3-9 おっさん、もやもやする
翌朝、寝る前に気になっていた『精神耐性』について調べてみる事にした。頭の中でステータスを思い浮かべて『慧眼』で見ようとする。すると――
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クヌート(タケシ・クヌギ)
42歳 男
ジョブ:剣士(侍)
レベル:10(10)↑
力:100 (420+90) ↑
技:110 (420+90) ↑
速:110 (420+90) ↑
体:100 (420+90) ↑
魔:90 (420+90) ↑
抗:90 (420+90) ↑
運:90 (420+90) ↑
スキル
剣技5、危険感知5
(剣術5、抜刀術2、忍術5、投擲術3、格闘術3、偽装8、隠密6、慧眼1、危機察知3 ↑、毒耐性7、精神耐性9 ↑)
称号
なし
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)
(忍術)
[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵][風遁][空蝉][縄抜け][開錠]
[暗器]:木刀(大)、木刀(小)、酸毒蛇の牙
[空蝉]無し
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(…レベル10?)
何故かレベルが3つも上がっていた事に、俺は困惑した。何故ならエンリコの依頼を受けてから、魔物を倒していないからだ。もし戦闘をするだけでレベルが上がるのなら、ギルドで訓練をしてもレベル上げが出来る筈だ。なのに誰もそれをしていないのは、てっきり魔物を倒さないとレベルは上がらないと思っていた。だが、実際にはレベルが3も上がっている――という事は答えは一つしかない。
(人を殺してもレベルは上がるのか)
そもそも、”レベル”という存在自体がどういうものか分からない。地球と違い、何故この世界にはレベルがあるのか? 何故上がるのか? この世界で生まれていない俺には判断がつかなかった。一度疑問に思ってしまったら気になって仕方がない。
(『慧眼』で調べられないか?)
看破では「その者の階位を示す」としか出なかったが、慧眼に成長した今ならどうだろうかと思い、俺は試しに”レベル”に慧眼をかけてみた。
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『レベル』
その者の階位を示す。相手の命を奪う事で成長する。
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(それだけか)
その説明では結局気になっている事は分からない。だが、今はこれ以上はどうしようもないので、俺は本題に戻る事にした。今度は”精神耐性”に意識を向ける。
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『精神耐性』
このスキルを持つ者は、精神攻撃に耐性を持てる。また、戦闘で不利になりそうな時にその者の精神を守ってくれる。
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(戦闘で不利、か)
説明が曖昧だが、やはりこのスキルの効果らしい。ルーチェが襲われた時や、昨日ルカが殺されそうになった時には強い怒りを覚えたので、感情が完全に抑制されるという訳では無さそうだ。そもそもスキルに意思があるのかも分からないが、あれは戦闘が不利になるとは判断されなかったらしい。
(…これ以上は無駄か)
気になる事は気にはなるが、別に仕様が分からなくても、今のところ不具合は無い。そういうものだと割り切る事にして、俺は頭を切り替えた。
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「ルカ。元気か?」
「うん!」
俺はエンリコと話しをする為に、今日もヴァレンティ商会までやって来た。最近何度も店に来ているので、店員の皆ともすっかり顔なじみになってしまったようだ。すぐに奥に通されてエンリコに会わせてもらう。すると部屋の中では彼が困惑して俺を待っていた。
「覚えていない?」
「ええ。昨日のことをさり気なく話を聞いてみたのですが、ルカは何も覚えていないのです」
「昨日遭った事、全部か?」
「いえ、教会を出るところまでは覚えています。娘の中では朝まで眠っていた事になっていました」
「そうか。倉庫での出来事だけか」
「ええ。余りに怖い目にあったせいでしょうか。まぁあんな記憶は無い方がいいのですがね」
「確かにな」
という訳で、心配したエンリコがギルバートに会いに行く前に俺をルカに会わせたのだ。
「昨日は楽しかったか?」
「うん! パパとおでかけたのしかった!」
「そうか」
「きょうかいのぴかぴかもきれいだった!」
「うんうん」
「おじちゃんもまたいこうね」
「そうだな」
こうして話している分には、特に無理をしているようにも見えない。となれば、トラウマになる前に記憶を閉じ込めてしまったのだろう。それならルカの為にも、変に思い出させない方が良さそうだった。
「じゃあ、またな」
「うん! またねおじちゃん!」
ルカはぴょんぴょんと跳ねながら、俺に手を振ってくる。
俺もルカに手を振り返して、彼女の部屋を出ると、部屋の前で待っていたエンリコが心配そうに話しかけてきた。
「どうでしたか?」
「想像通り、無意識に思い出さないようにしていると思う」
「そうですか」
「専門家では無いから、合っているかは分からないがな」
「いえ、ありがとうございます」
「気になるなら、医者に見せた方がいいかもな」
「ええ。考えておきます」
そんな会話をしながら、俺たちはエンリコの店を出て、ギルバートに会いに商業ギルドへと向かった。
ギルドに到着すると、こちらもさすがに顔を覚えられたのか、顔パスで中に通される。だが、ギルバートの部屋に向かう途中、一人の見知らぬ男とすれ違った。男が会釈をしてきたので、こちらも会釈で返すと、見知らぬ男はそのまま去っていった。
「今の男、知っているか?」
「いえ、誰でしょうね」
「ギルバートの部屋の方から来たが、ギルドマスターってそう簡単に会える相手なのか?」
「そんな事はないはずですが…」
俺たちは困惑しながら、ギルバートの部屋の前に着いた。ノックをして「入っていい」と言われたので、部屋の中に入る。ギルバートは執務机ではなく応接用のソファーに座っていて、ローテーブルには飲み物が二人分置いてあった。
「会長。こんな早くに来客ですか?」
「そうだ」
「さっき見知らぬ男とすれ違ったが」
「ああ。リベルタの執行部の人間だよ」
「そんな人間がどうしてまた?」
「それがな――」
ギルバートが途端に顔をしかめる。そして彼が語ったのは、今回の一連の話だった。今朝早く、光明教会から夢見病が呪いの一種であると公表され、治療を希望する者は教会まで来るようにとの御触れが出たそうだ。そして、その事実が発覚したフェーロ商会のマッシモがもう逃げられないと観念して、関係者一同を巻き込み自ら倉庫に火を放って自殺をした、という事になったらしい。
「…隠蔽か」
「そういう事だな」
「世間が騒ぐ前に、誰かさんが手を回したという訳か」
「ああ。しかも証拠が無い以上、表向きには動けん」
ギルバートが立ち上がり、窓の方へと歩いていく。
「全くもって忌々しい限りだよ」
「真犯人たちはこれからも悠々と生活していくという訳か」
「そんな……」
隣ではエンリコがそう嘆くと絶句して、拳を握りしめている。そんな彼の肩を俺は叩いた。
「大丈夫さ。今夜には進展があるはずだ」
「進展?」
二人が一斉に俺の方を見てくる。なので俺は安心させるように敢えて笑顔でこう言った。
「呪いの大本の原因を調べていてな。その結果次第では話が進むだろうさ」
「あの魔法陣ですか?」
「ああ。せいぜい今は踏ん反り返っていればいい。必ず追い詰めてやる」
「そうか! それは良かった!」
「…ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いぞ」
「それでもです」
娘があんな目に遭ったエンリコは相当悔しく思っているだろう。ギルバートだってリベルタの上層部が真実の揉み消しを図っている事に怒り心頭の様子だ。少しはガス抜きをしてあげてもいい筈だ。
「それで、実際はどうだったんだ?」
「それなんだが――」
俺はギルバートに昨夜ロレンツォに言った事と同じ内容を説明した。やはり話を聞いている内に彼の表情が険しくなっていく。
「そうか…そんな事が」
「ああ。何が目的かは知らないが、間違い無くこの街の上層部まで関わっている」
「…儂も舐められたものだな!」
怒りのあまり、ギルバートが壁にドン! と拳を叩きつけた。
「こんな馬鹿げた事を企んだ奴を、必ず引きずり出してやる」
「そうですよ、ギルド長! 絶対に許せません!」
「危険な目にあった上ですまないが、まだ力を貸してくれるか?」
「当然だ。俺も奴らには借りがある」
「申し訳ありませんが、宜しくお願いします」
二人が真剣な表情で頭を下げてきたので、俺は気にするなと手を挙げて、冗談交じりに口を開く。
「その分、報酬を弾んでくれればいいさ」
「それは勿論です!」
「ああ。期待していてくれ」
「そんな事しか出来ないのが心苦しいのですが…」
「そうだな。他に何かないか? 出来る限りの事はしてやるぞ?」
二人がそう言うので、俺は少し黙って考える。エンリコには『忍術』を見られているし、この二人なら信用しても大丈夫だろう。それに商業ギルドの人間ならば鍛冶屋とも繋がりがある筈だ。ならば、”あれ”を加工してもらってもいいのかもしれない。そう思い、俺は[暗器]から、”竹光”と”酸毒蛇の牙”を取り出した。
それを見た二人の表情が驚きの色に染まる。
「……収納系のスキル持ちだったのか?」
「黙っていてすまない」
「いや、貴重なものですから無理もありません。それで?」
「ああ、この素材を使って、これと同じような物を作れないか?」
俺が二人に竹光と牙を渡すと、二人はまじまじとそれらを眺める。鞘から抜くと、刀身が木で出来ている事に驚いていた。
「これは…アシッド・ヴァイパーの牙ですね? それにこの剣は…」
「…俺の故郷にしかない珍しい武器でな。これが一番手に馴染んでいるんだが、ある事情で折れてしまって困っていた。それはあくまで代用品なんだ」
「ギルド長?」
「うむ。鍛冶屋に見せて作らせよう。これは見本として預かっていいんだな?」
「ああ。頼む」
二人が頷きあって俺の方を見てきたので、俺も頷き返す。これで刀が手に入るかもしれない。やはり剣より刀の方は性に合っている。今後の事を考えれば、一本でもいいから刀は手にいれておきたかった。
「ちなみに、この剣は何という武器なんですか?」
「ああ、”刀”と言う」
「カタナ…湾刀とも少し違いますね」
「そうだな。形が同じようなものに成ればそれでいい」
この世界に日本刀の作り方を知っている者はいないだろう。せめて、刀と鞘の形であれば、それ以上の文句は無い。昨日の一件も踏まえた上で、命を預ける以上少しでも手に馴染んだ得物が必要だと思ったのだ。
「わかった。早速手配しよう」
「すまないな」
「気にするな。むしろ儂らの方が世話になっておる」
「そうですよ! それこそ、こちらの本領発揮ですからね!」
「助かる」
そうして挨拶を交わして、俺は刀が手に入るかもしれないと期待を胸に商業ギルドを後にした。




