第42話 向き合う勇気(1)
結局、海里は昼休みが終わっても教室に戻って来なかった。
それどころか、午後の授業に姿を見せることはなく、俺は放課後になってようやく、海里が昼休みに早退していたことを知った。
クラスメイトたちがとっくに知っていたことには驚いたが、あれこれ事情を聞かれずに済んで正直ほっとした。
それは、後で俺が質問責めにあわないよう、海里が上手いこと説明してくれていたおかげだったらしく、それを知った俺は複雑な気持ちにさせられた。
海里は優しい。でも俺の問いかけに答えてくれなかっただけでなく、まるで逃げるように帰ってしまったことに、モヤモヤしたものを感じずにはいられない。
──裏切られたというのは大袈裟なのかもしれない。
けれど俺にとってさっきの出来事は、煌斗にフラれた時に匹敵するほどショックな出来事だった。
最初の頃ならともかく、最近は海里のことを信用していて。
海里から想いを告げられて、それに応えられないかもしれないと思っていても、この関係を失うことなんて想像できないと思い始めていたところだったのに。
俺が悩んでいる時や困っている時に相談に乗ってくれると言ったあの言葉は嘘だったのか。
ひとりで抱えこむなって言ってたくせに、今俺に暗い顔をさせて、悩ませているのは、海里自身だ。
(なんでだよ……。なんで海里が……)
さっきのやりとりを思い出すと胸が苦しい。
海里を裏切り者のように思ってしまう自分が嫌なのに、謝るだけで言い訳すらしてくれない海里のことを許せないと思う自分もいて、俺はぐちゃぐちゃの気持ちをどう立て直せばいいのかわからなかった。
(これまでどおりに海里と接するのは難しいかもな……)
両親のこともどうすればいいのかわからないのに、海里のことまで悩むことになるとは想像もしていなかった俺は、八方塞がりとも言える状態に、これからどうすればいいのかわからず途方に暮れた。
◇
あれから数日が経ったものの、俺は海里に何も聞けないままでいた。
というのも、海里はあの日以来、ずっと学校を休んでいて、顔すら合わせていない状態だからだ。
欠席の理由は体調不良。
それが本当か嘘かはわからないが、ほぼ毎日のように来ていた海里からの連絡がパタリと来なくなったことから、海里が俺と話したがっていないことだけははっきりしていた。
俺は俺で、海里が知っていることが何なのか気になってはいるが、知りたくないという気持ちも同じくらいあって。
結局自分から連絡する勇気も持てないまま、ただ時間だけが過ぎていた。
「凛音!」
学校からの帰り道。自宅の最寄り駅に着いたところで不意に名前を呼ばれて立ち止まる。
声のした方に視線を向けると、そこには俺と同じく学校帰りの煌斗の姿があった。
目が合った瞬間、嬉しそうに微笑まれ、両親と海里のことで頭の中がいっぱいだった俺は複雑な気持ちにさせられる。
「元気なさそうだけど、何かあったのか?」
顔を見るなりそう言ってきた煌斗に、苦笑いする。
煌斗はあれから毎日のように連絡をくれる。
でも顔を合わせるのは、例の彼女との話を聞いた時以来だ。
少し気まずいものを感じつつも、久しぶりに会った煌斗が、すぐに俺の状態に気付いたことに驚きを隠せない。
どうして? 聞こうとしたところで、それは煌斗の言葉によって遮られた。
「顔見ればわかる。俺はずっと凛音のことだけ見てきたから」
そんなことを言われたら、恥ずかしいような、気まずいような。
俺はどう反応していいかわからず、ついうつむき加減になってしまった。
「……そんなにわかりやすいかな?」
「俺が凛音のことをよく見てるだけだよ。──で、何があった?」
さらっとすごいことを言われた気がしたが、それを気にする前に話の先を促され、躊躇いながら口を開いた。
「あのさ、煌斗は俺の両親に会ったことあるじゃん?」
「そうだね。何度も家にお邪魔させてもらってるから」
「……俺と父さんって全然似てないよね」
「凛音はお母さん似だろ。琴音ちゃんだってお母さんと凛音にそっくりだし。この間久しぶりに会ってビックリした。二人とも完全にお母さん似だったから」
「……そうだよね。だから俺も、そういうものだと思って、これまで特に気にしたことなかったんだけど」
ここで話していい内容でもないために言い淀んでいると、煌斗は何かを察したらしく。
「話じっくり聞きたいし、ここで立ち話するより俺んち来ない?」
そう提案してきたのだ。
前回はどうしても納得いかないことがあったから、勢いで煌斗の家に乗り込むことができたのだが、今の俺にはその勢いはなく、正直どんな顔をして煌斗の家を訪れたらいいのかわからない。
誤解は解けたし、わだかまりもない。
ただ、俺を好きだと言ってくれている煌斗に対し、自分が弱っている時だけ都合良く寄りかかろうとしている感じがして気が引けるのだ。
海里に対しても、似たような状況があったから尚更。
「──ありがとう。でも今日は遠慮しとく。この状況で煌斗に頼るのは、さすがに虫が良すぎると思うから」
「べつに俺が良いって言ってるのに?」
本当は誰かに聞いてもらいたい。そして全てが俺の勘違いだという証明を一緒にしてもらいたい。
予想外ともいえる海里の反応で確実に増した、この胸の中にある不安をすぐにでも消してしまいたいと願わずにはいられない。けれど。
「……煌斗が良くても俺が良くないからさ」
「もしかして、そんな状態の凛音を放っておいて平気なほど、俺って薄情だと思われてる?」
「え?」
「……まあ、あんなこと仕出かして凛音を傷つけたんだから、そう思われてても仕方ないとは思うけど」
自嘲気味に言われた言葉を慌てて否定する。
「え、そういうわけじゃ……!」
煌斗は真剣な表情になると、まるで懇願するように俺をじっと見つめてきた。
「だったら、一緒に来て」
返事をする前に、掴まれた手首。俺はそれを振り払うこともできず、煌斗に引かれるようにして歩き出した。
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