10-9 おっさん、顔を出す
「少なくとも、リベルタ支部はお前を支持するさ」
ロレンツォのその言葉を聞いて、俺は安堵する。だが、その次の言葉は聞き逃せないものだった。
「だが、リベルタ自由都市がどうかはわからない」
その言葉を聞いて思い浮かんだのは、あの日の出来事だった。マッシモの倉庫から脱出した翌日、ギルバートに会いにいった時にすれ違った一人の男。そして、その後に聞いた”事の顛末”。
「…執行部か?」
「そうだ。一応リベルタはルーンベルグ側の立場だからな。お偉いさんがどう動くかは、正直わからない」
「夢見病の件もある、か」
「そういうことになる」
「ならば商業ギルドが手を回そう」
申し訳なさそうな表情でロレンツォがそう言った時、突然部屋のドアが開かれた。そこには見覚えのある二人が立っている。その後ろから、受付嬢の制服を着た娘がパタパタと走ってきた。
「ギルバート! それにエンリコも!」
「マ、マスター、すみませんっ! お客様が――」
「気にするな。俺が呼んだ」
「ロレンツォが?」
「あぁ、どうせ会うつもりだったんだろう?。それにこちらも今回の一件を報告しなければならなかったからな。事態が収束してすぐに使いを出した」
「全く、いつもクヌートさんには驚かされますね。いつの間に戻られたんですか?」
「そうだな。戻ったのなら声をかけないか」
「あぁ。コイツは、いきなり俺の部屋に現れたからな。Aランクじゃなかったら不法侵入で問題になってたぞ」
「「「ハァ???」」」
今度はロレンツォの爆弾発言に、ポカンとする一同だった――
(勘弁してくれ)
わざとじゃないだろうな、と疑いの視線を思わずロレンツォに送ると、彼は肩をすくめた。そんな俺にルーチェが食いかかってこようとするのを、ルーカスが羽交い絞めして止める。
「クヌギさん! それってどういうことですか!? 私聞いてないですよ!」
「だから落ち着け、ルーチェ」
「だって、いきなり現れたって…そんな、それは神の御業で――」
未だ混乱しているルーチェに対して、俺は落ち着かせるようにあえて軽口を叩く。
「いやまぁ、俺はその神に呼ばれた”勇者”らしいからな」
「じゃあ、やっぱり…」
「そうだ。簡単に言えば”転移”できるようになった」
「「えええーっ!!!」」
今度は俺の言葉に、一同が驚きの声を上げる――
「もう、どこから突っ込んだらいいのか儂にはわからんぞ」
――どこか疲れたような顔をして、そうぼやくギルバートだった。
「なぁ、ロレンツォ。俺がギルバートたちに報告がてら話をしてこようと思うんだが」
「そうしてくれ。こちらもそろそろ後処理を始めなければならないからな。レイラ」
「はーい。ジャネット、行くわよ」
「は、はい」
「クヌギさん! わたし諦めませんからね!」
「わかったから仕事に戻れ」
「うぅ…」
「ほら、行くぞルーチェ」
レイラは受付嬢と、ルーカスはルーチェの手を引いて部屋から出て行った――
「では、私もそろそろ行きましょう。例の件、進めておきますね」
「頼む」
――そして、次にニコラスがこの場を立ち去っていく。それを見送りながら、エンリコが遠慮がちに俺に尋ねてきた。
「例の件?」
「それは、移動しながら話そう。ロレンツォ」
「何だ?」
「次は、”皆”と一緒に来る」
「そうか。…賑やかになるな」
「”パーティ”は派手な方がいいからな」
「わかった。ほら、もう行け」
「あぁ、行こう二人とも」
残されたギルバートとエンリコを連れて、俺はロレンツォの執務室を後にした。
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「――それで、もう隠さなくなったんですね」
「あぁ、そうだ。覚悟を決めたよ」
商業ギルドに向かう途中の馬車の中で、俺はアルカディアからの出来事を二人に説明した。
それを聞き終わったエンリコの反応がこれだったのだ。
「ハッハッハ! 儂の目に狂いはなかったな、エンリコ」
「そうですね。まさかゼノビアまで行くとは思いませんでしたよ」
楽し気に笑うギルバートとは対照的に、半ば呆れたようにいうエンリコ。だが、二人が俺を見る目は、今までとなんら変わっていなかった。それが妙に嬉しくもあり、むず痒くもある。
(間に合ってよかった)
この二人にも、随分と世話になっている。”勇者”であると告げても、今まで通り接してくれるというのは、本当にありがたく思う。
「ところで、二人は騒ぎの間はどうしていたんだ?」
「ああ。商業ギルドにエンリコ家族を呼んで籠城していた。幸い、物には困らないからな」
「ええ、傭兵を派遣してもらって、何とか無事に移動できました」
「移動だと!? 危険じゃなかったのか?」
「前の”夢見病”の一件から、街の様子は随時見張っていたからな。騒ぎの初期段階でさっさと動いたのよ」
「冒険者ギルドや教会とも早めに連携をとったのですが…」
「仕方ない。相手が悪かったからな」
「しかし、犯人は邪神の使徒とは…」
「お伽話の邪神が実在するとは、正直思っていませんでしたよ」
二人の顔が険しいものに変わる。
だが、ギルバートがすぐに気を取り直して、俺の肩を叩いた。
「ま、お前さんがいるなら大丈夫だろう」
「ぷっ! そうですね。クヌギさんがいるなら問題ありませんね」
そんな事を軽く言う二人の表情は、完全に俺を信頼しきっているものだった。
なので、俺は気を引き締めさせようと、厳しい口調で咎めようとする――
「おい、仮にもリベルタの重鎮二人が、そんな甘い認識でいいのか」
――だが、ギルバートとエンリコは顔を見合わせてにやりと口角を上げると、二人同時に俺を見た。
「わかってないな」
「ええ、クヌギさんは商人としてはやっていけませんね」
「何がだ」
「ロレンツォが言っていただろう? もう自分の手には負えんと」
「それがどうした?」
「まだ、わかりませんか?」
そこで、エンリコが意味深に俺の目を覗き込む。その視線にはある種の雰囲気があり、俺は思わず息を飲んだ。
「もう、とっくに我々の手に負える事態じゃないんですよ」
「そうだ。こうなったら儂らにできるのはただ一つ」
「…それは、一体?」
「当然、”規格外”の貴方に全部賭けるしかないのです」
「その通り! 商売とは、勝負処で分の悪い賭けに出ざるを得ない時もあるのだよ」
「それが今。だだそれだけですよ」
「だいたい、お前さんがどれだけの偉業を重ねてきたと思っている?」
「話を聞いたところ、おそらくルーンベルグが仕掛けてきたであろう策を、クヌギさんはことごとく潰していますよね」
「だが、それは俺だけの力じゃない」
「それでも、その騒ぎの中心にいたのはお前さんだろう?」
ギルバートたちが真剣な目をして俺を見ている。そんな視線をぶつけられた上でそう言われてしまうと、俺は何も言えなくなってしまった。
「各国の危機を救ったお前さんは、間違いなく”英雄”や”勇者”と呼ばれるに相応しい結果を出している」
「そんな偉業を成し遂げた者は、他にはいません。クヌギさんが対処できなければ、もう打つ手はないんですよ」
「それこそ、ルミナス様が降臨でもせんとな」
(責任重大だな…)
”勇者”として矢面に出るとは、こうした人々の期待を背負うということは頭では分かっていたつもりだった。だが、改めて人からそう言われると、胸の中が一気にずんと重くなったような気がする。
――そんな俺の内心の変化を読み取ったのだろう。ギルバートたちが一転して笑顔になって話を続けた。
「リベルタを救うためにも、儂らは儂らにできる方法で、お前さんを支える」
「そうです。私たちには後方支援しかできませんが、少なくともリベルタがクヌギさんの”敵”にならないくらいの影響力はあるつもりです」
「二人とも…」
「お前さんには世話になりっぱなしだが、あれから儂らも”それなり”に頑張ってきたのよ」
「ええ。行政部にはたくさん”貸し”がありますからね」
どこか悪巧みをするような笑顔で俺を見る二人だったが、その心遣いは伝わってくる。そんな二人の態度に、俺の心は暖かくなった。
「そうだ、お前さん一人に全てを押し付けるつもりは毛頭ないぞ」
「ええ。商人には商人の”戦い方”がありますから」
(…有り難いことだ)
”旅”を始めた頃とは違って、今の俺は決して一人じゃない。こんなにも多くの仲間がいるのだと、改めて実感する。
「ありがとう。二人とも」
そう言って俺は二人に対して頭を下げる――
「構わん、お互い様でもあるからな」
「こちらこそ、今回もリベルタを救ってくれてありがとうございました」
――今度はギルバートとエンリコが逆に頭を下げてきた。
それを見た俺たちは、ぷっと同時に吹き出したのだった。
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「おじちゃんだ!」
――俺の姿を見たルカが、パタパタと走ってきて俺の胸に飛びついてくる。
あの後、他愛もない話をしながらギルバートを商業ギルドに送り届けた俺は、エンリコと共にヴァレンティ商会にやって来た。それはエンリコから「ルカに会ってやってほしい」と言われたからだった。
「元気だったか?」
「うん! ところでおじちゃん、いままでわたしをほっといてどこにいってたの?」
「どこでそんな言葉覚えたんだ…」
俺が頭を抱えてエンリコの方を見ると、エンリコもまた困った顔をして頭を抱えていた。
「最近少しませてきまして…」
「そんな年頃か」
「もー、パパ! いまはわたしがおじちゃんとはなしてるの!」
「ああ。ごめんよ」
「おじちゃんもうわきしたらメッでしょ」
「すまんすまん」
そうしてルカの頭を撫でてやると、ルカはにっこりと微笑んだ。その笑顔を見て、俺の頭にトーマスやセラフィナの顔が思い浮かぶ。
(いつか、三人が気兼ねなく遊べる日がくればいいな)
ルーンベルグに虐げられてきたヴェスタリアと、戦争状態にあるゼノビア。その国の子供たちが、自由に会えるような世界にする為にも、俺はルーンベルグを止めなくてはならない。ルカの頭を撫でながらそんな事を考えていた。
すると、俺の気がそぞろになっていたのことに気が付いたのか、ルカがほっぺを膨らませた。意外と鋭いところがあるのは、さすがエンリコの娘といったところか。
「もー! わたしといるのにほかのおんなのことかんがえてたでしょ」
「エンリコ?」
「…あとで注意しておきます」
「でもね。わたしはれでぃだからゆるしてあげる」
「ありがとな」
「うんっ!」
――しばらく他愛のない話を三人でしてから、俺はヴァレンティ商会を後にする。そして夜になるのを待って、ゼノビア軍の元に”飛んだ”。




