閑話 話題の人
(いやぁ…美しかったなぁ……あの魔法陣)
冒険者ギルドのマスターであるロレンツォから依頼を受けて、徹夜で解析した魔法陣を思い出すと、彼女は口から垂れた涎をローブの裾で拭っていた。優れた呪術師であるシルヴィア・フィレンマは、魔法陣マニアだった。ただただその模様の美しさに嵌ってしまい、自らも魔法陣を勉強したという異例な存在だった。そんな彼女が解呪を専門としたのも、少しでも多くの種類の魔法陣を見る為だという、まさに生粋のマニアである。
(…そもそもあんな配置は見た事ないわ。実に効率よく命令を書き込んでいて、更にそれぞれの効果を綿密に絡ませているなんてただものじゃないし、リベルタにあんなことをできる術者はいない。だってわたしでも無理だもの。第一そんな術者がいたらわたしが知らない訳がないし、そもそも放っておかないから間違いなく外部の人間が作成したものなんだけど、普通は魔法陣には製作者の癖が出るのに実に見事になんの個性も見つけられないのにあんなに美しいなんて反則よ)
魔法陣の製作者に嫉妬をしたシルヴィアは自らの頭を掻きむしっていた。相手が間違いなく自分より才能が上である事を認めていたからだった。無数の魔法陣を見てきた彼女には、魔法陣に癖が出る事を発見していたのだ。もっともそれは彼女にしか分からないもので、他の誰に説明しても理解されなかったので、シルヴィアも人と共有するつもりはもはやない。魔法陣であれば、その効果が例えどんなものでも彼女には関係なかった。ただ美しければそれでいいと考えている。
(会ってみたい、話してみたい、そして教わりたい。ああもうなんてこと、こんなにわたしを虜にするなんて絶対に只者じゃないわ)
ロレンツォが疲れていたのは、ある意味彼女の相手をしていたというのもあったのだ。この思考のペースで一度スイッチが入ってしまうと彼女は止まらなかった。見た事のない美しさの、しかも呪いの魔法陣なんてシルヴィアには垂涎ものだった。
(いつか探し出してやるわ。あんなもの作れるのは間違いなくわたしと同類だもの。そして魔法陣談議に花を咲かせるのよ!)
彼女はそんな決意を抱いていたのだった。
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「駄目だったか」
「はい。後一歩のところだったみたいです」
「そうか…」
ギルバートは執務机の椅子から立ち上がり、窓の方へと歩いていった。そこから見える街並みを見下ろすと、残念そうにため息を一つ吐く。彼の視線の先には賑やかに行き交う人々が映っていた。
「儂らがここまで大きくしたこの街で、好き勝手しおって」
「…ギルド長」
「許せんな、ああ許せんよ」
「はい」
エンリコは功刀から報告を受けた後、それをギルバートに伝えにきていたのだ。ギルバートと同じように、彼もまた強い憤りを感じていた。愛娘をあんな目に遭わせた黒幕を許せる訳が無かった。
「…それにしても、面白い奴だな」
「クヌートさんですか?」
「ああ。まさか収納スキルを持っているとは」
「…ええ。あれには驚きました」
「知らなかったのか?」
「はい。初めてみましたよ」
「儂もだ」
黒幕の事はもうどうしようもないので話題を変えた彼らだが、自然と功刀の話になっていく。商業ギルドに収納系のスキルを持っている者は存在せず、ギルバートでさえポーチのような容量の少ない収納袋を持っているだけだった。それでも大金貨五枚もしたものだ。
「全く、手放すのが惜しい男だな」
「ギルド長がそこまで興味を持つのも珍しいですね」
「それはそうだろう。あいつはきっと大物になるぞ」
「ええ。私もそう思います」
(まだまだ”何か”隠していそうですしね…)
エンリコは功刀との約束を守って、彼が見た不思議な術の話をしていない。それに功刀から預かったカタナという珍しい武器は彼も初めてみるものだった。各国に買い付けにいくエンリコが見た事の無い物は、よっぽど辺境に行かなければ存在しない。
(クヌギさん…彼はきっと大物になります)
商売人らしく、取引相手の希望は出来るだけお互いの利益に繋がるように行動すると決めているエンリコは、わざわざ彼の秘密を暴こうとはしない。隠したいという事はそれなりの理由があるのだ。しかもそれを知る事で不利益が生まれる事もあると彼は考えている。
「クヌートさんなら、いつかきっとリベルタの闇を晴らしてくれますよ」
「そうだな。儂からもちと動いてみるか」
「ええ。私も出来る限り協力します」
そうして、彼らは頷きあった。
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「『火の精霊よ! 我が敵を焼き尽くせ!』
火炎球ッ!」
「ふんッ!
『光の精霊よ! 闇を払う者よ! 我が敵を撃ち給え!」
光の矢!」
氷室鏡華と天童麗司の伸ばした腕から、それぞれ攻撃魔法が放たれた。彼女の詠唱が短いのは『詠唱短縮』のスキルのおかげだった。それらは目の前のゴブリンの群れに向かって飛んでいくと、その真ん中に着弾して弾ける。光の矢が一匹のゴブリンの頭を打ち抜き、火球は数体のゴブリンをまとめて黒焦げにしていた。
「喰らえ!『盾打!』」
それに追従していた神崎隼人が盾をゴブリンの一匹に叩きつけると、その個体は吹き飛ばされて他のゴブリンを巻き込んで地面に倒れた。するとそこに――
「はあああああっ!!」
――同じく駆け込んできた早乙女蓮が斬りかかる。
「『疾風剣!』」
その名の通り、疾風の如き速さの斬撃が、また別の一匹を横薙ぎに切り伏せた。そして天童麗司もゴブリンの群れに突撃して、次々にゴブリンたちを斬り捨てていく。
「フンッ。あとは任せたワ」
「任せておけ。こんな雑魚など俺一人でも十分だ」
自分の仕事は終わったとばかりに氷室鏡華は呑気に腕を組んでいたが、天童麗司の言うようにゴブリンの群れ等は彼らの相手にならない。程なくして群れは全滅するのだった。
(魔物と戦うのも、もうすっかり慣れてしまった…)
早乙女蓮はそんな事を考えながら血振りをすると、剣を鞘に納める。
そう。彼女らが初めて魔物退治に出発してから一週間が経っていたのだ。毎日のように魔物と戦ってレベルも上がっている。現在の彼女らのステータスはこうなっていた。
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レイジ・テンドウ
22歳 男性
ジョブ:勇者
レベル:1→5
力:280→392
技:250→350
速:260→364
体:240→306
魔:220→308
抗:230→332
運:180→252
スキル
剣技、統率、挑発、威光、斬撃強化、連撃強化、光魔法
称号
『召喚されし勇者』『選ばれし者』
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ハヤト・カンザキ
24歳 男性
ジョブ:重戦士
レベル:1→5
力:300→420
技:180→252
速:160→224
体:320→448
魔:140→196
抗:260→364
運:200→280
スキル
盾技、挑発、鉄壁、リベンジャー、不屈、打撃強化、魔法障壁
称号
『召喚されし勇者』『守護者』
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キョウカ・ヒムロ
23歳 女性
ジョブ:魔法使い
レベル:1→5
力:120→168
技:200→280
速:180→252
体:150→210
魔:320→448
抗:240→336
運:220→308
スキル
火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、魔法制御、詠唱短縮、魔力増幅、魔力回復
称号
『召喚されし勇者』『魔導の才』
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レン・サオトメ
21歳 女性
ジョブ:聖騎士
レベル:1→5
力:180→252
技:220→308
速:210→294
体:200→280
魔:260→364
抗:280→392
運:240→336
スキル
剣技、回復魔法、治癒魔法、補助魔法、魔法障壁、浄化、祈り
称号
『召喚されし勇者』『癒しの使徒』
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功刀には知る由も無いが、15歳で成人して光明教会で洗礼を受ける際に、その者にあった『ジョブ』が決まる。複数の選択肢がある場合もあるが、大抵は一つしかない。その時に初めて『ステータス』が付与されるのだ。
因みにスキルレベルは普通は確認出来ないが、身体に慣らす事で熟練度が上がっていきスキルのレベルが上がる。それが確認出来ないからこそ、あまり訓練をする者はいないのだった。それでも勇者たちが騎士団で戦闘訓練を受けていたのは、彼らが戦闘経験がないからに他ならない。スキルの使い方は自動的に頭の中に浮かんでくるが、戦い方を知らなければ宝の持ち腐れという訳だ。
そして、エンリコたちのステータスにバラつきがあったのは、そのジョブに応じて初期値にボーナスが付くからだ。上手く己の才能と向き合っていくのが、この世界の普通の生き方だった。異世界人である彼らのステータスの上昇率が異常なのだ。
「皆様、お疲れ様です」
引率としてついているグスタフが恭しく頭を下げると、天童麗司が彼に向かって得意げに胸を張る。
「ふんっ! こんな雑魚共はもう飽きた。もっと強い相手はいないのか」
「左様ですか。では明後日は別の狩場に行きましょう」
「明後日? 休みでもくれるの?」
「ええ。ここしばらく訓練漬けでしたからね。一日くらいは宜しいかとエリザベート様も仰っております」
「フンッ! 遅いのヨ!」
半信半疑で聞いた氷室鏡華だったが、思いがけない返事を聞いて驚いていた。それでも悪態をつくのは彼女らしいと早乙女蓮は思っている。
(休みか…何すればいいんだろう)
地球とは違って、スマホも何もない。それにこの世界に来てからずっと訓練漬けだった彼女には、時間を潰す方法が思いつかなかった。
(功刀さんに会えればいいんだけど…)
何処にいるかは分からないが、もしかして街を歩いていれば偶然出会えるかもしれないと、早乙女蓮は考える。
「あの、街に出てもいいんですか? せっかくなので観光でもしたいんですけど」
「そうですね…戻ってから確認してみます」
「お願いします」
グスタフにはそこまでの権限はない様で、少し残念に思いながら早乙女蓮がそう返事をした。
だが、その時――
――シュッ!
彼女の足元に矢が刺さった。早乙女蓮が矢が飛んできた方向を見ると、そこには全身に鎧を着た人物が五人立っている。その内の一人の手にはその矢を放ったであろう弓があった。
「外したか」
「誰?」
「これから死ぬお前たちには関係ない」
「へっ! やれるもんならやってみな!」
「ふんっ! 雑魚ばかりで飽きていたところだ」
「冗談じゃないワ! ワタシの休みの邪魔しないでよ」
それぞれがそれぞれの武器を構えると、氷室鏡華が先制攻撃の為に魔法を詠唱しようとする。だが――
「『炎の精霊――』」
「させない」
「キャッ!」
「氷室!」
男が再度、矢を放ち詠唱の邪魔をするが、それを神崎隼人が盾で弾いた。その隙に残りの四人が、接近してきて、たちまち乱戦となってしまった。
「ヒムロ様!」
グスタフが氷室鏡華の前に立って、彼女を庇いながら戦い始めた。その後ろで彼女は怒りの声を上げながら距離をとる。
「やってくれるジャン!
『炎の精霊よ! 我が敵を貫け!』
炎の槍!」
その炎の槍がグスタフと戦っている鎧姿の男の背中に当たると、鎧ごと燃え上がり、周囲には肉の焼ける臭いが漂った。
「…え?」
それを見た早乙女蓮が驚きのあまり動きが止まってしまう。
(死んだ?)
「早乙女ちゃん! ぼーっとすんな!」
神崎隼人が盾で彼女を庇い、敵の攻撃を受け止めると、お返しとばかり兜ごと真っ向から切り捨てる。周りを見れば、それぞれが相手を丁度相手を斬ったところだった。
(死…)
「死ねえ!」
最後の一人が後ろから早乙女蓮に斬りかかると、散々訓練を重ねてきた身体が勝手に反応し、先ほどのゴブリンのように相手の胴を横薙ぎにした。
(え?……殺した!?)
血を流しながら大地に沈む男の姿が、まるでスローモーションのように早乙女蓮の脳裏に焼き付いていく。
「ふんっ! 大口を叩く癖に雑魚だったか」
「そうね。とんだ茶番だったジャン」
「早乙女ちゃん! 大丈夫か?」
「…はい」
「…戻りましょう」
突然の襲撃者に怪訝な表情を浮かべているグスタフに連れられて、四人はルーンベルグの王宮へと戻る。
――この日、早乙女蓮はこの世界に来てから初めて一睡も出来なかった。
本作をお読みになってくださっている皆様へ!
申し訳ありません。
こちらで書き溜めていた分が無くなった為、しばらく更新はお休みさせていただきます。
再開までしばしお待ちください。
これからも「斬られ役のおっさん」を宜しくお願いいたします!




