10-10 おっさん、”戻る”
「隼人」
「うおおっ!! ビックリした。…っておっさん、戻ったのか」
「ああ。アリシアたちはどこにいる」
「この時間なら多分軍議中だと思うぜ。こっちだ」
「分かった」
俺が”飛んだ”先は、隼人のテントの中だった。そこで武器の手入れをしていた隼人が、突然現れた俺にびっくりしたのだ。
隼人に連れられてテント出た俺は、彼の後をついていく。向かう先には一際大きなテントがあり、どうやらそこで軍議をしているらしい。
「しかし、おっさん。急に後ろに出てくるのは慣れないぜ」
「すまんな。先に連絡できればいいんだが」
「ま、構わねぇけどよ。で、どうだったんだ?」
「何とか鎮圧してきたさ」
「おっさん、さすがだぜ」
「ただ、どうにもきな臭い」
「何がだ?」
「光明教会だよ。奴らも関わっていそうだ」
「何だって!?」
「ま、詳しい話は後だ。全員揃ってからの方がいい」
「それもそうだな…ってついたぜ」
見張りの兵士が俺と隼人の姿を見つけて、慌てて声をかけてくる。
「ゆ、勇者様方!? どうされたのですか?」
「アリシアに報告したい事があるんだが、入ってもいいか?」
「も、もちろんです!」
そう言いながら二人が入口の前から退いてくれたので、俺は隼人と別れてテントの中に入る。するとそこには、アリシアとセレスティア、ティグリスの三人がいた。
「あら、いつ戻ったの」
「たった今だ」
「うふふ、おかえりなさい、あなた」
「誰があなただ」
「ほっほっほ。モテモテじゃの」
「だから誰がだよ。そうだ、ティグリス」
「なんじゃ?」
「ロレンツォから聞いたんだが、S級ってどういう事だ?」
「大儀名分よ」
「セレスティア?」
俺がティグリスに尋ねると、そう短く答えたのはセレスティアだった。その横ではアリシアとティグリスが頷いている。そんな三人の態度を訝し気に思いながら、俺は再度問いかけた。
「俺はAになったばかりだろう?」
「ええ。そうね」
「それがもうS級だなんて、さすがに話がおかしくならないか」
「逆よ」
「逆?」
「そうじゃ、元々Sにするつもりだったのじゃが、裏で本部が手を回していたのがわかったんじゃ」
「なんだと?」
「そもそもSランクに昇格するには、五つの支部のマスターの承認が必要なの」
「Sランク冒険者といえば、かなりの権限があるからのう。過去に愚かなマスターが自分の子飼いをSランクに何人もしたという事件もあったんじゃよ」
「そこで、余所の支部の承認が必要になったのよ。Aランクの場合は三人ね」
「お主に関して言えば、Sランクになるにはゼノビア、オルダ・オーハ、アルカス、リベルタ、そしてフロストヘイムの承認が現実的じゃろ」
「それで、フロストヘイムに使者を向かわせたのだけど、帰ってこなかった」
「おそらくは捕まったのか、殺されたのじゃ」
「そんなことが…」
「だから、ルーンベルグに奪われるリスクを承知の上で、魔導鳩への連絡に切り替えたのよ」
「まだ、トル坊からは返事がこないがのぅ」
「そうだったのか」
そんな裏事情があったとは知らなかった俺は、思わず驚きの声を漏らす。すると、それまで黙って話を聞いていたアリシアが俺に声をかけてきた。
「クヌギ様には、これからこの”世界”の象徴として前に出ていただきたいと考えております」
「具体的には?」
「ノルドヴァル、ヴェスタリアをルーンベルグから解放して、その功績を持ってあなたをSランクに昇格させます」
「遠回りになるぞ」
「かまいません。各国を救った”勇者”が、ルーンベルグの悪事を暴き、それを正す。そのためには、ルーンベルグの民に向けて”大義名分”が必要ですから」
アリシアが”女王”としての顔できっぱりそう宣言すると、セレスティアとティグリスもこちらを見ながら頷いた。それを見て、改めて責任重大なんだなと背筋が伸びる。
「なるほどな。理解はした」
「まぁ、そう気負う必要はないわ。政治的なことは私とアリシアに任せなさい」
「ほっほ。そうじゃよ。お主は今まで通り、好きに動けばよい」
「それは心強いな」
「うふふ。褒められてしまいました」
「アリシア。顔がにやけているわよ」
「公の場ではないのだから、いいではありませんか」
「全く…表で出ても知らんぞ」
「その時はその時です。責任は取ってもらいますから」
「何の責任だ」
「あらあら、なんでしょうね」
「誤魔化すな」
「うふふ」
頬に手を当ててにこにこと微笑むアリシアを一睨みしてから、俺はセレスティアの方に向き直った。
「話が逸れたな…リベルタの件だが――」
俺は、リベルタで起こった新しい”夢見病”の件を報告し始める。その裏にある、光明教会と邪神の使徒との関係を話した時、三人の顔色が変わった――
「――それで、魔物と化したイザベラを倒したところで、皆正気に戻ったよ」
――そう報告を終えると、テントの中に静寂が訪れる。
各々の表情は固く、何か考えをまとめているようだったので、俺も黙って反応を待つ事にする。
しばらくして、最初に口火を切ったのはセレスティアだった――
「…邪神ヴォイドグラムね。あの時、貴方と禁書庫で話してから気になって調べてみたのだけど、やはり既知の情報以外見つからなかったわ。」
――それが呼び水となり、ティグリスとアリシアも話し始める。
「冒険者ギルドには、全く情報がなかったのじゃよ。しかしまさか、そんなモノが関わってくるとはのぅ」
「同じくですわ。ゼノビアに残されたローランド帝国時代の資料にも、かの邪神に書かれた物はほとんどありませんでした。ですから、恥かしながら妾もあまりその知識がないのです」
(…ローランド帝国、か)
元々は、創世神に召喚された初代勇者ハルトが邪神を封印して、創世神が眠りについて帰還できず、生き残った者たちで協力しローランド帝国を興したと聞いている。
だが、そんな重大な出来事があったのに、記録を残さないなんて事があるだろうか。
世界中の資料が集まる”大図書館”に情報がなく、更に直系であるゼノビア王家にすら残されていないのはどう考えてもおかしい。それがどうしても引っかかっている俺は、俺の”考え”をぶつけてみる事にした。
「なぁ、アリシア」
「なんでしょう? あなた」
「ローランド帝国の資料は、王家以外の者でも見れたのか?」
「少なくとも妾が王となる先代の時代は、王族のみとされていましたが…まさか」
「意図的に残さなかった。あるいは――」
「意図的に消されたと?」
俺の考えに気付いたセレスティアが、話に加わってくる。ティグリスもまた何かに気付いたようで、なにやら考え込んでいた。
「そうとしか考えられないだろう? そして、今回の邪神の使徒たちの暗躍から考えれば――」
「「遥か昔から、邪教は存在していた」」
――お互いを見合わせながら、アリシアとセレスティアが同時にそう口にする。
「そう考えれば、大図書館に資料がないのも説明がつくわ」
「ゼノビア王家に残されていないのも頷けますわね…」
「そうじゃな。魔物を生み出したとされている邪神ヴォイドグラム。それがいつのまにかおとぎ話となっておる。まるで、実在しなかったようにのぅ」
ティグリスもまた考えがまとまったようで、俺たちの会話に入ってきた。
「魔物退治は儂ら冒険者ギルドの管轄じゃ。そこに大元である邪神の資料が全くないのはおかしいのじゃよ」
「裏を返せば、邪神の使徒はあらゆるところに入り込んでいるということね」
「当然ゼノビア王家に近い人物にも、紛れ込んでいたかと存じます」
「下手をしたら、ローランド帝国が分裂したのも、奴らの仕業かもしれんな」
「それは……あり得るわね」
「話を聞いていて、妾もそれを思いましたわ」
「全くもって、厄介な話じゃのう…」
そう言って俺たちはお互いの顔を見合わせたまま、四者四様に溜め息をつく。
「念のためリベルタのニコラス司祭に、光明教会内部を調べてもらうように頼んである。あそこのシスターも邪神の使徒だったからな。それも含めて覚悟を決めてくれたよ。むしろ――」
「光明教会こそ、邪教の隠れ蓑になっている可能性が高い、か」
「その通りだ。この件に関しては、ニコラスの情報を待つしかなさそうだ」
「となると、やはり早急にクヌギ様にはSランクになっていただかないと」
「そうじゃな。ともすれば光明教会とも揉める可能性があるしのぅ」
「ええ。頼んだわよ、クヌギ」
「ま、やってみるさ」
――その後、リベルタまでの進軍方法について話し合った後、軍議は解散となった。
---
翌朝となり、野営地を片付けてゼノビア軍は進軍を開始する。
道中では――
隼人や蓮と訓練したり、
ガルムやザインと手合わせをしたり、
マリアたちヴェスタリア解放軍と話したり、
はたまた、アリシアに軍勢の前で”演説”させられたり、
――なんだかんだ言って、あっという間に一週間が経っていた。
手合わせを見た兵士たちからは歓声が上がっていた。娯楽の少ないこの世界では、達人同士の戦いは十分に盛り上がるようだった。更にはアリシアと俺が並んで激励すれば、彼らの士気を保つことに成功しているように思える。
仲間たちの様子はというと、マリアたちと話している時、エラの態度が少しおかしかったり、隼人と蓮は何処か吹っ切れたような顔をしていたりと、少しずつ”何か”が変わっているようだ。
ガドとセラフィナはいつも通りで、狙い通りセラフィナとトーマスは休憩中は一緒になってはしゃいでいる事が多い。
(まぁ、すぐに俺のところに”突撃”してくるんだが…)
セラフィナとトーマスが一緒にいることから、ガドたちゼノビア勢と、マリアたちヴェスタリア勢はしょっちゅう同じ場所に集まるようになる。その二人に巻き込まれる俺がいるから、必然的に隼人と蓮も居合わせる事になり、気が付けば大所帯となっていた。
そうして、一同が集まることにより、お互いの関係が深まっていく。
次の日になり、進軍を開始したゼノビア軍の目の前に、二つの集団が見えてきたのは、昼過ぎの事だった。
その集団の方から、二つの影が近寄ってきて――
「「クヌート!!」」
――大きな声で、名前を呼ばれたのだった。




