第44話 向き合う勇気(3)
「『お母さんから何か聞いたか』、か……」
「そういう言い方、あんまりしなくない? 普通だったら、『そんなわけない』とか『誰かに何か言われたの?』とかって返してくると思うんだけど」
あの時点ではまだ俺がどうしてそう思ったのか、そのきっかけとなる出来事について具体的に話してはいなかった。
なのに海里はすぐにああいった答えを返してきたのだ。
あの時の自分の失言を後悔していた海里の表情が忘れられない。
謝るばかりで言い訳や弁解を一切しなかった海里は、俺があの場を立ち去るまで、ずっと何かに耐えるように苦しげな表情をしていた。
「まあ、凛音の言う事もわからなくはないけど、その言葉だけで藤島が何かを知ってると断定するのは早いんじゃない?」
なんとなく煌斗は俺の味方をしてくれるんじゃないかと思っていただけに、少しがっかりしてしまう。
「何も知らないくせに、って思ったよね? 嫌な気持ちにさせたんなら、ごめん」
図星を突かれて言葉に詰まっていると、煌斗に至近距離から顔を覗き込まれ、俺は咄嗟に目を逸らした。
「べつに……」
素っ気ない返事をする俺に、煌斗は穏やかな口調で語りかける。
「凛音が不安に思ってる気持ちを少しでも和らげてあげられたら、とは思う。だけど、根拠もないような無責任な慰めはしたくないから」
「煌斗……」
「凛音には悪いけど、全く事情を知らない俺からすれば、藤島の言ったこと自体は、それほど気にするようなものには感じられないかな。まあ、お母さんだけに断定して聞いてきたことが気になるって言われれば、そうかもと思うくらいで」
俺が神経質になり過ぎてて、過剰に反応してしまっただけなのだろうか。
もっと話をちゃんと聞くべきだったのかもしれないと少し後悔していると、煌斗はほんの少しだけ考え込むような素振りを見せた後、真面目な表情で口を開いた。
「──むしろ俺が引っ掛かったのは、その後の藤島の言動のほう」
「え?」
「自分の言葉が誤解されてるってわかってるのに、ただ謝るだけで他のことは何も言わなかったんだよね? それってなんでかなって思ってさ」
煌斗に俺を責める意図がないことくらいわかっているけれど、自分のことだけで精一杯で、理由もちゃんと聞かずに一方的に海里を責めたことを指摘されたようでばつが悪い。
「あの時、頭に血がのぼっていて冷静な判断ができていなかったかもだけど、海里が何かを隠してる感じがしたのは気のせいじゃないと思う。教えてくれなかったのは、俺の聞き方が悪かったからか、それとも俺のリアクションを見て、やっぱり言うべきじゃないって思ったからか」
「うーん。俺は藤島のことよく知らないけど、アイツの態度と凛音の話でアイツが凛音のことを大事に思ってるのは伝わってきてたから、問い詰められても話さなかったのにも何か事情があるんだろうなって思うけど……」
どんな事情があるというのか。
たとえそんなものがあるのだとしても、頭の中が色んな感情でぐちゃぐちゃの今の俺には何も考えつかない。
「……もしあの時、俺が海里に対して『母さんに聞いた』って答えてたら、本当のこと教えてくれたのかな?」
冷静に話せなかった自分が悔やまれる。
「それはそれで別の後悔が生まれそうな気がするけど」
「そうかな?」
「うん。その内容が凛音の望まない結果だった場合、やっぱり聞かなきゃ良かったって思うかもしれないし、それを教えた藤島に対して、それまでと同じ態度が取れなくなるかもしれない」
残念ながら俺の性格上、それが絶対にないとは言い切れないだけに、反論することはしない。
「藤島にしたって、凛音が知ってると思ったから話したのに、自分が余計なことを喋ったんだと知ったら後悔すると思うよ。現に凛音が何も知らないとわかった途端に何も言ってくれなくなったんだし。──ああ、なるほど。だからか」
突然納得しだした煌斗に、俺は訳がわからず困惑した。
「何? どういうこと?」
「真実がどうであれ、部外者が口を出すことじゃないってこと。藤島がどうして凛音の家庭の事情を知ったのかはわからないけど、家族が何も言わないことを他人が勝手に喋るのはマズいと思ったんじゃないのかな」
煌斗の説明で、俺がいかに自分本意で物事を考えていたかということに気付かされた。
(あとで海里に謝らないと……)
海里がどんな思いで、言い訳すらせずにひたすら謝罪の言葉だけを口にしていたのか。
──俺はそれを知ろうとも、理解しようともしていなかった。
「藤島のこともあるけどさ、まず凛音はご両親と話したほうがいいんじゃない?」
「え……」
「このまま曖昧にしててもモヤモヤし続けるだけだし、それに凛音の態度がおかしいことくらいご両親は気付いてるんじゃないかな。俺が気付いたくらいだし」
自分では普段通りにしているつもりだったけど、完璧にできていたかと言われれば、全く自信がない。
話をしたほうがいいのはわかったけれど、やっぱりいきなり核心に迫るのは勇気がいる。
何も言えずにいると、煌斗は俺を励ますように軽く頭を撫でてくれた。
「事情を知らない俺が言えることじゃないけど、たとえ血の繋がりがなかったとしても、お父さんがお母さんと凛音に目一杯愛情を注いでいるのは一目瞭然だったし、お母さんだってお父さんを裏切って平気な顔をしていられるような人じゃないよね。それは凛音が一番よく知ってることだと思うけど」
「……うん」
「藤島やご両親には、それぞれに言えない事情があるんだと思う。俺の場合とは理由や事情が全然違うから参考になるかどうかわかんないけど、簡単に話せない秘密を抱え込んだままでいるのは正直つらかった。真実を話した結果が必ずしも良い方向にむかうなんて言えないけど、今回は話してみたほうがいいのかなと思ったんだ」
俺が煌斗に失恋した時は本当につらかったけど、誰かにこの気持ちを聞いてもらいたいとは思わなかったし、むしろ誰にも知られたくないとさえ思っていた。
自分のことばかりで視野が狭くなっていた俺は、煌斗にも事情があったなんて夢にも思っていなくて、ひとりであれこれ悪いほうにばかり考えてしまっていた。
(今回も同じだな……)
もちろん真実が良いことばかりとは限らない。
今の幸せを壊すことになってまで知る価値のあることなのか。
今のままじゃダメなのか。
もう一度じっくり考えてみたほうがいいのかもしれない。
「……どうするか、もう少し考えてみる。話、聞いてくれてありがとう」
「どういたしまして。こっちこそ偉そうなこと言っといて、あまりお役に立てなくてごめん」
「そんなことないよ。煌斗には感謝してる」
煌斗に話したことで、俺がどれだけ自分のことしか考えていなかったのか、よくわかった。
ここで結論を出せなかったことを申し訳なく思いながら、俺は煌斗の家を後にした。




