閑話 ノルドヴァル王国
「ブラッドウルフ流剣術奥義『”双狼牙爪”』」
ヴィクトールの右肩から、魔力で構成された白い腕が生まれ出た。その白い腕には同じく魔力で形成された剣がある。狼の二本の牙のように、実際の斬撃に応じて逆方向からの追撃を行う二連撃。ブラッドウルフ家に伝わる奥義――いや、実際には”ユニークスキル”といっても過言ではないだろう。
右から左へ、上から下へと、斬撃の嵐が辺りに巻き起こる――
「「ぎゃあぁっ!!」」
(もっとも、”あの男”には通じなかったがな)
――次々と襲い来る親衛隊たちを、軽くいなすかのように刃引きした剣で打ちつけていきながら、ヴィクトールは、ふとそんな事を思い出した。
あの日、”あの男”に敗北してからヴィクトールはずっと”騎士”とは何かと、己に問いかけてきたのだ。そうして今、自ら出した答えに準じて、あえて反逆者の汚名を被ろうとしている。
(俺は、もう間違えない)
――ノルドヴァル王国最強の騎士であるヴィクトール・ブラッドウルフ。
ずっと迷っていたヴィクトールが一つの”答え”に辿りついた事により、その剣はますます冴え渡っていた。もはや、この国では誰もヴィクトールを止められないだろう。この場に立つ者は、誰しもその事を疑っていなかった。
「邪魔だ! 道を開けやがれっ!!」
それは、その隣で戦槌を振るうトルビョルンも例外ではない。以前とは比べ物にならないくらいのヴィクトールの剣術のキレのよさに、トルビョルンはずっと感心しっぱなしだった。だからこそ、”あの男”の異常さが改めて頭を過ってしまうのだ。
(コイツを子供扱いしたとか、クヌートの野郎はどうなってやがるんだよ…)
そう、トルビョルンはクヌートこと功刀が戦っている姿を一度も見た事がなかった。訓練場で剣を振っていたみたいだが、トルビョルンはその姿すら見ていない。なので、トルビョルンは功刀の実力をイマイチ把握していなかったのだ。
だが、目の前にいるヴィクトールが言うには、まるで相手にならずに挙句に「騎士とは何か」と説教までされたという。今のヴィクトールの剣を見ていたら、少なくとも自分にはそんな芸当が出来るとはトルビョルンには思えなかった。
(…命を賭けて、ギリギリ相討ちってとこだな)
もし今後、ヴィクトールが圧政を引いたのなら、トルビョルンは命を賭けてヴィクトールの手伝いをした責任を取るつもりだった。だが、今のヴィクトールを相手にするとしたら、まさしく命賭けでも届かない可能性がある。その場合は、それこそクヌートに後を託そうとすら考えていた。
「やっとここまで着きましたわね、あなた」
背後の兵士を片付けたエレオノーレが、ヴィクトールの隣へと駆け寄ってくる。数々の兵士たちを戦闘不能にしながら、三人はやっと謁見の間の前まで辿り着いたのだった。三人とも少し息は上がっているが、その表情はまだまだ余裕がある。
「ここに居ればいいのだが」
「ま、入ってみるしかねぇな」
「ええ。行きましょう」
三人がお互いの顔を見合わせると、同時に頷いた。そしてヴィクトールが謁見の間の扉に手をかけようとしたその時――
『ドォン!!!』
――中庭の方から爆発音のような音が響き渡った。
その音を聞いて、すぐさまヴィクトールが扉に触れようとするのを止めて辺りを警戒し始める。
「何だぁ!?」
トルビョルンが思わず中庭の方を振り向いた時、廊下の向こうから一人の冒険者が走ってくるのが見えた。息も絶え絶えな様子から見て、全力でここまで走ってきたのだろう。その冒険者は、トルビョルンの姿を見つけると、息を切らせながらそれでも大声で叫んだ。
「マスター! 中庭の教会が燃えてますっ!」
「なんだと!? オラフ、どういう事だ!?」
「わかりませんよ! オレが中庭にいったところで急に火の手が上がって、爆発したんで!」
「お前らが火をつけた訳じゃねえんだな?」
「当然っすよ! 教会を燃やすなんておっかねぇことしませんて」
「ううむ…」
あごに手を当てて少しだけ考え込むそぶりを見せたトルビョルンだったが、すぐにオラフに声をかける。
「オラフ。手の空いてるヤツを集めて、火を消してこい」
「それはもう指示してますわ」
「気が利くじゃねぇか」
「どっかの誰かに鍛えられてますんで」
「へっ! 言うようになったな。ちなみに、王は居たか?」
「いや、見つからないっすね」
「となると…やはりこの奥か」
トルビョルンが謁見の間をちらりと見ると、視線をヴィクトールの方へと送った。その視線を受けて、ヴィクトールは一つ頷くと、再び謁見の間の扉に手をかけた。
「行くぞ」
「はい、あなた。いつでも」
「オラフ、おめぇは他のヤツらをまとめとけ」
「はいっす」
そうして、ヴィクトールが謁見の間の扉を押すと、ギギギと重い音を立てて扉が開かれていく――
「お前は…」
――だが、そこ居たのはただ一人の男だけだった。
その男は玉座に座っている。だが、それはヴィクトールが”王”と呼んでいた人物ではない。王と比べればその姿はあまりにも小柄で、貧相だった。
「…税吏よ、そこで何をしている?」
ヴィクトールは玉座に向かって近づいていくが、その背中を一筋の汗が伝わるのを感じた。あまりにも目の前にいるモーリッツの気配が、不気味に感じられたからだ。その異様な気配は、まるで人として見てはいけないものを見てしまったかのように、目の前の男を本能が忌諱している。
(”アレ”は何だ…どうなっている?)
それと同時に、数々の敵を打ち倒してきたヴィクトールの騎士としての直感が、”アレ”の存在を許してはいけないと警告していた。近づくな、いや、一刻も早く殺せ。そんな二つの矛盾した意識が、ヴィクトールの足を鈍らせる。
ふと、隣を見れば、エレオノーレの顔が真っ青になっていた。反対側のトルビョルンのに視線を送ると、エレオノーレほどではないが、トルビョルンもまた険しい表情になっている。だが、厳しい目つきで、玉座の男を睨みつけていた。
「団長さんよ」
「何だ」
「”アレ”はなんだと思う?」
「少なくとも、俺の知る男ではないな」
「貴方…アレは危険よ」
「わかっている。エレオノーレ」
「はい」
「無理はするな」
「いいえ。危険だからこそ、放置はできないわ」
エレオノーレは軽く息を吐いて、それからキッと玉座にいるモーリッツを見据える。そして、いつでも斬りかかれるように、細見の剣を握る柄に力を入れた。
その三人の視線の先で、玉座に座っているモーリッツは、恍惚な表情で何やらブツブツと呟いている。
時折聞こえる「イヒヒヒ…」という下卑た笑い声が、余計に不気味さを感じさせていた。
そんなモーリッツにどこか気圧されながらも、意を決したヴィクトールが、一歩前に出る。
「何をしている、と聞いている」
「わ、しが、お、、、」
「何だ?」
「わた、が、、う、、」
「さっきから何を言っているッ!」
ヴィクトールがブツブツと呟き続けているモーリッツに対して一喝すると、初めてモーリッツはヴィクトールの方を見た。その目は澱んでいて焦点が合っていないが、それが更に見るものの不快感を煽る。
「ワタシが、王だっっ!!」
モーリッツがそう叫ぶと、その全身から真っ黒な光が放たれた。そして急速にモーリッツの身体が浅黒く染まっていき、目が赤く光る。
「ア”ア”ア”ッ!!」
奇怪な声を上げながらモーリッツが手を掲げた。そのままその手を振り下ろすと、その手が黒い鞭のようにしなって伸びてくる。
「何だと!?」
「くそっ!」
「きゃっ!」
ヴィクトールたちがその場から急いで飛び退いて、黒い鞭を躱す。そのまま鞭が床に叩きつけれると、ドン! という激しい音と共に床を沈ませた。破片をまき散らしながら、鞭はモーリッツの腕へと戻っていく。
「嘘だろ!?」
その余りの光景に、トルビョルンが驚きの声を上げた。だが、次の瞬間には戦士の顔付きに戻る。
「アレは人じゃねえな」
「ああ。倒すしかない」
ヴィクトールがトルビョルンの問いかけに応えている間にも、エレオノーレは弧を描きながらモーリッツに肉薄していた。
「はああぁぁっ!! 『疾風剣』!」
モーリッツが振り向いた時には、すでにエレオノーレは間合いに入っていた。キンッ! という固い音を響かせながらも、エレオノーレの剣はモーリッツの肩を浅く切り裂く。
「硬い…けど、やれますわ」
「そのようだ」
モーリッツの鞭をエレオノーレが横に飛んで避ける間に、今度はヴィクトールがモーリッツに迫る。その息のあった連携は、さすが夫婦といったところだろう。先程まで手にしていた刃引きした剣を投げ捨てて、ヴィクトールは腰から自分の剣を抜き放っていた。
「『重刺突』!!」
走る勢いを乗せたままに、ヴィクトールが両手で突きを放つ。モーリッツが振り向いた頃には、そのヴィクトールの剣が、その肩を抉っていた。
「ア”ア”ッ!!」
だが、モーリッツが悲鳴にも似た叫び声を上げると、抉られたはずの肩の部分が盛り上がって、あっという間に元に戻ってしまう。そしてエレオノーレがつけた傷も消えていた。
「おいおい。厄介だな」
「一撃で決めるしかなさそうですわね」
「動きを止められるか」
「はっ! 任せておけ」
三人の短い打合せが終わると、エレオノーレとトルビョルンがモーリッツを挟撃するように左右に分かれた。モーリッツはトルビョルンに標的を定めたようで、鞭をトルビョルンに向けて振り下ろす。
「待ってたぜ! 『金剛体ッ』!!」
トルビョルンが戦槌を構えて、鞭を受け止めるとそのまま脇に抱え込んだ。モーリッツが一瞬バランスを崩したその隙に、エレオノーレが細身剣を脇に構えて間合いに飛び込む。
「『輪舞刺突』」
無数の突きが放たれて、モーリッツの右足を穿つ。幾重にも重なるその突きによって、右足を吹き飛ばされたモーリッツの身体が、ぐらりと傾き床に倒れそうになる。
「『身体強化』」
その間に魔力を練り上げたヴィクトールが自身の肉体をさせて床を蹴った。大上段に構えたまま、床に倒れたモーリッツに向かって、その剣を真っ向に振り下ろす。
「奥義『”双狼牙爪”』」
身体強化によって強力となった一撃が、モーリッツの頭から真っ二つに切り裂いた。すぐさま”白き牙”が真下から頭に向かって白い軌跡を描く。
「うおおおおおおおおぉぉっ!!!」
気迫の満ちた雄叫びを上げながら、ヴィクトールは右から左へ、袈裟から逆袈裟へと、斬撃を重ねていった。瞬く間にモーリッツの身体が小さくなっていく。そして、ある程度の大きさになった時、突然黒い霞となってモーリッツは消えていった。
「終わったか」
「そうみたいですわね」
「で、結局なんだったんだ、アレ」
「…わからん」
そうして、ヴィクトールたち三人は謁見の間の奥へと足を進めた。その奥にあるのは王族たちが住む区画となっている。だが、三人がそこで見たものは――
「「……これは」」
「どうなってやがるッ!!」
――それぞれの部屋に、部屋の主であろうという人物が”干からびた”姿だった。




