10-11 おっさん、合流する
「「クヌート!!」」
集団の方から駆け寄ってきたのは一人のエルフと一人の獣人、リーファとグランだった。俺の元まで辿り着くと、どこか嬉しそうに話しかけてくる。
「遅かったじゃない」
「色々あってな」
「ま、こっちも色々あったがよ。全員無事にここまできたぜ」
「らしいな。エルヴァンから聞いている」
「フンッ! 私がいるのよ、そんなの当然じゃない」
「さすがだな、リーファ」
「べ、べつにたいしたことないわよ」
俺がリーファを褒めると、リーファは視線を逸らしていた。頬が少し赤くなっているが、おそらく走ってきたからだろう。
「クヌギ、ここにいたか」
「じじぃ!」
「エルヴァンか、どうした?」
「アリシアが呼んでいる。主立った面子を集めて話し合いたいと」
「分かった。いつものテントか」
「そうだ。今急ぎ準備をしている」
俺がエルヴァンとそんな話をしていると、話を聞いていたリーファが訝しげに口を開いた。
「クヌギ?」
「ああ、言ってなかったな。俺の本当の名はクヌギだ。事情があってクヌートと名乗っていた」
「そう…」
何処か悔しそうにリーファが呟く。そんなリーファの肩をグランが叩くと、リーファはキッとグランを睨みつけた。
「じじぃ、オレたちも行っていいんだろ?」
「勿論だ。お前たちも呼びにきた」
「なら、そこで話を聞かせてもらえるのね、クヌート?」
「あぁ」
「ならサッサと行こうぜ」
エルヴァンを追い抜いて、グランが待ちきれないとさっさと歩き出す。リーファも厳しい表情でそれについていった。俺は思わず出しかけた足を止めて、その背中を見ながらふと思う。
(すまんな)
何処か機嫌が悪そうなのは、俺が”真実”を話さなかったからだろう。あの時はまだ、ここまで大事になるとは思っていなかったし、フォレストハイムを巻き込むつもりはなかった。とはいえ、黙っていた事は事実であり、全面的に俺が悪い。
「貴殿が気にすることではない」
「エルヴァン?」
「あやつらもわかっている。だからこそ、不甲斐ない己が許せないのだよ」
「そうか…」
「うむ、貴殿は普段通りでよい。行こう」
「ああ」
エルヴァンの言葉に少し胸が軽くなった俺は、エルヴァンと共にグランとリーファに駆け寄った。
「グラン、リーファ」
「何だ?」「何?」
「フォレストハイムにルーンベルグが攻めてきた話、聞かせてくれないか」
俺がそう言うと、二人はお互いの顔を見合わせて――
「いいわよ」
「いいぜ」
――ニッと不敵な笑みを浮かべてから、話し出すのだった。
---
グランたちから話を聞きながら、俺は軍議の行われるテントに向かう。ゼノビアとフォレストハイム、そしてアルカディアの軍がそれぞれ少し離れたところで野営の準備を始めている。おそらく、この軍議次第で、いつ出発するのかが決まるに違いないだろう。
――そうして、エルヴァンに連れてこられたテントの中には、見知った顔がたくさんあった。
「お。来たか」
「ジョン! お前も来たのか」
「ふふふ。私もいますよ」
「リリア、研究はいいのか?」
「はい! 今は研究よりも大事なことがありますから」
「そうか」
話を聞く限り、ジョンの傭兵団は全員この戦いに参加しているらしい。どうやらアルカディアの主力は傭兵のようで、他にもチラチラと傭兵ギルドで見た事のある顔が並んでいた。
当然、テントの中は錚々たるメンバーが揃っていて、ゼノビアの司令であるガルム、副司令官のザイン、軍師のリュメル。竜人の長老であるガドとセラフィナ。
フォレストハイムからは、エルヴァン、グラン、リーファ。
アルカディアからは、セレスティア、ティグリス、リリア、ジョンたち傭兵のクランリーダー。
そして、ヴェスタリア解放軍からは、マリアとエラが出席している。
更に驚いたことに、アルカスに置いてきたヴェスタリア人たちが、アルカディアの軍勢として参加していのだ。トーマスはフーゴに連れられて、ソフィアたち懐かしの面々と会っている。
(まさか、こんな日がくるとは…)
目の前の光景に、俺の胸が思わず熱くなる。
今ここにいるのは、まさに俺が今日まで歩いてきた”軌跡”そのものだった。本来なら顔を合わせる事が難しいはずの面々が、俺の目の前にいる。対ルーンベルグ王国という目標の為に、各国が一つになろうとしていた。
そんな風に感慨深く思いながら、顔見知りやらなにやらと挨拶を交わしていると――
「皆様、妾の呼びかけに応じていただき、感謝いたします」
――アリシアの凛とした声がテントの中に響き渡る。すると、自然にアリシアの元に注目が集まった。
(さすがだな)
最近はかなり砕けているが”王”の仮面を被ったアリシアには、逆らう事が許されないような威厳がある。思わずその声に従わなければならない、と本能に訴えかけてくるのだ。
「さてクヌギ様、こちらへ」
アリシアにそう促された俺は、一つ頷くと彼女の隣に立った。アリシアの後ろには当然、隼人と蓮が控えている。
「彼こそが、ルミナス様が遣わせし我々の希望。勇者クヌギ様です。ルーンベルグに召喚された身でありながら、かの国の”野望”をいち早く見抜き、密かに動き出したのは、まさにその証拠といえましょう――」
俺の事を知らない人間もこの場にはいる。それらに対して、アリシアは簡単にまとめて説明をしていく。アリシアの説明が進む度にテント内からは、驚きの声が上がっていた。
「――そして、操られた勇者のお仲間を救い出した時、彼は妾に力を貸すと申し出てくださいました! 全ては、ルーンベルグに苦しまされている民のためにと!」
(…やりすぎじゃないか?)
アリシアの”演説に”テント内の人々が盛り上がっているさなか、俺はこっそり抗議の視線をアリシアに向ける。だが、それをアリシアは笑顔で受け止めるだけだったので、俺は内心でため息を漏らす。
(何か考えがあるようだが…)
アリシアは、俺の功績をゼノビアを出発する前の演説に比べて、更に脚色をしていた。それはまるで、勇者というよりもはや聖人君子と言ってもいいくらい、俺が慈悲深い”何か”にさせられている。
(まぁ、いいさ)
士気を上げる、という意味では、これで成功なのだろう。なぜかグランやリーファのテンションも上がっているようなので、俺はどこか諦めの表情で、アリシアの演説を最後まで聞いていた。
「今こそ、お互いが協力してルーンベルグの野望を打ち砕く時!」
「「「おおおおおおっ!!!」」」
まるで、扇動するかのようなアリシアの言葉に、テント内は熱気の渦に包まれている。だが、よくよく見れば、アリシアの目が若干泳いでいるのを、俺は見逃さなかった。
(…だから、やりすぎだっていったろう)
俺が口パクでそう言うと、それを読み取ったアリシアが少しだけ視線を逸らした。
---
――そして、”演説”は終わり、具体的な話になる。
ここに残ったのは、アリシア、エルヴァン、セレスティアたち各国の代表。
ゼノビアからはガルム、ガド、リュメル。
アルカディアからは、ティグリス。
ヴェスタリアからはマリア。
そして、俺と隼人と蓮の勇者たちだけとなった。
他のメンバーは今頃、アリシアの演説を部下たちに伝えている頃だろう。
最初に口火を開いたのはアリシアだった。
「全軍で動くか。ノルドヴァルとヴェスタリアの二手に分けるか。どちらがいいと思いますか?」
「うー。難しいとこね。戦力的には全軍で一か所ずつ解放したいけど――」
「ワシは、二手に分ける方に一票だな。ルーンベルグが再編成をする前に短期決戦といきたい」
「なら、クヌギたちを少数精鋭で本国に向かわせて、動きを牽制するって手もあるわよ」
ゼノビア勢にセレスティアまで加わって、議題は紛糾する。どれもメリット、デメリットがある以上、一概にどの意見が正しいと言えないのが問題だった。
「クヌギはどう思う?」
「ええ。あなたがこの戦争のカギです。あなたの意見なら皆も納得するでしょう」
アリシアとセレスティア、この場のトップ二人の言葉に頷く皆の視線が俺に集まる――
(そうだな…)
――思い起こさせるのは、あの日の”約束”。
「俺は、二つに軍を分ける案に一票だ。ただし編成案が違う」
「どう分けるつもり?」
「それは――」
俺は、まずゼノビア軍とフォレストハイム軍を本隊としてルーンベルグ本国に向かわせて、あちらを牽制している間に、俺とアルカディア軍、ヴェスタリア解放軍でノルドヴァルとヴェスタリアを解放する案を提案した。
「――というのが俺の案だが、どうだ?」
「何故、その編成になるのですか? ”象徴”であるクヌギ様には、本隊にいてほしいのですが」
「”約束”があってな」
「…あぁ、そういうことね」
俺とセレスティアが同時にマリアたちを見ると、マリアはハッとした表情になって隣にいるエラを見ていた。それから小声で何やら嬉しそうに会話をしている。
「約束、ですか」
「あぁ、ある崇高な騎士とな。出来ればそれをこの手で直接叶えたい」
俺がそう言うと、アリシアは少し困ったように頬に手を当てた。そして少しだけ逡巡してから口を開いた。
「それは行かなければならないでしょうね。皆様はどう思われますか?」
「私は賛成よ。どちらにせよ、全ての国を解放する必要があるのだから、クヌギが動くのが一番早いわ」
「そうじゃな。儂もトル坊にひさしぶりに会いたいしのぅ」
「うむ。それまで我らが露払いをしておこう」
アリシアの提案にセレスティアとティグリス、エルヴァンが同意を示す。
「ありがとう。隼人と蓮は本隊に同行してほしい。あの国の事だ、”勇者”の他に切り札があるかもしれないからな」
「いいぜ、おっさん」
「はい、任せてください」
「ああ、頼りにしている」
俺がそう返すと隼人と蓮がお互いの顔を見てから、笑顔で頷いてくれた。そんな二人の様子を俺は心強く思った。
――そんなやり取りを、信じられないといった表情で聞いていたマリアがおずおずと口を開く。
「その、いいんですか」
「何がでしょう?」
「私たちの事情に、クヌートを優先させてしまって」
「うふふ、大丈夫ですよ。”約束”は守られるべきものですから」
「あ、ありがとうございます!」
「ほら、いったでしょ」
「エラ…」
「クヌギー?、頼んだわよー」
「ああ、いつかのリベンジといこう」
そんな話をしていると、突然テントの中に伝令が駆け込んでくる――
「た、大変です! 冒険者ギルドリベルタ支部のマスターがいらっしゃいました!!」
――すぐにその後ろから、ロレンツォが現れた。
「すまないが、緊急事態があってな。入らせてもらうぞ」
「どうした、ロレンツォ」
「クヌギか、丁度いい」
ロレンツォが俺たちの顔をぐるりと見回す――
「ノルドヴァル王国で起こったクーデターが成功したと、トルビョルンから連絡があった」
――そう、はっきりと告げた。




