除けの結界が張ってあるらしく、安全だという事らしい。とは言えベルントが盗賊に襲われたのだから、もっと警戒するべきでは無いかとは思っていたのだが、この辺りで盗賊がいるなんて、それまでは聞いた事が無かったそうだ。
そんな話を聞いていると、ふつふつと疑問が沸いてくる。
普段は開いている門が前回”たまたま”ヤコブが来た時だけ閉まっていて、見張りまで居たというのはどうにもおかしい。まるでヤコブが一人で来る事を知っていたような――
(…まさかな)
普段はヤコブ一人でも来れるくらいには安全な道のりで、”盗賊”に出会い怪我をしたベルント。
そんなベルントには表立っては横暴な振る舞いはしないモーリッツ。
モーリッツについて話を聞けば聞く程、その二つを無関係だとはどうしても思えない。
ここで一瞬、リベルタに行く前にエンリコを襲った盗賊団の事が頭に過ぎった。
同じような手口で、商人から”金”を奪う者たちが各地に存在している。しかもやり方が妙に統一されている。果たして、それはただの偶然なのだろうか。それとも――
――俺の背中を冷たい汗が流れた。
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「ヤコブ!」
「エーリクさん!」
「…本当に、ほんとうによくやってくれた。これで冬が越せる」
ヤコブに案内されて俺たちは村長であるエーリクの家に来ていた。
村長の家だからといっても特に立派な訳ではなく、周りの村人の家よりほんの少し大きいだけで、地球で言う竪穴式住居のような形だった。表の土壁の表面がぼろぼろになっているその家は、フロストヘイムの市民街の住宅よりも粗末に見える。
(…これが、この国の農民の姿なのか)
グレインフィールド村が一番貧しいとは聞いていたが、仮にも穀倉地帯を支える村の長だ。その長の生活が厳しいのなら、村人たちの生活はどうなっているかは容易に想像出来る。
(だが、何故だ?)
税を重くすれば、民はやがて潰れてしまう。唯一の穀倉地帯が無くなれば、国は食糧難になり立ち行かなくなるだろう。ノルドヴァルはルーンベルグの属国扱いという事だが、ノルドヴァルもルーンベルグから重税を課せられていて、その皺寄せが民にそのまま返っているのだろうか。
(情報が足りない…)
”何か”を判断するには、俺にはノルドヴァル、いや”この世界”の事を知らなすぎる。今はまず、この国に来た目的を果たすのを最優先にするしかない。
目の前では、ヤコブとエーリクが運んできた救援物資を確認していた。主に、保存食や油といった街でしか手に入らないもので、本当に冬を越すのに必要な最低限の分だけだ。貧しいグレインフィールドの村中のお金をかき集めて、何とかベルントが用意した物資たちで、無駄使いをすれば命に関わる。
「それでも厳しい生活になるだろう」とエーリクは言うが、これが無ければ全滅していたと彼は笑顔で言った。
「ヤコブ。そしてクヌートさん。この度はありがとうございました」
「気にするな。俺は仕事をしただけだ」
「いえいえ。エーリクさんには店長からもくれぐれも宜しくと言われていますから」
「それでは…少ないですが、こちらが報酬になります。ご確認を」
差し出されたのは、パンパンに膨らんだボロボロの布袋だった。中はほとんどが小銅貨で、中銅貨は五、六枚といったところだろうか。それを見た俺は心の中がもやもやとしながらも、袋の中身を数えて大銅貨三枚分ある事を確認する。
「報酬、確かに受け取った」
「本当に助かりました」
「では、クヌートさん。帰りましょうか」
「そうだな。その前に――」
「待ってください!」
俺たちがフロストヘイムに戻ろうとすると、エーリクが慌てて大声で止めた。
「今からですと馬宿につく前に日が暮れてしまいますし、何もない村ですが良かったら泊まっていきませんか?」
「確かにそうですが…クヌートさん、どうしますか?」
エーリクの提案にヤコブも少し悩んでいるようだ。荷が無くなった事で、急げばぎりぎり間に合うかといった距離なので、判断に迷っているらしい。丁度、俺がさっき言いかけた事も、その方が都合がよさそうなので、俺は村長の提案に乗る事にした。
「分かった。一晩世話になる」
そう言いながら、俺は貰った布袋をエーリク向かって差し出した。
俺の突然の行動に隣に立っていたヤコブの目が丸くなる。
「宿賃だ。受け取ってくれ」
「え!? これは貴方への報酬です!」
「報酬ならさっき受け取った。なら俺の金をどう使っても構わないだろう?」
そんな軽口を叩きながら、意図が伝わるように視線だけはしっかりとエーリクから離さない。
すると、みるみる内に彼の目に涙が浮かんでくる。
「…これ以上、何とお礼をすればいいのか」
「何の事だ? 仕事には報酬が必要だろう?」
「クヌートさん、貴方って人は…」
何故か隣ではヤコブまで貰い泣きをしていて、大した事はしていないのに何処かむず痒くなる。今の俺にとっては大銅貨三枚ならすぐに稼げるから、そうしただけだ――いや、誤魔化すのは止めよう。俺は”この国”の現状に怒りを抱いている。目の前で苦しんでいる存在を無視するやり方に、心底怒っていたからだ。
リベルタの時もそうだったが、ただのDランクの冒険者でしかない俺に出来る事はそう多くない。これくらいしか今は出来なかったで、これはただの自己満足だ。
内心でそんな事を考えているのを押し殺して、俺はわざと明るい声を出した。
「さて、この物資は何処に仕舞えばいい?」
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夜になった。
俺たちは今、村長の家の中で囲炉裏のようなものを囲んで座っている。簡単な食事を済ませてから、取り留めのないない話をしていたのだった。
「クヌートさん、本当になんとお礼を言ったらいいのか…」
「もう散々言われたから、気にしなくていい」
「それでも言いたいんです…ね、お父さん?」
「ああ」
あの後、エーリクが娘であるアーニャを呼んできて、主だった若者衆に声をかけてもらい物資の分配を始めた。すると、エーリクは俺が村の救世主であるかのように、しかも報酬を返してくれたエピソードまで涙交じりで語るものだから、すっかり英雄のように扱われてしまった。
「あっという間に村の人気者でしたね、クヌートさん?」
「…ああいうのは慣れていないんだよ」
「絶対、お父さんよりも人気がありますよ!」
俺の本分は”裏方”だ。主役を輝かせる為に動くのが俺の仕事であり、それこそスターのように扱われるのは慣れていない。
(そういうのは、神崎くんや早乙女さんの役割だからな)
若いとはいえ、芸能界という荒波で揉まれてきた四人だし、しっかり者のあの二人が居れば、あっちはどうにかなるだろう。
(ある意味、逃亡者である俺が言う立場ではないしな…)
「クヌートさん?」
話を聞きながら、ふとそんな事を考えていると、突然名前を呼ばれた。
気が付けば、三人が黙って俺を見ている。
「あぁ、話の最中にすまない。少し考え事をな」
「よかった! 私、何か失礼な事を言ってしまったのかと」
「いや、アーニャ。そんな事はないぞ」
俺が安心させるように言うと、アーニャが満面の笑みになった。
「よかったね、アーニャちゃん!」
「もう! ヤコブさんなんて嫌い!」
「ええー」
それを見たヤコブが揶揄うと、手痛い返しを受けてまた笑いが広がる――
――この世界に来て初めてかもしれない、そんな楽しい夜だった。
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「それでは、世話になったな」
「いえ、こちらこそ」
「アーニャちゃんもまたね!」
「ええ! ベルントさん、早く良くなるといいですね」
「今度は二人で来るよ」
「楽しみにしてるわ」
翌朝、朝食を済ませた俺たちは、昼前にフロストヘイムに戻る事にしていた。それまでは村の様子を見たり、村人たちに色々な話を聞いて過ごしていたが、だいたいはギルドで聞いていた通りだった。それでも、噂と現地の状況が違うなんてざらにあるので、こうして自ら知れたのは収穫だ。
「では、クヌートさん。行きましょうか」
「ああ」
エーリクとアーニャと別れの挨拶を済ませた俺たちが馬車に乗ろうとしたら、こちらに向かってくる複数の気配がして――
「おお! ヤコブじゃないか? また小遣いを払いに来たのか」
――何だか小賢しい嫌味な声が聞こえてきた。




