10-7 おっさん、正す
「”へ”ノ型、”変幻”」
俺の放つ三段突きが、”イザベラ”の”心臓”に突き刺さった。一発目で胸部が弾け飛び、二発目で結晶にひびが入る。そして、三発目を突き入れた瞬間、結晶は粉々に砕け散った。
(やったか)
俺は直ぐに後ろに飛び退いて、”イザベラ”に向けて正眼に刀を構える。残心をとりながら俺は”イザベラ”の様子を伺っていた。
「ア゛ア゛ア゛ァ”ァ”ァ”……」
やがて”イザベラ”だったモノは、低いどこか嘆くような声を上げ始めた。
――ピシッ。ピシッ。
そんな音を立てながら”イザベラ”の全身にひびが入っていき、その身体から赤黒い魔力が空に向かって立ち昇っていく。
だが、そんな中でも”イザベラ”は俺に向かって小さく一歩、また一歩と歩みを進める。
それはまさに”イザベラ”だったモノの最後の足掻きだった――
「ア゛ァ”…」
――しかし、それはやがて限界を迎える。
”イザベラ”だったモノの身体から発せられる魔力がだんだんと少なくなり、やがて消えた。すると、パリンと甲高い音を立てて、その大きな身体が砕け散る。
(あれは…?)
するとそこには、元の大きさに戻ったイザベラの身体があった。肌は黒くなったままだが、表面にあった脈動は消えている。
そしてイザベラの目がゆっくりと開かれると、そこには”人間”としての瞳があった。その瞳には力は無くぼんやりとしていて、ただ弱弱しく空を見上げている。
「ゎたしは…」
そんなイザベラの手が、まるで何かに縋るように少しだけ上に挙げられて――
「すくぃを……」
――そのまま、力なく地面に落ちた。
(…救い、か)
その身体が灰のようにボロボロになって崩れていくのを、俺は黙って見ていた。やがて全身が崩れ去り、イザベラだったモノは風に吹かれて舞い散っていく。その痕跡が全て無くなってから、俺は初めて残心を解いた。
邪神の使徒となったイザベラにとっての”救い”とは、果たして一体何だったのだろうか――
(何にせよ、やり方を間違えたな)
――それを語れる本人は、もうこの世には存在しない。
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「クヌートさん!」
「ニコラス、調子はどうだ?」
「ええ、少し頭痛がしますが、大丈夫です」
「そうか」
意識を取り戻したニコラスが、自力で屋上から降りてきて俺の元に向かってきた。多少足取りはふらついているが、ちゃんと目から意思を感じられるので俺は安堵の息を漏らす。
――念のために”心眼”で見てみたが、状態異常は表示されていないので、もう大丈夫だろう。
「しかし、あの後何があったのですか?」
「覚えてないのか」
「はい。あの魔法陣からイザベラ様が出てきたところまでは覚えているのですが…」
(…やはり、か)
隼人と蓮がそうだったように、イザベラの”呪印”で操られている間の記憶はないようだ。それでも、あの二人が”夢”という形で抵抗出来たのは、”勇者”で高いステータスを持つからだろう。
「ニコラスは呪いで操られていたんだよ」
「…そうですか。では、ひょっとしてクヌートさんとお会いした時に気絶していたのも?」
「ああ、イザベラの仕業だろう」
俺の言葉を聞いて、ニコラスはがっくりと肩を落とす。その表情はとても悔しそうにしていた。ニコラスは両手を組んで、短く神に祈りを捧げる。そして、自嘲の笑みを浮かべた。
「私は、本当に至りませんね…それで、そのイザベラ様は?」
「逝ったよ」
「そう、ですか」
俺がそう言うと、ニコラスが悲しそうに俯いた。心優しい彼のことだ、仮にも自分の部下の知り合いということで、心を痛めているのだろう。
――だから、俺はそんなニコラスの罪悪感を減らそうと、あえてきっぱりと告げる。
「イザベラは邪教の使徒だ。見逃す訳にはいかなかった」
「本当、なのですね…私の聞き間違いではなく」
「そうだ。”夢見病”をばら撒いたのは、イザベラだった。そして、邪神に呑まれた」
「呑まれた、ですか?」
「あぁ、邪神の魔力に呑まれて魔物と化した。だから、倒すしかなかった」
「そうでしたか…」
神よ、と呟いて、ニコラスは今度は天に向かって祈りを捧げる。祈りを終えたニコラスが俺の方を見た時、その目には強い怒りが浮かんでいた。
「許せませんね…」
「何がだ?」
「彼女もですが、自分の無力さが、です」
「相手が悪かった。それだけだ」
「しかし――」
「本当に悪いのは、人を唆す邪神とやらだ。違うか?」
安心させるように俺がニコラスの肩を叩くと、ハッとなったように彼の表情が元に戻る。
「…おっしゃる通りです」
「もう、今のニコラスなら迷わないだろう?」
「はい。教会の内部の調査ですね」
「頼めるか?」
「ええ。やってみせましょう」
そう言ったニコラスはひとつ頷くと、力強く拳を握りしめて自分の胸をドンと叩く。その瞳には、強い光があったので、もう大丈夫だろう。
「さて、と。もう大丈夫だと思うが、街の様子を見てからギルドに戻りたい」
「私もお手伝いしましょう」
「助かる。顛末を報告するのにも付き合ってくれ」
「もちろんです」
そう頷きあうと、俺たちはリベルタの様子を見る為に走り出す。
リベルタの空はすっかりと茜色に染まっていた。
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リベルタの様子を見て回った俺は、ニコラスを連れて冒険者ギルドに戻ってきた。そしてロレンツォに事の顛末を報告したところだった。
「――結果、街の住人たちの”呪い”は解かれて元に戻っていたよ」
「そんなことになっていたのか」
「ええ、間違いありません――」
――話を聞き終えたロレンツォの眉間に、大きな皺が出来ていた。
そして俺の説明にニコラスが補足を加える。イザベラが邪神の使徒であり自分も騙されたこと、そして、自分の部下のシスターであるイクサも、その一味の可能性が高いことを告げていた。
ちなみに、イクサの”最後”を俺はニコラスには告げている。イザベラが名前を出したという事は、ほぼ間違いないからだ。イクサがゼノビアにいたと聞くと、そんな遠いところまで移動していた事にニコラスはとても驚いていた。
一連の報告を聞いたロレンツォが、困ったような顔をして腕を組む。その表情は苦々しく、ロレンツォはうんうんと唸っている。
「…しかし、邪神か。とんでもない話が出たな」
「あぁ。しかも、ルーンベルグも一枚噛んでいる」
「更には光明教会もとなると、俺の手には余るぞ」
「教会は、私ができるだけ調べてみます」
「ニコラス司祭、すまないな」
「いえ、本当に教会内部に邪神の使徒がいるのなら、大問題ですから」
ロレンツォがニコラスと力強く握手を交わすと、今度は俺に視線を戻した。そして、とても言いにくそうに口を開く。
「それでだ、もう一つ悪い知らせがあるんだが」
「今度は何だ?」
「グイドから報告があった。盗賊ギルドからヴェルディが消えたそうだ」
「ヴェルディ?」
「お前を嵌めようとした、オンブラの父親だよ」
「ああ、そんな名前だったか」
「ついでに、”あの時”俺たちに警告をしてきたのも奴の仕業だった」
「だろうな。となると、マッシモとも繋がっていたんだろう?」
「その通りだ。相変わらず察しがいいな」
「そうでもないさ」
俺とそんなやり取りをしながら、いつの間にかロレンツォの表情がなにやら企んでいるような楽し気なものに変わっている。
「となると、俺もお前の推薦状を書かなきゃならないな」
「何の話だ?」
「アルカス支部のティグリスから、お前をSランクに昇格させたいと連絡が来たぞ。ゼノビアへの移籍といいクヌギという名前といい、お前今まで何してきたんだ?」
「それは私も聞きたいですね」
さぁ、吐いてもらうぞとばかり、肉食獣のような目をして、ロレンツォが俺に詰め寄ってくる。ニコラスもそれに同意して、にこやかに俺を見てきた。そんな二人に対して、俺は内心頭を悩ませる。
(話すのはいいんだが…)
――俺の頭に浮かぶのは、俺に必死に問い詰めようとするルーチェの姿だった。
(説明してやらないとな)
それなりに長い話になる。最近なぜか話す機会が増えているので整理されてきてはいるが、出来れば一度で済ませておきたかった。
「なら、何人か呼んでもいいか? 長い話になる」
「ん? 誰をだ」
「ルーカスたちだ。色々聞きたそうにしていたからな」
「あぁ。あいつ等はルーチェを救った件で、お前には感謝していたからな。急にいなくなって、俺のところに詰めかけてきたよ」
「そんなことがあったのか」
「おうおう、人気ものは辛いな」
「いい年した大人が何を言っている」
そんな軽口を叩きあう俺とロレンツォを、笑顔で見守るニコラスの姿に、俺は内心安堵していた。
(…多少は吹っ切れたか)
イザベラの件で、ニコラスも色々思い悩んでいたようだったが、こんなくだらないやり取りが少しでも彼の気晴らしになったとしたのなら、道化を演じた甲斐があるというものだ。
「それで、どうなんだ?」
「いいだろう、ちょっと待て」
そう言いながら、ロレンツォが執務机の上にあるボタンらしき物を押した――
「それは?」
「受付の呼び出しだ」
――しばらく雑談をしていると、やがてパタパタと部屋の外から近づいてくる足音が聞こえてくる。
足音が止むと同時に、執務室のドアがノックされた。「失礼します」と声がして、中に入ってきたのはレイラだった。
「お呼びですか、マスター?」
「あぁ、ルーカスたちは戻っているか?」
「ええ。さっき戻ってきましたけど、彼らが何かしましたか?」
「いや、クヌートのこれまでの話を聞くんだが、あいつらにも聞かせてやろうと思ってな」
ロレンツォがそう言うと、途端にレイラの目が爛々と輝きだした。
「えー!! マスター、私も聞きたいです」
「だ、そうだが?」
「俺は構わないが、仕事はいいのか?」
「大丈夫です! できる後輩がいますから!」
胸を張ってそう言い切ったレイラは、「呼んできます」といって部屋を飛び出していった。それを見届けた俺はため息をひとつ吐いて、ロレンツォに話しかける。
「本当にいいのか?」
「アイツも何だかんだで、お前のことを気にしていたからな。まぁ、いいだろう」
――そう楽しそうに言うロレンツォの表情は、何かを含んでいるように思えた。




