第53話 新たな関係(2)
またしても煌斗にキスをされ、半ば呆然としながら家路についた。
(煌斗って本当に俺のこと好きなんだ……)
以前にも言われたことがあったものの、今日の告白であらためてその想いをちゃんと実感した感じだ。
卒業式の日まで俺たちはずっと両想いだった。
そのことがわかった今、あの頃俺が感じていたものが単なる思い上がりや勘違いじゃなかったことにほっとした反面、今更知ったところで過去は変えられないだけに、やるせない気持ちにさせられる。
「はぁ……」
胸の奥底から湧いてくる鈍い痛みが不快で、思わず大きく息を吐く。
失恋した時のつらい気持ちも、悲しみも、どうしようもないほどの無力感も、その全てが過去のものになったはずなのに、すっかり慣れ親しんだこの感覚だけはまだ身体が覚えているらしく、あの時のことを考えただけで痛みがじんわり広がっていく。
純粋にただ煌斗だけを見つめて、一途に煌斗に恋していた自分はもういないのに……
そのことを後ろめたく感じる自分もいたりして、俺は自分の気持ちをどう整理したらいいのかわからなくなっていた。
◇
『ちょっと寄るだけにしては遅くない?』
開口一番。やや低めのテンションでそう言われ、俺は一瞬言葉に詰まった。
実は家に着いてすぐ海里に言われたことを思い出したものの、なんとなく通話するのが躊躇われたため、とりあえず連絡しないのも悪いと思って、『今帰ってきた』というメッセージを送っておいたのだが。
瞬時に既読がついたと思ったら、待ち構えていたとしか思えないタイミングですぐに着信が表示され、どう言おうか考える間もないまま慌ててメッセージアプリの通話ボタンをタップする羽目になったのだ。
「……遅くなってごめん。久しぶりに煌斗のお母さんに会って、どうしても断りきれなくてちょっとお邪魔させてもらってたんだ」
下手な言い訳はせず、言えるところだけを話しておく。
『俺、メッセージだけじゃなくて通話してほしいってお願いしたと思うけど』
煌斗とのことがあったせいですっかり頭から消えていたとか、思い出しはしたものの話したい気分じゃなかったとはとても言えない。
「帰ってきたばっかだったから、とりあえずメッセージだけ送って、後で通話しようと思って」
『ふーん。あんまり遅いから、滅茶苦茶心配した』
「……心配させちゃってごめん。でも煌斗んちはわりと近所だし、まだそれほど遅い時間じゃないから大丈夫だよ」
いくら見た目が男らしくないと言われる俺でも一応男だし、夜道だからといって危険だという認識はなかった。
でも海里の心配はそういう意味ではなかったらしく、即座に否定の言葉が返ってきた。
『そういう心配じゃないし』
「え?」
『もちろんそっちも心配してたけど、今俺が気にしてるの、そこじゃないから』
海里が何を言いたいのかイマイチわからずにいると。
『……ゴメン。なんか俺、余裕なくて、穿った見方してたっぽい」
今度は突然謝られ、俺の頭の中にはクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。
「どういうこと? 俺には海里の言いたいことが理解できてないんだけど。俺、なんかやらかした?」
考えたところで的外れになる可能性もあるため、ちゃんと言葉にして聞いてみた。
誤解や憶測ですれ違うのはもう嫌だ。
『凛音のせいじゃない。俺が勝手に色々考えすぎて嫉妬した挙げ句に、ひとりで落ち込んでただけ』
「え……?」
益々どういうことかわからない。
(嫉妬したってことは、煌斗と一緒にいたのが嫌だったってことだよね? でも落ち込むって何?)
別れ際、『二人だけで会うってわかってるのに、行かせたくない』と言われたこともあり、嫉妬したという部分はまだわかる。
「俺のせいじゃないって言っても、海里をがっかりするようなことがあったってことだろ?」
『誤解だってわかったから大丈夫』
「誤解って?」
全くピンときていない俺の追及に、海里が黙り込む。
鈍すぎて呆れられたのかと思いきや。
『…………凛音が香川を選んだんじゃないかと思って、ひとりで落ち込んでた』
「え?」
(俺が煌斗を選ぶ……?)
頭の中でその言葉を反芻した後、意味を理解して、変な声を上げそうになった。
煌斗にあらためて告白されたし、ちょっと触れた程度とはいえキスもされた。
その上、もう遠慮はしないって宣言されたけど、逃げるように帰って来たために、それに対して何のリアクションもしていない。
ものすごく動揺していて頭が働かなかったということもあるけれど、今の俺には一度区切りをつけた煌斗への想いを、再び動かそうと思えるだけの勇気も勢いもないのだ。
──それは煌斗に対してだけではないけれど。
俺の沈黙をどう捉えたのか、海里は少し沈んだ声で話し出した。
『……凛音と香川が両想いだったのにすれ違っちゃったのは、理由があったからでしょ? それが全部あきらかになって、何の障害もなくなったんだから、もう一度気持ちを確かめあったりしててもおかしくないのかな、なんて。──ずっとそばにいられるよう努力するなんて言っときながら、カッコ悪いよね、俺』
さっきの強気な宣言とは全く違う海里の弱い部分を晒され、俺の胸の中に苦しさとは違う重みを持った感情が生まれる。
「……煌斗にもう一回告白された。でも返事はしてない。っていうかできなかった。俺は今の煌斗とどう接していいのか、正直まだよくわからないから」
『そっか……』
呟く声に先ほどのような暗さはなくなっていることに、少しほっとする。
しかしたっぷりの沈黙の後、いつもと変わらない声のトーンに戻った海里から、飛び出した言葉に俺は大いに戸惑った。
『デートしよっか。香川のことばっかじゃなくて、もっと俺のことでも悩んでもらいたいし』
「は?」
『気持ちが決まったわけじゃないなら、チャンスは公平にするべきだと思わない?』
なんでこうなったのかわからないままどんどん進められていく話に、俺はただ流されるまま了承の返事をするしかなくなっていた。




