11-14 おっさん、決断する
「それで、”薬”を飲まずに済んだ理由は何だ?」
俺は驚きのあまり目を丸くしている隼人と蓮に聞かせるように、グスタフに問いかけた。俺の言葉が聞こえたのか、二人もすぐにはっとしてグスタフをまじまじと見る。
そんな俺たちのやり取りをどこか楽しそうに見ながら、グスタフは俺の質問に答えた。
「そうじゃな。お主らと別れた後から話すことにするかのう――」
――それからグスタフが、自らが見てきたことを語った。
”会合”を終えた後、グスタフは隼人と蓮と話している内に、ハインリヒから珍しく大量のポーションが届くという事を思い出した。それは身体強化をする新しい薬だというが、そんなポーションがあるなんてグスタフは一度も聞いたことがなかったという。
その事を”会合”のせめてもの礼として二人に話した途端、蓮が用事を思い出したと急に立ち去ってしまった。その蓮の態度から、そのポーションは何か良くないものではないかと思い始めたのだという。
何か知っていそうな隼人に薬の事を聞こうとしたが、ハインリヒの使いだという黒いマントを纏った男が待ち構えていて、隼人を強引に追い払ってしまった。その男は自らを光明教会の司祭だと名乗り、そのまま馬車まで連れていかれたという。
後は、その男と特に話すこともなく、ルーンベルグ軍と合流するまでずっと馬車の中に居たので、他のことは何も聞いていない。そしてグスタフが野営地に到着した時には”薬”は既に届いていて、グスタフを降ろすと馬車は別の司祭を乗せて一目散に去ってしまった。
その時には既に兵士たちの大半は、薬を運んできた別の司祭の”指示”でとっくに飲み終えていたという。だが、たまたま哨戒に出ていたレオンハルト直属の部下たちだけはその場で飲まされるのを逃れる事が出来た。そして、レオンハルト自身もまた薬を怪しく思って、飲んだ後すぐに吐き出したそうだ。
それから、グスタフの話を聞いたレオンハルトは俺に興味を持ち、今この場を設けたとの事だ。当然、司祭の監視の目を逃れた近衛騎士たちには、薬は飲ませずに破棄させたという。
(確かに俺が見たことと一致するが…)
それでも、グスタフにはどうしても聞かなければならない事がある。俺は努めて冷静にグスタフに向かって話しかけた。
「俺はその”馬車”をつけていたんだが、あなたは何も思わなかったのか?」
「何も、とは? 確かに戦場で使うにはちと豪華じゃったがの」
「そうではなくて”馬”の話だ」
「馬じゃと? あれはなかなかの名馬のように思えたが、それがどうした」
(”あれ”を認識していないだと?)
脚が八本ある馬なんか、一度目にしたら忘れる訳がない。ましては普段から馬に触れている騎士が、その異形を見て何も思わない訳がないだろう。それなのに、グスタフの目には普通の馬に見えていたらしい。
――俺の表情が固くなったのを見たのだろう、グスタフが訝し気に俺に問いかけてきた。
「…お主の目には、何が見えておった?」
「脚が八本あった」
「「は?」」
目の前では俺の言葉を聞いたグスタフとレオンハルトが、思わずお互いの顔を見合わせていた。すぐに困惑の表情を浮かべながら、グスタフが話を続ける。
「今、なんと?」
「あの馬車を引いていたのは、脚が八本ある”魔物”だった。鑑定のスキルで確認したので間違いはない」
「何だと!?」
さすがにそれは想定外だったのか、レオンハルトが声を荒げる。それからグスタフの方を向くと、鋭い目をして彼に問いかける。
「グスタフ。お前の目が耄碌した訳ではないな?」
「ははは。さすがに坊ちゃんといえど、それはないですぞ」
「だから坊ちゃんはやめろ。…となれば、理由はひとつか」
「そうですな。儂とした事がうまく化かされたものです」
「信じるのか?」
「この状況で、クヌギ殿が嘘をつく理由がないからのう」
事もなさげにそんな気やすい会話をする二人の間には、相当の信頼があるのだろう。そのやり取りはどこか『師匠』の事を彷彿とさせて、俺は思わず懐かしく思ってしまう。
(おっと、今はそれどころではないな)
――俺は気を取り直して、続く二人の会話に口を挟んだ。
「しかし、”馬の魔物”か。俄かには信じたくはないな」
「そうですな。つまりは、教会が魔物を使役しているという事に他なりませぬ」
「それなんだが、悪い知らせがある」
「悪い知らせだと?」
「”薬”と”魔物”は実は関係している」
「何じゃと!?」
そこで、俺はリベルタで見た呪いの薬による住民の暴徒化の話と、イザベラの”眷属化”の話をした。さすがにこれは初耳だったのか、レオンハルトとグスタフの表情がたちまち険しいものとなる。
「つまり、何か。ハインリヒと光明教会は繋がっていて、そんな危険な薬をばら撒いていると」
「ああ。それが教会の一部か、全体の仕業なのかは分からないがな」
「しかも、かの邪神の使徒が陰で動いておるとは…きな臭くなってきましたな」
「ああ。やはりエリザの一件は、ヤツに仕組まれたもので間違いない」
レオンハルトはグスタフと目を合わせた後、ポツリと「ハインリヒめ」と苦々し気に口にした。そこには見事に欺かれていた悔しさが滲み出ていて、彼の無念を痛感させられる。
その隣で、やはり悔し気な表情で何かを考えこんでいたグスタフが、俺の方に向き直って重く問いかける。
「クヌギ殿、それで、その”薬”の効果はいつ出るのですかな?」
「すまないが、それは分からない――」
グスタフの問いに、俺は今まで見てきたパターンを説明した。”グレゴール”の時のように、何らかの合図がある場合もあれば、何もしなくても急に発症することもあると告げると、グスタフとレオンハルトの表情は固くなる。
「つまり、今この瞬間に兵士たちが暴れだしてもおかしくないわけだな」
「困りましたな…対処のしようがないとは」
「ああ。俺の『スキル』なら”暴徒化”なら解除出来るが、さすがに人数が多すぎる。もしくは高位の司祭による”解呪”なら治せるかもしれないが――」
「そもそも、その光明教会の司祭に頼るしかない、と」
「全くもって忌々しい…」
そう言うと難しい顔をして俺たち三人は黙り込んでしまった。お互いが与えられた情報を元にそれぞれ考えに耽っていた。
(これからどうする)
想定外だったが、二人と共闘出来そうなのは好都合だった。だが、一万近い兵士たちの”暴走”を防ぐ手立てはない。あくまでリベルタのような”暴徒化”だと想定しても、さすがに俺が全員の呪いを”斬る”には時間がかかり過ぎる。
その間にも、ゼノビア連合軍からの犠牲者が出る事を考慮すれば、いちいち敵兵(ルーンベルグ軍)の被害にまで気をかけている訳にはいかないだろう。
恐らくは同様のことを考えていたのだろう。険しい表情をしたレオンハルトが、俺の方に向き直って口を開いた。
「クヌギよ。お前の腕を見込んで頼みがある。…オレと共に王都へ来てほしい」
「坊ちゃま、何を!?」
「エリザを救い、王に直接ハインリヒの”悪事”を告げて失脚させたい。オレの言葉なら王も無視できないはずだ」
「だが、そうすれば”人質”の命が危ないのでは?」
「だから、一芝居打つ。オレがお前を捕えたことにして、ハインリヒたちの前に連行する」
「そう上手くいくか?」
「わからん。だが、このままでは結局無駄に命を散らすことになる。他にこの戦を止める手段が思い浮かばん――」
そういうレオンハルトの声は震えていた。それは自らの預かる”兵”たちを犠牲にしても、更なる犠牲者を出さない為の苦渋の決断なのだろう。
一刻も早くこの無意味な戦を終わらせたいのは俺も同じ気持ちであり、レオンハルトの提案は一考の価値があるように思えた。
「いいだろう。だが、こちらの長の意見も聞いていいか?」
「それは構わないが、長くは待てぬぞ」
「何、そんなに時間はかからないさ」
言うや否や俺は魔力を練り上げて、地面にある自らの影へと注ぎ込む――
「おい、一体何を――」
「すぐに戻る」
――レオンハルトの言葉を遮るように短く告げると、俺の身体は影へと沈んでいった。
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「――そうですか。全くあなたときたら、予定通りに動いてはくれませんね」
「すまんな」
「いいのですよ。それがクヌギ様なのですから」
アリシアの下に”飛んだ”俺は、レオンハルトたちとのやり取りを報告した。すると、アリシアはすぐに許可をくれて、その直後に言われたのがこれだった。
「サオトメ様とカンザキ様はどうなりますか?」
「二人は不測の事態の為に、こちらに残そうと思う」
「助かります。今は互角に戦えておりますが、”薬”次第では戦況がどう転ぶかわかりませんから」
「分かっているさ。…すまないな、旗印がふらふらして」
「うふふ。最初から申し上げているでしょう? あなたは好きに動いて下さいませ。あとは妾の仕事ですから」
「ありがとう。行ってくる」
「ご武運を」
挨拶を交わした俺が影に魔力を流し始めたのと同時に、伝令が慌てた様子でアリシアの下に駆け込んできた。
「申し上げます! 戦場の各地でルーンベルグ兵が奇声を上げて暴れ始めたそうです!!」
「ついに来ましたか…」
「”暴徒化”か。気をつけろよ」
「そちらも、お気をつけ――」
俺はアリシアたちを信じて、その報告にも構わず隼人の下へと飛んだ――
(急がなくてはな)
――すぐに視界が切り替わり、慌てた様子で隼人と蓮に詰め寄るレオンハルトとグスタフの姿が見える。
急に隼人の背後に現れた俺を見て、レオンハルト達はぎょっとした。すると、その反応で俺が飛んできたことに気づいたのだろう。隼人が呆れたような声を上げる。
「おっさんって、何をするにしても急だよな」
「そうか?」
「はい。即断即決でいきなり動くんですから。もう慣れましたけど」
「すまんな」
「ま、それだけオレたちを信じてくれてるってことだろ?」
「ふふ。ちゃんと説明はしておきましたから」
隼人と蓮が振り返って俺の方を見てそう笑う。すると、レオンハルトとグスタフが冷静さを取り戻したのか、隼人たちを回り込んで俺に近づいてきた。二人は俺の身体をぺたぺたと触りながら、興奮した様子で口を開く。
「驚いたぞ。全くどうなっているのか」
「まさか、個人単体で”転移”ができるとは思いませんでしたぞ」
「驚かせてすまんな」
「いやいや。冥途の土産にいいものが見れましたぞ」
「おい、お前にはまだまだやってもらわねばならん事が山ほどある。勝手に逝かれては困るぞ」
「ほっほ。この老骨をいつまでこき使うおつもりですか」
レオンハルトとグスタフはそんな軽いやり取りをしていたが、ふいにレオンハルトの声が重くなる――
「無論、オレとエリザ、そしてお前で理想の国を作るまでだ」
――レオンハルトの言葉に、グスタフは押し黙ってしまった。それから一瞬だけ空を見上げると、再びレオンハルトの方に視線を向けて、少し震えた声を出した。
「そうでございましたな。それまでは踏ん張ることにしましょう」
「ああ。時にクヌギよ」
「何だ?」
「今の”転移”で、エリザの下へは行けないのか」
「それは無理だ。対象の魔力を一度でも感じたことがなければ、飛ぶことはできない」
「そうか…ならすぐに出発するとしよう」
レオンハルトがそう言った途端、周囲が慌ただしくなる。どうやらこちらでも”異変”に気づいたらしい。俺がその話をする前に、伝令がレオンハルトたちの下へとやってきた。
「大変です! 我が軍の兵が、命令を無視して暴れ始めました!」
「何だと!? グスタフ」
「はい、こちらはお任せを」
「隼人、蓮。あとは任せた」
「ああ」「はい」
俺と、隼人と蓮が、レオンハルトとグスタフがお互いに頷き合う――
「行動開始だ」
――グスタフと勇者二人が動き出すのと同時に、俺とレオンハルトもまた、視線を交わすと彼の愛馬の下に向かって駆け出した。




