第55話 新たな関係(4)
「じゃあ、行こっか」
なんだかまだちょっとだけ照れ臭そうな顔をした海里が、そう言いながら俺に手を差し出す。
俺はそれがどういう意味なのかすぐにわからず、まじまじと海里の顔を見つめてしまった。
「あ、ゴメン。凛音はこういうの苦手だよね」
ハッとした様子で手を引っ込めた海里を見て、俺はようやくその意味を理解した。
どうやら海里は『デート』らしく、手を繋いで歩こうとしていたらしい。
(男同士でそんな真似してたら、目立ちすぎるだろ……)
随分慣れた仕草で手を差し出してきたことから、海里がこういうことに慣れているのがわかって、ちょっとだけモヤッとした。
今の時点で海里の気持ちに応えられるわけでもないのに、一瞬でもこんな風に思ってしまった自分の身勝手さにうんざりしながらも、それを誤魔化すように海里を軽く睨んだ。
「……ただでさえ海里と一緒にいると目立つのに、これ以上目立つ真似をする気はないから、そういうのはなしで」
「うん。わかってる」
そう口にしながらも、海里がわかりやすくがっかりしているのが伝わってきて、俺は思わずフッと笑ってしまった。
「べつにそういうのが嫌なわけじゃないから。人前ですることじゃないって思ってるだけで」
俺の言葉に海里がわかりやすく反応する。
「え!? じゃあ二人きりならいいってこと?」
「…………誰もいないとこなら、まあ、そのうち? 気が向いたら?」
『いいよ』なんて言ってしまったら期待しているみたいなので、曖昧な言葉で濁しておく。
嫌じゃないけど、そういうのはさすがにちょっと勇気がいる。
すると海里は何を思ったのか、少し身をかがめて俺の耳元に唇を寄せた。そして。
「その気になってくれるの、楽しみに待ってるから」
妙に色気のある声で意味深に囁く。
俺は反射的に海里と距離をとると、内心の動揺を悟られないよう、さっさと改札へ向かって歩き出した。
海里もすぐに俺の隣に並んで歩きながら、何事もなかったかのように、今日の行き先について話し始める。
こうして、ちょっとだけいつもと違う雰囲気を味わいながら、俺たちの『デート』が始まった。
◇
「ねぇ、見て! これすごくない?」
はしゃいだ海里が、俺に向かって満面の笑みを見せる。
俺は周囲の視線が一気に集まるのを感じながら、海里が指差す方向へ視線を向けた。
海里に連れられてやってきたのは、電車で一時間ほどの場所にある水族館だった。
今日は土曜日ということもあって、カップルや家族連れなど、多くの人で賑わっている。
もちろん友達同士で来ている人もいて、館内を男二人で回っていてもそれほど悪目立ちしないのがありがたい。
……と思っていたのに。
海里はやっぱりどこにいても目立つ上に、本人はそういう状況に慣れっこなのか、他人の目は気にならないらしく、普段と変わらない様子で俺に接してくるのだ。
──つまりは、学校にいる時と同じということで。
結局、必要以上に注目を浴びることになっている気がして落ち着かない。
最初行き先が水族館だと聞いた時、のんびりできそうでいいな、とか呑気に思っていて、こういう状況になる可能性があることをすっかり失念していた。
「……海里、ちょっとはしゃぎすぎ。周りの人たちが、何事かと思ってこっち見てるから」
「ゴメン。凛音と一緒だと思ったらテンションあがっちゃって。……まあ、目立ってる原因は俺だけじゃないと思うけど」
後半のほうは急に声のトーンが小さくなったせいでよく聞こえなかったが、海里のテンションが少し落ち着いたので良しとする。
「それにしても、なんか意外だったな。海里がこういうとこ選ぶなんて」
勝手な偏見だとは思うけど、もっと俺が気後れするような華やかな場所に連れて行かれるのかと覚悟していただけに、行き先が水族館だと聞いてある意味驚いた。
「俺、名前に『海』が入ってるせいか、海とか水族館とか好きなんだよね。だから修学旅行で沖縄の水族館に行けるの楽しみでさ」
「そうなんだ。じゃあ、海里にとっては定番のデートコースってこと?」
俺の問いかけに、海里の返事が一瞬遅れた。
「……水族館に来たのは凛音が初めてだよ」
そう答えた海里の目が心なしか泳いでいる気がして、俺は海里に疑わしそうな視線を向ける。
すると海里は微妙な表情のまま話を続けた。
「彼女がいた時は、適当に相手に合わせるか、よく知らない相手と一緒にいても気まずさを感じないように、映画とかそういう感じのとこに行くようにしてたから」
「どういうこと?」
あまり積極的に話さなくていい場所に行っていたというのはわかったけれど、なぜ『彼女』がよく知らない相手になるのか、意味がわからない。
「……あんまり凛音には言いたくないんだけど」
「うん」
「……この話聞いて俺のこと嫌いにならないでね?」
「よくわかんないけど、たぶん大丈夫」
海里が今まで何人と付き合ったのかとか、高校に入ってから彼女がいたことがあったのかとか、そんな話は一切聞いたこともなかったけれど、これまでひとりも付き合ったことがないとはさすがに思っていないので今更だ。
「俺さ、今まで付き合った彼女たち全員、むこうから告白してきた人しかいないんだよね」
「は? なんの自慢だよ」
思わずツッコミを入れると、海里が苦い表情になった。
「全然自慢できる話じゃないよ。誰でも良かったとまでは言わないけど、それに近いことしてたって話だから」
「ウソ!?」
「ホント。そんなだから長続きしなかったし、相手のほうから別れ話をされるまでがセットだった感じ」
思いがけない話に、俺は目を丸くする。
海里はこれ以上この話をしたくないのか、俺からフイッと視線を外し、再び水槽に目を向けた。
この話を聞いたところで海里のことを嫌いになんてならないけれど、特にかける言葉も思いつかず、海里と同じように水槽に視線を向ける。
悠々と泳ぎ回るカラフルな魚たち。
その様子をぼんやり眺めていると、隣に立つ海里がポツリと呟いた。
「……俺、凛音に会うまで、好きって気持ちがよくわかんなかったから」
水槽のガラスに映った海里の表情は、少し寂しそうなものだった。




