第47話 向き合う勇気(6)
「藤島さんは大学の先輩で、偶然地元が一緒だとわかったのがきっかけでよく話すようになったの。それから少ししてお付き合いすることになったんだけど……。彼は私と出会う前からずっと、大学を卒業したらすぐに海外に行くと決めていてね。二人で色々話し合った結果、お別れすることになって。……それからは一度も会っていないの」
その人が俺の本当の父親だと言われても、俺にとっては見ず知らずの人としか思えない。
「凛音がお腹の中にいるとわかった時、すぐに彼に伝えようと思ったの。でもその時にはもう連絡が取れなくなっていてね。何とかできないかと、思い切ってご実家を訪ねてみたんだけど、ご両親の反対を押し切って留学したことが原因で勘当されていて……。どこにいるのかわからないし、連絡も取れないと言われてしまったのよ」
どういう事情があったのかはわからないし、その時点では母のお腹の中に俺がいるとは思ってもいなかったのだろうが、もうこの世にいないことはわかっていても、自分勝手な人だなとしか思えないし、俺の遺伝子上の父親とはいえ、父以外の男の話が母の口から語られることに少し嫌悪感を覚えてしまう。
「……父さんは知ってたの?」
父がどんな表情でこの話を聞いているのか確認する勇気がなく、自分の足元を見つめながらそう問いかける。
「ああ、知ってたよ。藤島は俺の高校ン時の後輩だしな。母さん──涼音が藤島と付き合ってる時、街で偶然すれ違ったことがあって、藤島から彼女だって紹介してもらったこともあったからな」
俺の知らない三人の接点。そこからどうして両親が結婚することになったのか。知りたいような知りたくないような。
「当時私はまだ学生で、両親にお金を出してもらって勉強している身なのに、妊娠したなんてとても言えなくて……。相談できる相手もいなかったから、そこからどうするかギリギリまでひとりで悩んだわ」
どうするか悩んだという言葉に、居心地の悪さを感じていると。
「悩んだのは産むかどうかじゃなくて、どうしたら両親を説得できるか、というほうだから」
母の言葉に、弾かれたように顔を上げた。
「凛音が私を選んで来てくれたんだもの。最初から産むことに迷いはなかったわ」
穏やかな笑みを浮かべたその表情が、俺の見慣れた母の顔だったことにほっとする。
「絶対にこの子を産んでみせる。両親に反対されてもひとりで立派に育て上げてみせる。そう固く決意したものの、大学をどうするかっていう問題もあったから、産む以外の選択肢がなくなった時期を見計らって一旦こっちに帰って来たのよ」
「その時、偶然駅のホームで涼音を見かけて、なんかただならぬ雰囲気だったから見過ごせなくてな。気付いたら声かけてた」
二人が少し照れ臭そうに顔を見合わせる。
「そんで、涼音から半ば強引に事情を聞き出した時に、もうこれは運命だと思ってな。その場ですぐに結婚を申し込んで、その足で涼音の実家に結婚の許可をもらいに行ったんだ」
「…………は? どういうこと?」
結婚に至るまでの展開が早くて、俺は自分が途中の話を聞き逃してしまったのではないかと本気で思ってしまった。
「一目ぼれっていうのか? 陳腐な言い方になっちまうけど、運命だったんだと思う。不思議なことに、そうすることに微塵も迷いはなかったし、むしろそれが当然だと思ったんだよな」
「母さんはどう思ったの?」
「何の躊躇いもないどころか、最初から決まってたみたいな態度で『結婚の許可をもらいに行こう』って言われて……。戸惑ったというより、想像していなかった展開すぎて、完全に思考が停止していたわ」
父の勢いに圧倒され、何が起こっているのわからずにいたであろう母の姿が容易に想像できる。父は、良い言い方をするといざという時の決断力と行動力がある人なのだが、言葉を選ばずに言えば、強引に思えることもあるのだ。
「でもその後すぐに、いくらひとりで心細かったとはいえ、ほぼ初対面の人に話すことじゃなかったなって激しく後悔して、結婚の申し出はその場でお断りさせてもらったの。一時の同情で人生を背負ってもらうのは申し訳なかったし、全く関係ない人を巻き込むわけにはいかないなって」
「俺は関係ないなんて思わなかった。むしろ俺がこのタイミングで涼音に会えたのは、涼音とお腹の子供の家族になるためだったんだなって、妙に腑に落ちたし。だったら迷う必要はないんだから、多少強引に攻めたっていいだろ」
「え、なにそれ。なんか怖いんだけど」
思わず本音を漏らすと、二人に笑われた。
「普通はそうよね。私も後から、『あの時は、これからどうしようという考えだけでいっぱいいっぱいだったから冷静に考えられなかっただけかもしれない』と悩んだしね」
「……でもその決断は間違ってなかったんでしょ?」
「そうね。あの時お父さんが、──凛太郎さんが私を選んでくれたおかげで、今の幸せがあるんですもの。だからびっくりするくらい強引だったけど、私と凛音の家族になってくれたこと、本当に本当に感謝してるの」
「──俺も感謝してる。あの時涼音が俺の手を取ってくれたおかげで凛音と琴音に会うことができたんだから」
ともすれば二人だけの世界に入りかねない雰囲気に、俺は強引に話を戻す。
「あのさっ、最初に父さんに聞かれたことについてなんだけど!」
いつもより大きめな声で割って入った俺に、我に返った二人は、気まずそうに俺に視線を戻した。




