第54話 新たな関係(3)
そして次の土曜日。
海里がいうところの『デート』をするため、俺は海里との待ち合わせ場所に向かっていた。
デートプランは全て海里にお任せ。
全部自分に任せて欲しいという海里の強い希望もあり、俺はただ待ち合わせ場所に時間どおりに行くだけという状態だ。
ちなみに『どこに行くかはお楽しみ』だそうで、さりげなく探りを入れても笑顔でやんわり躱され続け、結局教えてもらえなかった。
俺としては、事前に教えてもらったほうが心構えができていいと思ったのだが、海里から
「凛音が嫌がることや不安に思うようなことは絶対にないから」
と言われたら、もうそれ以上聞くのもどうかと思い、不安になるより、逆に気楽な気分で出掛けようと心に決めた。
海里はビックリするくらい俺のことをよく見ているし、俺の好みを知っている。
どれだけ俺のことが好きなのか、と思うくらい俺のことを理解してくれているのだ。
そんな海里が俺が嫌がることをするわけがないのはわかるため、今日一緒に出かけることについてそれほど心配はしていないのだが。
……でも今回のことで色々気付いてしまったことがある。
(そういえば俺、海里の好きなものとか、休みの日に何をしているのかとか、海里のプライベートなことに関して全くと言っていいほど知らないかも……)
ついでにいえば、誕生日や血液型といった基本的な個人データすらも聞いた覚えがないのだ。
煌斗に恋していた時は、煌斗のことだったらどんな些細なことでも知りたくて必死だったのに、いくら失恋の痛みを引きずり続けていたからといっても、ずっと俺の側にいてくれて、あんなにわかりやすい好意を示してくれていた海里のことは何も知らないという事実に、ただひたすら申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(どれだけ無関心だったんだ、俺……)
失った恋にばかり目を向けて、周りを全く見ていなかっただけでなく、かなり無愛想で冷たい態度を取っていた自覚もある。
最初は、俺のところにくる海里のことを鬱陶しいと思っていたし、『好き』だと言われる度、俺が言いたくても言えなかった言葉を、冗談のようなノリで簡単に口にする海里に、心がざわつく瞬間も何度かあった。
でも段々海里が俺の隣にいるのが当たり前のような感じになって、周りからもそんな風な扱いをされているうちに、俺自身も最初の頃に比べて格段に海里に対する親近感は増していたのに。
(俺っていつも海里に色んなことをしてもらうばっかで、自分から何かしようとか思わなかったよな……)
今回の件は、海里からの半ば強引とも言えるお誘いで困惑したけど、嫌じゃなかった。
海里は俺と二人きりの時間を過ごせることをすごく喜んでくれただけじゃなく、一生懸命俺のことを楽しませようとしてくれている。
(俺も海里を喜ばせたいな)
いつも受け身で消極的な俺だけど、そんな風に思えるようになったのは、血の繋がりを知ったことで心の距離が近付いたからなのか、それとも……
そんなことを考えているうちにあっという間に約束の日がやってきてしまい、結局俺は海里のことも、今日のプランも何も知らないまま、海里との待ち合わせに向かっていた。
待ち合わせ場所は俺の家の最寄り駅。少しでも長く一緒にいたいという海里の希望で、午前中から行動することに決まった。
どこに行くのか見当もつかなかった俺は、とりあえず長時間動き回ってもいいように、動きやすい服装かつ、目立つ海里と一緒にいても恥ずかしくない程度に気を遣った格好をしている。
待ち合わせよりも早く駅に到着し、改札が見える位置で海里を待つ。
どこにいても目立つ海里なら、すぐに見つけられるだろうが、いつも俺に合わせてくれたり待っていてくれることの多い海里を、たまには俺のほうから出迎える感じもいいだろう。
(どんな反応するかな?)
驚いたり、喜んでくれたりするかな、なんて考えているうちに、海里が乗っているであろう電車が到着する時間になった。
急に落ち着かない気持ちになりながら、改札のほうをじっと見つめる。
この駅で降りた人はそれほど多くはないらしく、人影はまばらだった。
その中に海里の姿を発見し、なんだか嬉しくなる。
遠目でも一際目をひく海里は本当に目立つ。
反射的に手を振りかけたところで、すぐにその手を下ろした。
ひとりでいるからか、今俺の視線の先にいる海里は、いつも俺と一緒にいる時の明るくて人懐こい感じではなく、少しアンニュイな雰囲気を漂わせており、妙に大人びて見えた。
(あれ? 海里ってこんなにカッコ良かったっけ?)
昨日も学校で会ったし、海里がイケメンなのも知っているし、その姿なんて見慣れてるはずなのに、今日は別人のようで近寄りがたい。
見惚れるというより、信じられないものを見た時のように呆然と立ち尽くしていると。
俺の姿に気付いた海里が、驚いたように目を丸くした後、ものすごく嬉しそうな顔をした。
その表情は俺のよく知る海里の姿そのもので。
さっきのアレは一体なんだったのかと思わせるほど無邪気な笑顔だった。
俺はその表情にほっと安堵の息を吐きながら、海里に向かって軽く手を振った。
改札を出た海里が駆け寄ってくる。
「ゴメン! もしかして待たせちゃった?」
「ううん。まだ待ち合わせ時間より早いから大丈夫。わざわざ海里に来てもらうわけし、せめて早めに待つくらいはしようと思っただけだから」
そう言うと、海里は何故か少しだけ拗ねたような表情になった。
「え、なに。待ち合わせ時間より早く着きすぎたのダメだった?」
もしかして海里の計画を不意にしてしまった可能性に思い至り、戸惑いながらそう尋ねる。
でも海里から返ってきたのは俺が心配していたような言葉ではなかった。
「今日は俺が凛音を楽しませて喜んでもらおうと思ってたのに、初っ端から俺のほうが喜ばせられるとかさぁ。……嬉しいけど、なんかズルいよ」
表情だけでなく、本当に拗ねてるような口ぶりが妙に可愛いく感じられ、俺はいつも妹の琴音にするように、思わず海里の頭を撫でていた。




