第51話 向き合う勇気(10)
ゆっくりと握られていた手を解き、上目遣いに海里の表情を窺う。
海里は少しだけ黙り込んだ後、意を決したように話を続けた。
「この間凛音と話した後、俺も色々悩んだ結果、思い切って父親にこのことを打ち明けたんだ」
「え?」
思いがけない告白に、反射的に海里の顔を凝視してしまう。
「そしたらさ、予想外の返事が返ってきて……。そこから母親も交えて、俺たち家族はどうしていくべきか、ちゃんと話し合ったんだ」
あまりの急展開に頭がついていかない。呆然とする俺に、海里は申し訳なさそうな表情をする。
「凛音のこと、ばあちゃんと俺だけしか知らないことだと思ってたし、凛音本人だけじゃなく、凛音のお母さん以外誰も知らないかもしれないことを勝手に俺の親に話すのもどうかなって思ってたんだけど……」
「……うん」
「結論から言うと、俺の父親、とっくに知ってたことが発覚した」
「は?」
海里の話によると。
海里のお父さんは、俺にとっても祖母にあたる人が亡くなった後、遺品整理の際に興信所からの報告書を見つけ、それで俺の母親と俺の存在を知ったらしい。
まさかそんなことになっているとは思ってもいなかった海里のお父さんは、再度その興信所に調査を依頼し、その後弁護士を通じて、俺の両親に連絡をとっていたというのだ。
「凛音のご両親からの返事は、『凛音の両親は自分たちだけ』『そちらとは一切関わりがない』というものだったんだって。だからこれ以上うちのほうから接触するのは迷惑になるだけだからやめようって話になったって言ってた」
「……俺はその話聞いていないんだけど」
「言う必要はないと思ったんじゃない? だって凛音が生まれる前からずっと、凛音のお父さんはひとりだけだったんだからさ」
父が言っていたことと同じようなことをあっさり言われ、俺は嬉しいような照れ臭いような不思議な気持ちになった。
「それに、俺の親父が本当の父親だって言うんならともかく、当事者はとっくに亡くなってるわけだし。凛音のお父さんにしてみたら、何の事情も知らない人がいきなり家族関係に波風立てるような真似をしてきたってくらいの認識だったんじゃない?」
「そういうもんかな……?」
「そうだと思うよ。まあ、仮にそんな話をしたところで、凛音がご両親への態度を変えるとは思えないけど。ご両親からしてみたら、嫌な気持ちになるかもしれない話を大事な息子に聞かせたくないっていう気持ちもあったんじゃないかな」
両親に守られ、愛情を注いでもらっている自覚はあったし、両親への思いも変わることはないと思うけれど、家族以外の人からこういった話を聞かされると、両親の愛情が本物だとあらためて実感できた感じがして、温かい気持ちになる。
「そうかもしれない。俺が聞いた話は、海里のおばあちゃんから手紙が来たっていうことだけだったから、まさか海里のご両親がこのことを知ってるなんて思ってもみなかったよ」
「え、待って。俺、その話初耳なんだけど!」
そう言った海里の表情は嘘を吐いているようには見えないため、もしかしたら海里のご両親も知らない話なのかもしれない。
「……俺の遺伝子上の父親が亡くなって少しした頃、俺の母さん宛に手紙が来たんだって」
「ばあちゃんは何でそんなこと……」
「その手紙には、母さんが昔付き合っていた人が留学先で亡くなったことと、母さんに対する謝罪の言葉が書いてあったらしい。あとは、その人のお兄さんに六年生になる子供がいるとか、一度家に遊びに来てほしいっていう内容だったみたいだけど」
「六年生になる子供って、俺のことだよね……。──もしかして、俺がきょうだいとか、年の近い従兄弟が欲しいってずっと言ってたから、そんなこと書いたのかな……」
海里はおばあちゃんのことを思い出しているのか、切なそうな表情になる。
顔も知らない人だけど、海里を見ていればわかる。きっと優しいおばあちゃんだったんだろう。
「おばあちゃんは海里のこと大事にしてくれてたんだね」
「……きっと凛音にも会いたかったと思う。凛音の話を聞いてから少し経った頃に亡くなったんだけど、あのタイミングで俺に話したのは、何かばあちゃんなりの考えがあってのことだったのかなって思うし」
「もしかしたら、海里に寂しい思いをさせたくなかったのかもね。忙しいご両親の代わりにずっとそばで見守ってきた人だもん。きょうだいはいないけど、従兄弟がいるってわかれば喜ぶと思ったのかも」
「確かに。俺は凛音の存在を知った時からずっと、会ったこともない凛音のことを特別な存在だって思ってたし、勝手に親近感を覚えてたから」
「……実際会ってみてどうだった? ──想像と違ってがっかりしたとか?」
つい自虐的なことを口にした俺に対し、海里は首を横に振る。
「俺たちの繋がりを凛音が知ったらどういう反応をするのかなとか、嫌われたらどうしようとか思わなかったわけじゃないけど、実際会ったら想像なんかじゃ追い付かないほど特別な存在だって思った。公にはできないけど、特別な繋がりがあるって思うだけで嬉しかったから、ばあちゃんが教えてくれて良かったって思ってるよ」
海里が俺のことを特別だと思ってくれているのは満更でもないけれど、少しだけ微妙な気持ちにもさせられた。
「何も知らずに出会ってたら海里は俺のことなんて、視界にも入れてないかもよ」
海里のような人気者がぼっちの俺に声をかけてきたのは、俺のことを知っていたからであり、何の関係もない相手だったら関わり合いになることはなかったのだと思うと複雑だ。
「だとしても、俺は絶対に凛音に運命を感じてたと思う。だって顔も知らなかったのに、目が合った瞬間に特別な存在だってわかったんだからさ」
「……それって俺が一緒のクラスだって意識してたからじゃない?」
「確かに意識はしてたけど、それだけじゃなかった気がする。もしもの話なんてするだけ無駄だと思うけど、たとえ凛音のことを知らなかったとしても、凛音に惹かれてたんじゃないかな。そのくらい凛音は俺にとって特別な存在」
さらっと重い発言をされ、俺はなんと答えたらいいのかわからず黙り込む。
そんな俺を見て海里は穏やかに微笑んだ。
「今の段階で凛音が俺を選んでくれていなくてもいいんだ。だって凛音との繋がりは消えないってわかってるし。──だから俺の人生をかけて、凛音のそばにずっといられるように努力するつもりから、覚悟してよね」
海里の宣言に、俺はただ驚きの表情で海里を見つめることしかできなかった。




