第49話 向き合う勇気(8)
「遅くなってごめん!」
やや硬い表情をした海里が慌てて俺に駆け寄ってくる。
ただでさえ海里は目立つのに、その声のせいで俺のほうにまで注目が集まってしまったために、居心地が悪くて仕方ない。
俺は目立ちまくっている海里を呆れたように見つめながら、わざとらしくため息を吐いた。
両親と話した後、頭の中の情報と自分の気持ちをちゃんと整理してから、海里に連絡をした。
通話では何を話したらいいのかわからなくなりそうだったため、あらかじめ言いたいことを紙に書き出し、それを元にメッセージを打つという非効率なことをしてみたものの、結局上手い文章が思い付かず、必要なことだけを簡潔に伝えることにした。
両親と話をしたこと。真実を知ったこと。──そしてあらためて海里とちゃんと話をしたいこと。
海里からは、ずっと黙っていたことへの謝罪の言葉と、俺と同じくちゃんと話をしたいという旨の返事をもらった。
その際に、俺たちが学校で話すと無駄に注目されてしまうおそれがあるという話になり、二人で色々と考えた結果、学校以外の場所でゆっくり話すことになった。
妙に落ち着かない気分のまま一日を過ごし、学校が終わってからあらためて、学校の最寄り駅ではないところで待ち合わせをすることにした。
おかげで今、多少注目を浴びてはいても、知り合いに声をかけられることがないため、余計な気を遣わなくて済んでいる。
あらためて数日ぶりに海里の顔をまじまじと見つめる。
ここのところずっと海里とは視線すら合わせていなかったせいでなんだか照れくさいが、不思議と気まずさは感じなかった。
ついさっきまでは、どういう距離感で、そしてどんな気持ちで接するのが正解か、なんて考えていたのに、これまでと何も変わっていないように感じたことにほっとした。
(あらためて見ても、俺との共通点なんて微塵も感じないな……)
母は海里に俺の遺伝子上の父親の面影があると言っていたけれど、俺と似ているところなんてまるで見当たらないため、現実味がないのが要因のひとつかもしれない。
「どうしたの?」
何も言わない俺を見て、海里が不安そうな顔する。
そんな海里の表情を見ながら、俺は素直な気持ちを口にした。
「なんかさ、海里は海里だなって思ってただけ」
「どういうこと?」
海里は戸惑ったような様子を見せていたが、俺はそれに答えることなく歩き出す。
「どこ行く? またカラオケにする?」
「ちょっと待って。この辺あんまり来たことないから、検索してみる」
海里がスマホを取り出し、画面を見ながら俺の隣を歩く。
以前と変わらない距離感にほっとしながらも、これから話す内容を考えるとさすがに緊張してきてしまい、足が止まりそうになる。
歩くペースが遅くなった俺に気付いた海里は、心配そうな表情で俺の手を取ると、ゆったりしたペースで歩き出した。
◇
色々調べてはみたものの、他の人に聞かれたくない話ができる場所は限られているということもあって、結局カラオケに行くということで落ち着いた。
あらためて二人きりになったところで隣に座る海里を窺い見ると、神妙な表情で俺を見つめている海里と目が合った。
「なに? どうかした?」
二人きりの空間で無言のまま見つめられている気恥ずかしさからそう問いかける。
すると海里はそのまま視線を逸らすことなく口を開いた。
「……ゴメンね。ずっと黙ってて」
苦しい胸の内を表すような言い方に、俺が思っている以上に海里が罪悪感を抱えていたことを実感し、切なくなった。
「俺のほうこそ、海里のせいじゃないのに、責めるような真似してごめん。想像もしていなかったことが突然自分の身に降りかかって、ショックが大きくて……。完全に気持ちに余裕がなくなってた。海里は何も悪くないよ」
「──でも俺の不用意な言葉で凛音の気持ちを混乱させたのは事実だし」
目を伏せかけた海里に対し、俺はその手をそっと握ることで、視線を繋ぎ止めた。
「あの時は、『何で?』って思っちゃったし腹も立ったけど、事情を知った今なら、俺が海里に対してどれだけ苦しい選択を迫ったのかわかるから」
「凛音……」
あきらかに何か知っている様子だったにもかかわらず、頑なに教えてくれなかった理由が理解できなくて悩んだりもしたけれど、今は海里の対応は至極真っ当なものだったのだとわかる。
両親ですら俺に話していない内容を、自分が知ってるからといって話してしまうのは筋が違うと思ったのだろう。
「海里には感謝してる。両親からちゃんと話が聞けて良かった。もし先に両親以外の人から事情を聞かされていたら、俺は両親のこと責めていたかもしれないし、許せないっていう気持ちも持ってしまっていたかもしれないから。──だからありがとう、待っててくれて」
海里はきっと、俺が気付かなかったら、ずっと黙っているつもりだったんだろう。でも心の中では密かに、公にはできない俺たちの繋がりに俺が自分で気付く日が来ることを待ち望んでいたのかもしれない。だからあの時、お母さんから何か聞いたのかなんて言い方をしてしまったのだと思う。
「海里はさ、いつから知ってたの?」
俺の問いかけに、海里の視線が揺らぐ。
責められてるように聞こえたのかもしれないなと思いつつ、大丈夫だという意味を込めて、海里に触れていた手をギュッと握った。
海里は驚いたように一瞬目を見開く。
でもすぐに、俺の手をすくい取るようにして優しく繋ぎ直すと、はにかむように微笑んだ。




