10-6 おっさん、”迷う”
「ニコラス、下がれ!」
「え、ええ」
転移陣が赤く輝いたのを見て俺がニコラスにそう警告した次の瞬間、カッと目の前が赤く輝いた――
(来るぞ)
――俺がいつでも抜刀できるように半歩右足を踏み出した時には、既に光は収まっていた。
目の前には、黒いローブに身を包んだ黒髪の女性が立っている。どこか神秘的な雰囲気を持っているが、その瞳には、狂気の色が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
「あら、ニコラス。もう目覚めたのね」
「貴女は、イザベラ様!?」
「知っているのか」
「ええ。ノクサの知り合いです」
「あぁ、アンタがそうなのか」
「そうよ。クヌートさん」
「俺を知っているのか?」
「ええ。それともクヌギさん、とお呼びした方がいいかしら」
そう言いながら妖艶に微笑むイザベラ。その余裕の態度からは、焦った様子は微塵も感じられない。
(何を考えている)
俺の事を知っているのはまだいい。この場にいる以上、光明教会の関係者なのは間違いないだろう。ただ、いつの”俺”を知っているのかが問題だった。脱出前の無能を装っているならまだしも、最近の事を知っている上での余裕なのだとしたら、相当自分に自信があるのだろう。それが厄介だった。
(”視”ておくか)
ノクサの二の舞を踏まないように、俺は警戒を続けたままイザベラを”心眼”で見据えた――
=====
イザベラ・ノクス
24歳 女性
ジョブ:闇司祭
状態
レベル:52
力:52
技:52
速:52
体:52
魔:2048
抗:1024
運:0
スキル
闇魔法7、詠唱破棄3、呪術9
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『詠唱破棄』
魔力を通常の二倍消費することで、詠唱を破棄することができる。
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称号
『闇の高司祭』
邪神に信仰を捧げ、堕ちた者。他のステータスと引き返えに、邪神に捧げる為の魔力が増加する。
『呪術師』
数々の呪いを生み出した呪術のエキスパート。呪術使用時に、魔力に呪術レベル分の割合で補正がかかる。
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(やはり、か…)
かつて、フォレストハイムで見たあのダークエルフと同じ『邪神の使徒』、その上の立場の者であるイザベラ。奴の『ステータス』はダークエルフ以上に歪だった。おそらくその信仰心が強い程、恩恵が強くなるのだろう。ほとんど魔力に全振りみたいになっている以上、やはり『呪術』に絶対の自信があるらしい。
(…つまり、コイツが一連の”黒幕”だった訳だ)
”夢見病”から始まり、ノルドヴァルでの崩落事故、そして隼人や蓮の暴走。全ての元凶が今、目の前にいる。怒りのあまり、拳を握りしめそうになるが、ゆっくりと息を吐いて落ち着かせた。
(落ち着け)
そう自分に言い聞かせながら、俺はあえて挑発するように口を開く。
「それで、邪教の”高司祭”であるイザベラさんは、なぜ俺を知っている?」
「あら、バレていたのね」
「ああ、ここがどういう場所かも、な」
「ふーん、そう。なら――」
余裕そうにしていたイザベラの目が、妖しく光る――
「ニコラス」
――そう一言だけ呟くと、俺の身体が突然”誰か”に捕まえられた。
ちらりと後ろを見ると、ギリギリと音を立てて俺を両腕で締め付けているのはニコラスだった。普通の人間とは思えない力で俺を締め上げている。
(早い!)
だが、何より驚いたのは、イザベラの呪術の発動速度だった。氷室ですら一言は詠唱していたのに、まさか名前を呼ぶだけで効果を表すとは思っていなかった。
(どうする?)
”全力”を出せば、拘束から逃れる事は出来るだろう。しかし、ニコラスに怪我をさせる可能性が高い。ならば別の手段を考える必要がある。だが問題は――
「フフフ、これでおしまい。…あっけないわね」
――既に、イザベラが俺の目を覗き込んでいたという事だ。
ニコラスに拘束されたままの俺の瞳に、満足そうに微笑むイザベラの瞳の中の呪印が映り込んだ。それがカッと紫色に輝くと、俺の頭の中が真っ白になる。だが――
「そんな!? 勇者二人でさえ操れたのに!」
――イザベラ本人には、どうやら呪いが効いているのかどうかはすぐに分かるらしい。
動揺するイザベラを前に、俺は魔力を練って足元の影へと流し込む。俺の身体はスッと、ニコラスの拘束を逃れるように、影の中へと消えた。
「一体何が…」
すぐさまイザベラの背後に回った俺は、その首筋に手刀を入れて気絶させようと試みる。だが、ニコラスが素早くイザベラを突き飛ばしてしまい、俺は慌てて動きを止める。
再度、ニコラスが俺を拘束しようとしてきたので、俺は飛び退いてその腕を躱した。
「残念だわ。手駒にしたかったけど――」
その隙に床に転がされたイザベラが俺に向かって腕を突き出すと、その掌から闇の矢が生み出される。
「――操れないなら、せめてもの慈悲よ」
イザベラが立ち上がりながら手を横に振ると、闇の矢はニコラスに向けて放たれた。俺を捕まえそこねたニコラスは微動だにせずに立ち尽くしている。
だから、俺は刀に手をかけながら、ニコラスを庇うように闇の矢との間に割って入った。
「功刀流活人剣”は”ノ型、”波紋”」
身体を割り込ませながら、魔力を刀に纏わせて一回転する。その動きに合わせて、不可視の魔力の刃が飛び出した。イザベラの闇の矢と斬るのと同時に、ニコラスの瞳の呪印も切り裂く。
「バカな! 呪いが!?」
「アンタこそ、残念だったな」
ニコラスの呪いが解けたのを感知したイザベラの顔が驚愕の色に染まる。その隙に、俺はイザベラの懐に飛び込んで、鳩尾に拳を叩きこんだ。
「ぎゃっ――」
「悪いが、話を聞かせてもらうぞ」
そのまま、イザベラが床に崩れ落ちていく。完全に気を失ってイザベラの全身の力が抜けた時、突然その身体から黒い光が溢れ出した。
(何だ?)
次の瞬間、黒い光を纏ったイザベラの身体が空中に浮かび上がる。すると同時に、イザベラの肌が赤黒く染まり始めた。
その目の前の光景に、危機察知のスキルが激しく警鐘を鳴らして、俺にこの場から離れるように伝えてくる。
(不味いな)
俺は気を失ったままのニコラスの元に駆け寄って、彼の身体を背負った。同時に、イザベラがどうなっているのか”心眼”で”視”てみる。
=====
邪神の眷属”イザベラ”
危険度:S
元は闇司祭イザベラ・ノクスだった存在。邪神の魔力を受けて眷属と化した。極めて危険な存在で、周囲に瘴気を巻き散らす。
=====
(邪神の眷属だと!?)
『ステータス』が現れずに、こういう説明が出たという事は、イザベラは既に人間では無いらしい。本人が何を望んで”邪神の使徒”になったのかは分からないが、こうなってしまった以上は倒すしかない。
(急ごう)
だが、今はまずニコラスの身を安全な場所に運ぶ方が先だろう。俺は遠巻きに”イザベラ”に近づかないように、上への階段を目指して走り出す。
すると突然、”イザベラ”の口から、この世のものとは思えない音が発せられた――
「アアアアアアアアアアアッ!!」
――叫び声と共に”イザベラ”の全身が赤黒く染まり切った。その肌の表面には”何か”が不気味に脈動している。”イザベラ”のまぶたがカッと見開かれると、本来目があるはずの部分は不気味に赤く光っていた。
”イザベラ”は周囲を見回すと、俺には目もくれずに堕ちた女神像の元へと向かっていく――
(…何をする気だ)
――”あれ”を放置しては不味い。
そう俺の勘が告げているが、今はニコラスの無事を優先するしか選択の余地はなかった。俺は一目散に階段を駆け上がり、その勢いのまま礼拝堂から教会の外へと飛び出した。
そして、手近な屋根の上へと飛び上がった俺が辺りを見回すと、ビルの屋上のような平らな屋根の建物があったので、俺はそこへと向かう。
――だが次の瞬間、ドンッ! と大きな音を立てて教会の建物が吹き飛んだ。
(何だ!?)
その瓦礫の中から現れたのは、あの”女神像”と同じ大きさになった”イザベラ”だった。
俺は急いで平らな屋根の上にニコラスを降ろすと、”イザベラ”の元へと戻ろうとする。しかし、そんな俺の目の前で、”イザベラ”の身体に向かって街中から”黒い光”が集まってきた。
(あれは…魔力だと?)
その黒い光を”心眼”で”視”ると”呪われた魔力”だと分かった。呪いの影響で、瘴気化する一歩前の魔力だと、”心眼”は告げている。つまり、呪われたリベルタの住人たちの魔力という事なのだろう。
(なんとしても止めるぞ)
そんなものが”イザベラ”に取り込まれたら、何が起こるか分からない。俺は覚悟を決めて全身に魔力を巡らせた。[身体操作]で全身を強化しながら、更に魔力を重ねていく。
ゼノビアからの長距離の転移や、住人たちの”呪い”を斬って回っていた事もあり、魔力枯渇が近づいて頭痛と吐き気がしてきた。
(保ってくれよ)
ガンガンと強くなっていく頭痛と吐き気。それでも俺は構わずに、残りの魔力を全身へと駆け巡らせた。
”イザベラ”に向かって、あちこちから飛んでくる黒い魔力。それを取り込ませないには、方法は一つしかない。
「行くぞ。『限界突破』」
俺の身体から魔力が白い靄のように立ち上がる。すると、急に現れた俺の魔力を感じたのか、”イザベラ”が俺を見たような気がした――
「ちっ!」
――ジュッ!!
そんな”イザベラ”から”何か”が放たれて、俺の肩を貫いた。肩から鮮血が撒き散らされて、激しい痛みが俺を襲うが、咄嗟に歯を食いしばった。
(まだだ!)
俺は痛みを抑え込み、”イザベラ”に向かう魔力の方へと意識を向けた。刀に手を掛けながら、黒い魔力に向かって飛び上がる。
「功刀流活人剣 ”い”ノ型”稲妻”」
一条の黒い魔力の切り上げながら、建物の壁を蹴って方向を変える――
「”ろ”ノ型”狼牙”」
「”は”ノ型”刃紋”」
――次々と迫る”魔力”を切り裂いていると、不意に背後から殺気を感じた。
「”に”ノ型”仁王”」
”イザベラ”の放った”何か”を咄嗟に刀で弾く。よくよく見れば、それはとても細い黒の触手だった。ギンッ! という重い音に比べて、手に伝わる衝撃の少なさに俺が違和感を覚えていると、身体の中で”何か”が繋がったような気がした。
(これは…)
――”型”と”型”が繋がる感覚。
今までは『いろは』までしか無かったその感覚が、今ようやく形になった。
(これなら、やれる)
繋げることで、威力を増していく斬撃に手応えを感じたまま、俺は迫る魔力を下から切り上げる。
「”ほ”ノ型”焔”」
刃筋が通った黒い魔力は霧散していき、しばらくは”イザベラ”に向かうものはない。
なので俺は、切り上げた刀を腰に引き付けて、全力で”イザベラ”に踏み込んだ。
「”へ”ノ型――」
視界の先、”心眼”が示すのは心臓にある”魔力”の結晶――
「”変幻”」
――その”結晶”に向かって、俺は三段突きを放った。




