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3-6 おっさん、呪いの相談をする

「何やら呪いについてのご相談だとか?」


 ニコラスがそう言って、俺たちをじっと見つめてくる。その瞳には、何処か同情の色が混ざっているのが見えた。


「ああ。実はこの子が呪われているかもしれなくてな。それだけでも診てあげてほしいんだが」

「ギルバート様からの手紙にも書いてありましたが…それで、原因をお聞きしても?」

「原因は分からない。だが会話中に突然ぼーっとするようになってな」

「それはそれは」

「医者に見せても何の病気か分からないと言われてな。出来る限り調べてもらおうと思い、伝手を頼ってここに来た」

「そうですか……」


 俺がそう説明すると、ニコラス司祭は黙ってしまい何やら考え込んでいるので、俺たちは黙って彼の言葉を待った。


「それはお辛いですね。私の力が及ぶかは分かりませんが、調べてみましょう」

「頼む」

「それでは、お嬢さん。こちらに来ていただきますか?」

「うん!」


 とてとてとニコラスの元に歩いていくルカを俺は警戒しながら見送った。


(…果たして教会は信用出来るのか?)


 どうしても枢機卿の悪い印象がある以上、俺には手放しで光明教会を信用する事は出来なかった。上層部だけなのか、それとも幹部だけなのかは分からないが、こんな状況でもついつい警戒してしまう。


「それでは参りますよ。

『命の精霊よ 真実を映す鏡よ 彼の身に宿る異変を示し給え』

 看破(ディテクト)」  


 ニコラスがそう言って両手を合わせて祈りを捧げると、ルカの身体から赤黒い光が放たれた。


「こ、これは…」

「ニコラス様! ルカはどういう状態なんですか?」


 その衝撃的な光景に、今まで黙って俺に任せていたエンリコが焦ってニコラスに詰め寄る。俺はそれを後ろから見守っていた。


「落ち着いて下さい。…彼女は何かの呪いに掛かっています」

「…まさか。本当に…」

「ええ、誠に残念ながら」

「貴方の言う通りでしたね、ええと…」

 

 ニコラスがそこで困ったように俺を見た。そういえば、手紙に何て書いてあったか分からないし、名乗ってもいない事を思い出す。


「俺はクヌートだ。手紙には何と?」

「ただ、ギルバート様の知り合いが呪いで困っているから相談に乗って欲しいとだけ書かれていました。…クヌートさんは、呪い等にもお詳しいのですか?」

「これでも一応冒険者だからな。前にたまたま本で似たような話を読んだ事があって、藁をも縋る思いでここに来た」

「なるほど。その慧眼、感服致します」

「お世辞はいい。それで、解呪は出来るか?」

「ええ。試してみましょう」


 再度、ニコラスが両手を合わせる。そして――


「『命の精霊よ 神の巫女よ 彼の者の呪縛を解き給え』

 解呪(リムーブ・カース)


 彼が祈りを捧げると、ルカの身体が白い光に包まれた。そして、先程と同じ色の赤黒い光がルカの身体から霧散していき、やがて消えていく。


「…ふう。成功しました」

「おお…本当に、本当にありがとうございます!」


 安堵のため息を吐いたニコラスに、エンリコは涙を流しながら彼の両手を掴んで何度も何度も頭を下げている。


「どう致しまして。呪いが解けて本当に良かったです」

「う、う……本当に、このご恩をどうお返しすればいいのか」

「いいえ。全てはクレアトル様のお導きです」

「良かったな、ルカ?」

「ルカのびょうきなおったの?」

「あぁ。そうだよ、ルカ」


 嬉し涙を流したままのエンリコがニコラスの手を放して、ルカの身体をぎゅっと抱きしめる。


「パパ、いたいよー」

「ごめんごめん」

 

 慌ててルカからエンリコが腕を離して、今度は優しくその頭を撫でた。


「えへへ」


 ルカは状況がよく分かっていなさそうだが、父親に頭を撫でられて嬉しそうに笑っていた。

 その様子を笑顔で見ていたニコラスだったが、ふいに俺に視線を移すとその表情が真剣なものに変わる。


「しかし…ご病気ですか?」

「ああ。夢見病の事は知っているか?」

「ええ。その事で祈りを捧げに来る方もいらっしゃいますが、まさか…」

「そうだ。ルカは夢見病だった」

「という事は…」


 そこでニコラスは言葉を切って、エンリコとルカの方を見る。彼の真剣な表情を見て、何かを察したのだろう。俺もエンリコに視線を送ると、彼は黙って頷く。そして、鞄から封筒を取り出して、ニコラスに渡した。


「少ないですが、こちらをお受け取り下さい」

「感謝致します。皆様にクレアトル様のご加護があらんことを」

「あらんことをー」


 ニコラスがそれを受け取り、二人に祈りを捧げると、ルカが真似をして笑い声が上がった。


「それでは失礼致します」

「クヌートおじちゃんは?」

「俺はもう少し話があるから、またな」

「うん」

「それでは、お気をつけてお帰り下さい」


 ニコラスがドアの外に声を掛けるとドアが開き、その場で待機していたシスターがエンリコたちを案内していった。二人を見送って、俺は改めてニコラスと向き合う。


「すまないな」

「いえ。子供の前でする話ではありませんから」

「感謝する」

「それで、先程のお話ですが…事実なのですね?」

「ああ。俺は魔法には詳しくないが、あなたの魔法が間違っていなければ、夢見病は呪いという事になる」

「そんな…一体誰が……」


 衝撃の事実を知ったニコラスが愕然としてしまい、下を向いてしまう。だが、彼はすぐに頭を振って顔を上げた。なので、俺はそのまま話を続ける事にした。


「それの調査が俺の仕事なのだが、呪いについて知っている事があれば教えてくれないか?」

「私も詳しくはないのですが、呪いには二種類あって相手に直接魔法をかけるものと、呪いのかかった物体を使うものがあるとしか…」

「呪いのかかった物体?」

「ええ。呪具(じゅぐ)と呼ばれています」

「それで、どう相手を呪うんだ?」

「気が付かずに相手に触れさせるのが一般的ですね。そうやって呪われた方がこちらに相談にいらっしゃる事があります」

「なるほどな」

「呪いについて、私に分かる事はこれくらいでしょうか」

「助かった」

「いえ…それで、この件はどうなさるおつもりですか?」

「出来ればあなたの口から公表してほしいが、それは可能か?」

「それは構いませんが…」


 そこで、一度何やら言い辛そうにニコラスは黙ってしまった。そして彼の目が細くなると、意を決した彼が再び口を開く。


「…そうなると貴方の功績では無くなってしまう可能性があります」

「どういう事だ?」

「夢見病の正体を発見したのは教会だという事になるでしょう」

「…構わない。事態の収束が先だ」

「……時間が無い、という事ですね?」

「察してくれて助かる」


 どうやら、ずっと気を張っていたらしく、気が付けばお互いに厳しい視線をぶつけていたが、ここでふっとニコラスの視線が緩んだ。それを見た俺も少し緊張を解く。


「どうですか? クヌートさんも光明教会に入りませんか?」

「どうした突然?」

「いえ。あなたの献身的な行いは、クレアトル様もきっとお喜びになるかと思いまして」

「残念ながら、やる事があってな」

「そうですか。残念ですね」


 別に本気でそう思っている訳ではないのだろう。そう惚けるニコラスの口調からは、人を勧誘する熱意が感じられなかった。


「では、そろそろ失礼させてもらう」

「ええ。この度は貴重な情報をお知らせいただき、ありがとうございました」

「いや、むしろこれから患者の世話で大変になるが…」

「そうですね。ですが、それもまた神の試練なのでしょう」

「…かもしれないな」


 そしてニコラス自ら部屋のドアを開けてくれたので、俺は外に出て振り返る。


「こちらこそ、助かった。後の事は頼む」

「ええ、任されました。貴方にも神のご加護がありますように」

「ありがとう」

「…それでは、お気をつけて」


 俺はニコラスに別れを告げて、教会から出ていった。

 彼は終始にこやかな態度だったが、最後の言葉にだけ何処か違和感を感じた。


---


「まだ戻っていない?」

「はい。てっきりご一緒なのかと思いましたが…」

「いや、先に教会から帰ってもらったんだ」

「そうですか…でも店長の事だから、何か気になるものでも見つけたのでも知れないですね」

「…そうだな」


 俺は教会を出た後、エンリコに今後の事を相談する為、真っ直ぐにヴァレンティ商会に帰ってきた。だが、先に帰ったはずのエンリコとルカの姿はそこには無かったのだ。

 何処か胸騒ぎがする俺は、今度は商業ギルドにも顔を出したが、そこにも来ていないという。


(何処にいった?)


 本当に店員の言う通りに、ルカと買い物をしているなら構わない。だが、どんどん嫌な予感が強くなっている俺は、二人の姿を探して街を彷徨う。しかし、エンリコたちは何処にも見つからない。


(…一体どういう事だ?)


 焦る気持ちを抑えて、今度は駄目で元々で冒険者ギルドに顔を出す事にした。その前に中央広場の露店を当たってみたが、やはり二人の姿は無い。

 俺がギルドの重い扉を開けて中に入ると、珍しく受付にレイラが居なかった。


「あれ? クヌートさん、どうしましたか?」

「ジャネット、ここにエンリコが来なかったか?」

「いえ。来ていませんけど…」

「そうか。ところでレイラは?」

「先輩はなんかトラブルがあったとかで、グイドさんと一緒に急いで何処かに行きました」

「そうなのか。それは珍しいな」


 あの二人が仕事中に一緒に出掛けるのは、少なくとも俺が冒険者になってから初めての事だった。もしかしたら、例の呪いの魔法陣の件で、何か分かったのかもしれない。


「ロレンツォは居るか?」

「マスターも、朝から姿を見ていないです」

「そうか。居ないか…」

「すみません」

「いや、ジャネットのせいじゃない」


 思わず漏れた言葉を聞いて、ジャネットがシュンとしてしまったので、俺は慌てて彼女を慰める。

 

「…冗談ですよ?」

「……レイラに似てきたな」

「本当ですか!? うれしいですぅ!!」


 レイラの事は心から尊敬しているのだろう。今度は満面の笑みになった彼女に俺は別れを告げて、再びエンリコたちを探す為にギルドを後にする。

 今度こそ戻っているかもしれないと思い再度ヴァレンティ商会に行くと、そこには教会に行く時に使った馬車が戻ってきていた。


(…杞憂だったか)


 結局店員の言う通り、ルカと買い物をして色々と見て回っていたのだろう。そう安堵しながら店に入ると――


「おやおや、クヌートさんではありませんか」


 ――そこには、何故かマッシモが居た。



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