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3-7 おっさん、怒る

「おやおや、クヌートさんではありませんか」


 何故かヴァレンティ商会にマッシモが居る。しかも、昨日俺にあれだけの事をしでかした割に、その態度は余裕そうだった。その態度を疑問に思いながらも、俺は努めて冷静に彼に問いかける。


「何故ここに?」

「ああ、店長たちが何かフェーロ商会で買い物をしていたらしく、馬車で商品を届けてくれたんですよ」

「ええ。そろそろルカちゃんの薬も必要になるかと思いましてねぇ。こうして運んできた訳ですよ」


 そう笑顔で嘯くマッシモだったが、俺には違和感しか無い。そうして奴は俺に近づいてくると、懐から手紙を取り出した。


「ああ、そういえばエンリコさんから貴方に手紙を預かっていたんですよ。後で読んで下さいね…ひとりで」


 最後の一言は、俺にだけしか聞こえないような小ささだった。そしてすれ違い様にその手紙を渡すと、マッシモはヴァレンティ商会から出て行ったので、俺は内心焦りながら店員の方を見る。


「…馬車には何が積んであったんだ?」

「あっちの店でしか買えない野菜や食料品とかでした。あとは、大量のルカちゃんの薬です」

「大量って、どれくらいだ?」

「一箱びっしりと。そんなにですかって聞いたら、品切れになりそうだから念のためにって買ったそうですよ」

「…そうか。また明日来るから、エンリコが戻ったら伝えておいてくれ」

「分かりました!」


 俺はそう言い残して店を出ると、すぐに路地に入って手紙を開いた。するとそこには――


『今宵、八の鐘に、あの倉庫にお一人で来てください。

 勿論、誰にも言わないでくださいね。どうなっても知りませんよ

 そうそう、お土産がありますので、荷物は少な目でお願いしますね』


 ――そう書かれていた。

 俺は怒りのあまりに手紙を握り潰してしまうが、クシャっという音を聞いて、少しだけ我に返った。


(ふざけた真似を)


 主語は抜けているが、明らかにエンリコたちの事だろう。マッシモが二人を攫い、善意を装ってわざわざ馬車だけ返しに来たのだ。こうして、俺が二人を探し回っている事も見越して。そして最後の一文は、丸腰で来いという意味に違いない。


(今は…六時か)


 中央広場の時計塔は六の鐘を指していた。ここからでもあの巨大な時計は確認出来る。指定された時刻まで後二時間、それまでにどうするか決めなければならない。


(いや…無理か)


 誰にも言うなとわざわざ警告をしてきたという事は、俺の動きを見張っている存在がいる筈だ。この街中では人が多すぎて、誰が見張りなのかスキルを使っても判別出来ない。つまり、何処か別の場所には行けないという事だ。


(隠密なら…いや、駄目だ)


 気配を消しても見失ったと報告されれば、それはそれで二人に危害が加わる可能性がある。特にルカが人質に取られている以上、余計なリスクを負う訳にはいかない。


(なら、時間より先に突入するか?)


 倉庫に向かうだけなら見逃してくれるだろうが、やはり突入した時点で、二人の身が危険になるだろう。となれば指示通りに行動しなければならないという事だった。


(…絶対に許さん)


 自分の私利私欲の為に呪いをばら撒いた挙句、人質を取って脅迫までして来るような相手に、俺はこの世界に来て初めて、激しい怒りを覚えていた。


--- 


 ――そして、八時になった。


 俺は指定された通り、倉庫の入口でわざわざいつもの剣と背負い袋を置いて中に入っていく。倉庫の中は明かりが消されていて薄暗い。コツコツと足音を立ててあの広間まで辿り着くとそこには――


「……!!!!」


 必死に首を振るエンリコが柱に縛られて居た。口には猿ぐつわがされていて、唸る事しか出来ない彼は、何度も何度も首を振っている。

 俺が足を止めると、背後から突然殺気が生まれた。俺に向かって振り降ろされた剣を横に飛んで躱す。


「ちっ! 避けるんじゃねぇ」


 振り返ると、そこに居たのは――


「ヴェレーノ、か」

「へへ。そうだ。ヴェレーノ様だよ」

「俺も居るぜ」


 今度は広間の奥の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。ヴェレーノを警戒しながら、視線をチラリと送ると、オンブラがナイフをルカの首に当てていた。


「…何故ここにいる?」

「オヤジがな、俺たちを解放してくれたんだよ」

「そうそう。この街でヴェルディさんに逆らうなんて無理なのさ」


 そう言って下卑た笑い声を上げる二人。奴らはルーチェの件から何も反省していないようだ。

 オンブラの元に居るルカは腕を縛られており、更に猿ぐつわまでされている。突きつけられたナイフを見て震えながら、その顔は真っ青になっていた。


「……それで、何をしている?」

「決まってるだろ! お前に復讐しに来たんだよ」

「そうだそうだ。俺たちをあんな目に遭わせやがって」 

「そうですよ。おかげで私までこんな手段を取らざるを得なくなりました」


 ――そして最後に、マッシモが悠々とルチアーノと共に姿を現した。マッシモはそのままエンリコの元に行き、彼の首にナイフを突きつける。

 

「ああ、勿論抵抗はしないで下さいね? じゃないと、可愛いルカちゃんがどうなっても知りませんから」

「…外道が」

「なんとでもどうぞ。あなたさえ居なければ問題ありません。新人冒険者の一人や二人、消えたところで私たちにはどうとでできますから」

「なぁ、さっさとやらせろ!」

「そうだぜ。もう我慢できねぇよ!」

「いいでしょう。思う存分にどうぞ」


 マッシモが愉悦に浸りながら許可を出すと、オンブラはルチアーノと交代して俺の元へ来た。そしてヴェレーノが俺を殴り飛ばして床に転がすと、二人が俺の身体に殴る蹴るの暴行を始めた。


「おらぁ!」

「ははっ! いい気味だぜ!」


 痛みはあるが、『ステータス』のおかげで耐えられない程ではない――


(…だが、どうする)


 俺は二人に殴られ続けながら、次の手を考えていた。エンリコとルカの場所が離れている以上、同時に助ける事は出来ない。床に転がされて、腹に何度も蹴りを入れられながらも、俺は必死に考えつづけていた。


(俺が二人居れば…二人?)


 忍者といえば有名なのは『分身の術』だろう。もしかしたら『忍術』で分身出来ないかと必死に想像するが、『分身』が発動する気配は無い。さすがに分身は無理なようだ。その間にも暴行は続いている。


「…はぁはぁ、くそっ! 意外にタフだな」

「なぁ、もう殺しちまおうぜ」

「もうやめてー!!!」


 二人が俺への暴行を諦めかけたその時、真っ青な顔をしたルカが叫び声を上げた。


「おじちゃんがしんじゃう!!」

「うるせぇ!」


 オンブラがルカの元へ走っていき、そのまま頬を殴りつける。

 ルカは殴り飛ばされ、床に転がされた。その小さな唇が切れて、血が滲んでいる。


「あ、あ…」


 ――ルカが震えているのを見て、俺の中で”何か”が切れた。


「なぁ、このうるさいチビからやっちまおうぜ!」

「そうだな。いいだろ?」

「まぁ、どうせ全員死んでもらいますからね」


 マッシモが笑いながら許可を出すと、二人は奇声を上げる。


「ひゃははは! そうこなくちゃな」

「い、いや」

「へへ。恨むなら、あのおっさんを恨むんだな」


 ルカが床にうずくまって身体を丸めようとした。

 そんなルカ目掛けてにオンブラがナイフを振り下ろそうとするのを見て――


(間に合わない!)


 ――俺は人指し指をオンブラに突き付けた。


「雷遁」


 ――ジュッ。


 俺の指から一条の細い雷が放たれて、奴の胸を貫く。胸の真ん中が黒く焦げ、奴はそのまま床に崩れ落ちた。広間に肉の焦げる臭いが漂い始める。


「――は?」


 その光景を見ていた全員が、呆気に取られた。驚きのあまりマッシモが腕を降ろし、エンリコのナイフが首から外れる。唯一ルカだけは目を閉じていてその惨劇を見ていない。


「死――」

「止めろ」


 我に返ったルチアーノがルカに剣を振り下ろそうとしたので、俺は起き上がり様に「雷遁」を叩きこみ、ルカの元に全力で向かう。

 ルチアーノがオンブラ同様崩れ落ちていくのと同時に、ルカの元に辿り着きに上着をかけた。


「待ってろ」


 ルカに声をかけて、俺はまだ呆然としているマッシモを指を突き付ける。すると、今までの光景を思い出したマッシモはナイフを捨てて逃げようとした。


「た、助けてくれ」


 だが、腰が抜けてしまい、マッシモは床に尻もちをついた。俺が近づいていくと、口はパクパクさせているが、声は出せないようだ。

 俺はそんなマッシモの胸倉を掴んで、腹を殴って気絶させた。


「お前には聞きたい事が山程ある」


 そして、ヴェレーノはといえば、這う這うの体で広場から逃げ出そうとしていたので、俺はゆっくりと奴に近づいていく。


「何処に行く」

「お、俺は悪くねぇ…俺は悪くねぇ…」

「黙れ」


 ヴェレーノの首筋に手刀を入れて気絶させると、俺はエンリコの元に戻って縄を解いた。


「すまなかった」

「…いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました…大丈夫ですか?」

「ああ」

「でも、何処か辛そうな顔をしていますよ?」

「それは……自分の不甲斐なさを実感してな」

「そうですか…」


 エンリコはそれ以上は何も言わず、ルカの元に急いで向かった。


(…気を使わせたか)


 自分の不甲斐なさを感じているのは事実だった。初めて人を殺した事による動揺も無いとはいえないが、それ以上にルーチェの時に俺が決断していれば、こんな事態にならなかった可能性があるからだ。


(俺のせいだ…)


 今回は、もう少しでルカが死ぬところだった。最初から殺す覚悟を持って『忍術』を使っていれば、ルカがあんな怖い目に遭う事は無かった。


(…もう迷わない)


 この世界で生きるという事を痛感した俺は、今度こそ覚悟を決めた。


---


「それで、教会からの帰りに何があった?」

「実は――」


 エンリコがルカの元に着いた時、殺されそうになった恐怖のあまりか、ルカは気を失っていた。

 マッシモとヴェレーノを縛り上げながら、俺がエンリコにそう尋ねると、言いにくそうに彼が答える。

 

 ――どうやら、報告の為に商業ギルドに寄ろうとした途中で、マッシモから声をかけられたそうだ。夢見病について大事な話があると言われて、少しでも俺の手助けをしようと馬車の中で話を聞こうとした。だが、突然眠気が襲ってきて、気が付けばここで縛られていたとの事だった。


「すみません。油断しました」

「無事だったのならいいさ」

「また助けられてしまいましたね」

「これが仕事だからな、気にするな」

 

 申し訳なさそうに肩を落とすエンリコのその肩を叩く。

 彼はしばらく何やら考えていたが、聞き辛そうに口を開いた。


「…さっきの雷は?」

「…企業秘密だ」

「そうですか…」


 そこで一旦エンリコは言葉を止めたが、俺の目を真っ直ぐ見つめて話を続けた。


「…人前でで使う時にはなるべく”詠唱”をして下さい」

「…どういう事だ?」

「昼間、ニコラス司祭がこの子の呪いを解いた時、詠唱していたのは覚えていますか?」

「ああ」

「基本的には、無詠唱のスキルは無いとされています」

「そうなのか?」

「ええ。勿論全てのスキルが判明している訳ではないので、実際には存在するかもしれません」

「……」


 俺は、真剣に話すエンリコの忠告を受けて、黙りこんでしまった。こんなところでも”この世界”の常識の無さが問題になるとは思っていなかったからだ。


「スキルとは”神の加護”とされています。光明教会に知られた場合、異端として追われるかもしれません」

「…そうか」

「勿論、私たちは誰にも言いませんが、この件でマッシモたちが騒ぐと厄介かもしれませんね」

「忠告、感謝する」

「いえ。何度も助けられていますから」


 教会が召喚した”勇者”だから、おそらく俺の場合は異端の件は問題は無いだろうが、俺の居場所が発覚する事の方が重要な問題だった。もし騒ぎになるようなら、その前にリベルタから離れた方が良いかもしれない。


 ――そんな事を考えていると、何やら倉庫の下の階から、煙が漂ってきた。


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