10-8 おっさん、語る
「連れてきましたよ!」
今度は大人数のドタドタとした足音が、ロレンツォの執務室の外から聞こえてきた。そして、レイラがノックもせずにドアを開け放つ。その後ろには、ルーカスとルーチェの二人が立っていた。
「「クヌートさん!」」
三人が俺の名前を呼びながら部屋の中に入ってきた。そのまま俺の近くまでやってきたので、俺は片手を上げて、三人に応える。
「レイラ、ありがとう。二人とも、うまくやってくれたみたいだな」
「「はい!」」
俺がルーカスとルーチェにそう声をかけると、二人は満面の笑みで喜んだ。しばらく見ない間に、なんだかすっかり従順になってしまっているようで、まるで尻尾を振る子犬のようだと、内心苦笑する。
(あれから随分と経ったものだな…)
ここで冒険者登録をしてルーカスに絡まれてから、本当に色々な事があった。自分の甘さと無力さを痛感した事も何度もあった。だが、それらを含めて、今の俺がある事は間違いない。
「それで、残りのメンバーはどうした?」
「手狭だろうから遠慮しとく、って」
「なるほどな」
「それで、私たち二人で聞いてこいって言われたんです!」
そう答えるルーチェの目は、とても期待に満ちていた。隣にちらと視線を送れば、ルーカスもルーカスで、話を聞く前から興奮しているのが分かる。
「さぁさぁ! 早くお話聞かせてくださいよー!」
それ以上にテンションが上がっているのが、レイラだった。まるで、子供のように目を輝かせながら、俺にぐいぐいと迫ってくる。
「おいおい。落ち着けよ、レイラ」
「落ち着いてなんていられませんよ、マスター! こんな前代未聞な話っ! 最年長にして、最速でAランクまで登り詰めたんですよ!!」
「「Aランク!?」」
どうやら、ルーカスたちには伝えていなかったようで、レイラの言葉を聞いてますます二人のテンションが上がっていた。
俺がロレンツォの方を見ると、彼はやれやれといった感じで両手を上げて、呆れた声を出す。
「いいから落ち着いて、お前らさっさと座れ。クヌートが困ってるぞ」
「「はーい!」」
レイラたちがいそいそと応接用のソファーに腰かけた。三人が座るのを見届けてから、俺は全員の顔を見回すと、改めて口を開く。
「それじゃ、改めて自己紹介からだ――」
俺は懐から銀色のギルドカードを取り出して、目の前のローデスクの上に置きながら話を続ける。
そんな俺の一挙手一投足を、三人は食い入るように見ていた。
「――俺の本当の名前はタケシ・クヌギ。ルーンベルグの勇者召喚に巻き込まれた男だ」
「「…え? えええぇーっ!!」」
そう俺が言うと、レイラたちが一瞬ポカンとした後に大絶叫を上げる――
「そう、俺は勇者の”付き人”だったんだ――」
――そうして、俺は今までロレンツォたちに話せなかった”真実”を、最初から始めたのだった。
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「――で、セレスティアからリベルタが危ないと聞いて、俺は戻ってきたんだ」
俺がそう話を締めると、執務室の中に沈黙が訪れた。誰もが驚きのあまりに声が出ないようで、この場にいる全員の顔がそれを物語っている。
(無理もないか)
こんな話、普通なら信じられないだろう。特に俺の最初の頃の姿を知っているリベルタの人間なら、余計にそうに違いない。そう思っていたのだが――
「…お前ってヤツは――」
最初に口を開いたのは、ロレンツォだった。呆れた口調で、俺に向かって話しかけてくる。
「――何かを隠してると思ってはいたが、想像以上にとんでもなかったな」
呆れたような、どこか納得したような表情となっているロレンツォに、俺は素直に頭を下げた。
「下手に見つかる訳にはいかなかったのでな。すまなかった」
「いやいい。これで色々腑に落ちた。魔導鳩、だったか。あれがお前が窓から飛び出した後に、飛んできたんだよ」
「魔導鳩が?」
「あぁ、それがティグリスの手紙を運んできたのさ」
ロレンツォがそう言って、ティグリスからと思しき手紙を取り出した。そして俺に手招きをしたので、俺はロレンツォに近づくと、その手紙を受けとる。
「読んでいいのか?」
「ああ。内容はさっきお前に伝えたしな」
――手紙を開くと、確かに聞いた通りの話が書いてあった。
即ち、各国の存亡の危機を救った元リベルタ支部のクヌートを、Sランクとしたい。その為に、各支部のギルドマスターの承認を得たい、と簡潔に書いてあったのだ。そこには、セレスティアの署名もしてある。
「最初は何の話かと思ったが、これで全部納得した」
「信じるのか?」
「お前がリベルタを救うのを実際に目の前で見たからな。お前が力を隠しているのも知っていた。だから、トルビョルンに紹介したのさ」
「なるほどな、最初からロレンツォの思惑通りだったのか」
「まぁ、あの時はこれほどまでとは思ってなかったからなぁ…盗賊ギルドが動いたので、お前の身を案じたのも事実だ」
「そういう事にしておくよ」
俺がロレンツォと視線を交わして、お互いにぃっと笑う。
すると、ここでようやくレイラたちが、我に返ったらしい。レイラはじぃっと俺を見つめ出した。ルーチェは祈りをなぜか捧げ始めている。そんな中、ルーカスが突然頭を下げてきた。
「改めて、すみませんでしたぁっ!!」
「急にどうした?」
「そんなに凄い人とは知らず、突っかかっていってしまった自分が恥ずかしいです」
「やめてくれ。俺は聖人君子じゃない。素性を隠していたんだぞ」
「でも、それはやむを得ない事情があったからであって――」
「だから、それを知らなかったんだから、気にしてないって言ってるんだ」
「でも――」
――それでも納得しないルーカスに、俺はぴしゃりと言い放つ。
「なら、強くなれ」
「え?」
「強くなって、お前がリベルタを守れるようになってくれ。俺みたいなイレギュラーがいなくても済むようにな」
「クヌギさん……はい!」
「あと、無理に敬語は使わなくていい。前のように接してくれ」
「わ、わかった! オレは強くなってみせる!」
ルーカスが頷いて、拳を握りしめる。
(それでいい。まだ若いんだからな)
これでもゼノビアの”勇者”として矢面に立つと決めた身だ。もしあっちの世界に帰れた時の事を考えれば、守り手は一人でも多い方がいいだろう。
そんな事を考えていると、今度はルーカスとの会話を、じっと聞いていていたレイラがおずおずと話しかけてきた。
「クヌー…じゃない。ク、クヌギさん」
「何だ?」
「わ、私をお嫁さんにしてください!」
――突然の爆弾発言に、ロレンツォが思いっきり吹き出した。
(やれやれ)
ロレンツォはレイラを見て、呆れたように話しかける。
俺は泥沼になりそうなので、黙っている事にした。
「おい。いきなりどうした」
「だって! こんな優良物件ほかにいないじゃないですか! 強くて、優しくて、字がきれいで」
「字は関係ないだろう」
「とにかく! 私はホンキですよ!」
ダンッ! と机を叩いたレイラが、ロレンツォから俺に矛先を変えた。目が獲物を狙う猛禽類のようにギンギンに光っているのを見て、俺は密かに引いていた。
「ね、クヌギさん? 私は仕事できる女だし、容姿だって悪くないし、今ならお買い得ですよ?」
「おっさんを揶揄うんじゃない。だいたい年の差が――」
「そんなもの愛があれば大丈夫ですっ!」
「大丈夫じゃないだろう。恐らくレイラの親父さんと同じくらいだぞ」
「関係ないです! ね? 逆にこんな若くてかわいいお嫁さんに何が不満なんですか!」
「そうです! か、関係ありませんっ!」
「ル、ルーチェ?」
神に祈りを捧げていた筈のルーチェが、話に割って入ってくる。その剣幕に、ルーカスが戸惑いの声を上げていた。ちなみに、ニコラスは俺が話をしている時から今までずっと静かに微笑んでいるだけだ。
「わ、わたしだって、レイラさんには負けていません」
「ルーチェも落ち着け」
「落ち着いてなんていられません! だって、クヌギさんに助けてもらった時から、わ、わたし――」
ルーチェはそこまで言って、はっと自分の口を抑えた。その顔は真っ赤になっている。
そんなルーチェの肩に、レイラがうんうんと頷きながら手を置いて俺を見た。
「ほら! 今ならルーチェさんまでついてきますよ」
「つ、ついてって」
「いや、重婚は駄目だろう」
「そんなことはないぞ」
俺が半ば頭を抱えながらそう言うと、レイラの矛先から逃れてからずっとニヤニヤと俺たちのやり取りを見ていたロレンツォが、急に割って入ってきた。
(何を言っている?)
ルーンベルグで情報収集をしている時に、この世界の一般常識を調べたら確かそうだった筈だ。
だが、そんな訝しげな俺に対して、ロレンツォが真面目な口調で話しを続ける。
「一般人はムリだがな。王族なら重婚は認められている」
「俺は王族じゃないぞ」
「あとは、地位次第だ。例えば、国を救った英雄とかな」
「「あっ!」」
ここでルーカスとルーチェが、何かに気付いたように同時に俺を見る。ルーチェはふふん、と胸を張って俺を見ていた。その様子からすると、彼女もその事を知っていたのだろう。
「だから言ったじゃないですか。ルーチェがついてくるって」
「調子にのるな」
「あいたっ!」
そんな得意気なレイラの頭を、俺は軽く小突く。
「うぅ…美少女虐待です…これはなんとしても責任を取ってもらわないと」
「誰が美少女だ。ロレンツォ、お前のところの受付嬢だろう? そろそろ止めてくれ」
「いや、レイラはいつも頑張っているからなぁ…ご褒美を上げてやりたいという親心があってな」
「しみじみ言うな」
「……」
「ルーチェもそんな期待した目で俺を見るな」
「クヌギさんは神を始めとして様々な人に愛されておりますね」
「…ニコラスまでやめてくれ」
(まったく…)
さっきまでの真面目な話は何処に行ったのかというくらいに、全員が羽目を外していることに、俺は少し呆れながらも、心のどこかでほっとしていた。先程までリベルタ存亡の危機を前にした重い空気よりは、今の明るい空気の方がいいに決まっている。
(…すまないな)
俺自身、ルーンベルグを倒してからどうなるかは分かっていない状況だ。申し訳ないが、軽々しく”答え”を出せるような話ではなかった。
――俺はパンパンと手を叩いて、強引に話を終わらせる。
「さて、この話はここまでだ」
「えーっ!」
不満そうなレイラとルーチェをよそに、俺は話を続ける。俺が真剣な顔をすると、さすがに部屋の空気がピリっと引き締まった。
「話を戻すぞ。ロレンツォ、リベルタはどうするつもりだ?」
「対ルーンベルグ包囲網、か?」
「そうだ。出来ればルーンベルグにつくのだけは止めてほしいんだが」
「なら大丈夫だ」
しっかりと俺の目を見て、ロレンツォが真剣な顔で俺の質問に答える。
「少なくとも、リベルタ支部はお前を支持するさ」




