第43話 向き合う勇気(2)
煌斗の部屋まで来たものの、どう話せばいいのかわからないまま、沈黙だけが続いている。
ローテーブルを挟んで向かい側に座っている煌斗は、無理に事情を聞き出すような真似はせず、俺が自分から話すタイミングをじっと見守ってくれていた。
急かされないのはありがたいが、この沈黙が気まずい。
俺は煌斗に話す内容を頭の中で色々と考えてはみたものの、考えれば考えるほど八方塞がりになっていく気がして答えが出ず、結局考えが纏まらないまま、この件に関する煌斗の率直な意見を聞いてみることに決めた。
「……あのさ」
「うん」
「さっき言ってたことなんだけどさ」
「うん」
「俺、父さんとは血の繋がりがないかもしれなくて……。これが俺の思い違いだったらそれで話は終わるんだけど、それを知る手段がなくてさ。こんなこと両親には聞けないし、聞いたところで母さんが父さんを裏切っていたことがわかったら、家族が壊れそうで……。──どうしたらいいのかわからないんだ」
俺の話を聞いて、煌斗は難しい表情で黙り込む。
煌斗も突然こんな話を聞かされて、理解が追いついていないに違いない。
これが普通の反応だよな、なんて思いながら、あの日の海里を思い出し、苦い気持ちが込み上げた。
「そもそも俺は、父さんと似ていないことに対して、これまで特に気にしたことなんてなかった。……俺も琴音も母さん似で、父さんに似てるところがないっていうのも、うちじゃ笑い話程度のことだったし。父さんは、生まれた時から当たり前のように俺の父さんだった。俺が生まれた直後の写真にだって父さんが写ってる。だから俺の父さんは父さんしかいなくて、それ以外の存在がいるなんて考えたこともなかったのに……」
「……どうしてそう思ったのか、聞いてもいい?」
俺は自分の気持ちを整理するためにも、この悩みの発端となったことから説明することにした。
◇
「血液型か……」
病院でのことを話し終えると、煌斗はすかさずスマホで何かを検索し始めた。
たぶん俺が散々やったことと同じことをしているんだろう。
結果が変わらないのはわかっていても、ひょっとしたら煌斗なら別の結果をもたらしてくれるんじゃないかと、心のどこかで期待してしまう。
「凛音が自分やお母さんの血液型を勘違いしてる可能性は?」
その言葉で、俺の期待する結果ではないことを察し、わかっていたのにがっかり感が隠せなかった。
気持ちが表情に出てしまっていたのか、煌斗が申し訳なさそうな顔をするのがいたたまれない。
「……俺もそれを考えたんだけど。母さんに確認して、俺の覚えているとおりだった場合だった時のことを考えたら、どうしていいのかわからなくて。……結局聞けないままなんだ」
「──確かに、そういう状況だったら、気軽に聞くわけにもいかないし、勇気がいるよな」
「……うん。もしもの可能性を考えたら、怖くてさ。……これまでずっと家族だと思っていたのに、実は俺だけが異質だったと言われたら、……俺は両親にも妹にもどう接していいのかわからない」
父の血液型を知ってからずっと抱えてきた辛く不安な気持ちを吐き出す。話しているうちに勝手に涙が込み上げてきてしまい、俺はそれを煌斗に見られたくなくて、咄嗟に俯いた。
しかし煌斗にはバレバレだったらしく、すぐに俺の隣に移動してきたと思ったら、俺の肩を引き寄せ、そっと抱きしめてくれたのだ。
「我慢しなくていい。見られたくないんだったら、こうすればいいだけだから」
「煌斗……」
「俺からは何も見えないから、凛音が大丈夫だと思ったら教えて」
その言葉と煌斗の優しさに、俺は大きく息を吐き出すことで気持ちを整える。
何度かそうしているうちに、泣くのを我慢している時に起こる喉の奥の引き攣れたような痛みが、少しずつ和らいでいく気がした。
「……ありがとう」
油断すると震えてしまいそうになる声で小さく呟く。
「……迷惑かけてごめん」
すると煌斗は、普段とあまり変わらない調子で言葉を返してきた。
「ありがとうって言われるほどのことはしてないし、謝られるようなこともしてないから大丈夫」
「でも、」
「こんなの、迷惑のうちに入らないから。凛音を傷つけたことのある俺が言うのも何だけど、むしろもっと頼ったり、苦しい気持ちを吐き出してくれたほうがいい。──心配なんだ。凛音のことが」
「煌斗……」
煌斗の温もりと優しさに、甘え過ぎている自分を自覚し、罪悪感が湧いてくる。
この体勢でいることに、居心地の悪さを感じていると、煌斗は俺の今の心境を察したのか、髪を撫でていた手を背中に回し、気にするなとばかりに軽く叩いた。
「これまで側にいられなかった分も、俺は凛音の役に立ちたいし、頼られたい。そういう下心もあるから、凛音も遠慮なく俺を利用すればいい。凛音は今、これまでの自分の人生が揺らぎかねないような悩みを抱えている状態なんだから、俺の気持ちなんていう余計なことは考える必要ないんだよ」
客観的に見ると、身勝手だと思われるような振る舞いを推奨されたことで、なんだか泣きたい気持ちが引っ込んだ俺は、ずっと俯いていた顔を上げることで、暗にもう大丈夫だと伝えた。
煌斗はまだ心配そうな表情をしていたが、すぐに腕の力が緩められる。
煌斗の言うとおり、俺は今、これまでの自分の人生が全部ひっくり返ってしまいかねない状況になっていて、そのことでどう動くのが正解かわからず悩み続けている。
何事もなかったかのように過ごすべきか、それともちゃんと真実を知るべきか決断しなければ前に進めないことはわかっていても、どちらの選択肢も選べずにいるのだ。
──海里のあの言葉があったから尚更。
「正直、どうすればいいのかわからない。知っても知らなくても、モヤモヤは変わらない気がするし、両親を悲しませたり傷つけることになるなら、我慢すればいいのかなって思ったりもしたんだけど……」
「今のところ、凛音がそういう疑いを持った理由は、お父さんの血液型だけなんだよね?」
煌斗にそう聞かれ、俺は話していいのか迷った挙げ句、数日前にあった海里とのやりとりを口にした。
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