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4-2 おっさん、寒村へ行く

 トルビョルンとの話を終えた俺は受付に戻ってきていた。


「クヌートさん! マスターとのお話は終わったのですか?」


 それを見た受付嬢が俺に向かって話しかけてくるので、俺は頷いて彼女に近づく。

 

「ああ。マスターとの話し合いの結果、リベルタ支部のまま出向という形になった。よろしく頼む」

「…事情があるのですね。承知いたしました」


 俺の態度から何やら感じ取った彼女は姿勢を正して礼をした。


「改めて、私はこの支部の受付担当のグレーテです。よろしくお願いしますね」


 そう頭を上げたグレーテは、俺に向かってにっこりと微笑んだ。


---


(…これは厳しいな)


 俺は掲示板に張り出されている依頼書を見ているのだが、リベルタとはあまりにも違う事に内心驚いていた。Dランクで受けられるようなものは極端すぎて、魔物の群れを退治するというパーティ向けの依頼か、Fランクでも出来る「雪かき」や「薪拾い」といった雑用系の依頼くらいしかないのだ。しかも量も少ないとくれば、有望な冒険者は他に移ってしまうのも無理はないだろう。

 そんな風に依頼書の隅から隅まで眺めていると、ふと一つの依頼書で目が止まった。


(物資配達?)


 そこには「緊急」と書かれていた。依頼が出されたのは一週間の日付が記載されているが、誰も受けていないようだ。よくよく依頼書を読み進めていくと、グレインフィールドという寒村から依頼を受けて、越冬の為の物資を届ける予定だったベルントという商人が、盗賊に襲われて怪我をしてしまったので、彼の代わりに物資を送り届けてほしいという内容だった。だが――


(安いな…)


 報酬欄には大銅貨三枚という、とても低い数字が記載されていた。往復に何日もかけた上で、この報酬ではパーティで受ければ一人頭は雀の涙ほどにしかならないだろう。更に盗賊と遭遇する危険があるのではとても割りには合わない。だから、誰も手を取らなかったという訳か。


(…いや、丁度いいか)


 俺にとっては報酬より今、この国で何が起きているのかを知る方が先決だ。ならば、寒村の状況を見てみるのもいいのかもしれない。

 そう結論付けた俺は、掲示板からその依頼書を剥がしてグレーテの元へと戻った。すると彼女はどこか表面的な笑顔で対応をしてくれた。


「何か、気になる依頼はありましたか?」

「あぁ。これを受けてみようと思ってな」


 俺が依頼書を差し出すと、グレーテの表情がみるみるうちに驚きの色に染まっていった。


「この依頼、受けてくださるんですか?」

「そうだ」


 恐る恐る尋ねてくる彼女に俺が頷くと、今度は満面の笑みを浮かべた。だが、すぐに深刻な表情へと戻っていく。


「助かります! 報酬が安いので、なかなか受ける人がいなくて…」

「まぁ、そうだろうな」

「それに、もう一つ問題がありまして――」


 深刻な顔をしたままのグレーテが話してくれたのは、この依頼の目的地であるグレインフィールド村の裏事情だった。何でも新しい税吏が二年ほど前に赴任してきてから横暴な取り立てを行うようになって、ますます村人の生活が厳しくなっていったという。それを知ったベルントが、定期的に物資を届けていたのだが、前回の帰路で盗賊に襲われて怪我をしたのだそうだ。


「…それで、厄介ごとに巻き込まれるのを恐れて、誰も受けてくれなかったんです」

「なるほどな」


 グレーテは俯いたままで、そう説明を終えた。その姿はまるで、自分自身を責めているようにも思える。 


「なので、本当に受けてくださるのなら、とても助かりますが…いいのですか?」

「ああ。受けると決めたからな」

「…あ、ありがとうございます!」


 そう思いっきり頭を下げたグレーテの目には光るものが浮かんでいた。彼女はずっと気にかけていたのだろう。先程までとは違い、どこか力が抜けたような柔らかい表情になっていた。


「では、受付を頼む」

「はい」


---


 グレーテに依頼の手続きをしてもらった後、依頼人であるベルントの元に行くように言われた俺は、彼の店へと向かった。


(…ここか)


 エンリコのヴァレンティ商会とは違って、強いていうなら個人商店のようなもののようだ。彼の店は、フロストヘイムの一般的な家よりは立派な造りをしているが、リベルタではこじんまりとした印象を受けてしまうだろう。それでもボランティアのような事が出来るくらいには、ベルントは商売上手だという事か。

 

 俺が店の扉を開けて中に入ると、正面奥のカウンターには若い二十歳くらいの男が何やら記帳をしているのが見えた。店内には商談用のテーブルとイスが四脚置いてあるだけで、特に商品は置いていなかった。一般的な店とは違って、問屋みたいな商いをしているのかもしれない。


「あ、いらっしゃいませ」


 俺に気付いた彼は手を止めると顔を上げて、何処か人懐っこい笑みを浮かべる。


「本日はどのようなご用件ですか?」

「冒険者ギルドから来た。グレインフィールドの件だ」

「えっ…」


 俺の言葉を聞いた彼は、予想外だったのか驚きのあまり一瞬硬直してしまった。だが、すぐに気を取り直すと、俺の元へとずかずかと歩いてきて、突然手を握ってくる。


「ありがとうございます! 本当に助かります!」


 そのまま何度もぶんぶんと手を振った後、我に返った彼がおずおずと口を開いた。


「…すみませんでした。それで、何処まで話は聞いていますか?」

「グレーテから、依頼内容と税吏の事は聞いている」

「そうですか…なら話は早いですね」


 ヤコブはそう言いながらカウンターから出てきて、右側にある部屋のドアに向かう。


「まずは店長から詳細を聞いてください! 店長、冒険者の方が来てくれましたよー」


 ヤコブがノックもせずにドアを勢いよく開けて中に入って行くのを、俺は苦笑しながら見送ってここで待つ事にした。

 時間にすれば二、三分だろうか。ヤコブが部屋から出てきて、中に入るように俺を促した。


「店長の準備が整いましたので、どうぞ中へ」


 そして、ヤコブは俺に向かってペコリと頭を下げた。


---


「ベルントです。こんな格好ですみません」

「いや、気にしなくていい。俺はDランク冒険者のクヌートだ」

 

 部屋の中に入ると、彼はベッドの上にいた。上半身を起こして枕元の壁に寄りかかるようにして座っている。その顔色は少し悪いようにも見えた。

 

「Dランク、ですか? 失礼ですがお仲間は?」

「いや、俺はソロなんでな」

「そうですか…」


 Dランク冒険者がパーティを組んでいないと聞いて、ベルントは少し訝しげにしていた。その表情に不安の色が浮かぶのも無理はないだろう。何しろベルントは俺の事など何も知らないのだから。

 だから俺はギルドカードと共に、トルビョルンから預かった手紙をベルントに渡した。


「これは?」

「フロストヘイム支部のギルドマスターの手紙だ」

「ギルドマスターの…」


 手紙を開いたベルントの目の色が変わる。すぐに読み終えた彼は、手紙を丁寧に仕舞うと俺に向かって差し出した。


「なるほど。ギルドマスターが信頼するほどの方なら問題はありませんね」


 手紙を返すベルントは何度もうんうんと頷いていた。俺が一人でも大丈夫そうだと納得してほっとしたのか、先程までより顔色がよく見える。


「では改めて、依頼内容の確認です。ヤコブと共にグレインフィールド村に、私が用意した物資を運んでください」

「分かった」


 俺がそう頷くと、ベルントは今度は思い出したかのように一瞬不安げな表情に変わった。


「そう言えば、私が盗賊に襲われた話は聞いていますか?」

「ああ。何とか撃退はしたが、そのせいで怪我をしたと」

「ええ。若い頃は冒険者だったので、自衛くらいは出来ると思っていたのですが、まさかこの辺りに盗賊が出るなんて」

「珍しいのか?」

「はい。この厳しい環境では、リスクとリターンが合いませんから」

「なるほどな。怪我の具合はどうだ?」

「それが、多少無理をしたせいで、まだ満足に動けないのです」

「ふむ、光明教会で癒しを受けないのか?」

「フロストヘイムには…いえ、正確に言えば市民街には今、癒しの奇跡が使える者は居ないのです」


 そう言ってベルントが足にかかっている毛布を捲ると、左足に包帯が巻かれていた。


「あの壁の向こう、貴族街には居るかもしれませんが…」


 そして彼は悔しそうに少しだけ俯いた。


「貴族に抱え込まれた、か」

「恐らくは。理由はわかりませんがね」

「そうか」


 ――しばらく部屋に沈黙が訪れた。


 ルーンベルグの枢機卿やリベルタのニコラスのように、光明教会も決して一枚岩では無い。裏では様々な思惑が渦巻いているのだろう。ベルントのやり切れない気持ちは理解できる。


 気を取り直したのだろう。彼は、顔を上げて俺に視線を戻す。 


「もしかしたら、まだ盗賊達が付近にいるかもしれません。充分注意してください」

「ああ」

「それと、税吏のモーリッツのには気をつけてください。私が居れば大丈夫なのですが、因縁をつけられる可能性がありますので」

「大丈夫だ。なんとかするさ」

「ありがとうございます」


 そして、グレインフィールド村についての補足説明を受けていく。

 フロストヘイムから馬車で約二日の寒村で、途中には馬宿があるのでそこで一泊すればいいらしい。村長はエーリクという男で、税吏がモーリッツに代わってからというもの税率は跳ね上がり、更に定期的にやってきては厳しい取り立てを行うようになり、今年の冬を越せるか不安になった村長が、ベルントに相談を持ち掛けた。

 エーリクにはベルントが駆け出しの頃にお世話になったので、その恩返しで月に一度の定期便を始めたというのがきっかけだったそうだ。

 動けないベルントの代わりに、その弟子であるヤコブが一度グレインフィールドに行ったら、まだ若いヤコブは税吏に目を付けられて通行料を払わされたりと、ベルントが居た時には無かった横暴な態度をとられた。再び彼が物資を届けても、税として持ってかれてしまうと危惧をしたベルントがこの依頼を出したというのが真相だった。


(…それがまかり通るのが、”現状”か)


 そんな話を聞いてしまえば、ルーンベルグの属国と化している今の王家に対して不満が高まってしまっても無理はない。それが積りに積もってしまえば、ノルドヴァル王国への反乱、強いてはルーンベルグへのクーデターという話に繋がっていくのも無いとは言い切れないだろう。


(…そんな単純な話ではないだろうが)


 何にせよ、そのモーリッツとやらが何を仕掛けてくるかは分からない以上、十分に警戒はしておいた方が良さそうだ。となれば、リベルタ所属のままで居て良かったとも思う。トルビョルンがここまで読んでいたかは解らないが、使えるモノは何でも使うしかない。


---


 ベルントの説明を受けた俺がカウンターに戻ると、準備を終えたヤコブが戻ってきていた。外はすっかり夕暮れ前となっている。少し長く話をし過ぎたようだった。


「それで、出発は何時にする?」

「そうですね。少し早いですが、明日の七の鐘ではどうでしょうか?」

「分かった、七の鐘だな」


(まずは宿を探すか)


 初めてリベルタに到着の際は、見通しが全く無かったので先に拠点を決めたが、今は懐事情に心配が無くなり真っ先にギルドに顔を出したので当然宿は決まっていなかった。


「ヤコブ、この辺りでお勧めの宿は無いか?」

「え? 今まではどうしていたんですか?」

「移動してきたばかりでな。まだ決まっていないんだ」

「そうですか。明日は早いですし、店の仮眠室でよければ探す手間は省けますが」

「いいのか?」

「恐らく大丈夫です! 店長に確認してきますね!」


 ヤコブが奥にいるベルントに話をして戻ってくると、許可が出たと笑った。どうやら隣の建物が倉庫兼ベルントの自宅となっているそうで、彼はそちらで住み込みで働いているらしい。ギルドマスターの信頼がある人間なら大丈夫だろうと、ベルントが許可を出したのだそうだ。


「それでは、鍵を渡しておきますね」


 ヤコブは店の鍵を俺に渡しながら、ベルントの部屋の反対側のドアに案内する。ドアを開けるとL字の廊下になっていて、左側に二つ、L字の先に一つドアが見えた。


「この奥の部屋が仮眠室です! 買い物とかあるなら自由に外出してもらっていいそうです」

「いいのか?」

「はい! 店長が許可を出しました!」

「分かった」


 それから俺はベルントに礼を言いに一度彼の部屋に戻り、二人を見送った後に仮眠室に戻る。長旅の疲れもあったのか、その日は気が付いたら眠りに落ちていた――  


 ――翌朝になり、七の鐘が朝のフロストヘイムの空に響く。

 

 一刻前に起きた俺は手早く準備を済ませ、店の中で待っていた。しばらくしてからヤコブが迎えに来たので俺たちは店の裏手に回る。そこには大きな倉庫のような建物と馬房があって、その前には一台の大きな荷馬車が止めてあった。


「それでは参りましょう!」


 ヤコブが御者台に座ったので、その隣に俺も座る。

 朝から陽気なヤコブに内心苦笑しながら、俺たちはグレインフィールドに向かって出発するのだった。



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