11-13 おっさん、決戦に赴く
「――そうですか。厳しい戦いになりそうですわね」
――俺の報告を聞いたアリシアが、憂いを帯びた表情でそうポツリと呟いた。
”空振り”で終わった潜入工作は、既に手遅れだったという最悪の結果を迎えてしまったのだ。おそらくはリベルタでの”失敗”を考慮した上での対策なのだろう。相手も馬鹿ではないようで、そうそう同じ轍は踏んではくれないらしい。
「それで、こちらの準備は?」
「万事つつがなく」
「そうか。ならば、やる事は一つしかないな」
「はい。数で劣る妾たちには、他に打つ手はないとリュメルからも言われております」
「少数精鋭による、敵将への電撃戦か。だが――」
「ええ。クヌギ様の報告を聞く限りでは、将を倒しても終わらない可能性があります」
「その場合は…やはり厳しくなるな」
「とはいえ、他に手段がないのもまた事実です」
「ああ。”覚悟”はしている」
――最後にはお互いに厳しい表情のままで、俺たちは別れることになった。
”薬”の影響がどれほどのものかは分からないが、今回は今までのような”なるべく殺さない”という甘い対応は出来ないだろう。お互い守るべきものがある以上、命懸けの戦いになるのは避けて通れそうになかった。
(本当に、何を考えている…)
”勇者”を使い捨てにしようとした事といい、今回の”薬”の一件といい、ハインリヒの作戦は純粋に勝利を求めているとはどうしても思えなかった。まるで敵味方構わず、一人でも多くの犠牲者を出す事が目的のような気がして、薄ら寒いものを感じる。
(…もしそうだとしたら、目的は何だ?)
だが、根本的な考え方が違うのだろう。今の俺にはいくら考えてもハインリヒがそうする理由は思いつかなかった。こんなやり方では、例え俺たちを全滅させたとしても、そのあとの国力は激しく落ちてしまう。まだ、アルカディアやフォレストハイムには兵力が残っている状況で、それはあまりにも悪手ではないだろうか。
(となれば、他に策があるのか…)
もし他に”兵力”を用意する準備があるというのなら、心情として納得はいかないまでも、策としては理解は出来る。だが、レオンハルトやグスタフという優秀な人材を失ってまで行うべきかと考えれば、やはり腑に落ちない。
(考えても無駄か…)
結局ハインリヒは、俺の常識外の存在だっていう事が分かっただけだった。だが、俺に出来ることは多くはない。結局は、相手の望むがまま決戦に赴くしか手はなかった。
(本当に、厄介だな)
理性のある狂人が厄介なのは”グレゴール”の時に散々思い知らされた。思考の読めない、まるで第二のグレゴールを相手にしているみたいに思えてしまい、思わず俺の身の毛がよだつ。
(まぁいい。やるしかない)
――俺は一人夜空を見上げたが、まるでこれからの未来を示しているように、暗雲に閉ざされていた。
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「全軍突撃ぃ!!」
「行けっ! 魔族どもを蹴散らせぇぇぇ!!」
「「「うおおおおおおおぉぉぉっ!!!」」」
――両軍の将の命令が戦場にこだまして、それに呼応するように兵たちが吼える。
武器と武器がぶつかり合い甲高い音を立て、鎧姿の兵士たちが走る度にガチャガチャという音が鳴り響く。
戦場のあちこちで怒号と悲鳴が上げられて、辺りはたちまち鉄の臭いが溢れ出す。
――誰かの「スキル」を使う声が響く度、戦場が朱く彩られていく。
(地獄絵図だな…)
俺は戦場を大きく迂回するように走りながら、こちらに向かってくる敵兵をまた一人斬り捨てた。その両隣には、当然のように隼人と蓮が抜き身の剣を手に並走している。
わざわざ戦場を迂回している俺たちが何処を目指しているかなんて敵からしたら明白で、次から次へと俺たちの元には敵兵が向かってくる。だが――
「死ねぇ!」
「はぁぁぁああっ!」
「行かさん!」
「ジャマだっ!!」
――隼人と蓮もまた、『スキル』を使うことなく、敵の騎士を鎧ごと一刀の元に切り伏せていた。
そう、俺たちは作戦通り、敵の本陣を目指していた。
少数精鋭で敵の本陣を真っ先に落とす。その為には時間をかけていられないし、敵も死に物狂いなので手加減する余裕はない。
そう出発前に二人に念を押し、それが嫌なら今回はついてこなくてもいいと覚悟を問いかけた。だが、二人ともすぐさま了承の意を示して力強く頷いたから、作戦通り連れてきたのだ。
とはいえ、”薬”の効果がどう出るのか分からない以上、あまり精鋭を連れていく訳にも行かない。なのでガルムやグランたちは守りに残して、俺たち三人だけで行く事になったのだ。
その後も散発的に向かってくる敵兵をなぎ倒しながら、俺たちは敵軍の本陣へ向かい突撃する。だが、そうして戦場を駆け抜けながらも、俺の頭には一つの疑問が湧いていた。
(…まだ意識があるな)
”薬”を飲んだはずの敵兵たちには、きちんと意思があった。そんな敵兵を”心眼”で見てみるが、まだ”状態異常”にはかかっていない。
だが、昨日の話では、既に薬の”効能”は身体中に巡っていてもおかしくない筈だ。それでもまだ意識を保っているという事は、”グレゴール”の時のように何か切欠があるのだろうか。
(ならば、”それ”を止めれば…)
それが出来れば、最悪の事態は防げるかもしれない。一瞬、そんな希望的観測が浮かぶが、俺はすぐにそんな甘い考えを捨てる。今回、ここまで用意周到なハインリヒが、そんな”隙”を見せるとは思えなかったからだ。
(今は、成すべき事を成すだけだ)
思考を巡らせつつも、身体は反射的に立ちはだかる敵兵を次々と斬り捨てている。その密度がだんだんと濃くなっているように思えた時、俺は少し離れたところにある集団を見つけた。俺は[物見]を使い、その集団の様子を探る。
(あれか!)
そこには、葦毛の馬に乗っているグスタフが居た。その隣にはひと際大きな黒馬に乗った一人の騎士が見える。
馬の同じ色の漆黒の鎧に身を包み、視界を制限される事を嫌ってか、素顔を晒していた。年の頃は俺と同じくらいか、ただその双眸には鋭い光が宿っている。その佇まいから一目で只者ではないと分かった。
その男、レオンハルトは黙って戦場を見つめている――
腰には立派な装飾の鞘が吊るされていた。得物は柄の長さからみて片手半剣だろう。盾はどこにも見当たらないので、状況によって使い分けるタイプに違いない。
――俺が[物見]でレオンハルトの様子を探っていると、彼と目が合った気がした。
(気付かれただと)
視点は迷うことなく、俺の眼を見据えている。まだ距離はある筈なのに、レオンハルトは間違いなく俺の視線を感じている、彼の纏う空気からそう確信出来た。
「おっさん!」
「功刀さん!」
「ああ、あそこだ」
そんな俺に違和感を覚えたのだろう、隼人と蓮が俺の視線の先を追い、二人とも集団に気が付いた。俺は二人に頷き返し、集団目がけて走る速度を上げる。
だが、そんな俺たちを取り囲むように敵兵が動いた――
(囲まれた、か)
――俺たちの行く手を遮るように、集団から矢と魔法の雨が降り注ぐ。
俺たちは足を止めざるを得ず、あっという間に俺たち三人は何重もの敵兵に取り囲まれてしまった。一触即発の緊張感が走る中、じりじりと敵兵たちが俺たちとの距離を詰めてくる。
――だが、そこに短く、でも、重厚感のある声が響いた。
「道を開けろ」
それが誰のものかは明白であり、ルーンベルグの兵たちは戸惑いの表情を浮かべる。だが困惑しながらもすぐに武器を下して左右に分かれて隊列を組んだ。
それは皮肉にも敵である俺たちを歓迎するかのようにも見えた。その列の行きつく先には二人の騎士が待ち構えている。
(何の真似だ)
視線の先、グスタフの表情を見る限り、俺たちを騙そうとしているようには見えなかった。昨日の朝の”話し合い”の時と同様の柔らかな瞳で、こちらを真っ直ぐに見ている。
それは隣にいるレオンハルトも同じだった。だが、レオンハルトが俺を見る目には、少しだけ興味の色が見え隠れするのは、俺と面識がないからだろうか。俺の実力を探っているようにも思える。
「功刀さん、どうしましょう?」
「折角のお招きだ。ご相伴に預かろうじゃないか」
「オイオイ、おっさん大丈夫かよ」
「何、あちらさんがその気なら、既に襲ってきてるさ」
それを示すかのように、俺たちが近づいていくと、レオンハルトとグスタフは馬から降りた。それからはお互いに無言で、距離だけが縮まっていく。
やがて、俺たちが二人の下に辿り着くと、グスタフが口を開いた。
「昨日ぶりだの」
「ああ。それで、一応聞くがどういうつもりだ?」
俺がそう問いかけると、グスタフは後は任せたと言わんばかりにレオンハルトの方を向く。レオンハルトはそんなグスタフを一瞥すると、俺の目を一度じっと見つめた。それから隼人と蓮に視線を移す。
「久しいな、カンザキ殿、サオトメ殿」
「おひさしぶりです。レオンハルト様」
「おうよ! レオンさんも元気、そうだな?」
「そうだな。委細問題ない」
隼人が”薬”のことを心配したのか、微妙な挨拶になってしまっている。だが、レオンハルトはそれを気にせずに隼人に挨拶を返した。
それからレオンハルトは、今度こそ俺に向き直り、真剣な目をして話しかけてくる。
「お初にお目にかかる。私はレオンハルト・フォン・アーデルハード。ルーンベルグの騎士団長を務めている」
「こちらこそ初めましてだな。逃げ出した元勇者の付き人、功刀だ」
丁寧な名乗りと共にレオンハルトが手を差し出したので、俺はその手をとって握手を交わす。すると、それまで涼しかったレオンハルトの瞳に、明らかな興味と驚きの色が浮かび上がる――
「これほどまでとはな…やはり私の――俺の判断は間違いないな」
――それまでの涼しい仮面を脱ぎ捨てて、レオンハルトが獰猛な瞳でそう笑いかける。
(なるほど。こっちが本性か)
普段はあえて自分を抑え、騎士団長として相応しい振る舞いをしているのだろう。おそらくこちらが、”個人”としてのレオンハルトに違いない。その証拠に隣にいるグスタフも、彼の変化に驚いた様子はなかった。
「のう? 行った通りじゃっただろう」
「そうだな。これならお前の言う通りにした方がよさそうだ」
そんな二人だけのやり取りに、今度は隼人と蓮が戸惑う番だった。訳が分からないといった感じで、ただ黙って話を聞いている。
すると、ふいにレオンハルトの俺の手を握る力が強くなった。だが俺は特に抵抗することなく、涼しく受け流す。そのままのレオンハルトにされるがまま、俺は彼に問いかけた。
「それで、状況を説明してくれるか? 何がなにやらさっぱりだ」
「そうだな。グスタフ、説明をしてくれ」
「やれやれ、年寄りは労わるもんじゃて…」
そこで皆の視線がグスタフに集まった。グスタフはそれを待って皆の顔を見回すと、飄々とした顔で話を続ける――
「結論から言うと、この場に並ぶ近衛騎士たちと、儂ら二人は薬を飲んでおらん」
「「ええっ!?」」
――それを聞いた隼人と蓮の驚きの声が、まるで場違いだといわんばかりに空しく響き渡った。




