第50話 向き合う勇気(9)
「……凛音の存在を知ったのは、中1の秋だったと思う。当時体調を崩して入院していたばあちゃんが突然、俺には同じ歳の従兄弟がいるって言い出したのがきっかけだった。でもその時は、入院生活が続く中でばあちゃんに痴呆の症状が出始めて、そのせいでありもしないことを言い出したのかなって思ったりしたんだけど」
そんなに前から俺のことを知っていたのかという驚きと、顔も知らない祖母の話に、どんな反応をすればいいのかわからず黙り込む。海里は俺の手をしっかり繋いだまま話を続けた。
「最初は信じられなかった。でも話を聞いていくうちに本当のことだってわかってさ。誰も知らない話に好奇心が刺激されたっていうのもあるけど、単純に嬉しかったんだよね。──凛音にとってはショックな話でしかないと思うけどさ」
「なんで……?」
「俺んち両親が共働きで帰って来るのも遅かったから、小さい頃からずっと同じ敷地内にある祖父母の家で過ごすことが多くてさ。じいちゃんは俺が小さい頃に亡くなってて、ばあちゃんがずっと俺と一緒にいてくれたから寂しくはなかったけど、俺はきょうだいもいないし、母親もひとりっ子だったから歳の近い親戚がいるっていう話も聞かなくて、兄弟とか従兄弟っていう存在にずっと憧れがあったんだよね」
「……そうだったんだ」
「だから俺、その話を聞いた後すぐにばあちゃんの家に行って、ばあちゃんがいつも大事なものを入れておく場所から、保管してあった証拠を探し出したんだ」
「証拠なんてあったんだ……」
両親の話では、俺の血縁上の父親が亡くなった後で母に手紙が届いたということだったけれど、やはり俺の存在を知っていたということか。
「叔父さんが亡くなった後でふと、叔父さんが海外に行ってからすぐくらいの時に、わざわざ家まで訪ねてきた人がいたことを思い出したんだって」
「……それ、俺の母さんだと思う。その人となんとか連絡をとりたくて、実家まで行ったっていう話聞いたし」
「ばあちゃんはその時のことを思い出して、今更だとは思いながらも、興信所に依頼して素性を調べてもらってたんだ」
なるほど。そういうことだったのなら、突然届いた手紙も、俺の存在を知っていると匂わせるような内容にも納得がいく。勝手に調べられたことに関しては良い気がしないけれど。
「実は俺、叔父さんが亡くなるまで、父親に兄弟がいるって知らなかったんだよね。じいちゃんが叔父さんのことを勘当してたこともあって、誰も叔父さんの話をしなかったし。正直俺にとっては、全く馴染みのない存在だった。今でもその認識はあんまり変わらないんだけど、なんか凛音の存在を知った時にはなぜか妙に親近感が湧いたっていうか、すごく嬉しかったっていうか。宝物を見つけた時みたいに滅茶苦茶テンションあがった」
「大袈裟に言ってるだけじゃない?」
「大袈裟なんかじゃないよ。だって俺、それを知った次の週末に、凛音の家のすぐ側まで行ってるし」
「うそ!?」
驚いた俺を見て気まずくなったのか、海里が苦笑いする。
「ホントだよ。さすがに家に突撃する勇気はなかったから、少し離れた位置から家の場所を確認しただけだけど」
海里がそんなことをしていたなんて、びっくりだ。
そこでふとあることに気付く。
「俺の存在を知ってたってことは、入学初日に声かけてきたのって……」
「一緒の学校なのは本当に偶然。名簿見るまで知らなかったし。でも凛音の名前があることに気付いて、しかも同じクラスとか、もう運命以外ないなって思った。だから絶対に仲良くなるつもりで声かけたんだ」
「運命って……」
「運命でしょ。教室に入って凛音と目が合った瞬間、『やっと会えた』って思ったんだ。──不思議だよね、凛音のことは名前しか知らなかったはずなのに、すぐに凛音だってわかったし、そんな風に思えたんだからさ」
海里がそんな風に思っていたなんて想像すらしていなかった。
あの時の俺は自分のことだけで精一杯だったし、海里のことは、クラスの人気者がぼっちの俺に同情して話しかけてきているだけだと思っていた。
「……もしかして俺のこと好きだって言ってるのって、これが理由だった?」
もしそうだと言われたら、ショックだと思いつつも、確かめずにはいられない。
無意識に自分の心を守ろうとした結果か。繋いでいた手を離そうとしていたことに気付いた海里が、大丈夫だといわんばかりに両手で俺の手を優しく包み込んだ。
真摯な眼差しが真っすぐに俺を見つめる。
俺は何を言われるのか不安に感じながらも、海里から視線を逸らすことはしなかった。
「正直に言うと、最初はそういう気持ちがなかったわけじゃない。凛音が俺たちの関係に気付いたらどんな反応をするんだろうって考えてたこともあったし、凛音が俺との繋がりを知らないことをもどかしく感じることもあった。その度に、俺と凛音の間には深い繋がりがある。恋愛感情なんていう不安定なものになんて左右されることはないって自分に言い聞かせてきた。──でも少しずつ凛音を知っていくうちに、気付けば特別な意味で、……恋愛的な意味で凛音のこと好きになってた」
そこで一旦言葉を切ると、困ったように海里が微笑んだ。
「そしたら逆に、凛音すら知らない俺たちの関係を知って近づいたことが急に後ろめたくなって。そんなタイミングで香川が凛音に再接近し始めてさ、これまでの人生で一番自分の感情が制御できない感じになっちゃって、凛音にそれをぶつけたり、凛音を悩ませたり。今回のことも、色々後悔や反省することばっかで、……本当にごめん」
「さっきも言ったけど、海里が謝る必要なんてないから。……その、好きになってくれたことに関しても、一応事情はわかったし、……どういう好きかもわかったから」
自分から聞いたくせに、こうしてストレートに気持ちをぶつけられるとさすがに恥ずかしい。
それと同時に、海里が離れていかなかったことにほっとしてしまった自分が後ろめたくて、つい目を伏せてしまった。
(宙ぶらりんなままなのに、自分が悩んでる時には甘えて頼って。そんな俺に海里のことをとやかく言える権利はどこにもないんだよな)
中途半端に思わせぶりな態度をとるのは駄目だとわかっていても、いきなりこの手を振り払えるほど、俺は海里のことを何とも思っていないわけじゃない。
それだけに、余計後ろめたくなってくる。
目を合わせられないままでいると、海里は何かを察したのか、さり気なく話題を変えてきた。
「実は、もうひとつ凛音に言っておかなきゃならないことがあって」
言いにくそうな声の感じに、俺は少しだけ視線を上げた。




