第48話 向き合う勇気(7)
俺が父との親子関係を疑った原因を説明すると、二人は揃って苦い表情になった。
「血液型か……。今回のことがあるまで俺自身も知らなかったから、気にしたこともなかったなぁ」
「そうね。凛音も琴音もびっくりするくらい私にしか似てなかったし、何よりお父さんは凛音が生まれる前からずっと凛音のことを自分の子供だと思ってくれていたから、そういうところから凛音を悩ませる原因を作ることになるなんて考えていなかったわ」
「それって今回のことがなかったら、ずっと黙っているつもりだったってこと?」
本音を言えば俺も知らないままでいたほうが良かったけれど、両親がどう考えていたのかが気になる。
「いずれ話さなければならない日が来ることは覚悟してたけど、その機会がこんなに早く訪れるなんて思ってなかったというのが正直なところね」
「おばあちゃんたちはこのこと知ってるの?」
「……知らないはずよ。言ってないから」
「俺が凛音の父親なんだから、わざわざそんなこと言う必要もないしな。親子っていうのは血が繋がってるってだけの関係じゃない。愛情を持って、一緒に多くの時間を過ごして初めて積みあがっていく関係だろ? だったら俺が凛音の父親だ。誰であろうと異論は認めねぇよ」
自信たっぷりにそう言われ、なんだか泣きそうになってしまう。
父と血の繋がりがないかもしれないと思い始めてからずっと、両親とどう接したらいいのかわからなかったし、家族の中で自分だけが異質なものにでもなったかのように感じてつらかった。
真実を知ったら、俺は母に対してどんな感情を抱くんだろうとか、このことがわかったら家族がバラバラになってしまうんじゃないかとさえ思っていたのに。
いざその時がきてみたら、意外なほど穏やかな気持ちというか。びっくりするほどこれまでとは何も変わらなかったことにほっとした。
「俺も、俺の父さんはこの世でただひとりだけだと思ってるよ。本当のことを知ってショックを受けなかったわけじゃないけど、父さんとの絆が揺らがないことがちゃんと確認できたし、大切に育ててくれた父さんと母さんには感謝しかない。本当にありがとう」
心から感謝の気持ちを述べると、母の目に涙が浮かぶ。
心なしか、父の瞳も潤んでいるように見え、俺もつられて泣きそうになった。
高校生にもなって親の前で泣くのはちょっと気恥ずかしいと感じた俺は、それを誤魔化すために、慌てて話題の転換を図ることにした。
「あ、そういえばさ、なんでさっき何で海里の名前が出てきたわけ? もしかしてあっちの家族は、俺との繋がりを知ってるってこと?」
俺の質問に、途端に両親の表情が硬くなる。
「知ってるっていう確証があるわけじゃないの。一度だけお家を訪ねた時も、妊娠していることは言わなかったし」
「でも人づてに藤島が亡くなったって聞いて少し経った後くらいに、突然藤島の母親から母さん宛に手紙が送られてきたんだよ」
「それいつの話?」
「四、五年くらい前だったか?」
「……凛音が六年生の時よ。その手紙には彼が留学先で亡くなったという報告と、私に対する謝罪の言葉が綴られていたの」
それだけでは、俺の存在を知っている証拠とは言い難い。
「それから、彼のお兄さんに六年生の男の子がいることと、良かったら一度家に来てほしいということが書いてあってね。正直なんで今更こんなことを言ってくるんだろうって不思議に思ってたんだけど……。──たぶん知っていたのね、凛音のこと」
こちらの事情がわからないだけに、はっきりとは書けなかったけれど、暗に自分は知っていると匂わせてきたわけか。
他に誰が知っているのかはわからないが、海里が知っている様子だったのも、そういう理由なら納得がいく。
「……俺はこれからどうすればいい?」
むこうも今更俺との関係を明るみに出したところで何もメリットはないだろうけれど、海里が従兄弟だとわかった今、正直どうしたらいいのかがわからない。
「単なる勘でしかないけど、藤島君はこのこと知ってるんじゃない?」
母の言葉に俺も同意する。でも俺はあの言葉があったからわかったけれど、母はたった一回挨拶しただけで、なんでそう思ったのか不思議だ。
「俺もそんな気がするけど、なんで母さんはそう思ったの?」
「自己紹介してもらった時、なんとなく反応を窺われてる感じがしたのよ。私も藤島っていう名前を聞いて、一瞬動揺しちゃったし。……ちょっと似てたのよね、学生時代のあの人に。凛音のお友達だし、穿った見方をするのも悪い気がして、それほど深くは考えないようにしてたんだけど、気になっちゃって……」
「なんで気になったの?」
昔付き合っていた人の面影を海里に見ていたのだとしたら、俺としてはかなり複雑だ。
「知らなかったのならともかく、藤島君は凛音と自分の関係を知ってるように見えたの。妊娠がわかった時に、一回だけお家を訪ねたことはあったけど、それ以降はこちらからは一切の接触はしなかったし、最初から縁がなかったものだと思っていたのに、なんで今更近づいてきたんだろうって。もしかしたら悪意を持って凛音に近づいたんじゃないかと心配になったのよ」
全くもって俺が想像していた答えとは違ったことにある意味拍子抜けしたけれど、正直心底ほっとした。
「海里はそんなヤツじゃないよ。見た目は派手だけど、すごく優しくていいヤツだし。高校に入ってからずっと一緒にいるけど、そんな素振り一度も見せたことなかったし、思わせぶりな態度をとったこともなかったから」
「じゃあ、知らなかったのかしら?」
「う~ん。どうだろ。たぶん知ってる気がするけど」
「思い当たる節があるの?」
「まあ、今となってはそういうことだったのかな、って感じでしかないんだけどね」
まさか血縁者だとは知らずに相談しようとしていたとは、さすがに言いづらい。
なにか不自然にならない程度に言えることがないか考えていると、ふとあることを思い出した。
「前に父さんから学校に迎えに来てもらったことあったでしょ? あの時、父さんのこと見てびっくりした顔してたんだよね」
「なんだよ。失礼なヤツだな」
憮然とした表情を作りつつも、どこか含み笑いを堪えているように見える父があまりにもいつもどおりで気持ちが軽くなる。
「その後、全然似てないねって言われたから、またいつものパターンかって思って、俺もそんなに気にしてなかったんだけど。今思い返してみると、そういう理由だったのかなって思わなくもないなって」
「うちでは笑い話を通り越して、最早鉄板のネタだからな」
父と目が合った途端、ほぼ同時に笑いだす。
本当の親子じゃないとわかったら、もう自分の居場所も何もかもがなくなる気がしていたけれど、何も変わらなかったどころか、前よりもっと家族の絆が深まった感じがするのだから不思議だ。
父がさっき言ったとおり、家族や親子は、『愛情を持って、一緒に多くの時間を過ごして初めて、積みあがっていく関係』なんだと実感する。
きっと人間関係も似たようなものなのだろう。
(海里と話さないと……)
単に謝ることが目的ではなく、ちゃんと海里の話を聞こうと心に決める。
心の中が温かいもので満たされていくような気分を味わっていると。
「じゃあ、この子もきっと私そっくりに生まれてくるわね」
母の爆弾発言に、俺は驚きのあまり目を見開いた。
お腹に手を当てて微笑む母と、急に落ち着きがなくなった父。
俺は少し気恥ずかしいものを感じながらも、新たな家族を心から歓迎できることの喜びを嚙みしめていた。




