3-5 おっさん、手掛かりを共有する
「――そうですか。そんなことが…」
「…マッシモの奴め」
翌日、俺はエンリコと共にギルバートに会いに来て、ロレンツォに説明した内容を二人とも共有した。
「今、ギルドでその魔法陣を調べてもらっているところだ」
「そうか、仕事が早いな」
「だが、マッシモに拉致された、といっても俺の証言だけでは弱い」
「そうですね…きっとマッシモは認めないでしょう」
「ギルバート。奴が言っていた”あの人”に心当たりは無いか?」
「ううむ……そんな事が出来そうなのは盗賊ギルドの連中しか思い浮かばないが、誰とまではな」
「そうか…」
ギルバートは窓のところに歩いていくと、何やら考えながら外の景色を眺め始める。
「しかし、夢見病か。上手い事を言ったものだな」
「会長。関心している場合では…」
「冗談だ。だが、夢見病を調べているだけのクヌートが襲われたという事は、やはり裏があるな」
「しかも、知られてはいけないことだと?」
「ああ。俺もそう思う」
ここで俺は昨晩、宿に帰った後に考えていた案を二人に話してみる事にした。
「なぁ。”呪い”について詳しい人物を知らないか?」
「呪いだと?」
「ああ。街の医者から話を聞いたが、毒かと思って解毒魔法をかけたが効果が無かったと」
「…それで?」
「昨日、魔法陣を見て思ったんだが、もしかしたら呪いの一種なんじゃないかと思ってな」
「呪い…」
「ルカの症状、話している最中にいきなりぼーっとするなんてどう考えてもおかしいだろう?」
そこまで言うと、エンリコが何やら考え始めた。きっと娘の姿を思い出しているのだろう。
「確かに。病気だとしても、ずっと症状が出ている訳ではないというのは変ですね」
「ああ。そしてフェーロ商会の薬を飲めば、症状が治まる。だが、完治はしないとなると」
「薬そのものが原因だと?」
「ああ。それに、前に読んだ呪いについて書かれた本に、似たような話があったんだ」
「…それで、呪いか」
「ああ。あくまで憶測だがな」
そう。『看破』で得た情報を、どう伝えるかを考えていた。疑惑が生まれれば、駄目で元々でも動く動機になると思ったのだ。
「ううむ…呪いとなれば、一番詳しいのはやはり光明教会の司祭たちだろう」
「伝手はあるか?」
「そこまでの深い付き合いでは無いが、一応商業ギルドとの関わりはあるからな。紹介状くらいは書ける」
「頼む。…エンリコ」
「ええ。…ルカを連れていくんでしょう?」
「ああ。もしかしたら空振りに終わるかもしれないが」
「構いません。それより手がかりが掴めたという方が嬉しいです」
そしてエンリコが立ち上がって、俺に頭を下げる。
「クヌートさん。ありがとうございます」
「礼にはまだ早いぞ」
「それでも、です。ルカを連れてきますので、ここでお待ちください」
「その間に、教会への紹介状を用意しておこう」
「お願いします」
エンリコがいそいそ会長室を去っていき、ギルバートと二人になった俺は、紹介状を用意している彼にもう一度話を聞いてみる事にした。
「ギルバート。盗賊ギルドとは何処まで付き合いがある?」
「表向きだけだが、それがどうした」
「最近、羽振りのいい奴は知らないか?」
「羽振り?」
「ああ。一連の件に関係しているとすれば、かなり稼いでいると思ってな」
「奴らの裏側までは把握出来ておらんぞ?」
「それでもだ。表向きにも何か変化がありそうだと思っただけだ」
「ううむ…すまんが、心当たりはないな」
「そうか」
ギルバートがそこで一度、筆を置いた。そして、真正面からじっと俺を見る。
「金については分からないが、幹部のヴェルディが何やら騒いでいるという話は聞いたな?」
「オンブラの父親か」
「ああ。息子が捕まって腹を立てているらしい」
「…そうか」
「気を付けろよ」
「分かっている」
そうして彼は一枚の手紙を書き終えると、それを俺に渡して来た。ギルバートも、ヴェレーノの一件を知っているのだろう。その目は、俺を心配そうに見ていた。
「では、ルカに宜しくな」
「ああ。下で合流するよ」
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「クヌートおじちゃん!」
「ルカ、元気か?」
「うん! きょうはパパとおでかけなんだよ!」
「そうか、良かったな」
「うん!!」
商業ギルドの前で待っていると、しばらくしてエンリコが自ら御者をして、馬車でルカを連れてきた。
エンリコの隣に座っているルカは、父親と一緒に居られて嬉しそうだ。
「おじちゃんもくるの?」
「ああ。駄目か?」
「ううん。いいよ! あのね、きょうかいにいくんだって」
「そうか。楽しみだな」
「うん!!」
「…では、行きましょう」
「ああ、頼む」
エンリコが馬車を出発させて、俺たちは教会へと向かう。折角の親子水入らずの邪魔をしてはいけないと、俺は馬車の中に入ろうとしたが、ルカにせがまれて御者台に座っている。そこで道中、彼女を挟んで座っている俺たちは、他愛のない話をずっとしていた。
「クヌートおじちゃんはかぞくはいないの?」
「そうだな。今は居ないな」
「そうなの?」
「ああ、遠いところに行ったんだ」
「じゃあ、わたしがおじちゃんのともだちになってあげる!」
「本当か?」
「うん!」
すると突然ルカの瞳から光が無くなり、御者台から落ちそうになったので、俺は慌ててルカを抱き寄せる。隣ではさっきまでにこやかに俺たちの会話を聞いていたエンリコの表情が真っ青になっていた。
「ルカ!」
「え? なにかあった?」
「大丈夫だ」
「クヌートおじちゃん? れでぃのからだにかるがるしくさわっちゃだめなんだよ」
「ごめんな? 落ちるかと勘違いしたんだ」
「ううん。ともだちだからゆるしてあげる」
「ありがとな」
「うん!」
それからは特に何事も無く、光明教会まで俺たちを乗せた馬車は辿り着く。聖堂地区と呼ばれるこの地域には、教会に足を運ぶ人間で賑わっていた。リベルタの教会は白い石造り小さな建物で、天井はアーチ状になっていた。正面にはステンドグラスのような窓ガラスがあり、何やら女神のような女性が描かれている。
俺たちは教会の裏手に馬車を止めると、入口まで戻って中に入っていった。
「何か教会に御用でしょうか?」
入口には白い僧服をシスターが立っていて俺たちに話しかけてきたので、ギルバートからの紹介状を取り出すと、俺は彼女にそれを渡した。
「商業ギルドのギルバートの使いなんだ」
「ギルバート様のですか?」
「ああ。この教会の一番偉い人に渡してくれないか?」
「かしこまりました」
シスターが手紙を持っていそいそと奥に去っていくのを見送る。その隣ではルカがエンリコと楽しそうに話していた。
「ねぇねぇ。きょうかいってきれいだね」
「そうだな」
「うん。ぴかぴかしてる」
「ピカピカ?」
「うん、あそこ」
教会の正面の壁には、天井のドームまで届きそうな金色の女神像が立っていた。そういえば初めて見るが、あれが創成神の姿なんだろうか。
(…しかし、金色か)
この街の女神像が特別なのか、それとも教会にそういう決まりがあるのかは、今の俺には分からない。そこで俺は、女神像を調べてみる事にした。
『慧眼』
そう、あの時、魂蝕薬の正体を見抜いた時、俺の看破は『慧眼』に進化していたのだ。
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クヌート(タケシ・クヌギ)
42歳 男
ジョブ:剣士(侍)
レベル:7(7)
力:80 (420+60)
技:90 (420+60)
速:90 (420+60)
体:80 (420+60)
魔:70 (420+60)
抗:70 (420+60)
運:70 (420+60)
スキル
剣技5、危険感知5
(剣術5、抜刀術2、忍術5、投擲術3、格闘術3、偽装8、隠密6、慧眼1 ↑、危機察知2、毒耐性7、精神耐性8)
称号
なし
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)
(忍術)
[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵][風遁][空蝉][縄抜け]↑[開錠]↑
[暗器]:木刀(大)、木刀(小)、酸毒蛇の牙
[空蝉]無し
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『慧眼』のスキルにより新たに判明したのは、まずスキルにはレベルがあって10まで上がると次のスキルの進化する。看破では見られなかったが『慧眼』になった事で確認出来るようになった。
そして、”薬”を見た時のように、看破よりも詳しい情報が得られるようになっていた。おそらくレベルが上がれば、更に詳細を知る事が出来るのだろう。ちなみに、目の前の女神像はこうだった。
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金の女神像
光明教会に伝わる聖書に描かれた創成神ルミナス・クレイトルの姿を模した女神像。全て金で作られており、その価値は高い。
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(本当に金製だとは…)
教会というのは清貧な印象があるが、果たしてこの世界ではどうなのだろうか。教会の内部を見回しても他には特に気になるものは無く、象徴でもある女神像だけが特別なのかもしれない。
「確かにピカピカだな」
「でしょ」
ルカが得意そうに胸を張ったので、その頭を撫でてやると、ルカは嬉しそうに笑った。
「えへへ」
「楽しそうだな」
「うん! パパと一緒だから」
そうしてルカが、エンリコを質問攻めにしているのを俺は黙って見ていると――
「お待たせいたしました」
先程のシスターが入口のホールに戻ってきた。そして彼女は恭しく頭を下げた。
「クヌート様、エンリコ様。司祭がお会いになるそうです」
「急な話なのにすまない」
「いえ。それではこちらに」
シスターの案内されて、俺たちは教会の奥へと進んでいく。女神像の側を通り抜けて扉を潜ると、そこには更に奥に続く廊下になっていた。そこは王宮の廊下とは違い、まさに清貧の言葉通りで特に豪華なものなど置いてはいない。
(考えすぎか…)
俺たちはそのまま一番奥の部屋まで案内され、彼女はそのドアをノックする。
「司祭様、お連れいたしました」
「どうぞ。中にお入りください」
中から優しそうな老人の男の返事が聞こえ、シスターはドアを開けて俺たちを部屋の中に案内する。
目の前に机には、にこやかに微笑む神父が座っていた。
「初めまして。私がここを任されております、ニコラスと申します」
そう言って彼は恭しく立ち上がり、胸に手を当てながら俺たちに頭を下げた。
「何やら呪いについてのご相談だとか?」
そして、俺たちをじっと見つめた。




