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3-10 おっさん、憤る

 その夜。俺はロレンツォから魔法陣の件がどうなったのかを聞く為に、冒険者ギルドに足を運んだ。昼間ギルバートから話を聞いて、相手が盗賊ギルドだけではなくリベルタの執行部まで関わっている事に憤りを感じながら、今か今かと待っていたのだ。


「ああ。クヌートさん! お疲れ様です」

「おつかれさん。ロレンツォは?」

「はい。先程戻りましたので、ご案内しますね」


 俺は受付でレイラに挨拶をして、逸る心を抑えながらロレンツォの部屋までやって来た。人気の少ない夜のギルドに、俺の足音が妙に大きく響いている。


「来たか」

「ああ。それでどうなった?」

「その前に、事の顛末は知っているか?」

「知っている。商業ギルドでギルバートから聞いた」

「…そうか」


 そう呟くロレンツォの顔は疲れ切っていた。結局昨日からあまり休めてはいなさそうで、その顔色は悪い。


「全く、ふざけた話だ」

「ああ。それで?」

「これが奴が魔法陣を解析した結果だ」


 ロレンツォが一枚の報告書を俺に見せると、そこには細かい文字がびっしりと書き連なれていた。あまりの細かさに俺が驚いていると――


「言っただろ? 癖が強い奴だと」

「…納得した」


 うんざりした俺とロレンツォがお互いに頷きあった。これを全部読むだけでも一苦労だろう。


「全部読んだのか?」

「当然だ」

「要約してくれないか? 年だから難しいんだよ」

「楽をしようとするな。俺はお前より年上だぞ?」

「…仕方ないな」


 駄目で元々の提案だったので、俺は諦めて素直に報告書を読んでいく。そこに書かれていたのは、俺が慧眼で見破った事とほぼ同じ内容だったが、呪いを見破る為には、相手より高位の術者である必要があるという最後の一文だけは無かった。


(慧眼のスキルが凄いのか、魔法陣を作った人間が凄いのか…)


 どうやら、相手もかなりの実力者である事は間違いなさそうだと、俺は気合を入れ直してロレンツォと向き合う。


「なるほどな」

「ああ、かなり悪質な魔法陣だ。ただ――」

「ただ?」


 ロレンツォが深刻な顔をして、一度言葉を切る。


「…問題は、誰が用意したものかが分からないという事だ」

「確かにそうか」

「ああ。奴にも魔法陣の製作者までは心当たりは無いそうだ。マッシモが死んだ以上、これ以上は打つ手が無い」

「…困ったものだ」

「そうだ。結局、黒幕の一人勝ちだよ」

「そうなるのか」


 何か進展があればとは思っていたが、この結果に俺は思わず肩を落としてしまった。エンリコたちを危ない目に遭わせた上に、こんな結末では誰も救われないからだ。


「それで、今後はどうなる?」

「冒険者ギルドとしては、内部の殺人の件もある。そう簡単には引かんよ」

「そうだよな」


 俺を見るロレンツォの目が鋭く光った。当然だろう、職員を殺されているのにここで引けばそれこそ冒険者ギルド自体の面子にも関わってくる。


「俺の方でももう少し足掻いてみようとは思うが」

「当てはあるのか?」

「…いや、さっぱりだ」

「だろうな」


 そこで黙ったロレンツォが眉間の皺を揉み解す。最近よく見るが、これはおそらく彼の癖なのだろう。


「とりあえず、今回の件はこれで終わりだとヴァレンティ商会に報告していい」

「…そうか」


 俺は悔しさのあまり拳を握り締める。確かに夢見病の一件は解決したが、もっと根深い問題が残っているのに、何も出来ないのがもどかしい。


「悔しいのは分かるが、俺も同じだ。己の無力さが憎い」

「ロレンツォ…」

「だが、このままでは終わらせない。必ず報いは受けてもらうさ」

「分かった。この魔法陣はどうする?」

「お前が持っていてくれ。ギルドで保管してもいいが、例の侵入の件があった以上、取り戻されても叶わん」

「任された」


 そこで、この一見の顛末を聞いた俺は、ロレンツォに挨拶をしてギルドから出た。

 夜空は厚い雲が覆われていて、今夜は一段と薄暗い。宿に戻ろうとして歩き出すと、しばらくして突然背後から人の気配を感じた。俺が振り返ろうとすると――


「動くな」


 首筋に金属が当てられたような冷たさを感じたので、俺は大人しく話をする事にした。


「何者だ」

「この件からは手を引け。いいな」


 それだけ言い残すと、背後の気配は何事も無かったように消えた。あからさまな警告に、俺の中でふつふつと怒りの炎が燃え上がる。


(…上等だ)


 ルカをあんな目に遭わせた奴らを許しておく訳にはいかない。いつか必ず尻尾を掴んでやると、俺は決意を新たにする。


(ロレンツォには…いや止めておくか) 


 この事を報告しても結局のところ今は動きようがない。冒険者ギルドに心配をかけてしまうだけだ。今は俺の心に留めておくだけでいいだろう。

 俺はため息を一つ吐いてから、再び宿に向かって歩き出した。


---


「……そうでしたか」

「すまない」

「いえ、仕方ありません」


 翌朝、俺はヴァレンティ商会に来て、昨晩のロレンツォの話をエンリコに聞かせた。すると彼は一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えたのか一転して笑顔になる。


「夢見病の件は解決しました。ルカも元気になったので今回はそれでよしとしましょう」

「そう言ってもらえると助かる」

「いえいえ! 今回もクヌートさんにはお世話になりました!」


 彼はそう言って、応接室の机の下から布袋を取り出すと、俺に手渡してきた。


「こちらが今回の報酬となります。ご確認ください!」

「…いいのか?」

「もちろんです! ルカがお世話になりました」

「有難く貰う事にするよ」

「ええ。カタナの件は、リベルタ一番の鍛冶屋に頼みましたが、初めて見る武器という事で少し時間がかかりそうです」

「構わない。気長に待つさ」

「そう言って貰えると助かります」


 敢えて俺と同じ言葉を使ったエンリコがいたずらっぽく笑ったので、俺も笑い返す。


「今回も世話になったな」

「こちらこそ! またいつでもお越しください」

「ああ。ギルバートにも宜しく」

「ええ!」


 最後にエンリコと握手を交わして、俺が応接室から出ると――


「おじちゃん、またね!」

「ルカ、またな」

「うん! ぜったいにまたきてね」

「勿論だ」


 ルカが部屋の外で話が終わるのを待っていた。きっとエンリコが話をしていたのに違いないだろう。俺が頭を撫でてやると、ルカは「えへへ」と笑っていた。


「じゃあな」

「うん!」


 そうして俺はルカに見送られて、ヴァレンティ商会を後にした。


---

 

 その後、俺は依頼終了の報告をする為にギルドに向かった。相変わらず中央広場は賑やかで、街の至るところに置かれた香炉からは、様々な香りが漂っている。


(香炉か…)


 それを見て俺は複雑な気持ちになる。今回は未然に防げたが、結局首謀者まで辿り着く事が出来ないままに終わってしまった。何の為にあんな事を企てたのかは分からないが、また同じような事件が起きる可能性が高い。マッシモだけならただの金儲けで済んだかもしれないが、盗賊ギルドの幹部や副ギルド長のグレッグまで関わっている以上、その闇はかなり深いだろう。


(…昨日の警告の事もある)


 今の俺はそこら中に居る、ただのDランクの冒険者だ。権力を相手にするには、こちらにも相応の立場が必要になるだろう。まずはランクを上げなければ話にならないという事だ。


(結局、同じ事か…)


 ルーンベルグの”真実”を知る為、侵略戦争ならそれを止める為、後ろ盾を作るという当初の目標に戻るしかなかった。地道に依頼をこなして、自分の立場を上げて世界を見て回る。それが今の俺に出来る事だった。


 そうして、俺がギルドの中に入ると、いつものように受付にはレイラが居た。


「クヌートさん。お疲れ様です」

「ああ、指名依頼の完了報告に来た」

「わかりました! すぐにしますね」


 レイラが引き出しをごそごそとやって、俺の依頼書を探し出すと、ニコニコとしながら俺に差し出してきた。


「こちらに完了のサインをお願いします!」

「ああ…これでいいか?」

「はい! 今回の依頼、お疲れ様でした」

「ありがとう」


 俺が依頼書にサインをすると、レイラが確認して判を押す。すると、奥からグイドが出てきて俺に話しかけた。


「おお、丁度いい。マスターが話があるそうだぞ?」

「ロレンツォが? 何の話だ?」

「それは知らん。さっき受付に伝言を頼まれただけだからな」

「分かった」


 話があるのなら、昨晩話せば良かったのではないかと俺は疑問に思いながら、グイドにそう答えて受付の奥に歩き出す。


「すっかり常連ですね!」

「良いのか悪いのか分からないがな」

「もちろんいいことですよ!」


 レイラとそんな軽口を叩きながら、俺はロレンツォの部屋に向かった。

 ここまで上がってくるのも手慣れてきたもので、ドアをノックして部屋の中に入ると、彼は難しい顔をしながら一枚の紙を見ていた。


「早いな」

「丁度受付にいたからな」

「そうか」


 短いやりとりをすると、ロレンツォが紙から視線を外して、俺の顔をじっと見る。その表情は、何処か迷っているようにも見えた。


「それで、話とは?」

「ああ、本来は異例の事なんだが」

「異例?」

「そうだ。本来ならDランクに話すような事では無いんだが、お前さんの実力を見込んで頼みがある」

「…内容は?」

「ああ。ノルドヴァルに行ってくれないか?」

「ノルドヴァルか…遠いな」

「…クヌート。お前あの後、何か無かったか?」

 

 ロレンツォの目が何でも見透かしたように鋭くなったので、俺は昨日の件を報告するか迷った。

 だが、俺が何かを言う前に、彼が口を開く。


「俺のところにも釘を刺されたよ」

「誰からだ?」

「盗賊ギルドからだ」

 

 苦々しい顔になったロレンツォが、机に拳を叩きつけた。

 ただでさえ八方塞がりの状況なのに、侮られてしまった事が、相当悔しいのだろう。


「全く、忌々しい」

「…それで、ノルドヴァル行きの話とどう繋がる?」

「ほとぼりを冷ますというのが一つ。もう一つは――」


 そこで彼が俺に手元にある紙を見せて来た。俺がその紙に視線を移すと――


「ノルドヴァルで、ルーンベルグに対して反乱の計画があるそうだ。それを確かめてきてほしい」


 ――ロレンツォのその言葉が、俺の耳に重く響いた。



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