3-8 おっさん、脱出する
「この煙は…?」
「地下からか」
俺が”拉致”された時に監禁されていた地下に行く階段の方から煙が漂ってくると、やがて広間が何やら焦げ臭くなり始めた。
(火事…いや違うな)
さっきまで圧倒的に優位に立っていたマッシモが、自分の”工場”に火を付ける準備をする必要は無い。俺たちを始末してから、ゆっくりと証拠隠滅をすればいいからだ。ならば、火がついたのには別の要因がある筈だった。
(…”あの人”か)
昨日、俺を拉致した際にマッシモが助けを求めに行った存在がいる。となれば、昨日の話を聞いて巻き込まれる事を恐れた”あの人”とやらがマッシモごと証拠隠滅を図ってもおかしくはないだろう。
(どうする?)
火を消しに行ってもいいが、昨日居た手下の姿が見えない。俺が離れた隙に、エンリコたちが再び人質にされる危険性がある以上、その選択肢は選べない。だからといって、文字通り火事場に二人を連れていくのは論外だ。
「エンリコ、何が起きているか分からない。逃げるぞ」
「…この状況じゃ仕方ないですね」
「ああ、本人が確保出来ただけで良しとするさ」
「分かりました」
俺はそう判断をして、まずは生きている二人を纏めて一つに縛り上げた。そして二つの死体からも何か情報が得られるかもしれないと思い、『空蝉』で回収しようとしたその時――
――ドンッ!!
地下の方から爆発音が聞こえてきて、激しい火の手が上がった。更にもう一つ爆発が起きて、あっという間に倉庫の三分の一が炎に包まれた。
(火の回りが早い!)
「水遁」で火は消せるかもしれないが、爆発に巻き込まれたらどうしようもない。エンリコたちが居る以上、ここは二人の安全の確保を最優先にするしかなかった。
俺は二人の回収を即座に諦め、マッシモたちを抱えて走り出す。
「エンリコ! 急ぐぞ!!」
「はい!」
俺たちはエンリコを先頭に、倉庫の入口に向かって急いで走っていく。だが、その時、急に背筋がゾクッとした。
(――殺気!?)
上からシュッという音が聞こえ、俺の背中目掛けてナイフが投げられて来た。咄嗟に前に飛んでそれを躱すが、俺は手からマッシモたちを離してしまった。
(…しまった)
俺はすぐに上を見るが、誰の姿も見えない。相手はスキルか何かで隠れているのだろう。
三度目の爆発音が上がり、倉庫の半分以上が火で充満する。爆発の間隔は徐々に短くなってきている今、もはや二人を回収する時間は無かった。
「…ちっ」
「クヌートさん!」
「大丈夫か?」
「はい!」
「行くぞ!」
俺は舌打ちをひとつ残して、倉庫からの脱出を優先した。スキルで背後を警戒しながら、通路を駆け抜けていく。俺たちが倉庫から脱出してから直ぐに、四度目の爆発が起きて倉庫全体が火の海となった。
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「間一髪でしたね」
「ああ。また明日来る」
「はい。お願いします」
俺はエンリコをヴァレンティ商会まで送り届けてから、二人と別れた。幸い二人には火事での怪我は無かったが、おそらくあの状態ではマッシモたちは助からないだろう。事件の真相には近づいてきた筈なのに、犯人が消されてしまったのは頭が痛い。
(…ギルドに戻るか)
そう思っていたが、ふと見覚えのある後ろ姿が見えたので、俺は声をかけた。
「奇遇ですね。こんな所で」
「…ええ」
そこに居たのは、教会でニコラスに会わせてくれたシスターだった。彼女は両手に大きな買い物袋を抱えている。
「こんな時間に買い出しですか?」
「ええ。明日の炊き出しの材料が足りなくなってしまって」
「大変ですね」
「いえ。これもお勤めですので」
そう言うと、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。明日の準備がありますので」
「こちらこそ呼び止めてしまい、すみませんでした」
「いえ。それでは失礼します」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。貴方に神のご加護があらんことを」
シスターが教会の方向に立ち去っていくのを、俺は黙って見送った。
その後ろ姿からは微かに焦げた臭いがした。
(まさか…いや)
一瞬あの場にシスターが居たのかと頭に過ったが、それはさすがに考えすぎだろうか。焦げた臭いは気になるが、何の確信も無く彼女を問い詰める訳にもいかない。
(…さて、今度こそギルドに戻ろう)
預けた魔法陣の事もあるし、何よりヴェレーノが脱走した件もある。もう遅い時間ではあるが、これは早めに報告しておいた方がいいだろう。そう思い俺は冒険者ギルドへと急いだ。
ギルドの前まで着くと、中が何やら騒がしいように思える。俺が中に入ると――
「ああ、クヌートさん! 大変なんです!」
受付には外出していたレイラが戻って来ていた。ぱたぱたと急いで俺の元まで走ってくる。だが、俺の顔を見て殴られた痕に気が付いたのだろう。彼女は心配そうに声をかけてきた。
「え! その顔どうしたんですか?」
「ちょっとな」
「そうですか…その、ここでは出来ない話なので、奥に来てもらっていいですか?」
「構わないが、もしかしてヴェレーノの件か?」
「ご存じなんですか!?」
「丁度いい。この顔の件も含めてこちらからも報告がある」
俺の様子に、何処か不安なものを感じ取ったのだろう。レイラは「こちらです」と言って、俺を受付の奥へと連れていく。そのまま二階に上がり、ロレンツォの部屋の前まで来ると、ドアをノックした。
「レイラです。クヌートさんが来てくれました。例の件もご存じなようです」
「そうか。入れ」
「はい」
彼女がドアを開けて部屋の中に入ると、ロレンツォが疲れ切った顔で執務机の前に座っていた。
「大変そうだな」
「誰かさんのせいでな」
「…すまない」
「…いや、こちらこそすまん。ただの八つ当たりだ」
ロレンツォが俺たちをソファーに座るように促し、彼自身もまた俺たちの前に座る。一日中色々と歩き回っていたのだろうか、その動作からも余程疲れているのが見て取れた。
「それで、何があった?」
「ヴェレーノたちと戦った。…いや、殺した」
「どういう事だ?」
「実は――」
俺は、昼間の一件を最初からロレンツォに説明する。
教会に行き夢見病が呪いである事が判明した事。その帰りにマッシモがエンリコを誘拐した事。一人で来るように言われて倉庫にいった事。人質を救う為にやむを得なかった事。倉庫に謎の火の手が上がった事。襲撃を受けてマッシモたちを見捨てるしか無かった事――
――話を進めていく度に、ロレンツォの表情が険しくなっていく。
だがシスターの話は、俺の勘違いである可能性があるのでここではしていない。
「それなら不可抗力だ。問題は無い。ただ…」
「ただ? 何だ?」
「その、誰が倉庫に火を放ったのかが気になってな」
「例の”あの人”とやらじゃないのか?」
「そうなんだが……口封じとは言え、わざわざ脱獄させてまで始末するのは苦労と見合わない気がしてな。そのまま牢屋で始末する事も出来たはずだ」
「つまり、相手も一枚岩では無いと?」
「その可能性がある」
ロレンツォが眉間に出来た皺を指で揉み解しながら何やら考え始めたので、俺は隣に座っているレイラの方を向いた。
「それで、昼間にレイラがグイドと外出したのは、その件だったのか?」
「はい。ギルドの地下に身柄を拘束していたのですが、いつの間にか姿が見えなくなっていたと」
「見張りは?」
「当然ギルドの職員をつけていましたが…」
そこで彼女は言葉を切って、沈痛な面持ちとなった。
「…殺されていました」
「…そうか」
「はい」
「…大胆にもギルド内に侵入して、誰にも気付かれずに見張りを殺して、二人を脱獄させたのさ」
先程まで考え込んでいたロレンツォがレイラの言葉を継ぐ。
「だから、割りに合わないと言ったという訳だ」
「なるほど」
「しかも、一人は自分の息子だからな。何か別の理由がある気がしてならん」
白昼堂々と冒険者ギルドに潜入出来るだけの実力者がいて、そこまでしておきながら口封じで始末するのは、確かに割りに合わない。ロレンツォが悩むのも無理はないだろう。
「十中八九盗賊ギルドの仕業だろうが、証拠も証人も無い以上、何も出来ん」
「確か、この街ではヴェルディに逆らうなとか何とかヴェレーノたちが言っていたが」
俺がその名前を出すと、ロレンツォの表情が苦々しくなった。
「…それなんだが、リベルタの権力者とも裏で繋がっていて、動かぬ証拠が無ければ問い詰めるどころか、逆にこっちが追い詰められてしまう」
「…厄介だな」
「ああ。盗賊ギルドとしても、なまじ内部の、しかも幹部の人間だから手が出しにくいらしい」
いっそ実力行使と行ければ楽なんだが、と半分本気でロレンツォは言う。
「だからこそ、グレッグからの繋がりを証明したかったのだがな」
「マッシモもオンブラも死んだと」
「その通りだ。証拠も燃えたとなれば、これ以上はグレッグを追い詰めるのも難しくなる」
「呪い…魔法陣の件からはどうだ?」
「そのことなんだが――」
ロレンツォが途端にトーンダウンして言うには『鑑定』のスキル持ちに見せても、詳細は分からなかったらしく、街に居た呪術師に渡して解析中のようだ。
「呪術師?」
「といっても解呪が専門の奴だがな。冒険者の中にも呪われる奴はいるので、協力してもらっている」
「腕は確かなのか?」
「ああ。ただ…少し癖のある奴でな」
「癖?」
「…話が異様に長い」
ロレンツォが急に遠い目をした。
「そうか」
「しかも、細かい事を気にする奴でな」
「話すと疲れるタイプか」
「マスター?」
「…ノーコメントだ」
レイラがジト目で俺たちを見るので、俺は話を変える事にした。まぁ大事な証拠を渡すくらいだ。信頼はしているのだろう。
「…その人の安全は?」
「重要な証拠を渡したんだ。ちゃんとつけている」
「そうか」
今度はその呪術師が狙われるかもしれないと思ったが、どうやら杞憂だったみたいで俺はほっとした。
「明日の夜には解析の結果が出るだろう」
「となると、今日はここまでか」
「そうなるな。ゆっくり休め」
「お互いにな」
「はい。今日もお疲れ様でした」
俺はソファーから立ち上がって、挨拶をするとロレンツォの部屋を出ていこうとする。
「クヌートさん。気をつけて下さいね」
「ああ」
「怪我の手当、しておいて下さいね」
「分かってる。ありがとう」
レイラに見送られて、俺は執務室から出た後、まっすぐ宿に戻った。
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「遅かったね……喧嘩でもしたのかい、その顔?」
「そんなところだ」
「…ちょっと待ってな」
宿に戻ると、受付に居たロザが俺の顔を見て驚く。何やら引き出しをごそごそと探していると、小さな瓶を取り出した。
「傷薬だよ。その程度なら寝る前に塗れば一晩で治るさ」
「すまないな」
「いいのよ。その顔でうろうろされる方が迷惑だね」
「助かる」
そっぽを向いて言うロザに、俺は礼を言って、傷薬と鍵を受け取った。そして、夕食を食べて部屋に戻る。あまり食欲は無かったが、少しでも食べておいた方がいいと思ったからだ。顔に傷薬を塗ってベッドに潜り込むと、眠気はすぐに襲ってくる。
(…色々あったな)
改めて今日の出来事を思い出す。初めて人を手にかけたというのに、あまり動揺をしていないのは、『精神耐性』のおかげなのだろうかと疑問が浮かぶ。地球に居た時、事故で相手に竹光が当たってしまった際に、あれだけ動揺していた俺が何とも思わないのは、何か要因があるとしか思えない。だが――
(さすがに今日は疲れた)
――すぐに眠気に負けてその考えを手放した。




