第52話 新たな関係(1)
海里と話したその後で、俺は無事に問題が解決したことを煌斗に報告することした。
メッセージだけのやりとりだと、なんだか素っ気ないようにも感じたため、家に帰る前に少しだけ煌斗の家に寄ることにしたのだが。
「なんでわざわざ香川に会いに行くわけ? 俺も一緒に着いてっちゃダメ? 二人だけで会うってわかってるのに、行かせたくない」
俺が煌斗に会ってから帰ることを知った海里は、事情があったとはいえ一度は俺を振った煌斗がまた俺のそばにいようとしていることを良く思っていないらしく、自分も一緒に行くと言い出したのだ。
「煌斗には今回の件で色々相談にのってもらったから、その報告に行くだけだし。海里んちは反対方向じゃん。煌斗んちは近所だから、ついでに寄るだけ」
「そんなこと言われても、嫌なもんは嫌だから」
「……ほんのちょっと話したらすぐ帰るし。家に着いたら連絡するから」
「ホントに? 絶対だからね。メッセージだけじゃなくて、通話してほしい」
「…………わかった」
正直面倒だなと思わなくもなかったが、納得してもらうためには仕方ない。
俺のことを好きだと言ってくれるだけでなく、色々と相談していた相手同士が顔を合わせることになるなんて、間に挟まれた俺がいたたまれなくなる状況が目に浮かぶようだ。
(できればこの先も、二人が接点を持たずにいてくれたほうが、俺的には安心なんだけどな……)
ここのところずっと悩んでいたことが一気に解決して気持ちは随分軽くなったものの、新たな悩みが生まれた感じがしないでもなく。
俺はこれから二人とどう接するべきか、真剣に考える時が来たのだと感じていた。
◇
後ろめたさと気まずさを感じながらも、煌斗の部屋に足を踏み入れる。
煌斗の家に着いた時には、お礼だけ言ったらすぐに帰るつもりでいたのだが、家の前で会った煌斗のお母さんに家に寄って行くよう勧められ、断りきれなかったのだ。
すぐに帰ると海里に約束したばかりなのに煌斗の家に上がり込むのはさすがに気が引けたが、お母さんの厚意を無下にもできず。
結局俺は煌斗の部屋で煌斗と二人きり、という状況になってしまっている。
「無事に解決してよかったな」
開口一番にそう声をかけられ、肩の力が一気に抜けた。
ずっと心配してくれていたらしいことがわかり、申し訳ない気持ちにさせられる。
「ありがとう。煌斗が話を聞いてくれたおかげで、ひとりで悩まずに済んだ。……本当に感謝してる」
「俺はただ話を聞いただけだし、当たり前のことを言っただけだから大したことしてないと思うけど、凛音の役に立てたのなら嬉しいよ」
自分のことのように喜んでくれている煌斗に、俺も嬉しくなった。
「両親のことも海里のことも、煌斗が言ってくれたとおりだった。俺、自分のことだけで精一杯で全然周りが見えてなくて、それぞれに事情があることまで考えられていなかったからさ。煌斗がアドバイスしてくれて本当に助かったよ」
「誰だって、ああいう状況なら仕方ないと思う。自分のアイデンティティが揺らぎかねない出来事だったわけだし」
「……そうだね」
ハッキリ言葉にしなくても、これだけで大変な状況だったことは伝わったらしく、煌斗が心配そうな表情になる。
俺は煌斗を安心させるためにも、話せる範囲で今回の顛末を説明することにした。
父とは血が繋がっていなかったこと。両親の結婚の経緯。本当の父親のこと。そして新たにきょうだいが増えること。
その話を聞いた煌斗は、海里と俺の関係でまず驚き、その後きょうだいの話で全く違う驚き方をしていた。
「もうひとりきょうだいが増えるなんてびっくりだけど、凛音のご両親はいつも仲良さそうだから、ある意味納得かな。生まれたら会いに行かせてもらってもいい?」
「うん、会いにきて。両親も喜ぶと思う。なんか煌斗と疎遠になったこととかで、心配かけてたっぽいからさ」
「そうなんだ。……なんか申し訳ないな」
「親って知らないようで、ちゃんと子供のこと見てるんだなって思った。たぶん煌斗のお母さんも一緒だよね」
ものすごい笑顔で迎えてくれた煌斗のお母さんを思い出す。
二人でしんみりしつつ、沈黙が流れたところで、煌斗が複雑そうな表情で口を開いた。
「そっちはおめでたい話だから良かったけどさ」
「うん?」
「──藤島の話のほうは、まさかこういうことだとは思わなかったから、なんて言ったらいいのか」
「……俺もだよ。海里が事情を知ってた理由に納得した半面、なんか複雑で」
海里がずっとどんな気持ちでいたのかを想像すると、胸が痛む。
「藤島は最初から凛音との繋がりを知ってたってこと? それとも今回のことではっきりした感じ?」
「……高校に入る前から知ってたって。でも同じ高校になったのは全くの偶然。名簿見て俺の名前を見つけて、そこで初めて一緒の学校だって気付いたらしい」
「なんのために凛音に近づいたんだろう……? 悪意があったとは思ってないけど、ちょっと気になるな」
さっき海里から熱烈に俺に近づいた理由を聞かされたものの、煌斗相手にそんなことを話すわけにはいかないため、軽く首を傾げておく。
「ひとりっ子で歳の近い親戚もいないから、俺の存在を知って嬉しかったらしいけど」
当たり障りのない部分だけ説明すると、煌斗はなぜか眉根を寄せた。
「アイツ、最初から凛音が自分の従兄弟だって知ってたんだよな? だったらそういう親愛の情と恋愛感情を混同してる可能性もあるんじゃない?」
俺も海里に対してそんな風に思っていたのだが、さっきの真摯な告白を聞く限り、ただの従兄弟にむけるものとは違うもののような気がする。
「……どうだろう。それは本人にしかわからないから」
煌斗とこの話題をするのは気まずくてあえて言葉を濁すと、煌斗が軽くため息を吐いた。
不機嫌そうには見えないけれど、なにか気に障ることをしたのかもしれない。
「まあ、ここで俺が藤島の気持ちなんて考えても仕方ないよな。確かに凛音の言う通り、本人にしかわからないことだし」
「……そうだね」
「藤島のことより、俺は自分の気持ちをちゃんと凛音に伝えるほうに全力を尽くさないと」
話の方向性があやしくなってきたことを感じ、下手に何かを言うわけにもいかず黙り込む。
煌斗のことは、すごく好きだった。
だけど、今はあの時と同じ熱量で一途に煌斗だけを見つめることができないのがわかっているだけに、どうすればいいのかわからない。
「凛音が好きだ。それはずっと変わらない。もう少し落ち着いてからでいい。──俺とのことをちゃんと考えてほしいんだ」
この二年間、俺はずっと煌斗のことを考えてきた。
考えずに済むようになったのは、わりと最近になってからのことなのに、また煌斗のことを考えなければならないとは……
どう答えたらいいのか迷っていると。
「え……」
煌斗は俺の返事を聞く代わりに、掠め取るようなキスを仕掛けてきた。
「すぐに答えを出さなくていい。前と同じ気持ちになれないのなら、前よりもっと好きになってもらえばいいだけだし」
不意打ちのキスと強気な台詞に、上手く頭が働かない。
そんな俺に、煌斗は満足そうな笑みを見せた。
「もう遠慮はしない。そんな余力残してたら、別のヤツに掻っ攫われるってわかったから。だから凛音も覚悟しといて。──俺、本気だから」
ずっと好きだった相手にこう言われ、嬉しいと思う気持ちはある。
でも今の俺は単純に煌斗を選ぶとは言えず、真っ赤になったまま俯くことしかできなかった。




